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第24話 炎龍

 

 翌朝。

 俺はボルドーニュの街を出た。

 炎龍討伐のために山岳地帯へ向かう。


 ディケム山岳地帯は、

 ここから南に半日ほど言ったところにある。


 うん、改めて考えてみると近いな。


 古龍はダンジョンの最奥や人里離れた地に生息していることが多い。

 ここまで人里に近づくと言うのは珍しいことだとティムさんに聞いた。

 炎龍が暴れれば、ボルドーニュは大きな被害を受けるだろう。

 古龍はそれほどの力を秘めている生物であった。



「本当に行くの」



 後ろから声を掛けられて驚く。

 そこに居たのはヒナタだった。



「ヒナタ・・・どうした??見送りに来てくれたのか」


 死の危険がある依頼。

 時間魔法があるとはいえ正直怖い。

 一人で出発するのは心細かったから素直に嬉しい。



「見送りなんてしない」



 俺は首を傾げた。


 ヒナタは俺に背中の大剣を見せる。

 うん、よく見ればヒナタはフル装備だ。



「私も行く」



 ヒナタは短くそう言った。


「危険だぞ?」


 俺は尋ねる。

 正気じゃないと言っていたのはヒナタ本人だ。



 俺の質問に、ヒナタは少し考えて答えた。



「旅は道連れ世は情け」



 俺はそれはちょっと違うんじゃないか、

 とも思ったがヒナタの気持ちが嬉しかったので何も言わなかった。


 俺たちは二人で山岳地帯に向けて歩き出した。



 ・・・

 ・・

 ・



「すごいな・・・」


 俺は目の前に広がる光景に息を飲んだ。


 ディケム山岳地帯。

 ボルドーニュの南部に位置する高山地帯で、

 高レベルの魔物が出現する一方、

 美しい景観で有名な土地だ。

 春には新緑、冬には深い雪に覆われる。



 だがそれが、今は見る影もないほど荒れ果ていた。

 高台から見下ろすとよく分かる。


 至る所で山がえぐれ、木々は黒焦げになっている。

 まるで戦争の跡地の様だ。

 魔力の淀みも凄まじく、

 とてつもないほどの戦闘がここで繰り広げられたのだと言う事が分かる。



 炎龍とSクラス魔導士。



 地形を変えてしまうほどの存在に、俺は戦慄した。

 どちらも化け物だ。



「これと戦う」



 俺の表情を読んだヒナタが言う。

 そうだ、俺たちはこの化け物のうちの一頭を討伐しようと言うのだ。


「分かってる」


 俺は改めて気を引き締めた。









 ティムさんの情報によると、

 炎龍はディケム山岳地帯の奥地を根城としているようだ。

 俺たちはそこを目指し、荒れ果てた岩山を進む。


 行程は順調と言うほか無かった。

 なぜなら本来ディケム山岳地帯に生息するはずの高ランクの魔物が、

 一切俺たちの前に現れなかったからだ。


 炎龍の存在に魔物たちも怯えているのだ。

 最強種古龍は、すべての生態系の頂点とも言える。


 どれほど歩いただろうか。

 俺たちはいよいよ、ディケム山岳地帯の最奥部に近づく。

 緑が少なくなり、切り立った岩山が多くなる。






「ヒナタ・・・」


「静かに、もう感じるほどに近い」



 少し前から感じていた魔力がどんどん強くなる。

 歩けば歩くほど、それに近づいているのが分かる。


 およそ生物が発するとは思えないほどの濃厚な魔力。

 これが古龍か、と俺は息を飲む。


 顔を上げると見える山の峰。

 その稜線の向こう側から魔力があふれ出していた。


「この魔力は回復魔法」


 ヒナタが言う。

 俺も同じことを感じていた。

 濃度は違うが、白魔法の魔力に似ている。



「・・・炎龍が傷を癒しているんだろう。急いだほうが良いな」



<雷帝>が決死の戦いで露出させた炎龍の逆鱗。

 それが再び隠れてしまえば俺たちに勝ち目はない。

 俺たちは峰を目指し急いだ。



 険しい岩場を越え、ゆっくりと身を隠しながら進む。

 先に見つかってしまえば一巻の終わりだ。


 そして。

 遂に俺たちは前方の大きな岩山の陰に炎龍の影を捉える。






「・・・あれが」


 俺は思わず呟いてしまう。



 肉食獣を思わせるしなやかな身体に一対の大きな黒い翼。

 燃えるような赤い毛並みが、無機質な岩山に映える。

 炎龍はそこに悠然と立っていた。


 炎龍カグラ=ロギア。


 最強種にして、すべての魔物の頂点がそこにいた。




 良く見えないが、

 あまり周囲に警戒しているようなそぶりは見せていない。

 虚空を見つめ、微動だにしない。

 身体からは白い光が漏れている。



 そこで俺は気が付く。

 あの光は回復魔法だ。


 ヒナタもこちらを見て頷く。


 よく見ると炎龍は身体中に傷を負っており、

<雷帝>との戦闘による傷はまだ癒えていないことが分かった。

 間近に感じて初めて分かる。

 本当に<雷帝>はあれと戦ったのか。



「どうする?」


 俺はヒナタに声を掛ける。

 距離およそ60メートル。


 俺とヒナタが飛び出せば、10秒ほどで駆けられる距離だ。


「静かに」


 ヒナタが俺を制す。

 だがそれは遅かった。


 俺たちが出方を定める前に、

 炎龍に動きがあった。




「グォオオオオオオオオオオン!!」



 炎龍の咆哮。

 戦太鼓のような大轟音に、岩山全体が震える。



 炎龍の視線が俺たちの方を向く。

 気付かれた。


 そう思った瞬間、

 炎龍の体表が赤い魔力につつまれた。


「まずい、離脱」


 ヒナタが駆け出す。

 俺も脇目も振らずその背中を追った。



 次の瞬間、俺とヒナタを光が包んだ。


 初めはただ眩しい何かが目に入ったと思った。

 次の瞬間、強烈な熱波を感じ、

 遅れて爆風がやってくる。


 俺とヒナタはそのまま吹き飛ばされた。




「ぐわっ!」



 俺は受け身を取ることも出来ず、

 木っ端の様に弾けとんだ。

 岩に身体をぶつけながらなんとか体勢を立て直す。


「グレイ!」


 ヒナタは無事に着地できたようだ。

 心配そうに俺の元に駆け寄ってきた。


「マズいぞ、気付かれた」


 俺は顔を上げ、先ほどまで自分たちがいた場所を見る。


 そこには身を隠していた大岩は跡形もなく、

 代わりにぽっかりと大穴が口を開けてえた。


 炎龍の魔法により、一瞬のうちに地形が変わっていた。

 俺は戦慄する。



「グォオオオオオオオオオオン!!」



 炎龍が俺たちを探して、再び吠えている。

 どうやら正確な位置を捕捉されたわけではなさそうだ。



「とにかく退避」



 ヒナタが言う。

 完全に同意だ。


 俺たちはただ炎龍に見つからないことを祈りながら、

 その場から退避した。


 そこから二度、炎龍はあたりをまとめて焼き払うかの様に魔法を放った。

 岩場は炎に包まれ、俺たちは改めてティムさんの言った言葉を思い出す。



 ―――――並みの魔導士では近づくことも出来ない。



 炎龍は燃え盛る炎の渦の中、

 雄たけびを上げ続けていた。




 ・・・

 ・・

 ・




「あれは・・・やばいな」


 炎龍から距離を取った俺たちは、

 岩陰で話し合った。


「あれほどまでとは思っていなかった」


 ヒナタが言う。

 正直、近付くことも出来ないようじゃ逆鱗なんてとても攻撃できない。

 作戦もなにもない。


「時間を止められるのはどれくらい」


 ヒナタが尋ねた。


「正直状況によるな。今この場であれば1分以上は行けるが、移動と攻撃、それから炎龍のプレッシャーを考えるとその半分ってところかな」



 時間魔法の弱点は、停滞した世界での呼吸。

 当然、動きや緊張が激しければ酸素の消費も早い。


 その言葉を聞いたヒナタは何かを考えている様子だ。



「・・・普通に考えれば二人で狩りをする場合、一人が囮。一人が狩り役となるのが効率的」



 ヒナタは言った。


「俺もそう思う。・・・だがダメだ」


 この場合、時間を止めて逆鱗への一撃を放つ俺が狩り役となる。

 となると必然的に囮はヒナタだ。


 普通の魔物相手であればそれでも構わないが、

 今回の相手は普通どころではない。


 元々俺が独断で始めた依頼だ。

 ヒナタにリスクを負わせるわけにはいかない。



「私が心配?」


 ヒナタが俺に尋ねる。


「当たり前だろ」


 俺は答えた。


「・・・貴方は不思議」


「どういうことだ?」


 俺は尋ねる。

 ヒナタはそれには何も答えなかった。

 だが心なしかいつもより表情が柔らかく感じたのは俺の気のせいだろうか。



「どちらにせよ、炎龍と戦う時点でリスクなしでは無理。私もここに居る時点で覚悟はしている。それに・・・」


 ヒナタは俺の目を見る。


「私の方が、グレイより強い。どうせなら成功確率の高い行動を取りたい」


「ぐ・・・はっきり言いやがって」


 俺は確かにその通りだと思った。


 元々ヒナタの方がランクも上で討伐経験も豊富。

 時間魔法以外は身のこなしも実力もヒナタの方が上だ。



「危機回避の能力は高いと思う。無理なら逃げる。」



 俺はヒナタのその言葉を拒む代案もなく、

 炎龍へと挑むことになった。



 ・・・

 ・・

 ・


 ヒナタは危機感を感じていた。

 目の前の炎龍もさることながら、自分の心境の変化にである。

 もともとソロで冒険を続けていたのは、

 他人と一緒に行動する煩わしさと、リスクを排除するためである。


 ある目的を達成するため、ヒナタは魔導士となった。


 その目標以外の事はすべて小事。

 そう思っていたはずであった。


 だが今、ヒナタは初めて自らの目的から外れた依頼を受けている。

 それも古龍の討伐などと言う馬鹿げたリスクの依頼。

 これまでのヒナタであれば絶対に受注したりしない依頼であった。


 ヒナタは隣を歩く青年を見る。

 ゼメウスの箱を開け、時間魔法を会得した青年。


 彼に付いていく事で、自らの目的に近づくことが出来るかも知れない。

 初めはそんなきまぐれで彼の旅程に帯同することを決めた。


 だが今は違う。

 この頼りなく、子供っぽい青年を放っておけなくなっている自分が居た。

 それはヒナタにとって驚くべき心境の変化だ。


 ヒナタは自らの幼少時代を思い出す。


 思えばまだ村で平和に暮らしていたあの頃は、

 村の幼い子供たちの世話をよく焼いていた。


 それがいつからか一人でいることに慣れ、

 何かに執着するという事もなくなっていたのだ。


 世話の焼ける弟。


 ヒナタはグレイを見て、そんなことを考えていた。

 ヒナタがグレイの横顔を見ていると、

 視線に気が付いたグレイが口を開く。


「どうした?腹でも減ったか?」


 これから炎龍と戦うと言うのに、

 彼はどこか呑気な発言をする。

 ヒナタはため息をついた。 


「減っていない」


 そうは言ったが、確かにヒナタも空腹を感じていた。

『晩秋のファイアウルフ亭』に戻ったら何を食べよう、

 そういえばまだ宿の隣の食堂には食べてない肉料理があったな。

 そんなことを考える。


 そこでヒナタはハッとする。


 これから炎龍と戦うと言うのに、

 呑気な事を考えているのは自分も同じではないかと、気が付く。

 魔導士としての緊張感の欠如に、ヒナタは自己嫌悪した。


 ヒナタは危機感を感じていた。

 自分の変化に、である。

 この青年と一緒に居ると、

 自分はどんどん普通になっていく。


「・・・ばか」


 ヒナタは恨みをこめて青年の横顔に言う。


「あん?」


 青年はなんとも気の抜けた声を上げた。

 ヒナタは知らん顔をして、歩みを早めた。



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