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第23話 受注

 


「なんだい、僕に話って」


 俺の正面にはティムさんが居る。

 ギルドの部屋の中、ここには俺とティムさんの二人きり。


 ヒナタは付き合いきれないと言って帰ってしまった。


「・・・炎龍の件です」


 俺は言った。


「心配かけてごめんね。討伐隊の件だよね?すでにボルドーニュ近郊にいる高クラス魔導士には遣いを出した。遠方のSクラス魔導士たちにもギルドのネットワークを通して連絡中だ」


 ティムさんが言う。


「・・・確認ですけど、先ほどの説明会で話していた通り、炎龍の弱点である逆鱗はすでに露出している状態と思っていいんですよね?」


 俺はティムさんに尋ねた。


 古龍の唯一無二の弱点、逆鱗。

 その状態がこれからする話の大前提となる。


「・・・質問の意図は分からないけど<雷帝>の報告ではそうだ。十日間の戦闘により、炎龍も疲弊している。彼が逆鱗へ攻撃を仕掛ける前に事故は起きてしまったようだが」


 ティムさんは再び暗い顔をする。

 俺は続けて質問した。


「俺は古龍については詳しくありません。ですが本で読んで逆鱗が弱点だという事は知っています。それは間違いないですか?」


 ティムさんは不思議な表情をする。


「・・・それは間違いない。ギルドの記録上でも、これまでの古龍の討伐事例はすべて逆鱗を攻撃することにより行われている」


「そうですか」


 俺はそれで安心する。

 そこさえ担保できれば、この作戦の成功確率は高まる。


 正面から戦う必要はない。

 炎龍が気が付かないように近づいて、

 逆鱗を攻撃するだけだ。


 俺が深く考える姿をじっと見ていたティムさんが言う。


「・・・君の気持は嬉しいけど」


 どうやら俺の意図に気が付いたようだ。


「こちらから相談しておいて大変申し訳ない。けど君だけでは炎龍の対応は不可能だ。君が考えているほど炎龍の逆鱗を攻撃するのは簡単な事じゃない。勇気ではなく、技術と戦闘力の話さ。」


 ティムさんが厳しい表情で言った。


「単独で出来るなら、ギルド長かまたは僕か。もしくはギルドに縁のある魔導士ですでに炎龍を倒しに向かっている。だが我々では逆鱗を攻撃する前に、炎龍に近付くことさえ難しいんだ」


 だからこそ人数を集める必要があった、

 とティムさんは言った。


 単純に的が増えれば、逆鱗に近づくチャンスは増える。

 弱い人間だけで目的を達成するための一つのやり方だ。


 だが当然、そのやり方では被害が多くなる。

 だからこそ魔導士たちは討伐隊に志願しなかったのだ。

 リスクと報酬が見合わない、そんな言葉が俺の頭に浮かんだ。



 俺はティムさんに言う。



「・・・それでも、達成可能な手段があると言ったらどうしますか」



 ティムさんはピクリと反応する。

 途端に柔和なティムさんの視線が厳しいものに変わる。

 そしてそのままじっと俺の目を見た。



 俺たちの間に長い沈黙が流れる。



「・・・慢心からの言葉なら、そんな状況じゃないと叱るところだけど。どうやら違うようだね。」



 ティムさんが言う。

 俺は緊張から汗ばんでいるのが分かった。



「・・・はい、確信があります。炎龍と正面から戦うのではなく、あくまで気付かれない様に逆鱗を攻撃するという事であれば」


「どういう事だい?」


 ティムさんは俺に訊いた。


「・・・ここから先の話は俺の特殊な事情を話す必要があります。秘密は守ってくれると思って良いですか?」


 俺は尋ねる。


「勿論だ」


 ティムさんは頷く。

 ここにも俺は確信があった。


 守秘誓約。

 ある特定の依頼に関する機密を、魔導士とギルドが双方守ることを約したものだ。

 つまりこの依頼に関することはギルド側も俺に無断で情報を漏らせないという事だ。


 もちろんそれだけではない。

 俺はティムさんの人間性を同時に考えていた。

 ヒナタの時と同じで確証はない。

 だが、この人なら信頼できるのではないか、そう思えた。



「俺はある特殊な魔法を身に付けています」


 俺は言葉を選びながらゆっくりと話を始めた。








 話し終わった後、

 ティムさんはなんとも言えない表情をしていた。


 それも当然だ。


 リスクマネジメントとして、

 明確に時間魔法の説明はしなかったからだ。


 ティムさんにはただ「炎龍に気が付かれずに近付ける魔法が使える」と強調して伝えたのだ。

 魔法の正体と由来となぜ俺がそんな特殊な魔法を使えるかという部分にも触れていない。

 魔導士は己の手の内は簡単には明かさないのだ。



 ティムさんにとってはあまりにも不十分な情報。

 だが今回はそれで十分だ、と俺は判断した。


 なぜなら真実かどうか、

 俺は証明することができる。



「君が嘘を言う人間には思えない。だけどさすがに――――――」



「<時よ>」



 俺はティムさんに聞こえない様に、

 時間魔法を発動する。



「――――――その話だけで、信じる・・・・え?」



「こちらです」


 俺はティムさんの背後から声を掛けた。

 ティムさんはすごい勢いで振り返った。


「今のは・・・いつの間に」


 驚くティムさんを尻目に、

 俺はもとの席に戻った。



「お見せできるのは今の一度だけです。それで判断してください」



 俺は言った。

 ティムさんは動揺冷めやらぬと言った様子だが、

 俺が背後を取った、と言う事実を必死に咀嚼しているようだった。

 ティムさんの自問自答の時間が続く。

 だが俺には確信があった。



「・・・なぜわざわざ危険を犯すんだ?」



 ティムさんが尋ねる。

 よし、信じた。

 いよいよ最終局面だ。




「・・・魔導士はカッコ良くないといけません」



 俺は素直に言う。

 その言葉にティムさんは目を丸くした。


「・・・カッコ良く?それだけかい?」


 ティムさんは信じられないと言った様子で尋ねる。



「ええ。さっき大集会所に魔導士が一人も残らなかったとき、俺は悲しかったんです。人々を助けるのが魔導士の仕事、そう信じて生きてきましたから」



 俺は言う。

 魔導士は一つの人生丸ごと憧れた職業だ。

 理想は高くて当たり前だ。



 ティムさんは何かを考えている様子だ。

 再び長い沈黙。

 やがてため息と一緒にティムさんが言った。



「・・・グレイ君は本当に面白いね。」



 たしか同じようなことをヒナタにも言われた気がする。



「師匠が良いので」



 俺は言った。




 ・・・

 ・・

 ・



 その晩。

 副ギルド長ティムは考えていた。

 グレイと名乗る青年魔導士。


 結局、彼に炎龍討伐の依頼を出してしまった。

 自分の独断で。


 本人の強い希望により、このことは他のギルド職員にも秘密だ。

 代わりに成功時にはそれなりの報酬を出すことになった。


 功名心からでも、若者にありがちな承認欲求によるものでもない。

 彼はそうするのが当然かのように依頼を受けた。


 話の中で感じたのはグレイが抱く、魔導士への強い憧れ。

 理想の姿、とでも言うのだろうか。

 彼にとっての魔導士とはいったいどれほどの存在なのだろうかとティムは思った。




「・・・話って、なんだい?」


 ティムが思い耽っていると、

 会議室に自らの上司が現れた。


 ボルドーニュのギルド長である。


「来ていただいて申し訳ありません。実はある魔導士に炎龍討伐の依頼を出しました」


 ティムの言葉にギルド長はピクリと反応する。


「だれだい?近くに依頼を受けられるようなSランクは居ないはずだけど。それともAランクの誰かかい?」


 ギルド長は尋ねる。

 ティムは自分が話そうとしていることに思わず笑ってしまう。


「・・・信じられないかも知れませんが、依頼したのはグレイと言う最近この街に来た現在Cランクの魔導士です。」


 ギルド長は目を見開いた。


「どういうことだい?」


 当然の質問だ、とティムは思った。


「安心してください。この依頼はギルドからの独占的な依頼では無く、あくまで僕個人からの直接依頼という事にしました。ギルドとしての包括的な対応策立案は継続して実施します」


 ギルド長の目つきが険しくなる。


「・・・ティム。そんなことを聞いているんじゃない。私が聞きたいのはどうしてCランクの魔導士なんかに炎龍討伐なんて依頼したのかと言う話だ。危険すぎる」


 ティムは少し考えて答えた。


「・・・同意です。副ギルド長としては許可を出すべきではなかった。なぜ自分でもそんな事をしたのか理解できません。彼に依頼をしようと思ったのは、同じ魔導士として何か感じるものがあったから、と言うほかはありません」


 ギルド長はティムの目を見る。


「・・・Sランク目前と言われたほどの魔導士である君の勘か。それは無視できないね。何かあるんだろ?」


 ギルド長は尋ねた。

 ティムは頷く。


「はい。・・・彼には僕にすら計り知れない何かがあります。ですが守秘義務を結びましたのでこれ以上の追及は不可能です。そんなことをするつもりもありませんが」


 ギルド長はため息をついた。


「・・・なんだ、面白そうな人材が居るなら紹介してくれれば良いのに。ギルドはいつだって優秀な人材を求めているのに」


 ティムは笑う。


「紹介しますよ。彼が無事に帰ってきたら、ね」


 ギルド長は嬉しそうに目を輝かせた。


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