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第22話 集会

 

 気が付くと俺は、図書館の席に座っていた。


「あれ」


 意識も切れ間もなく。

 ただいつの間にかそこに居たという感覚だ。


 先ほどまでの西洋風の屋敷はどこに行った。


 俺はあたりを見回し、

 あの少女とメイドさんの姿を探す。


 だが周囲に彼女たちの気配はなく、

 机の上には先ほどまで俺が読んでいた魔導教本が開いたままの状態で置いてあった。


「どういうことだ」


 俺は首をかしげるが当然答えはでない。


 納得のいかない違和感を感じながら、

 俺は本を書架に戻そうと立ち上がる。


 そこでふと気が付いた。


 今まで自分が腰かけていた椅子が、

 あの屋敷でリエルが座っていた立派な椅子と酷似しているようだった。


 椅子にはリエルの屋敷で何度も目にした、

 獅子のような刻印が刻まれていた。


 そのまま俺は図書館を後にした。









「グレイ」


 魔導士ギルドに戻り、

 呆けたまま受付前をうろうろしていると声を掛けられた。

 ヒナタだ。



「どこに行っていたの。そろそろ説明会が始まる」



 ヒナタはそう言って俺の手を引っ張っていく。

 なんか保護者みたいになってきたな。


 俺は徐々に意識がはっきりとしてきた。

 そうだ、説明会だ。

 ギルドから何か緊急の説明があると言われ、

 図書館で待っていたんだった。


 俺たちはギルドの二階にある大集会場へと向かった。





「はい、グレイさんとヒナタさんですね。それではこちらに署名をお願いいたします」


 大集会場の前で受付嬢さんに渡されたのは、

 守秘誓約書と書かれた書面だった。

 随分と物々しい書類だ。


「これは・・・」


 俺は戸惑いながら、受付嬢さんに尋ねる。


「今から行われる説明会はCクラス以上の魔導士、かつ守秘義務を誓約いただける方のみ参加が可能です」


 受付嬢さんは言った。


 魔導士ギルドは比較的自由な組織ではあるが、

 いくつか厳格に定められた規律がある。


 そのうちの一つがこの守秘義務である。


 一般的な依頼ではなくクローズドな依頼に適用されることが多く、

 国家や一般市民に多大な影響を及ぼす可能性が高い依頼に用いられることが多い。


 この誓約書が交わされた依頼については、

 魔導士もギルドも双方が秘密を守る必要がある。


 破ればギルドからの除名、魔導士資格の剥奪など

 罪は重い。

 魔導士にとって情報は命なのだ。



「ん」



 ヒナタが早々にサインして受付嬢さんに渡す。

 俺もそれに倣い、サインをする。

 俺たちは大集会場へと入った。


 



 大集会場には、すでに30人ほどの魔導士がいた。

 彼らの表情の固さに俺たちも緊張する。

 そうだ、これは緊急の説明会なのだ。

 当然にヤバい案件に違いない。

 俺は身を引き締めた。




「粗方揃ったようなので始めよう」



 そう言って前に立ったのはティムさんだった。

 定刻より3分遅れてのスタート。


 魔導士たちの視線が集まる。


「すでにここに居る魔導士には守秘義務を誓約して貰っている。だから端的に言うよ。ボルドーニュ近郊の山岳地帯に炎龍が確認された」



 室内がざわつく。

 俺も驚いた。

 まさかそんな事態になっていたとは。


 ティムさんは反応が収まるのを待たずに続けた。



「ここまでの経緯を話すと、ギルドでは炎龍の痕跡の報告が入ってすぐ、存在が未確定の段階からSクラス魔導士の<雷帝>に調査を依頼していた。最終的に炎龍を発見したのも彼だ。<雷帝>はそのまま単身で炎龍の討伐任務を行って貰っていた」



 魔導士たちが驚きと共に、感嘆の声を漏らす。

 古龍種に単身で対応できるのは、

 人間業ではない。


 さすがSクラス魔導士と言ったところだ。




「<雷帝>は炎龍を追い詰め、逆鱗を露見させるところまで成功している。撃退は目前だった。・・・だが事故が起きた。」



 ティムさんが悔しそうに顔をしかめる。

 会場内が息を飲んだ。



「ギルドは<雷帝>支援のため、山岳地帯の通行を完全に止めていた。もともと魔導士以外には、人の通りは皆無の土地だ。影響はないはずだった。だが運の悪いことに他地域からの商隊が山岳地帯に迷い込んでしまっていたんだ。<雷帝>と炎龍が戦闘を行う地域に、だ」


 ティムさんは続ける。


「<雷帝>は商隊を守るために深手を負った。商隊を山岳地帯に待機するギルド職員の所まで送り届けた時には、命を失ってもおかしくないほどの重傷を負っていた。彼は今も目を覚ましていない」



 再び会場内がざわつく。

<雷帝>の負傷。

 それは魔導士界にとっては大ニュースだ。



「炎龍は未だに存命。このままではいつこのボルドーニュの街に被害が及ぶとも限らない。この緊急事態にぜひ諸君らCクラス以上の魔導士の力を借して貰いたい。炎龍もまた<雷帝>との戦いにより疲弊している。今を逃せば炎龍は回復してしまうだろう。急ぎ討伐隊を組み、手負いの炎龍を撃退したい」


 ギルド内は静まり返った。



「この後、参加志願者はこの会場に残って貰えると助かる。もちろん危険度相応の報酬は支払われる。・・・これは街の危機だ。助けて欲しい」



 ティムさんは頭を下げた。

 集会所内のざわつきが更に大きくなった。








 驚いたことに魔導士たちはその殆どが集会所を後にした。


 残ったのは、俺とヒナタ。

 それから明らかにカタギでは無いと分かる強面の集団。

 話が終わってからニヤニヤとティムさんに、

 報酬について細かな質問を続ける男二人組。


 それくらいだ。



「どうするつもり」


 ヒナタが俺に尋ねた。


「考え中。ヒナタは?」


 俺はヒナタに質問する。


「当然参加はしない。私は貴方が参加しそうなら止めるために残っているだけ」


 ヒナタはそんな事を言った。


「止めるのか?」


「当たり前。古龍と戦うなんて自殺行為と同じ。いくら報酬が良くても割が合わない。旅の道連れをみすみす殺したりはしない」


 ヒナタはそう言った。


 確かにこの部屋から出ていった魔導士の大半がヒナタと同意見なのだろう。

 報酬よりも命が大事。

 それは理解できるし、当然の事だと思う。

 命あっての物種と言うやつだ。


 だが。

 俺はガランとした集会所にひどく違和感を感じた。

 なんだろうこのもやもやは。




「はぁ・・・」


 二人組の男たちの報酬に関する話を答え終わったティムさんは、

 ため息をついていた。

 ひどく憔悴しているようだ。


「大丈夫ですか?」



 俺はティムさんに話しかける。


「グレイ君か。はは、情けない。この有様さ」


 ティムさんは誰も居なくなった集会場を見た。

 先ほどまで残っていた数人も、結局は報酬面で折り合いが付かず帰ってしまったらしい。

 つまり討伐隊は組織できないことなる。


「リスクに見合わないから<雷帝>への依頼額の倍額を各人に、だってさ。無理に決まってるじゃないか。ギルドは組合に過ぎないのに」


 ティムさんは暗い顔をした。


「どうするんですか。炎龍は」


 俺は恐る恐る尋ねる。


「今から間に合うとは思えないけど、国中のSクラス魔導士に直接依頼を投げる。誰か反応してくれたら幸運だね。あとは軍の討伐隊に任せるしかないかな」


 ティムさんはそんな事を言う。


「<雷帝>にしか声を掛けなかったのはミス」


 ヒナタが後ろから声を掛けた。


「おい、ヒナタ!」


 俺はヒナタをたしなめる。


「いや、良いんだ。彼女の言う通り。これはギルド側のミスさ。<雷帝>ならばどんな依頼でも、たとえ古龍が相手でも依頼を遂行できる、そう楽観視していたんだ。個人的な信頼感もあったしね」


 ティムさんはそう言った。


「君たちもこの場に残ってくれたのはありがたい。だが討伐隊に志願するつもりはないのだろ?」


「当然」


 ヒナタが答えた。


「うん、それが正しい。古龍と戦うなんて普通に考えたら無理さ。僕も逆の立場ならそう思う。・・・この失態はギルドの方で処理するよ」


 ティムさんはそう言って、部屋を後にした。

 俺たちも誰も居なくなった集会所から退散する。



 ・・・

 ・・

 ・



「絶対にダメ」


 宿への帰り道。

 ヒナタが念を押すように言う。


「何も言ってないだろ」


 俺はヒナタに言う。


「顔を見てれば分かる。貴方はなんとかして討伐依頼を受けようとしている」


 すごいな、なぜバレた。

 そんなに分かりやすいか?

 ヒナタの洞察力には恐れ入った。



「なぜそう思った?」


 俺はヒナタに訊いた。


「簡単。貴方は格好を付けたがるから」


 ヒナタははっきり言う。


 その言葉に俺は思わず笑ってしまった。

 ヒナタが端的に表した言葉が、まさに俺の心のモヤモヤの原因だったからだ。

 


「何がおかしい?」


 大笑いしている俺を前に、

 ヒナタはムッとした様子で俺に尋ねた。


 たしかにそうだ。

 彼女からしてみれば何故笑われているのか分からないだろう。


「いや、すまん。だがヒナタの言葉に驚かされてな。そうだよ、カッコ悪いなって俺は思ったんだ。魔導士はみんなの憧れ、任務を遂行して人々の平和を守るもの、だろ?」


 俺はヒナタに言う。

 そう、あのガランとした集会所を見た時俺は落胆したんだ。

 俺が夢見た魔導士は、あんなのじゃない。



「そんな魔導士は存在しない。皆、生きるために働いている。ヒーローではなく商い。命を懸ける理由は無い」


 ヒナタは言った。


「あるよ。それじゃカッコ悪いだろ?魔導士は俺の夢だ。生涯かけて夢見た魔導士がそんなカッコ悪いワケないだろ」


「理解不能。仮に討伐隊に入ったとしても古龍に勝ち目はない。」


「それは・・・」


「近づこうとすれば焼き殺される。近づいても焼き殺される。古龍の攻撃に晒されながら、古龍の逆鱗を穿つのは不可能」


 ヒナタは言う。


 その言葉に俺は気が付く。

 そして言ったヒナタ本人も気が付いたようだった。


 そうだ、古龍に近づいて逆鱗に攻撃する。

 そんな危険なことが出来る人間なんて、Sクラス魔導士以外に居るはずがない。



 俺以外は。



「・・・ダメ。絶対」


 ヒナタが言う。

 だが俺は頷いた。

 心は決まっていた。


 俺は踵を返すと魔導士ギルドへと向かった。


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