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第21話 闇のゲーム

 


「う・・・」


 俺は意識を取り戻した。

 柔らかい肌触り。


 目を開けるとベッドの上で、

 そこは西洋風の内装の部屋の中であった。


 しかも、どうやら外は夜。


 雨が降っている様で、

 轟々と雨風が窓を叩いている。


 時々遠くで雷鳴が聞こえた。



「ここはどこだ?」



 俺は記憶を辿った。


 たしか俺は魔導士ギルドに行き、

 それから図書館に行って、本を読んでいたはずだ。


 そして誰かから後ろから声を掛けられ、それで――――



「・・・あの少女か」



 俺はそこまで考え、ようやくあの少女の事を思い出す。


 ここに居るのはどうやら彼女の仕業か?

 しかし一体どこに連れて来られたと言うのだろうか。


 状況を整理としていると、

 不意に部屋の扉がノックされる。


 俺は驚いて、飛び上がった。


「失礼いたします」


 俺が答える前に入ってきたのは、

 メイド姿の女性だった。


 黒いメイド服に銀髪がよく映えている。

 美人だ。


 俺は突然の使者に驚きを隠せなかった。


 っていかんいかん。

 そんな事を考えている場合じゃないな。


「・・・あなたは?ここはどこですか?」


 俺は彼女に尋ねる。

 だが彼女はそれには答えずに、短い抑揚のない声で言った。

 先ほどから一度も視線は合わない。


「ご主人様がお待ちです」



 そう言って、彼女は部屋から出ていった。

 俺はベッドから身を起こし、彼女の後を追った。



 部屋の外には長い廊下。

 そこにはランプの灯りに照らされ、いくつもの扉が並んでいた。

 貴族の洋館、と言ったところだ。


 豪雨のせいで窓の外の様子は一切伺えなかった。

 ここは本当にボルドーニュなのだろうか。



「あの、ここはどこですか?俺はいつの間にここに?」



 俺はスタスタと前を歩くメイドさんに質問を続けた。

 だが彼女が答えることは無く、

 俺もいつしか無言で彼女の後ろを歩いた。


 どれくらい歩いただろう。

 不意に彼女が足を止める。


 そこは今までで一番大きな扉の前。

 獅子のような生物が刻まれた立派な扉だ。



 彼女は何も言わずに視線だけで俺に指示を出す。

 俺はそれに従い、その扉を開け中に入った。









「ククク、待っていたぞ。俗物め」


 そこにはとても美しい女性が立派な椅子に座り俺を待っていた。


 金髪の妖艶な女性。

 さきほどのメイドさんと同じくらい美人だ。



 彼女は誰だろうか。


「あの、すみません。ここはどこでしょうか?目を覚ましたらここに居て・・・」


 俺は彼女に尋ねた。


「・・・そんなことは気にするな。もはや貴様はここからは出られん」


 金髪の美女は笑みを浮かべて答える。

 その答えに俺は思わず身構える。


「それはどういうことでしょう」


 俺は尋ねた。


「その言葉のままの意味じゃ。自分を客だと思わないほうが良いぞ。私をコケにした代償を払って貰う」



 そこまで話して俺は三つのことに気が付いた。


 一つは髪色。彼女の美しい金髪は先ほどの少女と酷使している。

 二つ目、声も少女と同じ。

 そして三つ目。



 目の前の存在からは一切の魔力を感じない。

 それもまたあの少女と同じだ。


「もしかして、図書館で出会った・・・?」


 金髪の女性は笑う。


「ようやく気が付いたか俗物め。私の名前はリエル。もはや謝っても許さんぞ」


 リエルと名乗った女性は、高らかに笑う。

 どこかで聞いたことがあるような名前だ。


 だが自らの魔力を隠すことが出来るのは、

 彼女が高位の魔導士かそれに近い存在である証だ。



「・・・何が望みだ?」



 俺はいつでも戦闘が出来るように身構える。

 俺のその姿を見て、リエルは更に笑みを深くする。


「フフ、貴様なぞただ殺してもつまらん。我が契約魔法により、永遠に従僕として遣ってやろう」


 契約魔法。

 俺はその名前に聞き覚えがあった。


 とある種族にのみ伝わる魔法。

 以前、本で読んだことがある。

 たしかあの本の名前は――――



「魔族の理」



 俺の言葉にリエルがピクリと反応する。


「ふん、どうやら要らぬ知識だけは持ち合わせているようだ」


 どうやら当たりのようだ。


 魔族とはある地域に住む少数民族の通称だ。

 南の大陸を実質支配するエルフとは異なり、

 見た目はほぼ人間と変わらない。


 だがその魔力の量は人間を超越しており、

 強力なオリジナル魔法を使用することが出来るという。

 契約魔法もその一部だ。


 彼らは自分たちの住む地域からほとんど出ずに、

 閉じられた文化圏を形成しているそうだ。

 そしてその魔族について書かれている唯一の本が、「魔族の理」。

 著者は魔族だという事で当時は話題になり、

 魔族の存在が広く世に周知されるきっかけになった本だ。



「魔族が俺をどうするつもりだ?」


 俺は尋ねた。


「フフ、言っておるじゃろ。私を子ども扱いしたことを後悔させてやる、と」


 リエルは笑う。

 どうやら先ほどの俺の態度をかなり根に持っているようだ。


 だが俺は強気の態度を崩さなかった。


「・・・知ってるぞ。契約魔法は相手に強制的な主従契約を行使させる白魔法の一種。だがそれには双方の同意が必要だ。俺を強制的に従わせることは出来ないはずだ」



 俺は言う。

 本を読んでいて良かった。

 心からそう思う。



 だがリエルは再び笑う。



「フフフ。私の契約魔法をその辺の雑魚の魔法と一緒にするなよ?ある条件を満たせば、お前は私のものだ。すでに貴様は私の魔法に半分かかっているからな」


 俺は黙っていた。


「・・・無知な貴様に教えやろう。契約魔法の真髄は『約束』じゃ。ほれ、思い出してみ。なにか私と約束しなかったか?どうじゃ?」



 俺はリエルの言葉に、記憶を辿る。

 そして一つのやりとりを思い出した。



『私とゲームをしよう』

『遊ぶのは別に構わない』



 俺は青ざめる。



「ふふ、いかんぞ。契約内容はしっかりと確認せんとな。約款に何が書かれていても、契約した後に気が付いてはもう遅い」


 リエルがそう言うと、

 突然、俺と彼女の間に一つの丸テーブルと二脚の椅子が現れた。



 リエルは立派な椅子から立ち上がり、

 新たに表れた椅子にドカリと腰を下ろした。



「・・・さぁ、座れ。貴様にはいくらでも付き合ってやる。度重なる敗北に心が折れた時が貴様の最後じゃ。その瞬間に、契約魔法は履行され、貴様は一生を私の従僕として過ごすのだ」



 俺はリエルの言葉に恐怖を感じ、

 無意識に椅子に腰を下ろしてしまう。


 テーブルの上に、いつの間にかカードの山が置かれている。


 ダメだ。



「クク、闇のゲームにようこそ。それでは―――――」



 ――――遊ぼうか。



 リエルの目が赤く輝いた。



 ・・・

 ・・

 ・





 結論から言うと、俺の完勝だった。


 それも当然だ。


 リエルが提案したのはカードを使ったゲーム。


 だがババ抜きにしてもポーカーにしても、

 俺は時間魔法で時間を止め、リエルの手札を覗くことが出来た。


 二人きりでやるゲームにおいて、

 俺に敗北はありえないのだ。



「そんな・・・嘘じゃ・・・嘘じゃ・・・」


 途中まで自信ありげにしていたリエルも、

 今では半分涙目だ。


 今もババ抜きの最中で、

 ババは彼女の手札の右側にある。


 俺はババとは反対側のカードを取り、

 そんままテーブルの上に捨てた。

 うん、たぶんこれで30勝目くらいかな。

 その間に俺は一度も負けていない。


 その瞬間、リエルはポヨヨヨンと間抜けな音を鳴らして

 先ほどの少女の姿に変化した。


「うわあああん、認めん!認めんぞ!私がこんなに負けるなどありえん!貴様きっと何かイカサマをしておるのじゃ!ズルいぞ!」


 リエルは泣きながらそんなことを言い出した。

 だがそれを言ったらお互い様だ。


 リエルも俺にバレないように錯乱魔法を俺に掛けようとしたりしてたし。

 ま、その瞬間時間を止めて即回復してたから魔法には掛からなかったけど。


「勝負は俺の勝ちだな?」


 俺はリエルに尋ねる。

 リエルは悔しそうに俺を睨んだ。


「・・・く。カードでは勝てんが私の心は折れておらぬ。つまり貴様は本当の意味で私には勝てていない。クク、これは試合に負けて勝負に勝ったというわけじゃ!つまりは引き分・・・ギャ!!!」



 その瞬間、リエルの頭にゴツンと拳骨が振り下ろされた。


 拳骨の主は俺ではない。

 先ほどまで静かに俺たちの勝負を見守っていた、メイドさんだ。


「リエル様、お見苦しい真似は止してください。あなたの負けです」


 メイドさんは言う。

 腕組をして仁王立ちしながら、リエルを見下ろしてる。

 怖いぞ、この人。


「グググ、セブンお主、私に拳骨を喰らわすなど・・・」


「主の醜悪な態度を正すのもメイドの使命と存じます。さ、早くこの方を開放してください」


 メイドさんは毅然とした態度を崩さない。

 なんか帰れそうな雰囲気だ、良かった。


「ぐ、分かっておるわ。もはやこんなやつと一分一秒も一緒に居たくないわ。ほれお主、好きに帰れ」


 俺はその態度にカチンと来る。

 思い返してみれば、俺は本を読んでいただけだ。

 こんなところに一方的に連れて来られ、

 今度は勝手に帰れと言うのもひどい話だ。


 なんとか一泡吹かせたい。

 その想いが俺にある事を思いつかせた。


「そういえば、俺が勝った報酬はどうなるんだ?」


 俺の言葉にメイドさんがピクリと反応する。

 リエルの顔が青ざめる。


「ま、待て。これは私のゲームだ。お主も楽しんだだろう?そもそも無事に帰れるだけありがたい話だと――――ギャ!!!」


 再びリエルの頭にメイドさんの拳骨が落ちる。


「いい加減にしてください。この方の仰る通りです。迷惑をお掛けしたのですから当然です。さ、今すぐこの方の奴隷として隷属し、人間以下の存在として一生ご奉仕なさい」



 メイドさんが恐ろしいことを言う。



「ま、待て。そんな、そんな酷いこと・・・出来るわけ・・・」


 リエルは涙目だ。


「出来ない?貴女はこの方を奴隷にしようとしていましたよね。もしや自分は契約を盾にこの方を脅した癖に、いざ逆の立場になったら契約を不履行されるつもりですか?大したお方ですね・・・」


 メイドさんの言葉の刃は増々、鋭くなっていく。

 リエルはもはや泣く寸前と言った様子で、

 俺に視線で助けを求めてきた。



 仕方ない。



「・・・べ、別に奴隷にならなくてもいいぞ。と言うか奴隷なんか居ても逆に迷惑だ」


 俺は言う。

 リエル俺の助け舟に飛びついた。


「そ、そうか。では奴隷以外に報酬をやろう!それでチャラじゃ!ほれセブン。こやつもこう言っておる!契約は守るぞ!」


 リエルの態度にメイドさんは深いため息をついた。


「勝手になさってください」


 メイドさんが折れた。

 リエルは明らかに安堵の表情を浮かべた。


 そしてリエルは再び俺に視線を戻す。


「それでお主、何が欲しいのじゃ?・・・まったく私に対価を要求するとはいい度胸じゃ」


 リエルはまだ何かグチグチ言っていた。

 だが俺は聞こえないフリをする。






「そうだな、とりあえず必要なのは金だな・・・」


 我ながら浅はかな要求。

 だが東の大陸へ向かうと言う目的を果たすために、金が必要だ。

 何やら驚いた表情のリエル。



「か、金じゃと?この私に金銭を要求しているのか、貴様。・・・とことん馬鹿にするつもりか」



 ワナワナと震えるリエル。

 何か気に障ることを言ったのだろうか。

 だが俺は気にせず続けた。


「人一人奴隷にするつもりだったんだろ?つまりは俺の全てが掛金だったワケだ。それに見合う対価でいいなら、それこそあんたの全財産くらい貰わないと割に合わないと思うぜ」


「ぐ、が・・・しかしだな」


 リエルの言葉をメイドさんが遮った。


「リエル様。いい加減にしてください。この方は何もご存じないので当然でしょう。貴女がそうしたのですよ?・・・さ、早く要求通り対価をお支払いください。現金で。あなたもそれでいいですね?」


 メイドさんが俺を見て言った。

 その勢いに思わず俺も頷く。

 リエルはまだ納得していないようだった。


「ま、待て。ちょうど今持ち合わせが・・・」


「関係ありません」


 そう言ってメイドさんはリエルの身体を弄ると、

 彼女から何かを奪った。


「あぁ!それは!!」


 奪われた何かにリエルが必死にすがる。

 メイドさんは何も知らないという顔で、

 リエルを引きはがすと、俺に向けてその何かを投げた。


「わ」


 俺はその何かをキャッチする。

 そこには一枚の硬貨があった。

 獅子のマークが刻まれている。


「これだけか?」


 見たことの無い硬貨だが、

 価値は低そうだ。

 ゲームの報酬としては子供のお小遣い程度だろう。


 俺の言葉に、メイドさんが眉をしかめた。



「・・・過剰な要求は身を滅ぼしますよ。それは我が主の現状における『全財産』とも言えます。あなたが要求した通りでしょう?」



 現状の『全財産』か。

 なるほどな、上手い言い方だ。


 言い返すポイントはいくらでもあったが、

俺はもう面倒臭くなっていた。

 それにこのメイドさんを敵に回すのは恐ろしいから止めて起きたかった。



「分かったよ。一応、貸しだからな」


 メイドさんは表情を和らげた。


「・・・それでは、主に代わり私がお送りいたします」


 メイドさんの周りに魔力が集束する。


「二度と来るなよ、このイカサマ師め」


 リエルが俺に舌を出した。

 暗転する世界の中、もう一度拳骨がリエルに振り下ろされる音と、ぐぇと言うカエルみたいな声が聞こえた。

 俺はそこで意識を失った。




 ・・・

 ・・

 ・



 二人きりになった部屋で、

 少女とメイドは言葉を交わす。


「珍しいですね。あそこまで勝てないなんて」


「うむ、こんなことはありえん」


 運の要素が強いカードゲームにおいて、

 30連敗と言うのはありえない確率だ。


「ではやはりイカサマ、でしたか?魔力は感知したものの、何かをしている様子はありませんでしたが」


 リエルは考える。


「分からん。私も何も感知出来なかった。だからこそ負けたのじゃ」


 リエルは悔しそうに言う。


「貴女に感知できない魔法などあるわけ無いでしょう。ではただ運が悪かっただけです。100万回に1度がたまたま今日だっただけですよ」


 メイドさんは言う。


「ふむ・・・」


 だがリエルは考え込んでいた。


 長い人生で一度だけ、同じような事を体験したことがあった。

 つまり今日は100万回の2度目なのだ。


 そしてその2回の間には、偶然では納得できないような共通点があった。


「時」


 リエルが呟く。


「とき、ですか?」


 メイドさんが尋ねる。


「いやなに、ゲームの最中に奴が何か呟いていた気がしたのじゃ。よく聞こえんかったが、おそらく時と言っておった」


「・・・それが何なんですか?」


「私にも分からん」


 そう言ってリエルは部屋を後にした。


 負けた日は験が悪いから早く寝る。


 数百年前から彼女はそう決めていたのだった。


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