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第212話


あの日からテレシアの体調は悪化し、

一日のほとんどを寝て過ごすようになった。


孤児院の雰囲気は暗く、

アリシアはその看病に追われていた。




俺はと言うと、

ギルドマスターのタトゥーインから呼び出しを受けていた。


「フェンリルの話をもう少し詳しく聞きたい」


見ればタトゥーインの机には魔物に関する書物が山のように乗っていた。

そしてタトゥーインの隣にはメガネを掛けた若い女性が一人。



「・・・こいつはうちの専属魔物研究者だ。おい」


タトゥーインの声で、眼鏡の女性が立ち上がる。


「はい!初めまして魔物研究をしています、クスハと申します!」


ピンと背を伸ばし元気に挨拶をするクスハと名乗る女性。


「あー、えっと。グレイです。家名はない、ただのグレイ」


そう言って俺が手を差し出すと、クスハは勢いよく俺の手を取る。


「話題のグレイさんにお会いできて光栄です!ぜひお願いいたします!」


俺の手を握ったままブンブンと振るクスハ。

ふとタトゥーインの方を見ると、やれやれとでも言いたそうな顔をしていた。



「あー、クスハ。それくらいにしておけ。すまんな、グレイ」


「いえ」


俺は短く答えた。



「・・・こいつはこんなんだが、魔物の知識に関しては一流でな。今回はフェンリルの件で呼び出した」


「フェンリルの?」


俺が訪ねると、タトゥーインがクスハに目配せする。


「グレイさんは、フェンリルと会話した。そしてその個体は王の子、シリウスと名乗ったと言うことでよろしいですね?」


「・・・ああ、報告したとおりだ」


「素晴らしい!」


クスハが声を上げる。

俺が驚いたような目で見ると、

クスハは赤面し、咳払いをした。


「それは恐らく、狼王の7匹の仔の一匹で間違いないでしょう。彼らが高い知識を有していることは分かっていましたが、まさか念話が出来るなんて・・・」


クスハが言う。


「そんなに珍しいことなのか?」


「ええ、ええ!もちろんです。魔狼は誇り高い生き物です。それが狼王の血統となれば尚更です。事実、魔狼と人間が意思疎通したような事例は文献の中でもほとんどありません」


「そう、なのか」


俺は答えた。

それがどれくらい凄いことなのか俺には分からなかったが、

たしかに魔物と意思疎通すると言うのは異質なことだ。



「こちらが気になるのは・・・フェンリルが言っていたという災害と言う言葉だ」


そこでタトゥーインが口を挟む。


「どういうことです?」


俺は尋ねた。

その質問にはクスハが答える。


「古い文献によるとフェンリルは古来から人間に警告を示すことがあったそうです。地震や森林火災、それに疫病など」


「予言と言うべきか。だから北の大陸の一部では高位のフェンリルを神の遣いなんて呼ぶ地域もあるらしい。俺達にとってはただの魔物だが、まぁそこは文化の違いだな」


タトゥーインが言う。

俺は気になる点を尋ねる。


「大きな災害というのが本当に起きると?」


「いや、正直分からん。だが調査は必要だろう。備えあればってやつだ」


タトゥーインが答えた。

半信半疑、どちらかと言うと眉唾と思っているような顔だった。



「俺を呼んだ理由は?」


俺は尋ねる。


「・・・いや、本当に話を聞きたかっただけだ。それとこのクスハがフェンリルの話を聞きたいとせがむからな。お前を紹介しておきたかったんだ」


「そうですか」


「既に調査チームを走らせている。なにか分かったらお前にも共有する」


そう言ってタトゥーインは部屋から出ていった。


「さて、では俺もそろそろ・・・」


そう言って帰ろうとした瞬間、

クスハが俺の服を掴む。


「?」


「グレイさん・・・お願いです・・・もう少し話を聞かせてください・・・」


そう言って、キラキラした目でこちらを見るクスハ。

俺はそのまま彼女の研究室に拉致された。



・・・

・・


「本当に魔物が好きなんだな」


半ば強制的に研究所に招待された俺は、

部屋の様子に驚く。


壁は本棚になっており、

右から左まで書物がぎっしり。


また魔物の素材と思われるものが部屋中に散乱していた。


「あぁ!すみません!人を呼ぶことなどほとんど無いもので!」


そう言ってクスハは、

慌てて座れるように椅子周りを片付けた。





「狼王と言うのはどんな存在なんだ?」


俺は尋ねた。


クスハの説明によると、

魔物の中には、王の名を冠する魔物がいるのだという。


「確認されているのは蛇、蜘蛛、狼、魚、そして龍でしょうか。そのどれもが伝説級で、目撃情報もほとんどありません」


クスハが答えた。


「王たちはSクラスの魔導士ですら足元に及ばない強大な魔力を有しているそうです」


・・・

・・


クスハの研究所を離れ俺は孤児院へと戻る。


その帰り道、見たこともない道に迷い込んでしまう。


「おかしいな、こんな道歩いたことあったかな」


何度か曲がり角を曲がると、

やがて広い公園へとたどり着いた。


俺はその公園のベンチへと腰掛ける。


こうしてゆっくりとすると、

自分の抱えている様々な問題が頭によぎる。



狼王の子、シリウスの残した警告。

テレシアの容態。

灰色の魔導士リシュブールについて書かれた不思議な手帳。


思えばこの街にたどり着いてから色々な事があった。


だがその根幹にある、

俺の悩みは最初から変化していなかった。


こうして考えると思うのは、

ヒナタのことだ。


エルフの里でまるで啓示のように示されたエスタへの道筋。

それを辿れば何かがあると半ば直感的に行動してきた。


だがここに来て、

俺は行き詰まっていた。


あの夢はただの俺の妄想で、

何の意味もないのではないかと思うようになっていた。



ふと、顔を上げると小さな子供が遊んでいた。

石段を勢いよく駆けていく。


危ないな。


そう思った瞬間に、

子供が石段で躓く。


このままでは子供は頭から石段に真っ逆さまだ。


まずい。


俺はそう思い立ち上がると、無意識に、まるで息をするように自然に、

右手の魔力を開放した。



その瞬間、俺の視界が灰色に包まれる。


まばたきをした様に視界が切り替わり、

俺の視界から子供の姿が消えた。


向こうから先程と全く同じ様に、

石段を駆ける子供が現れた。


俺は立ち上がり、

子供に向け走り出す。


するとどうだろう。

子供は先程と全く同じ場所で躓き、

体勢を崩す。


俺は滑り込むように子供を抱き止め、

落下を防いだ。


「ありがとうございます!」


母親と思われる女性が青白い顔をしてかけてきた。


「あ、ああ・・・」


俺はその女性に対して、

心ここに非ずといった感じで答えた。


女性は不審そうな顔でこちらを見ていたが、

俺に何度か頭を下げるとその場を去っていった。


俺は自分の心臓の鼓動が徐々に早くなるのを感じた。


落ち着け。

自分に言い聞かす。


だが心臓はどんどん鼓動を早めていく。


俺は今、何をした?

深呼吸して自分に問いかける。


今、俺は時間を――――


俺は居ても立ってもいられなくなり、

その場から走り出した。



走りながらも思考の波は止まらない。


それどころか、

まるで霧が晴れたかのように全てが繋がった気がした。



なぜ思い至らなかったのだろう。

俺はそう思う。


解決策は最初から、

そう全ての始まりから示されていたのだ。



俺は街のガラスに映る、

自分の顔を見つめた。


そこには、もう見慣れてしまった自分がいた。

若さを取り戻した、青年の姿だ。



いつから時間魔法が時間を止める魔法だと思っていた?

かつて時間を加速させる事を思いついた時、

それ以外の方法には思い至らなかった?


俺はアリシアが翼竜に襲われたときのこと、

そして先程の子供を救った事を思い返していた。




出来るのだ、それが。


数多の戦いをくぐり抜け、

更にはあの手帳を手に入れることで成長した俺ならば。



俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。

俺は雑念を振り払うかのように、

町中を全力で駆けた。



ヒナタを救う方法が、

見つかった。




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