第210話
エスタのギルドマスタータトゥーインは焦りを感じていた。
フェンリルの討伐を目指し谷を進むことにしたが、
悪天候に見舞われどうにも引きが悪かった。
そして始まる魔狼からの襲撃。
狭い谷間の道では魔導士たちの力の半分も引き出せてやれていなかった。
撤退か、討伐続行か。
タトゥーインが判断を留保している時、
一人の魔導士が近づいて来るのが見えた。
今回の討伐に参加している唯一のAクラス魔導士グレイだ。
グレイはタトゥーインの考えを見通すように、
時間稼ぎを名乗り出た。
タトゥーインにとっては是非もない話ではあったが、
心の内に僅かな猜疑心もあった。
本当に出来るのか?
そう喉元まで出掛けて飲み込んだ。
思えばこのグレイという魔導士は、得体が知れない。
話してみれば悪人で無いことは分かったが、
その魔導士としての活動には謎が多かった。
だが今はそんなことを言ってい場合ではない。
タトゥーインはグレイに背中を預け、
全体の指揮を執るために走り出した。
だが次の瞬間。
信じられないことが起きる。
タトゥーインが察知できたのは、
グレイの周囲に寒気がするほどの魔力が収束したことだけだった。
そして次の瞬間―――――
・・・
・・
・
ララァは焦りを感じていた。
魔狼との戦闘が終わらない。
自分を始めとする白魔導士の回復により、
未だ命を落とすような危険には陥っていない。
だが分が悪い。
魔狼は今なお数を増やし続けており、
自分たちの魔力にも限界がある。
このままでは隊が壊滅する。
全体の指揮を執っているギルドマスターは、
まだ判断をしないのだろうか。
そう思って顔を上げると、
ちょうど視線の先にギルドマスタータトゥーインの姿が見えた。
彼が指揮に専念すればもう少し戦闘は好転するだろう。
良かった、とララァは思った。
そこでふと気が付く。
タトゥーインは最前線で魔狼たちを食い止めていたはずだ。
その彼は今やララァ達と同じ隊の後方にまで迫っていた。
では誰が前線に?
ララァがそう思い視線を走らせた先に、
見慣れた魔導士が見えた。
「――――グレイ?」
無意識に呟いたララァ。
だが次の瞬間、グレイの身体が光を放つ。
それはくすんだような白い光。
言い換えれば灰色にも見えるような光だった。
それから、
周囲をいくつもの爆発が起きる。
ララァは思わず、
耳を塞いだ。
ようやく音が止み、
顔を上げた時、
周囲にいたはずの魔狼の気配はすべて消え去っていた。
・・・
・・
・
――――――バキン。
耳元で大きな破壊音が響く。
「・・・ぐっ・・・」
俺は全身の虚脱感に膝をついた。
酸素を求めるように呼吸が荒くなる。
これまでより深く発動した時間魔法。
そして同時に発動した、
68発の<フレイムボム>。
それにより、
魔狼の群れはほとんど壊滅していた。
辺りには爆散した魔狼たちの残骸が散らばっている。
見れば倒し残った魔狼どもが、
悲鳴にも似た鳴き声をあげて引き上げていくのが見えた。
「グレイ!」
そう言って走ってきたのはグリオール達だった。
「大丈夫?」
ララァがそう言って俺に回復魔法を当てる。
「大丈夫だ、怪我はしていない。ただ魔力を使いすぎた・・・」
俺は答えた。
「これを・・・まさかお前が・・・やったのか?」
そう言って驚愕の表情を浮かべているグリオール。
「あぁ。ち、ちょっとやりすぎたな・・・。まだ修行が足りない・・・」
俺は一人呟くように答えた。
「おいグレイ!」
俺の名前を叫びながら、もう一人近づいてくる声。
指揮を執るために撤退したタトゥーインだ。
「お前はなんてやつだ!足止めどころの話じゃないじゃないか!」
そう言ってタトゥーインは俺を抱き起こす。
「上手くいって、良かった・・・、けが人はいないか?」
俺は尋ねた。
「ああ!全員無事だ!お前のお陰だ!」
タトゥーインが答えた。
「ああ、そうか・・・それは・・・」
良かった、と言う前に俺の意識は落ちていった。
いつの間にか雨は上がっていた。
・・・
・・
・
討伐隊は谷の入り口まで引き返し、
野営をすることになった。
俺が目を醒ましたのは夜半のことであった。
戦闘を終えた魔導士たちは疲労困憊のようで、
見張りの数人を残して眠りについているようだった。
「グレイは頑張ったから、見張りの当番からは免除されたよ。まぁ当たり前だけど」
そう教えてくれたのは、
干し肉を頬張りながら火の番をするニケだった。
「そうなのか」
俺は答える。
「もう大丈夫なの?急に倒れたから驚いたよ」
ニケが尋ねる。
「あぁ、大丈夫だ。かなり魔力も回復した」
「やっぱりすごいな、グレイは」
ニケが感心したように言う。
「すごい?」
「うん、魔導士の魔力は睡眠中が最も回復するからね。つまり魔導士の睡眠時間は必然的に長くなるものなのさ」
「そう、なのか?」
「うん。だから眠りが短い魔導士はそれだけ回復力が強いってこと。テレシア様が言ってたよ、優秀な魔導士を見つけたければ朝一番のギルドにいけって」
そう言ってニケが笑う。
「・・・そうだったのか。知らなかったよ」
俺は答えた。
確かに俺は朝が強いほうだが、それが魔導士としての力に直結しているとは思わなかった。
なんだかテレシアに褒められたような気がして、
俺は嬉しい気持ちになる。
「ねぇ、グレイ?」
「ん?」
「さっきの・・・魔狼たちを一瞬で倒したのは・・・君がやったんだよね?」
ニケが遠慮がちに俺に尋ねた。
「・・・そうだ」
「そうか、そう、だよね。あまりに凄すぎて、まだ信じられなくてさ。流石はAクラス魔導士って皆言うけど・・・あれはそんなレベルじゃなくて・・・」
ニケが言う。
「俺も、出来るかは半信半疑だった。結果的に上手くいった。それだけさ」
「・・・そっか」
そう言ってニケは黙ってしまった。
俺も特に何も答えず、パチパチと焚き火の弾ける音だけが響いた。
「・・・明日の朝は早い。もう一度眠ると良いよ。こっちはもう少し見張りだから」
俺は彼女に答え、
張られたテントの方へと戻る。
さり際に、彼女が俺の方を見ている視線を感じた。
テントに戻る途中、
俺は野営地の外に一瞬だけ魔力を感じる。
「なんだ?」
足を止め、気配を探る。
だがそこには何も感じない。
気のせいか。
そう思いテントに入ろうとした時、
再び瞬くような魔力を感じた。
「これは・・・」
俺を呼んでいる。
直感的にそう思った。
誰か起こすか?
一瞬、そう思案するが、
この魔力には敵意を感じなかった。
俺はその魔力の導くままに
歩き出すことにした。
・・・
・・
・
荒れ地のゴロゴロとした道を、
慎重に歩く。
やがて野営地の灯りが遠くなり、
辺りには夜風が吹く。
周囲には魔物の気配もなく、
ただただ点滅するように先程の魔力が瞬く。
俺は魔力と月明かりを頼りに歩き続けた。
そして大きな巨石を越えた先に、それは居た。
「お前・・・か?」
そこには魔力に包まれ真っ白く輝く巨大な魔狼。
フェンリルが鎮座していた。
月明かりに照らされ幻想的に輝く魔狼。
神々しさすら感じるものだった。
・・・
・・
・
『来たか、人間』
不意に頭の中に声が響き俺は驚く。
『・・・念話だ。そう警戒するな』
俺はフェンリルを見た。
視線が合うとフェンリルが頷くような仕草を見せる。
確かに言葉に通りその表情に敵意は無く、
どちらかと言うと面白がっているように見えた。
『昼間はよくもやってくれたな。我が誇り高き戦士たちをあのように倒すとは。正直驚いたぞ?』
「それは・・・」
俺は答えに詰まる。
『・・・ん?ああ気にするな。その事で貴様を恨んでなどおらん。戦士である以上、死とは常に近くにあるものだ。それにやつらの魂は巡り帰ってくる。そうであろう?』
そう言ってフェンリルは満足そうにこちらを見た。
「お前は・・・なんだ?どうして俺を呼んだ?」
俺は尋ねた。
魔物と会話をしていると言う状況に理解が追いつかなかった。
『なに、こちらには害意はないと言うことを伝えに来た。そちらが敵意を持って近づけば応じるがな。直にこの地からも去るゆえ』
フェンリルが言う。
「それは人を襲わないと言うことか?」
『当然だ。人間など喰っても不味い。それにこちらにちょっかいを出すのはそちらであろう?』
フェンリルの言葉に俺は黙った。
たしかに魔物と言うだけで無条件で討伐の対象としてるのはこちら側だ。
「フェンリルが人間と会話するなんて聞いたこともないぞ」
俺は気になっていたことを尋ねた。
確かに高位の魔物の中には知性を有し、
人間と会話をすることの出来る魔物がいるというのは聞いたことがある。
『当然だ。私も人間と話したのは数百年ぶりよ、いやこの身体では初めて、か?』
フェンリルが答えた。
だが俺にはその言葉の意味が分からなかった。
「俺にそれだけを伝えに来たのか?」
『ん?』
「争うつもりが無いという話だ。それならばただこの地を去ればよかっただろう?」
『ふふふ』
「何がおかしい?」
『そなたの言うとおり。わざわざ姿を表したのはもちろん別の理由がある』
「別の理由?」
俺は尋ねた。
フェンリルは少し思案した後、
グルルと喉を鳴らし答えた。
『そなた、何者だ?何故ゆえ、人間ごときが禁忌の魔法を使える?』




