表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

210/213

第209話


「悪いな、グレイ。大事な事をこちらで決めてしまって。こちら側もかなり忙殺されていてな」


フェンリルの荒野への移動中、

タトゥーインが話しかけてきた。


「いえ、こちらこそ。気を使っていただいて助かりました」


俺は彼に頭を下げた。


「・・・お前の活躍は知っているがどうみても指揮官タイプじゃないからな。最終的には俺が判断した。その代わり最前線で身を削って貰うぜ?」


タトゥーインが言う。

俺はその言葉に頷いた。


「・・・だが、グレイよ。ここいらで集団戦闘を学んでおくのも手だぜ?」


タトゥーインが言う。


「そう、ですかね」


「あぁ、大規模な戦闘になれば指揮官の力で戦局が大きく変わる。お前ももう立場的には人に指示を出してもおかしくないレベルだ」


俺はタトゥーインの言葉に素直に頷いた。


「では、勉強させていただきます」


「上等だ。Aクラス魔導士に教える機会があるなんてこっちも気合が入るぜ」


そう言ってタトゥーインは喜々として隊列に戻って行った。



・・・

・・


朝一番にエスタを出立し、

荒野地帯に着いたのは昼頃だった。

隊列が長くなる分、行程が遅くなった印象だ。


タトゥーイン指示のもと、

戦闘の準備を進める一行。


先行させていた斥候役の報告を聞いて、

タトゥーインが声を上げた。


「・・・いない、だと?」


「はい。<青海の牙>が交戦した岩場地帯にはフェンリルはおろか、魔狼の一匹も見つかりません」


タトゥーインが苦い顔をして、頭を掻いた。




「おい、マスター。どうしたんだ?いつまでここに待機するんだよ?」


タトゥーインから追加の指示が出ないことを訝しみ、

グリオールが尋ねた。


「・・・あぁ、先行させていたやつからの報告があってな。フェンリルが居なくなったらしい」


「居なく・・・群れごと移動したということでしょうか?」


ララァが尋ねた。


「恐らくな。今、人員を割いて向かった先を探らせている最中だ」


タトゥーインが答えた。




それから少しして、

俺とランドール達、

それから他のパーティのリーダーがタトゥーインに呼び出された。


「さて、諸君。困ったことになったぞ」


タトゥーインが言う。


「困ったことってなんだよ?」


ランドールが尋ねる。


「フェンリルの移動先に目星が着いた。やつらの痕跡がこの先の谷まで続いているらしい」


タトゥーインが答える。


「谷か・・・」


誰かが呟いた。

そして全員の表情が曇る。



「谷での戦闘は挟撃を受けやすいからみんな避けたいんだよ」


ありがたいことに、ニケが後ろから耳打ちしてくれた。


「なるほどな」


俺は答えた。




「・・・危険は増したが、はっきり言ってこの段階で討伐中止の選択はない。各自最大の注意を払って行動するようにしてくれ」


タトゥーインが言った。

反対意見が上がるかと思ったが、

それは皆無だった。


流石は高ランクのパーティが集まっているだけはあるな、

と俺は思った。


それからいくつか谷間での行動を確認した後、

俺たちは再度移動を開始した。


・・・

・・


斥候役の案内のまま歩き続けると、

道が下がり始め次第に周囲に岩肌が見えるようになった。

太陽の光も届きにくくなり、薄暗い道を俺たちは歩く。



「チッ、これは思った以上に厳しいぞ」


グリオールが言う。


「確かにこれは戦いづらそうだな」


俺は答えた。

谷間の道はほとんど一本道で、

道幅も広くはない。


ここで魔法を放てば、

味方に当たる危険もある。

魔導士には非常に戦いづらい立地だ。


「フェンリルは賢い魔物だと聞いていたが、もし狙ってここに俺たちを誘ってるなら本気でヤバいぜ」


グリオールが言った。

俺も彼と同意見だ。



それからしばらく歩き続け、

更に深い谷間へと俺たちは入っていく。


それと同時にポツリと頬を濡らすものを感じた。


「雨だ」


ニケが呟いたのが聞こえた。


僅かな雨は時間とともに降る量を増し、

直にざあざあと大粒の雨となった。

濡れた衣服は一気に俺たちの体温を奪う。


「・・・最悪の状況は続くものだな」


歩きながらタトゥーインが俺に言った。


「大丈夫なのか?このまま進んで」


俺は尋ねる。


「分からん。だが戦闘もしてないのにただの雨なんかで帰ったら笑い草だ」


「それはそうだが」


「それにここにいるのは、俺が厳選した魔導士たちだ。雨が降ろうが谷間での戦いだろうが、上手くやってくれると俺は信じている」


タトゥーインが答えた。

同時にタトゥーインの吐いた息が白く染まった。


それを見て、俺はハッとする。

いくらなんでも寒すぎる。

これはただの雨の影響じゃない。


「タトゥーイン、やつだ。来るぞ!」


「何?」


タトゥーインがそう言うのと、

谷間に狼の遠吠えが響くのはほぼ同時だった。



・・・

・・



「総員、戦闘準備!魔法の射線には気をつけろよ!」


タトゥーインが声を上げると、

魔導士たちに緊張が走る。


俺も荷物を投げ捨て、

戦闘体勢へと移行する。


狼の遠吠えが二度三度、

それも違う咆哮から響く。


それと同時にいくつもの気配が、

谷間のいたるところから湧き出てくる。


「チッ、出やがったな」


やがて俺たちの目の間に、

魔狼たちが顔を出した。


「フェンリルは!?」


タトゥーインが叫ぶ。


「まだです!まだ姿は見えません!」


魔導士が答えた。


「削るつもりか・・・クソ、これだから賢い獣は・・・」


タトゥーインがそう言った瞬間、

狼たちは谷間を駆け下りてきた。


「迎え撃て!」


最初の一頭に、

タトゥーインが火炎を放つ。


魔狼たちとの戦闘が始まった。



・・・

・・



大雨の中、魔導士たちの魔法が宙に飛び交う。

同時に魔狼の唸り声と血しぶきが舞う。

俺も次々に迫りくる魔狼たちを一頭ずつ倒していた。


今回のメンバーの中には魔狼ごときにやられる魔導士は居ないようであったが、

広範囲に対し魔法が使えないことで、戦況は芳しくなかった。


倒しても倒しても湧いて出てくる魔狼に、

集中力と体力が奪われる。


魔狼の中にも、ただの魔狼ではない、

おそらくはその上位種であろう、一回り身体の大きい個体も混じり始めた。

やがて魔導士たちの中に深手を追うものも現れる。



「こちらです!<キュア>!」


ララァを中心とする白魔道士たちが回復役となり、

傷を癒やしていく。

お陰で未だに戦闘不能となった魔導士は出ていない。


だがこのままではジリ貧だ。

先程から全体を指揮するタトゥーインにも、

焦りの色が見えた。


「・・・仕方がない」


俺は戦闘をしながらタトゥーインへ接近し、

彼に向け声を出した。


「タトゥーイン!」


「グレイか!どうした!」


「このままじゃジリ貧だ!フェンリルと当たる前に崩れてしまう!」


「分かってる!だがどうする!」


「俺が隙を作る!その間に立て直せ!」


俺は叫んだ。


「行けるのか?信じるぞ!」


タトゥーインが言う。


「任せてくれ!5秒後だ!」


タトゥーインは頷くと、

一時戦闘を止め、

魔導士たちの方へと走る。


俺は最前線で狼たちと対峙することになった、

咄嗟に視線を戦場へと流す。


確認できた魔狼は・・・

ざっと50匹か。


俺は右手に魔力を集中する。


以前よりも遥かに魔力の収束が早い。

ここのところの訓練の成果が現れていた。



そして俺は魔力を解き放つ。




<時よ>




時間魔法により、

俺以外の動きが止まる。


戦う魔導士たち。

牙を剥きた魔狼。

それから降り注ぐ雨。


だがそれだけではない。


今まで時間魔法の発動時に感じていた息苦しさや、

身体の動きが制限されるような重圧は感じなくなっていた。



ああ、と俺は思う。


今なら理解できる。

この心に湧き上がる万能感。


まるで世界をこの手に治めたような感覚。


俺だけが動ける、

俺だけの世界。


これが時間魔法。

ゼメウスが生み出した最強の魔法の力。


そして、

灰色の魔導士リシュブールがいた世界だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ