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第208話


孤児院に戻り、

ギルドでの話を早速アリシアに相談した。


「合同依頼と言うことは私の出番はないようね」


アリシアが言う。


「どういうことだ?」


俺は尋ねた。


「Sクラス魔導士を動かすには色々制約が多いのよ、ギルド間の調整とかね。だから今回は集められる人材で討伐をするってことね」


「そうなのか。だがつまり俺たちが失敗すればアリシアに依頼が回るしか無いってことだろうな」


俺は答えた。


「貴方がいるなら、失敗するわけないじゃない?」


アリシアがきょとんとした表情で答えた。


「いや、それは・・・」


「強個体の中には何十年も討伐されていないヤバいやつもいるけど、新たに認定された程度の強個体なら、大丈夫よ」


そう言ってアリシアは笑う。

なんだか彼女の信頼がとてもくすぐったく思えた。


「でも気を付けてね」


「?」


「他の魔導士がいるってことは、貴方の魔法も好き勝手には使えない、でしょ?」


確かにアリシアの言うとおりだ。

不特定多数の前で時間魔法を使用するわけにもいかないだろう。


「あぁ。注意する」


俺は答えた。



・・・

・・


それからギルドでの準備が整うまで、

数日の時間を要した。


ギルドの募集に対し、

Bクラスの魔導士パーティが3つ手を上げたらしい。


グリオールのたちも含めると、4パーティ。

総勢20名の実力ある魔導士がフェンリル討伐に参加するとのことだ。


そしてついにフェンリルへの再戦が明日となった。


その夜半、

珍しくテレシアが俺の部屋を訪れた。

真夜中と言っても良い時間帯の訪問に俺は驚く。



「テレシアさん?どうしたんですか」


「・・・ごめんなさいね。アリシアちゃんから聞いたの。グレイさんが明日、強い魔物と戦いに行くって」


テレシアは心配そうな顔で俺を見た。


「えぇ、大丈夫です。アリシアからもお墨付きを貰っているし」


俺は努めて明るく答えた。

テレシアはそれでも心配そうな表情を崩さなかった。


どうしたのだろう。

今日の彼女はいつもより虚ろな表情をしている。


俺が声を掛けようとした時、彼女がボソリと呟いた。


「魔狼・・・」


「えっ?」


「私の生まれた地域にはとっても恐ろしい狼の魔物が出るの。・・・グレイさんが戦うのは狼の魔物だと聞いたわ」


テレシアが言う。


「はぁ。それはそうなんですが・・・」


「子どもたちが悪さをする度に、大人たちが脅すのよ。良い子にしていないと、満月の晩に魔狼が攫いにくるぞって。だから私の村の子どもたちは一人では決して森に入らない」


「・・・テレシアさん?」


俺は心配になり彼女に声をかける。

彼女は俺に話しているようだが、

どこか目の焦点があっていない。



「私・・・私は・・・」


よく見れば彼女は震えていた。

これはただ事じゃない、

明らかにテレシアの様子がおかしい。


「・・・テレシアさん、大丈夫です。それは迷信ですよ。魔狼は子供を襲ったりしません。それは迷信です」


俺は優しく、諭すように言った。

彼女を安心させようと言った言葉だったが、

彼女の反応は俺の予想とは逆のものだった。


「嘘よ・・・だって・・・あの子が。私の幼馴染は・・・あの日、突然消えて・・・」


俺はハッとして、

テレシアの顔を見る。


見ればその瞳は涙に濡れており、

恐怖からか歯がカチカチと音を立て震えている。



「テレシア?落ち着――――」


「狼があの子を攫ったのよ!!」



テレシアが突如大きな声を上げる。

絶叫にも近い叫び声が孤児院の廊下に響く。


それを聞いて、近くの部屋の扉が開いた。


「お祖母さま!」


そう言って部屋から出てきたのは、

寝間着姿のアリシアだった。


「止めて!グレイさんを止めないと!じゃないと狼が!また狼に攫われちゃうの!!」


アリシアの静止を振り解くように、

テレシアが手足を振り回す。


「大丈夫・・・大丈夫よ、お祖母さま・・・大丈夫だから・・・」


「いやぁ!離して!!お願い、離して・・・・」


アリシアに抱きしめられたテレシアはやがて大人しくなり、

アリシアに肩を抱かれながら部屋へと戻っていった。


俺はその姿を呆然と見ていることしか出来なかった。



・・・

・・


「昨日は・・・ごめんなさい」


翌朝、アリシアが俺の部屋を尋ねてきた。

疲れた顔をしているところを見ると、

どうやら眠れていないようだ。

まぁ、それは俺も同じだが。


「どうして、アリシアが謝る?」


「それは・・・」


そのままアリシアは言葉を詰まらせた。


「容態が悪いと言うのは、本当だったんだな・・・」


俺は呟いた。

俺の言葉にアリシアが頷く。


「うん、私達が戻ってからはだいぶ落ち着いていたんだけど。夜中にああなってしまうことも少なくないの・・・」


アリシアが答えた。


「そうか・・・」


俺はそれだけ答えた。

家族でもない俺に、何か掛けられる言葉なんて無いと思ったからだ。


「今日は依頼の日、よね。落ち着いて眠れなかったかも知れないけど・・・」


アリシアが言う。


「大丈夫だ。そこまで眠りは長くないし、それに俺がいれば余裕、だろ?」


俺の言葉にアリシアがフッと笑う。


「・・・バカ、余裕かましてヤラれるんじゃないわよ」


そう言ってアリシアは自室へと戻る。


見送りは特に無く、

俺はギルド指定の待ち合わせ場所へと向かった。



・・・

・・



「お、来やがったな」


そう言って手を上げたのはグリオールだった。


「グレイが一番最後だね」


ニケが言う。


「すまない、出掛けに手間取ってな」


俺は答えた。


「大丈夫、定刻前だよ。それにあちらもたった今到着したところだ」


そう言ったララァの視線の先には、

先日会ったばかりの顔があった。


「タトゥーイン?ギルドマスターが何故ここに?」


俺が尋ねた。


「今回の合同依頼はマスターが直接仕切るらしい。俺たちもさっき聞かされたところさ」


グリオールが言う。


「戦えるのか?」


俺が尋ねる。


「ギルドマスターになるにはAクラス以上で魔導士として活躍した実績がないと駄目なんだ。引退して時間は経っているが、タトゥーインもここいらでは名を馳せた魔導士の一人だよ」


「ふうん」


俺は答えた。


「ふふ、グレイ。そんなに懐疑的な目をしていたらマスターに怒られるよ?彼は君のためを思ってわざわざ出張ってきてくれたようなものなんだから」


ララァが言う。


「俺のため?」


俺がそう尋ねた瞬間、

タトゥーインが参加者たちに対して声を掛けた。


「よーし、皆集まってくれ!」


その声をきっかけに、

周囲の魔導士たちが集合する。


「今日はよく集まってくれた。ここにいる総勢22人の魔導士でフェンリル討伐に向かう。殆どが顔見知りだと思うが、移動中に自己紹介なんかは済ませておいてくれ」


タトゥーインの声で魔導士たちが顔を動かす。

互いに顔を見て頷くところを見ると、

たしかに顔見知りのほうが多いようだ。


「それから、今回の合同依頼にはAクラス魔導士のグレイが参加する。おーい、グレイいるか?」


タトゥーインの視線がこちらを捉える。


「あぁ、ここにいる」


俺は答えた。


「よし。本来は合同依頼は参加者の中で一番ランクの高い魔導士が全体の指揮をするが、珍しい事にグレイはソロの魔導士でな。あまり集団を指揮する戦いには慣れていない。なので今回は俺が直々に指揮を執るつもりだ!文句あるやつはいるか?」


タトゥーインの言葉に笑い声が上がる。


なるほど、先程のララァの言葉の真意はこういうことだったのか。

確かに俺には集団を指揮するような戦い方は出来ない。

タトゥーインの配慮に俺は心の中で感謝した。


「じゃあ、準備が整ったら出発だ!」


タトゥーインの言葉に応と声が上がる。


俺も自分の荷物を背負い、門の方へと向かう。


ふと周囲を見ると、

討伐隊の出発をひと目見ようと近隣の住人たちが通りに出てきていた。

こうした事は決して珍しいことではない。


その群衆に何気なく走らせた視線。


俺はその中に、ふとどこかで見たことがあるような顔を見つけた。


「・・・え?」


慌てて視線を戻すが、そこにはもうその人物はいなかった。


「どうしたんだい?グレイ」


俺の様子を心配したニケが尋ねる。


「いや、今そこの人混みの中に―――――」


俺はそこまで言って言葉を止める。

何を言っているんだ、俺は。

そんなことはありえないのに。

きっと見間違いだ。


「なんでもない・・・」


「?。よく分からないけど遅れるよ」


ニケに促され俺は討伐隊の隊列に加わる。


こうして俺達はフェンリル退治へと向かった。


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