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第204話


ダンジョンの外は既に日が傾きかけていた。


アリシアは大きく伸びをして、

探索が無事に終わったことに安堵する。


正直、グレイを連れて『忘れ人の磐宿』を訪れれば、

なにかしらの発見があると確信していた。


だからなんの変化もなく、

グレイがあの魔導ゴーレムを倒した時は少しだけ落胆した。


手がかりを見つければ、

他のゼメウスの箱の調査にも大きく進展があるだろう。


世間的に発見が認知されている、黒の箱と緑の箱。

それからグレイが見つけた灰色と白の箱。


未発見の箱はあと3つもあるのだ。

手がかりは多くて困ることはない。


とりあえず依頼は達成したのだし、

気がかりだった『忘れ人の磐宿』の再調査も終わった。


一度、エスタに戻ろうか。


アリシアはそんな事を考え、

旅の道連れに意見を聞くべく振替る。


「ねぇ、グレイ?一度、エスタに――――」


だが振り返ったそこにグレイの姿はなかった。


魔導転送装置には一緒に乗ったはずである。


アリシアは辺りを見渡すが、

やはりグレイの姿はどこにもなかった。


「グレイ?」


夕暮れの岩場に、アリシアの声だけが響いた。



・・・

・・



「なんだ、ここは?」


俺は景色の変化に戸惑っていた。

アリシアと一緒に魔導転送装置に乗ったはずだが、

気が付けば近くにアリシアの姿はなく、

転送されたのはダンジョンの外ではなかった。



「・・・家、なのか?ここは」


俺が立っていたのは、

ごく普通の住居の中だった。


木造のログハウス風の室内。


ここは居間あたる部分だろうか。


部屋の中央に椅子とテーブルが置いてあり、

そこには山のような本が積まれている。


壁にはいくつかの扉と窓がある。

窓からは太陽光とも異なる、

不思議な柔らかい光が差し込んでいた。



「なんだここ・・・人の気配は・・・ない、な」



俺は周囲に意識を向ける。

魔力はおろか、人が居る気配もしない。



だが部屋の中は整理と清掃が行き届いており、

埃ひとつ落ちていなかった。



俺は意を決して、扉の一つに手をかける。


警戒のついでに右手に魔力を集中する。

何か襲い掛かってきてもすぐに対応できるだろう。


俺はドアノブを回し、部屋に入る。



「・・・これは」


そこにあったのは書斎のようなところだった。

書きかけの文書や、綺麗に製本されたものなどが散見する。


俺は書斎の中へと足を踏み入れる。


「魔導士の書斎、のようだな」


俺は書きかけの文書に視線を落とし、

そう呟いた。


そこに書かれていたのはおそらく魔力理論で、

半分以上は何が書かれているか理解できないようなものだった。


この書斎も先程の居間と同じ。

家主の気配はしないが、

美しく保たれている。


文書を書くためのインクも継ぎ足され水分を保っている。

誰かがかなりの頻度でここを清掃している証拠だ。


「なんでこんなところに飛ばされたのかは謎だが・・・」


とりあえずここには自分に危害を加えるものが無いと判断し、

俺は警戒を解く。


そうすると余裕が出て、書斎の中のあらゆるものに視線が届くようになった。


ボロボロのローブ、

金と銀の装飾が施された剣、

謎の魔物の牙、虹色に輝く羽毛、

真っ黒な金属片、

そして壁一面の本、本、本。。


「悪くない趣味だ」


俺はそんな事を呟いた。


その時、俺は机の上の一冊の手帳に視線を奪われる。


俺の心臓がドクンと羽田。


その手帳には手書きで、

『灰色の魔導士』と書かれていた。


・・・

・・


俺は手帳を手に取り、

ページをめくる。


どうやら手書きのようで、

丁寧に書かれた文章が作者の几帳面な性格を表していた。


「随分古い手帳、だな・・・」


埃も日焼けもしていない素晴らしい状態の手帳だったが、

長い年月をかけて水分を失った古書に似た肌触りがした。


そして俺はその手帳を開き、文章に目を落とす。


・・・

・・


『灰色の魔導士』


かつて灰色の魔導士と呼ばれる魔導士がいた。

大魔導ゼメウスの弟子にして、その魔法を受け継いだ者。

だがその強大すぎる力ゆえに、

大魔導ゼメウスの手によりこの世界の歴史から抹消された魔導士。


名をリシュブール。

いまや私は、彼を知る唯一の存在である。


彼の存在を後世に伝えるために、

この手記を残す。


どうか正しく未来へと繋がるように願う。


・・・

・・


「どういうことだ・・・」


俺は序文で衝撃を受ける。


手記にはこれまで知らなかった事実が、

さらりと明かされていた。


事実なのか創作なのかは分からない。


だが灰色の魔導士の存在、

そしてゼメウスが彼の存在を消した、だと?


心臓の鼓動が早まるのを感じる。


俺は世界の根幹に触れているような気がした。

手帳の世界に引き込まれていく。


そして、さらにページをめくる。


・・・

・・


ゼメウスはある目的のために七つの禁じられた魔法を生み出し、

それを「箱」に収めて封印した。


そして自分の生み出した強大な力が本来の目的以外に使用されないよう、

ゼメウスは世界中にそれを隠した。


「箱」はただ見つけただけでは開かない。

正しい色を持ち、箱に選ばれたものがその資格を手に入れる。


ゼメウスは、誰かが「箱」を見つけ、

自らの魔法を引き継いでくれることを願っている。


そして灰色の魔導士リシュブールは、

禁忌の魔法を受け継いだ、最初の人間である。


彼が手に入れた力の名は時間魔法。

それは七つの魔法の中で、最も危険な力でもあった。


・・・

・・


「グレイ!?」


日も暮れた岩場。

俺の姿を見つけたアリシアが、声を上げる。


「あんたどこ行ってたのよ!」


俺は頭を掻きながらアリシアに近づく。


「あぁ、すまない・・・実は・・・」


俺はアリシアに、魔導転送装置により謎の部屋に飛ばされたことを説明した。


そしてそこで灰色の魔導士と時間魔法に関する不思議な手帳を手に入れ、

書斎とは違う部屋の扉を開くと、ダンジョンの外に再度転送されたことを。



「・・・不思議な手帳って・・・どういうこと?」


アリシアが俺の手元に視線を落とす。


「ああ」


俺は頷くと共に、アリシアにその手帳を手渡す。

それを受け取ったアリシアはパラパラとページをめくる。


「もしもそれが本当なら・・・歴史がひっくり返るわよ?って・・・え?」


アリシアは手帳を開いたまま視線をこちらに戻した。


「最初の数ページしか文字がないじゃない?」


俺は頷いた。


「ああ、そうなんだ。でも多分それだけじゃない。読めないだけなんだ、今は」


アリシアは再び手記に視線を戻す。


「微かに魔法の気配がするわ・・・なるほど、読むには条件がある魔導書ってことね」


俺は頷いた。


「そうだ。実際、俺が読めたのは序文だけ。だけどその中だけでもかなり重要な事が書かれていたよ」


俺は手帳に書かれた灰色の魔導士リシュブールの事と、

彼がゼメウスの手により歴史から消されたこと、

そして俺と同じ時間魔法の後継者だという事を伝えた。


「灰色の魔導士・・・?それに貴方より前に、時間魔法を使えた魔導士がいたなんて・・・」


アリシアは信じられないと言った表情で呟く。


「ああ、ヒナタとカナデの例もある。どうやらゼメウスの禁忌の魔法は一人しか引き継げないわけじゃないってことだ」


俺は答えた。


「そうなのね。まぁ、その本の信憑性についてはもっと検討が必要ね。でも、それだけの情報が書かれたものがただの創作とも考えづらいわね」


アリシアが唸る。


「あぁ、少なくとも俺はこの本には真実が書かれていると思う」


俺は答えた。

アリシアは大きく息を吐く。


「・・・忘れ人の磐宿でなにか見つかれば良いと思ってたけど、想像以上のものが見つかったわね」


俺は頷いた。


「とりあえずフォレスに戻ろう。この手帳を少し調べてみたい」


俺の言葉にアリシアが頷いた。


・・・

・・



俺たちはフォレスに戻った。

かなり遅い時間となってしまったので、

ラミアさんへの報告は明朝に行うことにした。


宿の部屋に戻り、

再び手記を開くが、

やはり中身は白紙のままであった。


もしかしてと思って魔力を集約してみるが、

手帳には何の変化も起きない。


そのうち俺は手帳を手から離し、

ベッドに寝ころんだ。


続きが読みたい、と心から願った。


ここには俺が知りたいこと、

そして知らなければならないことが書かれているような気がした。


作者は一体誰なのだろう。

そして何を伝えようとしているのだろう。


手帳について悩んでいるうちに、

いつしか俺は眠りについていた。


・・・

・・



「そうでしたか・・・」


俺はラミアさんに『忘れ人の磐宿』の踏破を報告する。

アリシアは帰りの馬車の手配のために別行動だ。


そのついでに、

ラミアさんに頼まれたお遣いに成果がなかったことを伝えた。


「お力になれず申し訳ない」


俺はラミアさんに謝罪した。


「い、いえ!とんでもありません。むしろこんな事をお願いしてすみませんでした」


今度はラミアさんが謝る。

俺とラミアさんは同時に顔を上げる。


「でも、グレイさんに探していただいて・・・気持ちの整理が付きました」


「え?」


「決めていたんです。グレイさんに頼んでダメだったら、諦めようって」


「・・・それは・・・」


「もともとただの私の自己満足ですし、これ以上ご迷惑をおかけする訳にもいかないですから・・・」


「ラミアさん・・・」


俺は呟いた。

ただ仕事でやりとりがあっただけの僕をこれほどまでに慮ってくれたことに、

感謝と同時に申し訳ない気持ちになった。


「その方も・・・」


「え?」


「きっとラミアさんに感謝しています」


「グレイさん・・・」


「だからもう気に病まないでください。ラミアさん」


俺はそう言ってラミアさんの肩に触れた。


「・・・ありがとうございます。グレイさんには本当に助けて貰ってばかりで・・・」


ラミアさんが言った。

そんなことはない。

いつも助けて貰っていたのは僕の方です。

俺はその言葉の代わりに微笑んだ。


「もう行ってしまうんですね?」


ラミアさんが言う。


「えぇ、エスタに戻ります。ここでの仕事は終わりましたから」


「またここに戻ってきてくれますか?」


ラミアさんが俺の目を見て言う。

俺はその表情に思わずどきりとした。


「え、ええ・・・もちろんです・・・ここは、俺にとって特別な町ですから」


魔導士として生まれ変わった町。

ここは俺にとってのスタートラインだ。


「そうですね・・・では、あの約束、その時まで大切に、とっておきます」


ラミアさんが笑顔で答えた。


「ラミアさん・・・?」


俺の言葉にラミアさんがハッとする。


「い、いえ!違うんです。前にグレイさんがこの町を出るときに、その・・・今度会った時は食事に行こうって誘ってくださって!私ずっと楽しみにしていて・・・その・・・グレイさんはお忙しいですし、そもそも私なんか・・・」


彼女は真っ赤になりながら、

しおしおと空気が抜けていくように小さくなった。



そんなラミアさんがなんだか可愛いく見えて、

俺は微笑んだ。



「・・・そんなことない、ラミアさんは本当に素晴らしい人です。うん、今度会った時こそ食事に行きましょうね」


俺の言葉にラミアは嬉しそうに頷いた。



・・・

・・



「どんな表情してるのよ」


馬車に揺られて物思いに耽っていると、

アリシアが話しかけてくる。


「ん・・・いや・・・」


俺はその言葉に曖昧に返事をした。


アリシアもそれ以上何も言わず、

俺はずっと考え事をしていた。


ありがたいと思った。

今は考えたいことが色々ある。


久しぶりに訪れたフォレスの町。

想像以上に多くの出来事があったように思う。


トールたちとの再会。

アリシアが翼竜に襲われた時の不思議な既視感。

灰色の魔導士リシュブールの事が書かれた謎の手帳。


果たして、これらが俺が求めていたものなのだろうか。

俺は答えの出ない自問自答を繰り返した。


馬車の外を見ると、

晴天の空に鳥が列をなして飛んでいた。

キラキラと光る美しい空だった。




そう言えば、不思議なことと言えばもう一つ。


俺は去り際のラミアさんの言葉を思い出した。


彼女が顔を真っ赤にしながら言っていた、

以前に俺が町を出るときに約束したという食事の件。


次に来た時必ず、と取り繕ったがそもそも――――


「・・・うーん、そんな約束した覚えがないんだがなぁ」


俺は呟いた。


彼女はいったい何の事を言っていたんだろう。

記憶を探ってみても、ラミアさんを食事に誘ったような記憶はない。

誰かと勘違いしていたんだろうか。


まぁいい、エスタに戻ったら色々と調べてみよう。

時間はあるのだから。


そう思い俺は馬車内で暇そうにしているアリシアに声を掛ける。

ガタガタと馬車はエスタへと進んでいく。


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