第199話
「翼竜が目撃されるようになったのは1ヶ月ほど前です。数頭同時に見つかることもあり、村の近くに群れが巣食っていると思われます」
ラミアさんが言う。
「なるほど。その場所は特定できているの?」
アリシアが尋ねる。
「はい、おそらくAランクダンジョンの<フォレス原生林>かその近隣のエリアかと」
「・・・Aランクダンジョン。骨が折れそうだわ。ただでさえ翼竜は厄介なのに」
アリシアが呟いた。
「厄介、と言うのは?」
俺はアリシアに尋ねた。
「翼竜は常に飛行しているから、空中にいる相手と戦うことになるわね。まぁ魔導士の腕の見せ所でもあるけど」
「なるほど」
俺は答えた。
近接戦闘メインの俺にはなかなか課題が多そうな相手だ。
「・・・あの、やはりこちらのギルドからも人員を割いたほうがよいでしょうか?今、フォレスの町の魔導士さんたちはCランクが多くて・・・」
ラミアさんが尋ねる。
「不要よ。中途半端な戦力だと逆に効率が下がるし、私達が守りにも気を回す必要が出てくるから」
アリシアが答えた。
「じゃグレイ、私達は早速現地に向かいましょうか」
アリシアの言葉に俺は頷いた。
席を立とうとする俺たちにラミアが声をかける。
「あ、あの!せめて道案内と荷物持ちの方を同行しませんか?」
「道案内?たしかにそれは助かるけど・・・危険な地域でしょ?」
「はい。ですが、ある魔導士さんたちのパーティから手伝いがしたいと打診がありまして。その方々もCランク魔導士なので途中までであればお二人にご迷惑はおかけしないと仰っています」
ラミアが言う。
「どうする?グレイ。私はいいけど」
「・・・ああ、お願いしようか。途中まででも案内があると楽だろうしな」
俺は答えた。
「で、では!早速手配してきます。少々お待ちいただけますか」
そう言ってラミアさんは部屋を出ていった。
・・・
・・
・
「この岩山を越えて休憩を入れましょう。小さな盆地になっていて、魔物にも見つかりにくい場所です」
パーティリーダーのトールが言う。
「ありがとう」
アリシアが笑顔で答えた。
「リン、シン。先行して魔物が居ないか確認をしてくれないか?」
「ああ」
「分かったわ」
トールの指示にパーティメンバーの二人が答える。
俺は三人の姿をじっと見ていた。
「・・・」
「どうしたのよ??」
アリシアが俺に尋ねた。
「あ、いや・・・」
俺たちの案内を買って出てくれたと言う、
魔導士は見覚えのあるパーティだった。
かつて僕が荷物持ちをしていた頃に、
彼らのパーティに同行した事があった。
俺は三人には聞こえないように、
その事をアリシアに話した。
「・・・そうなのね。なんていうか偶然ね」
アリシアが答えた。
俺もその言葉に頷いた。
「アリシアさん、グレイさん」
その時、トールがこちらを振り向き、
声を掛けてきた。
「先行した二人が、魔物を見つけたようです。どうしますか?迂回しますか?」
トールが尋ねた。
トールは非常に礼儀正しく、
俺とアリシアに敬意を持って接してくれているのがよく分かった。
思い返せば、たしかあの時も、灰色の僕に対して丁寧な対応をしてくれていたな。
この青年は信頼できる人物だと俺は思った。
「大した魔物じゃなければ倒しましょう。迂回の時間が勿体ないし」
アリシアが答える。
俺もそれに同意した。
「魔物はハイオーガが確認出来るだけで4体と思われます。どうしますか?」
トールが言う。
「4体か、なんとか何そうね」
アリシアが答える。
「ほ、本当ですか・・・?この辺りではかなり危険に分類される魔物ですよ?」
トールが驚いたように答えた。
「どう思う?グレイ」
アリシアが尋ねた。
「・・・うん、問題ない。俺とアリシアで2体ずつでいけるだろうな」
俺は答えた。
「それって、私達は戦わなくてもいいってこと?」
索敵から戻ってきていたリンが尋ねた。
「ああ、たしかハイオーガはBランク相当の魔物だったよな?今回は道案内と荷物持ちが仕事だし、君たちは自分の身を守っていてくれるだけで構わない」
俺は答えた。
するとトールとリンは驚いたようにこちらを見た。
「どうした?」
俺は尋ねる。
「いや、正直意外でした。依頼遂行中は戦いに参加させられる荷物持ちも多いので。そもそも我々は魔導士ですし、戦闘には参加するのが筋かと」
トールが答える
俺はその言葉に苦笑した。
「・・・荷物持ちの気持ちは痛いほど分かるからな。正直、少ない賃金で命を張るんなんてどう考えても割に合わない」
「なんだか実体験みたいに言うのね」
リンが言う。
「実体験か、そうかもな。でも君たちだって普段、荷物持ちを戦わせたりはしないんだろ?」
俺は答えた。
「ええ、もちろんです。荷物持ちには荷物持ちの仕事がある。それはこちらも同じです」
トールは力強く答えた。
「・・・俺も同じことを、返しているだけさ」
「えっ?」
トールが声を上げた時、
空中に赤い魔力が昇る。
「シンから連絡だ!どうやらハイオーガが動き出したらしい」
「行くわよ!」
アリシアの声をきっかけに、
俺たちは走り出した。
・・・
・・
・
トールは目の前の光景に言葉を失った。
ハイオーガとの戦いは<紅の風>による魔法から始まった。
<紅の風>が得意とする連続魔法により、
一体のハイオーガがまたたく間に消し炭となる。
美しく、魔力の淀みがない魔法。
それはSクラス魔導士の名に相応しい力であった。
だがトールを驚かせたのは、
<紅の風>の魔法だけではなかった。
Aクラス魔導士のグレイ。
ラミアさんからはかつてフォレスの街で活動していたと聞いたが、
正直、名前も知らないような人物であった。
Sクラス魔導士はそれこそ人外の戦闘力を有すると言われるが、
普通のAクラスと言うのはまだ理解が及ぶ範囲だ。
だが目の前にいる男は、
トールが聞及ぶAクラス魔導士の枠を大きくはみ出しているように思えた。
<紅の風>の攻撃に合わせるように、
ハイオーガとの距離を詰めるグレイ。
ハイオーガと言えば、
馬鹿力だけで魔法障壁を破壊する、
魔導士泣かせの魔物だ。
それが同時に3匹。
近接も同時にこなす魔導士も少なくないとは言え、
それは防具を装備したり、安全マージンをしっかり取った上での話だ。
だが彼は軽装のまま恐れることなくハイオーガの懐に潜り込み、
あろうことかその距離を保ったまま戦闘を続けていく。
ハイオーガの豪腕から空気を唸らせるような攻撃が次々と振るわれる。
危険です―――――
そう叫ぼうとしてトールは動きを止めた。
何故なら目の前のグレイと言う魔導士が、
ハイオーガの攻撃をすべて回避していたからだ。
魔法と体術を組み合わせ、
ハイオーガの急所に次々と攻撃を攻撃するグレイ。
時折、目にも見えないようなスピードで、
ハイオーガの攻撃を避ける、避ける、避ける。
そして回避の最中に、
何発も魔法を放ち、ハイオーガにダメージを与えていく。
そしてまたたく間に最後の一匹を打ち倒すと、
何でも無いかのように拳を降ろした。
信じがたいことに、グレイは呼吸一つ乱れていなかった。
「結局、殆どあんたが倒してるじゃない・・・」
トールの耳に、<紅の風>が呟いた言葉が届く。
<紅の風>の見事な魔法とは違う、
異質な戦闘を見せられ、
トールもまた一人呟いた。
「強い・・・」
・・・
・・
・
夕暮れ時、
俺たちは予定通りの場所で野営をはじめた。
夕餉を終え、焚き火を囲み談笑していると、
トールが俺に言った。
「・・・グレイさん」
「ん?どうした?」
「あ、いえ。先程の戦い、すごかったです。ハイオークをほぼ一瞬で倒してしまうなんて」
トールが言った。
「そうそう、まさに瞬殺って感じだったわ!」
リンもそれに乗り口を開く。
「俺も遠くから見ていたが、正直何が起きているのか一切見えなかった」
寡黙な男シンが言う。
「はは、ありがとう。まぁ、あれくらいの相手なら、な」
俺は答えた。
3人から思いがけず称賛をもらい、
胸が熱くなる。
「その、グレイさんはかつてフォレスの町でも魔導士として活動していたと聞きましたが、本当ですか?」
トールが尋ねる。
「・・・あぁ、本当だ。ギルドには見知った顔も多いな」
君たちの事も知っているよ、とは言わなかった。
「そうなんですね!俺たちはいくつかの町を移りながら活動しているので、お会いした事がなかったですが。こんなにすごい魔導士が同じ町にいたなんて自慢になります」
トールが言う。
「そうね、その感じだとSクラス魔導士になるのも近いんじゃないかしら?」
リンが言う。
「それはちょっと大げさじゃないか?」
俺は照れ隠しにリンの言葉を否定してみせる。
「あら、そんなこと無いわよ?」
それを否定したのはアリシアだった。
「グレイの実力なら、直ににSクラスに届くだろうし。あとは大きな功績を残すだけじゃないかしら?」
「大きな功績?」
俺は尋ねた。
「そうね、国や街を巻き込むレベルの依頼とか、世紀の大発見とか、ね」
アリシアが言う。
「じゃあそれがあればグレイさんもSクラスに?それは楽しみですね!」
トールが言う。
「じゃあ、私達はSクラスになる前から知り合いだったって自慢しちゃおうかしら」
リンが言う。
「勘弁してくれ・・・俺なんかまだまだだよ」
俺は答えた。
そんな俺にシンが真剣な顔をして答える。
「いや、貴殿は立派な・・・魔導士だ・・・俺たちも貴方のように強くなりたい、と思う」
シンの言葉に、トールもリンもコクコクと頷いた。
「・・・ハハ、ありがとう。ちょっと焚き火が弱まってきたな。俺、薪を取ってくるよ」
「あ、それなら俺が――――」
トールが立ち上がろうとするのをアリシアが制す。
「・・・良いわよ、グレイに任せておいて」
「?」
俺は4人の顔を見ずに立ち上がり、
歩き出す。
俺は熱くなる顔と、
潤む視界を必死に堪えていた。
ちくしょう、
アリシアのやつ絶対気付いていたな。
歳を取ると涙腺が緩くなるっていうのは本当だったんだな。
「・・・立派な魔導士、か」
俺はシンが言ってくれた言葉を思い出す。
かつては魔導士と荷物持ち、
彼らとの間には明確な境界線があった。
だが今日は同じ魔導士として活動をし、
あまつさえ俺のようになりたいとすら言って貰えた。
これで感動しなきゃ、嘘ってもんだ。
俺は薪を拾い集める内になんとか涙腺を沈め、
再び4人のもとに戻る。
アリシアが優しい微笑みでこちらを見ていたような気がして、
思わず頬が赤くなった。
その夜は野営にしては遅い時間まで、
トールたちと語り合い過ごす。
それはとても素晴らしい夜となった。




