第1話 灰色の男
この世界には魔法が満ちている。
それらは大きく分けて二つに分類されている。
相手にダメージを与えたり、能力を低下させたりする黒魔法。
自分や仲間を回復したり、能力を増強させたりする白魔法。
この世界の住人の大多数は生まれた時から、
黒か白かのどちらかに適性を持つ。
もちろん、ただ適性があるだけでは自在に魔法を使うことは出来ない。
多くの人は本当に簡単な魔法を使うだけで精一杯で、それで一生を終える。
だが時間をかけて魔法を学び、鍛練し、
自由自在に魔力を操れるようになった者を『魔導士』と呼ぶ。
この世界では『魔導士』は職業であった。
彼らはギルドを通し、
人助けや魔物退治を行うのを生業とする。
『魔導士』の中でもさらに鍛練を重ねるもの、
未知の秘境に挑む者、魔法開発に勤しむ者、
その活躍は様々だ。
だが彼ら『魔導士』の最大の目標は、
伝説の大魔導士がこの世に残したとされる秘宝「ゼメウスの箱」の発見である。
大魔導ゼメウスは死の間際、自らの知識、経験、魔力、
それらすべてを7つの箱に分割し、
世界のどこかに封印した。
魔力の権現とも、
常識を超えた存在とも呼ばれた大魔導ゼメウスが生み出した七つの秘宝。
それらの発見が魔導士たちの数百年にも及ぶ悲願でもあった。
そんな世界において子供たちの将来の夢が『魔導士』であることはむしろ当然で、
子供たちはどんな魔法を使いたいだとか、ゼメウスの箱はどこにあるのかと毎晩夢を見た。
幼い頃の僕もそんな『魔導士』に憧れる
子供の一人であった。
あの日が来るまでは。
・・・
・・
・
「おい、灰色!さっさとしやがれ!」
強面の男が僕に叫ぶ。
「は、はい。申し訳ありません・・・」
僕は背に背負った大量の荷物を担ぎなおし、
慌てて強面の男に着いていく。
「ったくよ、このままじゃ今日中に街に戻る予定が狂っちまうじゃねぇか!お前のせいだぞ、この役立たず!」
そう言って強面の男は僕の頭を小突く。
こうして殴られるのは今日だけで4回目だ。
「す、すみません・・・」
だが文句を言ったり、止めくれと言い返す事は出来ない。
そんな事をすればどんなひどい目に合うか分からない。
一応、ギルドの規約では魔導士が私的な争いに魔法を使用することは禁止しているが、
それも上辺だけの規約に過ぎないのだ。
「仕方ねぇ・・・。今日はこのあたりで野宿だ。オラ!適当なところを見つけてさっさと用意しろ!」
強面の男が叫ぶ。
また野宿か。
毛布も何も与えられないからキツいんだよな。
僕はそんなことを思った。
「ったく・・・これだから灰色はよ・・・」
野営の準備を始める僕を見て、
強面の男はまだブツブツ言っている。
ちなみに今日の行程が遅れたのは僕のせいではない。
僕の道案内を信じず、近道だからと言って森を直進した彼自身の責任だ。
だがもちろんそんな事は言わない。
『灰色』はただヘコヘコと謝り、
愛想笑いを浮かべていればいいのだ。
「しかしよ、へへ。お前を見てると気分が良いぜ。自分が優秀な人間なんだって再認識できるからな」
夕食後に焚火を前にして酒を飲みだした強面の男が絡んでくる。
僕はその言葉にただ愛想笑いを浮かべて頷いていた。
「黒魔法にも白魔法にも適性のない『灰色』なんかに生まれた日には、俺だったら自殺するぜ。恥ずかしくて人様には顔向けできねえからな、ヘヘ」
僕は男の話を黙って聞いていた。
「しかもよ、お前噂によるとその年になってもまだ魔導士試験を受け続けてるんだろ?ククク、笑っちまうよな。俺なんか一発合格だったのによ」
あぁ、と僕は思う。
またこの話か。
強面の男が言う通り、僕には魔法の適性が無かった。
強弱はあれどほとんどの人が黒か白どちらかの適性を持つこの世界で、
僕はそのどちらにも適性が無いと知らされた。
1万人に一人か、10万人に一人か。
とにかく極稀に生まれるそのような人を、
世間では『灰色』と呼んでいた。
この世界で仕事に就くには魔法が欠かせない。
食事を作るキッチンにも、風呂も洗濯も鍛冶にも農作業にも
魔法を応用した技術が使われている。
適性さえあれば、それらを使いこなすことは簡単だ。
それこそ魔法を使うよりも何倍も。
だから魔法の適性がない『灰色』はこの世界では役立たずなのだ。
安定した職業に就くことはほぼ不可能で、
普通の人が嫌がるような仕事をして食い繋ぐほかはない。
灰色の中には、裏の仕事や、体を売る仕事に就く人も多い。
そのことが人々が灰色を蔑視する風潮に拍車をかけているのであった。
灰色は魔導士になれない。
灰色に生まれれば、まともな人生は歩めない。
それがこの世界の常識であった。
散々僕の事を馬鹿にして優越感に浸った強面の男は、
やがて横になり寝息を立て始めた。
ようやく開放感から僕も大きくあくびをする。早く寝よう。
明日も重い荷物を担がなくてはならない。
僕は焚火が燃え広がらないように周囲の片付けをし、
与えられなかった毛布の代わりに落ち葉を集め、
自分のための寝床を作った。
そして眠る前に、いつものように両手を中空に掲げ意識を集中して呟いた。
「・・・<ファイア>」
この世界の人間なら誰でも使える火種の魔法。
だが僕はいつものように火花一つ生み出すことが出来なかった。
これは10歳のあの日に「灰色」の通知を受けてから毎晩行う日課。
ひょっとしたら、もしかしたらと願いながら魔法を唱え続けている。
僕は今日も小さなため息を一つ漏らし、眠りについた。
落ち葉のベッドはとても固かった。
・・・
・・
・
「今回も大変でしたね、お疲れ様でした。」
受付嬢のラミアさんが声を掛けてくれる。
ここは魔導士ギルド。
僕はここで魔導士たちの荷物持ちの仕事を貰って生活しているのだ。
「その、今回は大丈夫でしたか?何かひどいことを言われたりとか、されたりとか?」
ラミアさんが心配そうにこちらをのぞき込んでくる。
彼女はギルド職員の中でも数少ない、
僕を気に掛けてくれる一人なのだ。
「はは、大丈夫・・・でした。いつもご心配をお掛けしてすみません。なんだか恥ずかしいな」
僕はラミアさんに笑顔を向ける。
きちんと笑えているだろうか。
彼女は僕が笑っていないとひどく心配するのだ。
彼女は、とても親切だ。
「・・・無理はなさらないでくださいね。何か困ったことがあれば何でも仰ってください。私も、ギルドもいつでも味方ですから」
ありがとう、と僕は例を述べてギルドを後にする。
彼女には感謝している、だがどうしようも無いのだ。
これは生まれたときからの運命なのだ。
常宿にしている古い宿屋に戻ると、
愛相の悪い女将さんが僕を見て舌打ちする。
僕は彼女にただいま帰りました、と言って受付を通り過ぎると、自分の部屋に戻った。
一泊1000ゴールドと破格の値段で泊まれるこの宿だが
食事は付かず、部屋もかび臭い。
先ほどギルドで受け取った荷物持ちの報酬が一回3000ゴールドだったので、
今日の仕事で3日分の宿代は稼げたことになる。
だが実際は食事をしたり、
荷物持ちとしての装備を整えたりしないといけないので、
到底暮らしてはいけない。
もっと大きな街に移ろうかと思った時もあるが、
それにも旅費が掛かる。
貯蓄などする余裕のない今の暮らしでは難しいだろう。
僕はまたため息をついた。
ふと、部屋の隅に目をやると紙束が落ちていた。
拾い上げ見てみると、それは破棄される新聞の山だった。
ところどころ黄ばんでおり、かなり古い新聞だと言うことが分かる。
女将さんは時々こうやって僕の部屋にゴミを置き忘れることがあるのだ。
「日刊魔導新聞か、懐かしいな」
僕は新聞を開き、記事を読みだした。
子供のころ、僕はこの日刊魔導新聞が大好きだった。
国内の一般的なニュースはさておき、
人々が楽しみにしているのは魔導士の活躍に関する記事であった。
『黒騎士グロリア、ポイヤック火山完全踏破』
『僧侶ロロ、不治とされるマカ熱の治癒に初成功』
『白魔導士ラトラ、東のダンジョン深奥部で『ゼメウスの箱』に関する手掛かり発見か?』
または活躍だけでなく、こんな記事も多い。
『聖騎士ラリック、岩竜アルバの討伐に失敗し、死亡』
『エルフの国近辺の森で、古龍種目撃の速報あり。』
と言った魔導士の活躍や魔物に関する記事が、
日刊魔導新聞のメインコンテンツだ。
この辺りは魔導士たちの活動の重要な情報源になっている。
僕は子供の頃、日刊魔導新聞の記事を切り抜いてはノートに綴じて、
自分だけの魔導士辞典を作っていた。
いつか自分が魔導士として活躍する記事も
その魔導士辞典に載せることを夢見ながら。
灰色になったあの日から日刊魔導新聞を読むこともなくなってしまったが、
いつしか夢中で記事を読んでいた。
その中で、僕はある記事に目が止まる。
「・・・あ」
そこに書かれていた記事にはよく知る知人の顔が載っていた。
思いがけない再会に新聞をめくる手が震えた。
古い紙面がカサカサと音を立てた。
『<紅の風>テレシア、ボルド地域最大級のダンジョンを新発見』
子供のころ僕にはたくさんの友達がいて、
毎日の様に野山を走り回り遊んでいた。
僕たちが一番好きだったのは、魔導士ごっこ。
それぞれが一番好きな魔導士になり切って遊ぶのだ。
黒か白の適性が大半であるこの世界で、
時々そのどちらでもない適性を持つ魔導士が生まれる。
どちらの適性もない灰色とは真逆。
ある分野に特化し、才能に秀でたその魔導士たちを
人々は尊敬の念をこめて『色付き』と呼ぶ。
黒魔導士より、攻撃魔法に特化した赤魔導士。
氷魔法と回復魔法に秀でた青魔導士。
植物を操り、生物を使役することの出来る緑魔導士。
現在、確認されている『色付き』はそれくらいだが、
『色付き』の魔導士は生来の能力が高く、
その誰もが優秀な魔導士として活躍している。
だから僕たちのごっこ遊びでも、
誰が『色付き』の役をやるかが一番の問題となった。
一番の人気は赤。
大規模かつ高火力の魔法を放てる魔導士は、
子供たちの人気を独占した。
僕ももちろん赤魔導士の役をやりたがった。
だから赤魔導士の役は日替わりで順番。
赤魔導士の役をやる日はなんだか自分が強くなったような気がして、
とても誇らしい気になった。
僕はせっかく魔導士になれるなら、赤魔導士になりたいと考えていた。
そんな中一緒に遊んでいた友達の中で唯一、
赤魔導士をやりたがらなかったのがテレシアだった。
僕はそれが不思議で、彼女に直接尋ねたことがあった。
「どうして赤魔導士が嫌いなの?」
真剣な表情で尋ねる僕に、テレシアは笑いながら言った。
「嫌いじゃないよ」
僕はさらに質問した。
「じゃあ、どうして?」
彼女は困ったように考える。
僕はじっと彼女の言葉を待った。
「・・・私、赤って苦手なの。血の色みたいだから。それより青とか緑とかの方が好き。だって青は空の色だし、緑は木とか森の色でしょ?」
僕はそんな考え方もあるのかと、目からウロコがこぼれた気分だった。
「黒は星を輝かせる夜空と一緒の色だから好きだし、白は花嫁さんのドレスの色だからすっごく素敵」
テレシアはそう言って僕に笑いかけた。
僕は今でもその時の笑顔を忘れていない。
「それから灰色は―――――――」
そこで僕の記憶の中の映像は途切れる。
それはテレシアの笑顔が印象的な過ぎてなのか、
それとも思い出したくない記憶と言うだけか。
あの後彼女はなんて言ったんだっけ。
最後の言葉は忘れてしまった。
でも彼女の言葉に影響された僕は、
次の日から赤だけでなく青も緑も黒も白も好きになった。
赤じゃなくても良い、自分に与えられた色を好きになれば良いんだと考えるようになった。
魔導士に対する憧れは益々強くなり、
僕にそんな価値観を与えてくれたテレシアとはより多くの時間を過ごすことになった。
いつからか僕らはお互いをとても大事に思っていた。
だがあの日――――――。
僕が灰色と通知され、夢も未来も失った日。
同じ日に適性検査を受けた彼女は赤魔導士の『色付き』適性を言い渡された。
僕はそっと新聞を閉じると、
新聞を部屋の隅へ戻し、
就寝の支度を始めた。
早く寝てしまおう。荷物持ちの朝は、早い。
今夜も炎の魔法が成功することはなかった。
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