第198話
「ここをまっすぐ行くと魔導士ギルドだぜ。って、知ってるだろ?」
エリックが言う。
「あぁ、ありがとう」
俺はエリックに礼を言った。
「まったく驚かせやがって。でも知り合いがAクラス魔導士なんて鼻が高いぜ!頑張ってくれよな」
そう言ってエリックは俺の肩を叩くと、
自分の持ち場に戻って行った。
「・・・」
俺は無言でその背中を見つめていた。
「どうしたのよ?」
アリシアが言う。
「いや、その・・・なんか良いなって思って」
俺は答えた。
「良いって?」
「・・・誰かが俺のことを知っていて、俺が帰ってきたことを喜んでくれる。そんな経験ってあまり無かったからさ。なんていうのかな、故郷ってこんな感じなのかなって思ったんだよ」
「グレイ・・・」
「すまんな、アリシア。どうやら爺臭いところが出てしまったらしい」
俺は照れ隠しにアリシアに謝る。
アリシアは自分の頭を、
俺の肩にコツンと当てた。
「自信持ちなさいよ。アンタ、結構みんなに好かれてるんだからさ」
「え?」
「さて、行くわよ!」
アリシアはそう言って魔導士ギルドへ向けて歩き出した。
俺も慌ててその後を追う。
・・・
・・
・
その頃。
フォレスの町のギルド内では、
一人の冒険者がギルド職員と話し合っていた。
「ラミアさん、なんとかなりませんか?」
若い男の魔導士が言う。
彼はこのフォレスの町を中心に活動するパーティの一人だ。
「すみません、こちらでも手は尽くしているのですが・・・」
ラミアと呼ばれた受付嬢は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ねぇ、トール。ラミアさんにこれ以上言っても仕方ないじゃない。ギルドだって一生懸命対応してくれてるのよ?」
傍らにいた女魔導士が諌める。
「リン。俺ももちろん分かってはいる・・・だがこのままじゃ・・・もう何日もロクな稼ぎが無いんだぞ?俺たちの貯蓄にも限界があるんだ」
トールと呼ばれた剣士は悔しそうに言った。
「翼竜の討伐依頼は既に出していただいたと聞きましたが状況は?」
その時、傍らにいた男が口を開く。
トールとリンも頷いて、ラミアの方を見つめる。
「はい。シンさんの仰るとおりです。たまたま近くの町にいた、<紅の風>様が受けてくださるそうです」
ラミアの回答に三人の表情が明るくなる。
「<紅の風>って!Sクラス魔導士じゃない!」
リンが興奮したように叫ぶ。
「えぇ、事態は一刻を争いますので。連絡に寄れば、<紅の風>様と、一緒に行動されているAクラス魔導士さんが依頼を受けて下さりました」
ラミアが答える。
Sクラス魔導士には及ばずとも、Aクラス魔導士と言えば雲の上の存在だ。
トールたちは思いがけない朗報に安堵する。
「それは心強い・・・で、その魔導士がたはいつ頃フォレスに到着する予定なんですか?」
トールが尋ねる。
「受注されたのは一週間ほど前なので、間もなく到着すると思うのですが・・・」
ラミアが言う。
その時、ギルドの中にいた魔導士たちの視線が入り口に集まり、わっと歓声が湧いた。
「噂をすれば到着したようね!」
リンが席を立上がる。
「おい、リン、待てよ!」
飛び出して行ったリンを追ってトールとシンも入り口の方へ向かっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ラミアも慌てて書類を片付け、
入り口の方へと向かう。
ラミアはこのフォレスの魔導士ギルドの看板受付嬢だ。
フォレスのギルドマスターが不在の今、
自分がしっかりと出迎えなければと考えていた。
Sクラスと、Aクラスの魔導士ならば尚更丁寧に出迎えねばならない。
ラミアは三人に遅れて、
入り口に到着する。
そこにはSクラス魔導士をひと目見ようという、
人で溢れていた。
背の低い彼女からは入り口が見えないが、
何やら様子がおかしい。
集まった人たちから感じたのは、
感嘆の感情だけではなく。
なんだろう、これは。
戸惑い?
とにかく不思議な感情が混ざっている事に気が付いた。
「す、すみません。通してください、すみません・・・」
彼女は人垣をかき分け、前に出る。
ようやく最前列にたどり着くと、
そこには旅支度の男女の魔導士がいた。
「ようこそ、フォレスの町へ。ギルド職員のラミアと申し――――」
言葉の途中で、ラミアはハッと何かに気が付き、息を飲む。
自分の視線の先には二人組の魔導士。
一人は綺麗な赤髪の女魔導士。
彼女の顔は覚えている。
かつてこの町に訪れた<紅の風>で間違いない。
だがラミアの息を止めたのは、
その横に立つ男だった。
男は気恥しそうに頬をかいて、
自分に頭を下げた。
「あ、久し振りです。ラミアさん」
そこにはかつてこの町を旅立ったはずの、
魔導士が立っていた。
「・・・グレイ・・・さん?」
思いがけない再会に、
ラミアの心臓の鼓動が早くなる。
・・・
・・
・
「では、こことここにサインをお願いします」
ラミアの指示に従いアリシアが書類にサインする。
「グレイさんはこちらにお願いします」
「ああ・・・」
俺もそれに続きサインをした。
淡々と手続きが進んでいくが、
俺はなんだか違和感を感じていた。
ラミアさんは俺がこの町で荷物持ちをしていた頃からの付き合いだ。
俺が灰色でも決して雑には扱わず、
本当にお世話になった。
そして俺が時間魔法により若返り、
魔導士として活動し始めてからも彼女が色々と助けてくれた。
俺の勘違いでなければ、
彼女とは良い関係が築けていたと思ったのだが。
「ううむ」
俺は一人で唸る。
先程からラミアさんが一切、
俺に視線を合わせようとしてくれないのだ。
何故だろう。
「はい、こちらで受注の手続きは完了です」
ラミアさんが書類を手際よく片付けていく。
俺はその姿をただ見ていた。
「討伐にはいつ頃から取り掛かりますか?」
手続きを終えたラミアさんが、俺達に尋ねる。
「まずは状況の確認から、それが済んだら直ちに取り掛かります。3日以内には依頼を完了できるかと思います」
アリシアが答える。
その言葉にラミアさんは明らかに安堵した表情を浮かべる。
「ありがとうございます。・・・でも3日以内だなんて。いくらSクラス魔導士様でも危険ではないでしょうか?」
ラミアさんが複雑な表情で尋ねる。
「大丈夫ですよ。今回は彼もいますし」
そう言ってアリシアが俺を見た。
「・・・グレイさんが?」
そう言って俺の方を見るラミアさん。
その瞬間、初めて俺たちの視線が合う。
彼女はビクッと震えると、
そのまま顔を赤くし、
あたふたと視線をそらした。
「はい、俺とアリシアがいればなんとかなるとは思います」
俺は答えた。
「す、すみません私ったら。あのグレイさんを疑っているのではなく・・・。この町で活動していた頃のグレイさんはまだEクラスだったのでまだ信じられなくて」
「そうですよね」
そう言って俺はハハハと笑う。
確かに彼女が戸惑うのも無理はない。
ラミアさんが変だったのはそのせいなのだ、と俺は勝手に納得した。
そんな俺たちのやりとりをアリシアが無言で見つめていた。
「どうした?」
俺は尋ねる。
「べっつに」
そう言うとアリシアは席を立つ。
「どこ行くんだ?」
「・・・軽く調査よ。私ひとりで十分だから、あんたはその子とお話でもしてなさい」
アリシアはそう言って一人で出ていってしまった。
アリシアの居なくなった部屋には、
俺とラミアさんだけが残される。
「・・・なんだよ」
俺はその背中を見て呟いた。
あんなアリシアは久し振りに見る。
ラミアさんと言い、
何か気に障ることを言っただろうか。
「あ、あの・・・私・・・ごめんなさい」
ラミアさんが恐縮しながら言った。
どうやらアリシアの事を心配しているらしい。
「え?いやいやラミアさんのせいではないですよ。たまにああいう時があるんです、アリシアは」
俺は答えた。
「そ、そうでしょうか・・・私、<紅の風>様を怒らせてしまってはいないでしょうか?」
ラミアが心配そうに呟く。
「いや、アリシアはそんなやつじゃないから大丈夫ですよ。」
俺は答えた。
その言葉に、ラミアさんは安堵の表情を浮かべる。
彼女が浮かべた表情はとても柔らかいもので、
俺の中のラミアさんのイメージ通りのものだった。
なんだかとても懐かしくなり、
俺は彼女に話しかける。
「いや、でも、本当にお久しぶりです、ラミアさん。お元気でしたか?」
俺の言葉にラミアさんは視線を上げる。
「は、はい。グレイさんも。まさかAクラス魔導士になっているなんて・・・本当にすごいです」
「はは、自分でも不思議です。分不相応な評価をいただいたのかなって思ってます」
俺は答えた。
「そ、そんなことありません。元々、グレイさんには才能があったんです!」
ラミアさんが言う。
だが自分があまりに大きな声を出した事に気が付いたのか、
すぐにまた顔を赤くする。
「あ、いえ・・・その。フォレスで活動していた時からグレイさんは素敵・・・素晴らしい魔導士でした」
今度は聞こえないくらいの小声で、ラミアさんが言った。
うん、あの頃は魔法にも慣れていなかったし、
無我夢中だったな。
俺は過去のことを思い出し苦笑する。
けどラミアさんからの評価は単純に嬉しかった。
「ありがとうございます、ラミアさん」
俺は礼を言った。
ラミアさんは笑顔で答える。
その後、俺とラミアはフォレスを出てからの話で盛り上がった。
・・・
・・
・
「アリシア、遅くなった」
俺はラミアさんと会話を終え、
アリシアを迎えに行く。
「・・・」
アリシアは俺を見て、
不機嫌そうに顔をそむけた。
「・・・アリシア?どうしたんだ?」
俺は尋ねる。
「・・・随分、可愛い子ね?」
「あん?」
「あの子、ラミアちゃんだっけ?おっとりしてて雰囲気も柔らかくて。グレイもああ言う子が好みなのね?」
アリシアが言う。
「いや、俺とラミアさんはそういうんじゃ・・・なんていうか昔世話になっていたんだよ。それこそ荷物持ちをやっていた頃から」
「ふうん、本当にそれだけかしら・・・」
アリシアが疑いの目を向ける。
その目には魔力が宿っていた。
「おい、くだらない事に使うな。それに向こうはギルドの看板娘だぞ?俺なんか眼中に無い、ただの知り合いくらいだって」
俺はアリシアに言った。
その言葉を聞いたアリシアは深いため息を吐く。
そして今度は哀れみの眼を俺に向けた。
「そう言えば、グレイってそうだったの忘れてたわ」
「そう、って何のことだ?」
「なんでもない。私、ラミアちゃんとは仲良くできそう」
「?」
それからアリシアは何を聞いてもはぐらかすばかりで答えてくれなかった。
よく分からないが、機嫌は良くなったようなのでよしとしよう。
「そういえば」
「あん?」
「このギルド、あんたのこと知ってる人も多かったわよ?」
アリシアが言った。
「そうか?まぁ一時期、ここで活動してたからな。あまり他の魔導士と関わっては居なかったが、顔ぐらいは覚えて貰ってたのかな?」
俺は答える。
「・・・分からない。でもみんなあんたのことゴブリン殺しとかなんとか呼んでたわよ?」
「・・・」
「・・・グレイ?」
「アリシア」
「?」
「その件には二度と触れないでくれ」
俺はそれ以上、何も言わなかった。




