第197話
ある日のことだった。
アリシアが言った。
「ねぇ、グレイ?私達に依頼が入ったみたいよ」
「俺たちに?指名依頼ってことか?」
俺は尋ねた。
「そう。もう分かると思うけど、それなりに危険な仕事だと思うわ」
俺はふむと頷いてから、尋ねる。
「一体どんな依頼なんだ?」
「翼竜の群れが街の近くに住み着いたから退治して欲しいって」
「竜か」
俺は答えた。
「うん、単体なら問題ないお思うけど。情報によれがかなりの数が目撃されているらしいって。群れが移動してきた可能性もあるわね」
「そりゃ一大事だな、場所は近くか?」
俺は尋ねた。
「大きな街道からは外れた山の中ね。一番近いのは――――フォレスの町かしら」
アリシアが言う。
「フォレスの・・・」
「どうする?行く?」
「・・・指名依頼だ。困っている人がいるならいくべきだ」
それにフォレスの街には色々と縁がある。
俺の言葉にアリシアが頷く。
「そう言うと思って、手配は済ませておいたわ。出発は明日よ?」
・・・
・・
・
「気をつけてね、アリシアちゃん」
出発の朝、テレシアが心配そうに言う。
「大丈夫よ。竜なんてすぐ退治出来るわ」
「あぁ、でも・・・そんな恐ろしい生物を倒すなんて・・・」
テレシアはアリシアの手を中々離そうとしない。
可愛い孫が心配なのだろう。
例えばテレシアが本気を出せば、
龍の百匹や二百匹は簡単に倒せるだろうけど。
そのことは今は関係ない。
「大丈夫。アリシアは俺が守ります」
俺はテレシアに言った。
「・・グレイさん。はい、アリシアをお願いしますね」
ようやくアリシアから離れたテレシアと子どもたちに別れを告げ、
俺たちはエスタの街を出立する。
その道中、
アリシアが不意に言った。
「だいぶ打ち解けたじゃない」
「ん?誰がだ?」
俺は尋ねた。
「グレイとお祖母様よ。随分自然に話せるようになったじゃないの」
アリシアが言う。
「・・・あぁ、少し話す機会があってな」
俺は答えた。
あの晩、テレシアと話して以来、
彼女に対する気まずい感情は消え失せていた。
「ここからフォレスの街までは4日くらいかしら」
アリシアが言う。
「あぁ」
俺は短く答えた。
少し間を置いて、アリシアが思い出した様に言う。
「もし時間があったら、『忘れ人の磐宿』も調査したいのだけど、良いかしら?」
俺はその言葉に動きを止めた。
それは俺が灰色の箱を見つけた、最初のダンジョンだった。
「・・・『忘れ人の磐宿』をか?どうしてまた」
「忘れたの?あのダンジョンの隠し扉は灰色のあんたが居ないと開かないのよ。ゼメウスの箱があった場所だものきちんと調査する責任があるわ」
アリシアは答えた。
たしかにきちんと調査することは必要だろう。
「分かった」
俺は答えた。
・・・
・・
・
街道から離れた木立の中。
俺とアリシアは互いに僅かな距離を取り対峙していた。
<フレイムランス>
<サンダーボルト>
アリシアの魔法2連撃を、
俺は回避する。
<フレイムボム>
俺の放つ魔法は、
アリシアではなく彼女の足元を爆破する。
「くっ」
俺はそれを見て、距離を詰める。
「なめるなっ!」
俺の接近を嫌うように、
アリシアは魔法を放つ。
地面から生える炎の槍を、
俺は急停止で回避した。
<<フレイムストリーム>>
俺とアリシアが同時に同じ詠唱をする。
それぞれから放たれた炎は、
お互いに混じり合い一つの炎となった。
魔力比べの様相となり、
お互いに魔力を放ち続ける。
「やるじゃない!私の魔法と相殺するなんて!」
アリシアが叫ぶ。
くそ。
こっちには叫ぶ余裕すら無いっていうのに。
俺は炎の魔力に別の魔力を上乗せする。
俺たちの魔法が混じり生じた火柱は、
やがて黒い炎に侵食されていく。
「っ!?」
<黒炎>
俺が魔力を流すと、
黒い火柱はアリシア目掛け崩れていく。
「くっ!」
アリシアはバックステップと同時に、
右手に込めていた魔力を開放した。
<竜の炎>
アリシアの手から、
圧縮された炎の魔力が放たれた。
まるで光線のように発射されるアリシアの魔法。
俺の黒炎とアリシアの竜の炎がぶつかり、
今度こそお互いの魔力が完全に霧散する。
その場にはとてつもない熱気と爆風が吹き荒れる。
俺たちは型で呼吸をしながら、
お互いに構えた手をおろした。
「あんた・・・本当にこの短期間で強くなったわね・・・」
アリシアが言う。
俺たちは移動時間の合間を縫って組手を繰り返していた。
格上のアリシアと戦うことは、俺にとって大きな意味を持つ。
「アリシアこそ、最後のあれ。前に見た時は詠唱無しじゃ撃てなかっただろ?」
俺はアリシアの魔法を思い出す。
たしかあれは西の大陸でアリシアが放った魔法だった。
「あぁ、詠唱を事前にしておくことで、速射出来るようにしたのよ。もちろんオリジナルの火力よりは低くなるけどね」
アリシアは答えた。
まるでそれが何でも無いことのように。
「十分だろ、あれで」
俺はそれに苦笑する。
・・・
・・
・
それから数日後、
俺たちは予定通りに目的地へと到着する。
「どう、懐かしい?」
アリシアが俺に尋ねる。
俺は馬車から降り立つと、
顔を上げた。
「あぁ、なんだか変な感じだ」
フォレスのまち。
そこには俺の魔導士としての人生が始まった町があった。
「おーい、あんたらー」
そう言って声を掛けてきたのは若い男だった。
「ようこそ。ここはフォレスの町だ、この町になんか用事かい?」
そう尋ねた男の顔に、俺は見覚えがあった。
「エリックか?」
俺は彼の名前を呼ぶ。
彼はかつて出会った、
このフォレスの町の衛兵兼案内係だ。
「あん?なんであんた俺の名前をって・・・ん?」
エリックがこちらを見る。
最初は何かを思い出すように、
だがその表情が一気に明るくなった。
「おぉ!あんたか!久し振りだな!覚えていてくれたんだな!?」
エリックが声を上げる。
「あぁ、あん時はありがとうな」
俺はエリックに礼を言った。
『忘れ人の磐宿』から戻った俺を最初に迎えてくれたのが彼だった。
ボロボロの格好を見て、不審者と間違えてたな。
いや、実際にそうか。
「いつの間にかフォレスから居なくなってたから、どうしてるかなって思ってたんだよ。今も魔導士やってるのかい?」
「ああ」
俺は短く答えた。
「そうか!そりゃ良かった。またフォレスで活動するのか?でも残念だな、今はタイミングが悪いんだ」
エリックが言う。
「タイミング?」
俺は尋ねた。
「・・・あぁ、実は近くの山に竜が巣食っちまってな。危険だから山に近づく依頼が受けられないんだ。お陰でこの町の魔導士連中はおまんま食い上げさ」
「そうなのか」
「あぁ。まあ、でもそれももうすぐ解決するとは思うんだがな」
「解決?」
俺は尋ねた。
「ああ。なんでも近くの街に運良く、SクラスとAクラスの魔導士様がいたらしくてな・・・ギルドが指名依頼を出してくれたらしい」
エリックが嬉しそうに答えた。
「・・・それって」
「Aクラスの方はよく分からないけど、Sクラス魔導士は以前にこの街に来たこともある<紅の風>様らしいぜ!そろそろ到着するはずなんだがな。あんた、道中でそんな一行を見かけなかったか?」
エリックが俺に尋ねる。
「・・・えっと」
俺がなんと言うべきか考えていると、
馬車から荷物を降ろしていたアリシアがこちらに近づいてきた。
「ちょっとグレイ、いつまで話しているのよ?」
「あ」
その声に反応したのは、
エリックだった。
エリックはアリシアの姿を見ると、
自らの仕事を全うすべく彼女に話しかける。
「やぁ、お嬢さん。こんにちは。フォレスの街へようこそ!ここへは観光かい?」
エリックの言葉に、
アリシアは身をただし答える。
「こちらのギルドからの依頼で参りました<紅の風>です。ご案内をお願いできますか?」
アリシアの言葉に、
エリックが慌てふためく。
「なななな!失礼いたしました!」
そんなに激しく動いたら腰を悪くするんじゃないかと思うほどに、
エリックは何度も何度も頭を下げた。
そんなエリックにアリシアは慣れた様子で声を掛ける。
「・・・えっと<紅の風>様。そういえば、お連れの方はどちらに?たしかもうお一人魔導士が同行されると聞いてますが・・」
エリックがアリシアに尋ねる。
「そこにいるじゃない?」
アリシアはそう言って俺に視線を向けた。
俺とエリックの視線が合う。
「えっ・・・?」
「はは、えっと・・・Aクラス魔導士のグレイです。」
俺はエリックに答える。
エリックは愕然とした表情を浮かべる。




