第194話
数日間の船旅を終え、
俺とアリシアは東への大陸へと降り立った。
港に降りると、エルフの姿がほとんどなく、
そこで初めて大陸を移動したのだと実感する。
俺は大きく深呼吸する。
東の大陸。
「俺」の始まりの街。
実際には1年ほどの時間しか経っていないが、
なんだか懐かしい気持ちになった。
「エスタの街へは・・・馬車で乗り継ぎが必要ね」
感慨に浸る俺に構わず、
アリシアが言う。
「エスタはどの辺りにあるんだ?」
俺は尋ねた。
「そうね・・・ここは東の大陸の北端に近い街だからここから更に内陸部に進む必要があるわ。まぁ一週間もすれば着くんじゃないかしら。ちなみにエスタを越えてもう一週間も行けばフォレスの街や、大都市のボルドーニュがあるわね」
アリシアが答えた。
「フォレスとボルドーニュか」
俺は答えた。
どちらも魔導士になってすぐに訪れた街、
とても懐かしい名前だ。
「・・・お祖母様に会ったらそっちにも寄ってみる?そんなに急ぐ用事もないんだし」
「うん、そうだな。その時に考えようか」
俺の言葉にアリシアが頷いた。
・・・
・・
・
「ねぇねぇ、それ何してるの?」
馬車の中、アリシアが俺の手元を覗き込む。
「ん?ああ・・・魔法の修行だよ」
俺は答えた。
アリシアの距離が近くて、
少し心臓の鼓動が早くなる。
気のせいかも知れないが、
南の大陸を出た、
アリシアとの距離が近くなった気がする。
精神的に動揺したせいか、
両手の魔力が揺らぐ。
俺の右手には熱を持った魔力が、
左手には冷気を発する魔力が灯っていた。
「へぇ・・・随分器用なのね」
アリシアが感心したように尋ねた。
「そうか?これくらいならアリシアにも出来るだろ?」
俺は尋ねた。
「そうかしら?」
そう言ってアリシアは俺と同じように、
両手に魔力を集束する。
アリシアの右手に集まった魔力は、
すぐに熱を帯び赤く輝き出す。
それはやがて、
俺の魔力よりも高温の魔力となった。
やはりアリシアの魔力は純度が高い。
「ん・・・」
だが彼女の左手に集まる魔力は一向に冷気を纏えなかった。
一方を調整しようとするともう一方が上手く行かず、
両手の魔力は不安定なままやがて魔力は霧散した。
「・・・ふぅ。やっぱり細かい魔力操作は苦手だわ」
アリシアがため息を吐いて言った。
「そうなのか、なんか意外だな」
「そうでもないわよ?私はどちらかと言うか大量の魔力を即座に収束して放つのが得意分野だから。こういった細かい操作はあまりしてこなかったのよね」
「そんなもんか。Sクラス魔導士も万能ってわけじゃないんだな」
俺は答えた。
「まぁ、結局は人によるけどね。私みたいに火力特化の魔導士もいれば、万能型の魔導士もいる。得意分野の違いね」
「・・・なるほど、魔法のスタイルも千差万別だからな」
俺は答えた。
「そうよ。ちなみに・・・」
「ん?」
「その万能型の最高峰とされたのが、先代<紅の風>。つまり私のお祖母様よ」
アリシアが胸を張って答えた。
「先代<紅の風>テレシア・・・か」
俺は呟いた。
村を飛び出した後、
俺はテレシアには会っていない。
彼女の活躍は日刊魔導新聞などで知っていたが、
魔導士としての彼女の姿を実際に見たわけではない。
「・・・少しだけ見たかったな。テレシアがどんな魔法を使うのか、どれくらい強かったのか。あぁ、でも。本人からそんな話が聞けるかな?」
俺がそんな事を呟くと、
アリシアの表情が少しだけ曇った。
その表情の変化がやけに引っかかる。
「どうした?」
「・・・え、うん。まぁ向こうに着けば分かることだし先に言っておくけど・・・それはちょっと難しいと思うわ。少なくとも、今は」
「・・・今は?そんなに体調が悪いのか?テレシアは」
俺は尋ねた。
「体調は悪くないわ。だけど・・・」
「だけど?」
アリシアは少しだけ躊躇して、
口を開いた。
「覚えていないのよ。お祖母様は自分が魔導士だったこと、それに昔のことも何も」
俺はアリシアの言葉をすぐに理解することが出来なかった。
・・・
・・
・
先代<紅の風>は難関ダンジョンの攻略や、
希少素材の群生地の発見など数々の功績を残した魔導士だ。
魔導士としての活躍だけではなく、
孤児院の創設や、僻地の教育向上など、
社会貢献の面からも優れた功績を残す大人物である。
実力も申し分無く、
彼女は歳を召した後も第一線で活躍し続けた。
むしろ晩年こそが彼女の全盛期だったのではないかとも言われる。
アリシアによると、
そんなテレシアに症状が見え始めたのは引退後しばらく経ってからだという。
はじめは軽い物忘れ、それから徐々に病気が進行し、
ある日を境に自分が魔導士であったことを忘れていたのだという。
「まぁ、お祖母様も歳だからね。仕方ないと言えば仕方ないわ。むしろあの歳まで魔導士やってたのが驚きよ」
アリシアが言う。
「まぁ、そうだよな」
俺はなんとも言えない気持ちになる。
たしかに僕も物忘れなんかには悩まされていた。
歳を取るとはそういうことなのだ。
ふと横を見ると、
俺の顔をアリシアがじっと見ていた。
「どうした?」
「・・・いや、改めて考えるとグレイって私のお祖母様と同い年なのよね?」
「・・・そうだが?」
俺は答えた。
「・・・これからはもう少し労ることにするわ」
アリシアが俺に言う。
「おい、急に労るな、老人扱いするな」
「はいはい、わかりましたよ。お爺ちゃん」
「おい」
そんなやりとりをしながら馬車旅を続け、
俺たちは遂に目的地に到着する。
「あれが?」
「そうよ、見えてきたわね」
俺たちの道の先に小高い丘が見える。
そしてそこには城壁に囲まれた街が一つ。
街の至るところに風車のようなものが見える。
「あれが、エスタ。風の街エスタよ」
アリシアが答えた。
・・・
・・
・
街の中は穏やかな活気に溢れていた。
大都市のようなギラギラした気配はないが、
なんとも心地よい雰囲気である。
風の街と言われる所以なのか、
町中には心地の良い風が通り抜けていた。
「はー、地元に戻ってきた感じがするわ」
アリシアが大きく伸びをして言った。
「アリシアはここで育ったのか?」
俺は尋ねる。
「・・・育ったわけではないけどお祖母様がいたからよく来ていたのよ。魔導士になってからはたまにしか帰ってこられてないけどね」
「なんていうか良い街だな」
「ありがとう。まぁ大都市に比べるとあれだけど、私はこの街が大好きよ」
アリシアが笑顔で答えた。
「あれは何だ?」
俺は真上を見上げてアリシアに尋ねた。
「あぁ、あれ?珍しいでしょ。あれは大風車よ」
「大風車?」
「うん、街に七基あるんだけど、あれは三番風車ね」
「なんのためにあるんだ?」
俺は尋ねた。
「あの風車でね、魔力を取り込んで街の至るところに運んでいるの」
「へぇ、魔力を。それは珍しいな」
俺は感心した。
貴族や王族の一部ではそのような便利な魔道具を有していると聞いたことがあるが、
街まるごとその恩恵を得ているとは。
「ちなみに、あれを発案したのはお祖母様よ」
アリシアが胸を張って言う。
「アリシアが?」
「そう、当時の領主様にお願いされてあんな仕組みを作ったらしいの。でも実はお祖母様しか全体の仕組みを理解している人が居なくて、あれが壊れたら作れる人はもう居ないなんて言われているわ」
「そうなのか」
俺はもう一度、風車を見上げる。
風車は轟々と羽を回していた。
「さ、街の案内はまたしてあげるから。まずはお祖母様のところに行きましょうか」
アリシアはそう言って街の中を元気に歩き出した。




