第191話
「大丈夫?」
アリシアが声をかけた。
「ああ・・・」
俺は答える。
「ロロが心配してるわよ。せめて食事くらいは摂りなさい?」
「・・・ああ」
俺はぼんやりと答えた。
それを見たアリシアがため息を吐く。
だがそこから彼女は何を言うでもなく、
ただ俺の近くに座っていた。
俺たちの間には、
ゆっくりとした時間が流れる。
部屋の中には窓から夕陽が差し込んでいた。
「・・・俺は・・・」
俺は不意に呟いた。
「えっ?」
突然の言葉にアリシアが驚き、
声を上げる。
「ヒナタを救えなかった」
「グレイ」
「もう少しだったんだ・・・、あの時、俺が手を離さなければ・・・」
俺は自分の手を握りしめる。
「ヒナタは言ったんだ。助けてって、なのに俺は・・・俺は・・・」
俺は目をつむり、
あの瞬間を思い出す。
不甲斐ない、
情けない。
せっかく魔法を使えるようになっても、
せっかく強くなっても。
俺は仲間一人救えないままだ。
弱くて、逃げてばかりだった僕のままだ。
ヒナタを救えなかった罪悪感に、
俺は押しつぶされていた。
その時、
俺の身体をふわりと温かいものが包む。
それはアリシアの体温。
アリシアは何も言わず、
ただただ俺を抱きしめていた。
長い沈黙が部屋に満ちる。
そしてやがて。
「アンタにとってヒナタちゃんは大事な仲間だったのは分かっている」
「・・・ああ」
俺はゆっくりと答えた。
「アンタが落ち込むのも当然よ。自分の不甲斐なさと無力さ・・・、消えてしまいたいと思うのも分かる」
「・・・」
「だけど・・・、魔導士だって何もかも出来るわけじゃない。救えないものもあるの」
「・・・」
「そこから立ち上がるか、前を向けるかどうかが本当の強さだと思うの」
「・・・本当の強さ」
「そして、アンタはその強さを持っている。私はそう信じてるわ、もちろんロロも、カナデもね」
「・・・」
「ゆっくり考えて、それから少しでいい顔を上げてみて。私は待ってるから」
そう言ってアリシアはゆっくりと俺の額にキスをした。
「・・・アリシア」
俺は呟いた。
アリシアは優しく微笑むと、
そっと部屋を出ていった。
俺は誰も居なくなった部屋で、
アリシアの言葉の意味を考える。
相変わらず自責の念は消えなかったが、
胸の中には温かい何かが灯っていた。
「ヒナタ・・・俺はどうすればいい?」
俺は闇の中、呟いた。
・・・
・・
・
夢を見た。
内容ははっきりと思い出せないが、
夢をみたことだけは強く覚えていた。
夢にはヒナタと、
他にも誰かがいたような気がする。
夢の中のヒナタは、
何度も思い出すあの爆発間際のヒナタではなく、
とても柔らかい表情をしていた。
それはかつて一緒に冒険をしていた時の、
ヒナタだった。
夢の中で俺はヒナタと何かを話していた。
とても大事なことを。
だがそれが何かを思い出すことが出来ない。
思い出そうとすると靄が掛かったように、
頭の中が真っ白になる。
だが、一つだけ覚えていることがある。
ヒナタが笑顔で、俺に何かを言っている。
それがどんな言葉だったかは分からない。
だが目が覚めた時に俺は泣いていた。
それも顔が火照るくらいに。
それから、
ヒナタを失って以来、ざわついていた心が、
憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。
代わりに俺の心に残っていたのは、
不思議な感情と聞いたこともない言葉。
それは俺には何かやらなくてはならない事があると言う使命感。
それから――――聞いたこともない単語。
だがなぜこんなにも胸が熱くなるのだろう。
不思議な感覚に違和感を感じていると、
窓から朝日が昇るのが見えた。
それはとてもとても美しい朝日だった。
俺はそれを見てなぜだかとてもホッとした。
俺は自分の腹が音を立てるのを聞いた。
そう言えば、何日飯を食べてなかっただろう。
俺はゆっくりとベッドから降りた。
・・・
・・
・
「・・・グレイさん?」
「ロロ、か」
「あの・・・もうお体は大丈夫なんですか?」
ロロが恐る恐ると言った表情で尋ねてくる。
「あぁ。心配かけてすまなかった。なんだかよく分からないんだが、もう大丈夫だ」
俺は答える。
「どうして急に・・・いえ、でもグレイさんが良くなって良かったです」
「・・・ロロにはいつも看病して貰ってる気がするな」
「いえ、私は元聖女ですから。冥利に尽きます」
そう言ってロロは笑った。
「・・・話し声が聞こえると思ったら・・・もう大丈夫なの?」
扉から顔を出したのはアリシアだ。
「アリシア・・・すまん、心配をかけた」
俺はアリシアに礼を言う。
「ふん、心配なんてしてないわよ。どうせちゃんと復活するって思ってたし」
そう言ってアリシアは笑う。
「情けない姿を見せてすまなかった。・・・よければ俺が引きこもってる間のことを教えてくれるか?」
俺の言葉に二人は了承し、
俺は宿の食堂で数日ぶりの食事を食べることにした。
・・・
・・
・
「そうか、カナデはもう旅立ったのか」
俺は口の中の肉を咀嚼しながらそう呟いた。
ちょうど昨日、カナデはこのミヤコの街から旅立ったらしい。
「・・・よく食べるわね。あんたに宜しくってさ」
アリシアが言った。
「何も食べてなかったからな。しかし、カナデらしい別れのセリフだな」
俺は答えた。
すると二人は苦笑いし、
顔を寄せ合って小声で話す。
「・・・ちょっとアリシアさん、カナデさんからの言葉をちゃんと伝えないんですか?」
「当たり前でしょ。なんで私がそんなこと・・・それにカナデだって私達をからかっていただけで別に本当に伝えてほしいなんて思ってないわよ」
「そうでしょうか・・・」
「じゃあんたが伝えなさいよ、ロロ」
「そ、それは嫌です」
二人は俺に聞こえないように何かを話し合っていた。
「ん?どうした?」
俺は尋ねた。
「な、なんでもないわよ」
「そう、なんでもありません」
二人は口を揃えて言った。
「まぁでも」
俺は言った。
「カナデとはまた会えると思う。あいつもゼメウスの箱を開けた魔導士だし、きっとまた俺達の力になってくれるはずだ」
俺はそう言ってまた肉に喰らいついた。
ふと返答が無いことに気が付き、
二人の顔を見るとなんとも複雑そうな顔をしていた。
「・・・どうした?」
俺はロロに尋ねた。
「・・・なんでもありません」
「・・・なぁアリシア?」
「なんでもないわ」
「?」
その後はなんとなく変な雰囲気のまま、
俺は食事を続けた。
・・・
・・
・
その後、俺はミヤコの街を一人歩いていた。
ロロはまだ早いと俺を止めたが、
鈍った身体を動かしたい気分だった。
何か目的があるわけではなかったが、
頭の中を整理するために歩きたかったのだ。
歩きながら考える。
何かをしなくちゃいけない気がするが、それが何か分からない。
俺は自分の中に言いようのないもやもやとした気持ちを抱えていた。
「あの夢は・・・なんだったんだろう・・・」
あの夢で、ヒナタが俺に呟いた何か。
それはただの夢では片付けられない、
重要ななにかだと俺の直感が告げていた。
だが同時に猜疑感もある。
「待てよ。むしろヒナタを失ったショックがデカすぎて気が触れた可能性もあるのか・・・?いやいや、そんなことならそもそもこんなに冷静になれるか?」
俺はそんな事をブツブツとつぶやき、
街を徘徊していた。
その時。
「おーい!君!そこの君!」
声を掛けられ振り向くと、
そこにはエルフの老人がいた。
ふむ。
見覚えがあるが、一体誰だったか。
俺が記憶を探っていると、
老人は俺に近づいてきた。
「良かった、君も無事だったんじゃな」
老人は笑顔で俺に話しかける。
うん、まずい。
俺は相手が誰か分かってないのに、
向こうは分かっている状態だ。
こういうの気まずいんだよな。
俺が曖昧に返事をすると、
老人は怪訝そうな顔をした。
「・・・なんじゃ?もしかして忘れたのか?まったく薄情な奴じゃの。まぁいいか、ワシはハクジュじゃ、ほれ前に鍛冶屋で会っただろ?」
そう言って、ハクジュと名乗る老エルフは髪の毛を束ねた。
俺はそこでようやく彼のことを思い出す。
そうだ、たしかこの街に初めてきた時に出会っていた鍛冶屋の店主だ。
最近の出来事なのになぜ忘れていたのだろう。
「あー、思い出しました。すみません」
俺は答え、ハクジュに謝罪した。
「いやいや仕方ない、今日は作業着も着てないからな。気にするな」
ハクジュはそう言ってハハハと笑った。
「それで・・・どうして俺に声をかけてくれたんですか?」
俺は尋ねる。
「なんじゃ、それも忘れたのか。そなたのそれ、調べさせてくれる約束をしただろう?」
そう言ってハクジュは俺の右腕に視線を落とす。
「・・・これ、ですか?」
それは図書館迷宮で「永遠の挑戦者」の試練を超えた時に、ゼメウスから受け取った篭手だ。
「ああ、珍しい魔鋼じゃからの。実はあの時以来ずっと気になっていたのじゃ」
そう言ってハクジュは目をキラキラと輝かせる。
「・・・良いですよ、幸い今なら時間もあります」
俺は答えた。
どうせ一人で考えることに行き詰まっていたのだ。
誰かと話せば気分転換になるだろうとも思った。
「本当か!?それはありがたい、ではワシの店に行こう!茶くらい出すでな」
そう言って俺はハクジュの店へ連行された。
・・・
・・
・
「・・・ふうむ、夢のお告げというやつか」
ハクジュが俺の手鋼を調べながら答える。
俺はハクジュに不思議な夢のことを相談していた。
「夢の、お告げ?」
俺は尋ねた。
「エルフの伝承でな、昔からあるのじゃよ。まぁ、おとぎ話にも近いものじゃが。人が本当に困った時、道筋を照らすかのごとく掲示を与える不思議な夢を見ると言う」
「そうなんですか・・・」
「・・・研究が進んだ今では、精霊が寝ている間に記憶の一部を勝手に読み取り、見せると言う説が最有力だがな。意味のない事から意味を汲み取るのは、ほれ、人間もエルフも得意技じゃろ?」
「・・・精霊、ですか」
俺は呟く。
「エルフの里に来るくらいじゃ、君も相当の魔導士なのじゃろう?魔導士は精霊と親和性が高いし、そういうこともあるじゃろう」
俺は頷いて、
ハクジュの煎れてくれたお茶をすする。
うん、美味い。
彼の工房に来て、かれこれ数時間。
ハクジュは一心不乱に俺の篭手を調べている。
集中したいからと、
ハクジュは店も臨時休業にしてしまった。
時折こうして俺のボヤキに反応してくれるが、
それ以外は無言だ。
時折思いついた事を言葉にすると、
ハクジュはゆっくりとそれを聞いてくれた。
お陰で俺もゆっくりと頭の中を整理することが出来た。
そしてそれからまた半時ほどお互いに無言の時間が続き、
太陽が落ちかけて着た頃にハクジュは手を止めた。
「ふぃ〜、調べれば調べるほどヤバい品じゃの、これは」
そう言って労るように目頭を抑えるハクジュ。
「ヤバい品?」
俺は尋ねた。
「まず硬度じゃが、ワシの手元にある器具ではほとんど傷も付けられんかった。それに魔力の伝導率、貯蓄料共にいずれの金属の比ではない。こいつはミスリルなんかよりも遥かに優秀な金属じゃ」
ハクジュは答えた。
「ここまでのものは、滅多にお目にかかれん。噂で漏れ聞こえる、北の大陸のオリハルコンくらいじゃの」
「オリハルコン?」
「知らんかね?今や伝説となった金属じゃ。遥か昔の北の大陸でのみ採れたとされる。今は知らんな、たまに市場に出ると目の飛び出るような高額で取引されるような代物じゃ」
ハクジュが答えた。
「・・・北の大陸ですか」
「残念じゃが、ここで調べられるのはここまでじゃな。手鋼の一欠片でも削ることが許されるなら、お主にサンプルを貰ってこの国の機関で調べるのじゃが、こいつは削ることすら出来んからの」
そう言ってハクジュは、
俺の手鋼をペチペチと叩いた。
とんでもないモノをくれたものだ。
俺は内心でゼメウスに感謝した。
「ありがとう。また街に来ることがあったら、相談させてください」
俺はハクジュと握手をする。
「いや、礼を言うのはワシのほうじゃ。ありがとうよ、青年。まぁ次は普通にお茶でも飲みに来てくれ」
俺はハクジュに茶の礼を伝え、
彼の店を後にした。




