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第186話



「アリシアさんっ!」


ロロが叫ぶ。


その瞬間、アリシアの右手が輝いた。


<フレイムバリスタ>


アリシアが放った炎の弩砲は、

一直線に白づくめの女を貫く。


「おのれっ!」


アリシアの魔法に吹き飛ばされた白づくめの女は、

アリシアを睨みつける。


アリシアはロロの隣にふわりと着地する。



「大丈夫?」


ロロに優しく声を掛ける。

アリシアがロロの頭にそっと触れる。


「アリシアさん・・・良かった。目が覚めたんですね」


ロロは涙目になりながら、アリシアを見つめた。


「うん、なんとか。心配かけたわね、ロロ」


そう言ってアリシアはロロを強く抱きしめる。


「いえ、本当に良かったです。・・・グレイさんも、本当にアリシアさんを心配して・・・」


「グレイが?そうだ、今どうなってるのか状況を――――」


アリシアがロロに質問をしようとした瞬間、

再び白づくめの女が殺気を放った。

アリシアとロロの視線が同時に白づくめの女へと向く。


「おしゃべりですか?随分と余裕ですねぇ・・・」


「あんた・・・」


アリシアは白づくめの女を凝視する。


アリシアと白づくめの女の遭遇は初めてではない。

西の大陸の港町の洞窟で、一度戦闘になった事がある。

だがアリシアはその時のことを思い出し、違和感を感じていた。


「・・・あんた、あの時と随分雰囲気が違うわね。いえ、雰囲気と言うか外見は一緒だけど中身が別物って感じ」


アリシアが言う。

アリシアが見抜いたのは魔力の質。

かつてアリシアが出会った白づくめの女とは、

魔力の性質がまるで異なっていた。


「・・・さすがはSクラス魔導士。察しが良いですね」


白づくめの女が落ち着きを取り戻し、

ニヤリと笑う。


「あんた、名前は?」


無意識にアリシアは尋ねた。


これまでの調査から、

白づくめの女が『白蝶』でないことは分かっている。


だがこれほどの実力を持つ魔導士が、

白蝶の影に隠れ、

世に名前を知られていないことが信じられなかった。


「・・・名前、名前ですか。そうですね・・・シラユキとお呼びくださいませ」


「シラユキ・・・」


アリシアは反芻する様に呟く。

聞いた事もない名前だ。

そしてシラユキの反応から、

それが本名だとも到底思えなかった。


「・・・さて、お話は終わりです。<紅の風>、かつては私ではない私と戦いましたよね?」


「どうだったかしら」


アリシアは腰を落とし、

右手に魔力を集中する。



「すぐに思い出しますよ」


そう言った瞬間、白づくめの女、シラユキの姿が消えた。


「・・・ッ!」


アリシアは直感だけで、

ロロの身体を押す。

そして自身は、

その場を飛びのいた。


その瞬間、目の前にシラユキが現れ魔力を満たした右手を振るう。

細枝の様な腕から放たれた一撃はアリシアの立っていた地面を割った。


「アリシアさんッ!」


「隠れてなさい!」


アリシアは着地を待たずして白づくめの女に魔法を放つ。


<サンダーボルト>


放たれる雷撃。


だが紫電がシラユキに到達する前に、

シラユキはその場から姿を消した。



「・・・またっ!」


シラユキの姿を見失ったアリシアは、

周囲を見渡す。


だがシラユキの姿はどこにもない。

まるで霞の様に、一瞬でその気配の全てを消した。


次の瞬間、アリシアは背中に悪寒を感じる。


振り向こうと反応するアリシア。

だがそれよりも先に衝撃を感じ吹き飛ばされてしまう。



「ぐっ!!」


背中の激痛に耐えながら、

アリシアは顔を上げる。


そこには消えたはずのシラユキが立っていた。



「・・・フフフ。その表情、ゾクゾクしますね」


そう言って、シラユキが笑う。



<フレイムランス>

<フレイムランス>

<フレイムランス>


アリシアは三つの魔法を同時に放つ。

地面を這う様に湧き上がる炎の槍。


三つの槍は絡まりながら、

シラユキへと迫る。


だが炎がシラユキに到達する寸前、

その身体が霞みの様に消える。


これで三度目。

敵の姿を見失うアリシア。


だがSクラス魔導士は、

すでに対応の一手を打っていた。


<フレイムストリーム>


アリシアの魔法を中心に、

豪火が渦を巻く。


火柱のごとく湧き上がった炎は、

アリシアの身体を包む。


そしてそのまま、

炎は波紋のように広がり、

徐々にその渦を大きくしていく。


アリシアを中心とした、

全方位への展開。



やがてアリシアは広がり続ける炎の渦の一部に、

目標の気配を感じ取った。


「そこっ!!」


アリシアが魔力を操ると、

炎の渦は集束し、

今度は幾本もの炎の槍に姿を変える。


そしてアリシアが魔力を捕捉した地点に向け、

その槍が降り注いだ。


「ぐっ!!」


その着弾点からはじき出されるように、

シラユキの姿が現れる。


先ほどまでの笑顔は消え、

アリシアを睨みつける。


「小賢しい真似を・・・」


「Sクラス魔導士舐めないでよね」


アリシアはフンと鼻を鳴らし答えた。



シラユキはアリシアの魔法の直撃を受けたにも関らず、

驚くほど自然に身体を起こした。


そして服の汚れを払う様にして落とすと、

戦闘中とは思えぬほど淑やかに立つ。


アリシアはその行動に薄ら寒さを感じつつも、

次の攻防に向け、警戒心を高める。


二人の戦いが第二幕に移ろうかとしたその時、

アリシアの意識の外から、

話しかける声が聞こえた。





「・・・なにをしている?」



アリシアは驚いてそちらを振り向く。

そこにいたのは一人の男。


シラユキに対峙していたとはいえ、

一応は周囲の警戒も怠っていなかった。


だが、その男は気配もなく、

アリシアとシラユキの圏内に姿を現した。

着崩したローブ姿の男。

背丈は高くないが、独特の雰囲気を放っている。


突然の事に動きが止まるアリシア。

その声にいの一番に反応したのはシラユキであった。


「は、白蝶様・・・これは・・・」


シラユキが見るからに動揺し、

男に言葉を掛ける。


白蝶。


アリシアはその言葉を聞き逃さなかった。

シラユキの言葉が真実なのであれば、

長い事追ってきた、Sクラスの賞金首が目の前に居る。

アリシアは心臓が強く鼓動するのを感じた。


対する白蝶は、アリシアを一瞥することもなく、

厳しい視線でシラユキを見つめる。


「私は貴様に何を命じた?ここで侵入者を迎え討てと言ったか?」


「そ、それは・・・」


「私の命に背くとは、貴様、前任者のようになりたいか?」


殺気のこもった威圧。

自らに向けられているわけでもないのに、

アリシアは背中に悪寒を感じた。

恐怖のあまり、手足が痺れる。


「・・・申し訳ございません」


シラユキが消え入りそうな声で言う。


「行け。遅れは自分で取り戻せ」


白蝶はシラユキから視線を外すことなく、そう言った。


「仰せのままに」


その言葉と同時に、

シラユキの身体がその場から消える。

そしてやがてその気配もその場から霞んでいった。



シラユキを追う事は出来なかった。

すでにアリシアの意識はシラユキではなく、

目の前の白蝶に向いていた。


目を離せば殺される。

そう思わせるほど、

目の前の白蝶は恐ろしい存在であった。


背丈はそれほど大きくない。

だがぴんと伸びた背筋が、

白蝶の身体を大きく見せていた。


加えてその身から漏れる強靭な魔力。

Sクラス賞金首の二つ名は伊達では無い。

アリシアはそう思った。


「さて、貴様は確か・・・」


白蝶の視線がこちらを向く。


「・・・Sクラス魔導士、<紅の風>よ。あんたが白蝶ね」


アリシアが気丈に答える。


「・・・二代目<紅の風>か。・・・先代に比べると劣るな」


白蝶の意外な言葉にアリシアが驚く。


「あんた・・・お婆様を知って・・・?」


アリシアの言葉に白蝶は答えなかった。



「もはや貴様に構っている時間はない。既に上にやつらが侵入している頃だろうからな」


そう言って白蝶は顎で後方を指し示す。

王樹の最上部、一際大きな枝の集中する部分。

そこに何があるのというのだろうか。


「・・・逃がすと思う?」


アリシアは腰を落とし、

戦闘態勢をとった。

手足の感覚は失ったままだ。

白蝶はそんなアリシアを一瞥する。


白蝶はほとんど棒立ちのまま、

アリシアに対して半身の体勢を崩さなかった。


(・・・なんなの、こいつ)


アリシアは白蝶に対し、

原因不明の恐怖を感じていた。


ただ強いだけの相手であればこれまで何度も対峙してきた。

だが目の前の白蝶は、それとは一線を画す異質な気配を放っていた。

対峙するだけで死が脳裏によぎる。


アリシアは背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「・・・無理をするな」


白蝶が言った。


「・・・心拍数、瞳孔の開き、そして魔力の揺らめき。貴様が感じているのは恐怖、と言うものだ」


「なん・・・ですって」


アリシアが答える。


「相手との力量差を正確に把握できねば、一流とは言えない。少なくとも先代はそれを理解していた」


白蝶の言葉に、

アリシアはぐっと息を飲む。


「・・・励め。若き魔導士よ」


そう言って白蝶は、

無防備に後ろを向き、

どこかへ歩き去っていった。


「待ちなさいっ・・・」


アリシアは震える手でその背中に魔法を放とうとした。


だがそれが出来ない。

全身の細胞がその行動に対し警鐘を鳴らしていた。


やがて白蝶がその場を去り、

場を支配していた重苦しい空気が消えたのち、

アリシアはその場にへたり込む。


「アリシアさんっ!」


そう言ってアリシアに駆け寄ったのはロロだった。

ロロは顔面蒼白になっているアリシアの手を握る。


「・・・大丈夫、大丈夫よロロ」


アリシアは答える。

だがそれはまるで自分に言い聞かせる様な言葉だった。


「良かったです。攻撃しないで・・・あれは・・・あの人は・・・」


ロロが目に涙を浮かべてアリシアに語りかける。

その身体もまたガタガタと震えていた。


「あれが、白蝶・・・」


誰も居なくなった王樹ふもとで、

アリシアは自らの敵の強大さを痛感するのであった。



お久しぶりです。

ブクマがいつの間にか800件を突破しており、

感無量です。


(ここまで長くお付き合いいただき、本当にありがとうございます)


コロナウイルスで、外出も憚られるこの頃ではありますが・・・


皆様の余暇を充実させる一助になればと願っております。


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