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第182話


陽の出前のミヤコの街を炎が包む。

街の東部ではいくつもの爆発が起き、

建物が崩壊する轟音が響く。



「お母さん・・・」



心細そうに震えるエルフの少年。

傍らには母親と思われる女エルフの姿。


だが、その半身は崩れた建物の瓦礫に埋もれ、

身動きが取れなくなっている。


「・・・ユ、キト逃げて」


母は切実に息子の名を呼ぶ。


だが幼い彼に、母親を置いて逃げると言う選択肢はなかった。

少年はその場を動こうとはしない。

目に涙を浮かべ、必死に母の名を呼び続けた。


その時、

親子のすぐそばで再び爆発音が響く。

同時に赤く揺らめく炎が視界に入った。


ここもすぐに火の海になるであろうことは、

想像に難くなかった。


「ああ・・・お願い・・・ユキト・・・」


母は瞳に涙を浮かべ、

懇願するように息子に声をかける。


だが少年もまた首を振り、

頑なに母親の前を動こうとはしない。


それは恐怖だけが理由ではない。

いつか亡き父に言われた、

お前が母さんを守るんだと言う言葉が、

少年の心にはしかと刻まれていた。


三度、響く爆発音。

それは先ほどまでよりも近くで起きる。

振動により、瓦礫がパラパラと音を立て崩れる。



「あぁ、神様」


母は大粒の涙を流し神に祈った。

自らの無事ではない。

ただ目の前にいる最愛の息子のことを。


自分はどうなっても構わない。

だけどどうかこの子だけはお助け下さい、と。


エルフは神を信仰しない。

自然の恵みに感謝し、自然と共に生きる。

エルフにとっての神とは仰ぐものではなく、

共に生きる自然そのものであった。


生まれて初めての心からの願い。

それが願いが神に届いたのかは分からない。



だがその時、親子の元に一陣の風が吹いた。



<エアブラスト>



自然には起こり得ぬほどの暴風が、

母親の身を押しつぶしていた瓦礫を吹き飛ばす。

圧迫されていた身体が解放され、

肺に空気が流れ込む。


「ガハッ、ゲホッ!ゲホッ!」


その途端、母親は吐血する。

内臓へのダメージが、一気に開放されたためだ。


「お母さん!」


幼い少年が叫ぶ。


「触ってはだめ!」


そう言って少年の肩に手を置いたのは、

一人の人間の少女であった。


少年は人間と交流した経験があまりなかったが、

苦しむ母を前に、種族の違いなど気にならなかった。

少年は少女に懇願する。


「お願いします!お母さんを、お母さんを助けてください!」


少女に縋りつき、泣きじゃくる少年。

少女はそんな少年を優しく抱きしめた。


「・・・大丈夫です。頑張りましたね。後は任せてください」


優しく慈愛に満ちた笑顔。

自分が助けを求めた相手が、

かつて東の大陸で聖女と呼ばれた魔導士であることを

少年は知る由も無かった。




・・・

・・



エルフの親子を助けたロロは、

火災の炎で赤く染まった東の空を見る。


「一体、何が起きてるのでしょうか」


「分かりません。エルフの魔導士たちも動き出している様ですが、時間も時間ですし混乱は間違いないですね」


答えたのはシオン。

街の東区から逃げてくる人で、

道は溢れていた。


その中にはシオンの言う、

エルフの魔導士達も散見する。

その顔には不安が浮かび、

彼らもまた事態が掴めていないのだと言う事が分かる。



「いきましょう。助けを求める人が居るかもしれません」


ロロが呟く。

その言葉にシオンが頷いた。


「アリシア様のお側に居るのが私の使命ではありますが・・・、きっとアリシア様もそうするように言うでしょう」


そうして二人は人の流れに逆流し、

街の東へと急ぐ。




街の東部エリアに近付くと、

その被害は想像以上に酷いものであった。


東部は工房や商店が並ぶエリアで、

多くの人が暮らしている。


火災については魔導士たちの活躍によりほぼ消し止められているものの、

建物は倒壊し、路上には多くの怪我人が溢れていた。


「ひどい・・・」


その光景を見てロロは思わず目を覆う。


「一体なにが・・・」


シオンが呟いた。


「大丈夫ですか?」



すぐさま道に倒れる重傷者に回復魔法をかけ始めるロロ。


「・・・すみません・・・」


たった今まで息も絶え絶えと言った様子だったエルフの男は、

見ず知らずの自分に献身してくれるロロに礼を言った。


「お辛いところすみません、一体何があったのですか・・・?」


シオンが話しかける。


「シオンさん、この方はそんな状態では・・・」


回復魔法を掛け続けるロロが戒める。


「しかし・・・」


シオンの気持ちが分からない訳では無い。

しかし元聖女であるロロにとって、

怪我人の回復に勝る優先事項はなかった。


「だ、大丈夫です・・・お気遣いありがとうございます・・・」


それに答えたのは回復を受けるエルフの男だった。


「無理はしないでください」


ロロの言葉にエルフの男が頷く。


「わ、私は・・・この東区の警備隊の一員です・・・夜勤との交代の時間に、突然侵入者がありました・・・」


エルフの街には王属の警備隊が配備されている。

有事には軍のような扱いもされる職業で。

言われてみれば目の前に倒れるエルフは制服のようなものを身に付けていた。


「警備隊の方でしたか。侵入者と言うのは?」


「司祭のような恰好の男と、何人かの騎士・・・・、彼らは我々の詰め所を破壊すると、闇に紛れて中央の方へ向かいました。このままでは・・・」


エルフの男が悔しそうに言う。


「司祭と騎士・・・」


シオンが答える。


「追いましょう。この情報を他の魔導士たちにも伝えないと」


ロロが言う。


「そうですね、念のため魔導士ギルドと他の警備隊にも連絡をします」


シオンが頷く。


「・・・気を、付けてください・・・司祭や、騎士だけじゃない・・・やつらの中にもうひとり」


エルフの男が言う。


「もう一人ですか・・・?」


「見たこともない魔法を使う少女です。この辺りもすべてその子の魔法で」


そう言ってエルフの男が視線を周囲に送る。

爆発により倒壊した建物に紛れ、

なにかに抉り取られたように削れた不自然な建物が点在していた。


「見た事もない、魔法・・・」


ロロは言いようのない不安が胸に広がるのを感じた。


「いきましょう、ロロさん」


そう言ってシオンに声を掛けられハッとする。

目の前のエルフの男はもう大丈夫だろう。


シオンとロロは侵入者の情報を伝えるべく、

今度は街の中心部へと急ぐ。


・・・

・・



王樹内、アカツキの私室。


「東部に侵入者と言うのは本当ですか」


「ハッ、仰る通りです」


アカツキの質問に、制服姿のエルフが頷く。


「被害の確認と、市民の救出を優先してください。侵入者は発見できたのですか?」


「承知いたしました。侵入者は東部を破壊したのち、足取り不明となっています。恐らくは少人数で闇に紛れ行動している者と思われます」


「王樹の警備を固めてください。父上の居ない時に侵入される訳にはいきません」


「ハッ、そちらの方も至急対応いたします」


そう言って、制服姿のエルフは部屋を飛び出していく。


アカツキはその姿を見送り、

窓の外に目をやった。


先ほどまで火災により赤く燃えていた空は、

今はもとの闇夜に戻りつつある。


「一体だれがこんなことを・・・」


アカツキは悔しそうに呟く。


だがその独り言に、

答える声があった。


「我々だ」


アカツキが殺気を感じ振り返ると、

そこには数人の騎士と、司教の格好をした老人。

それに虚ろな眼をした少女が居た。


「なっ!!侵入ッ―――――ガッ」


アカツキが声を上げる前に、

騎士たちの拘束される。


「ククク、こんなに簡単に侵入できるとは。緑の箱を奪った時もそうだったが・・・如何にエルフが平和ボケしているか分かるな。この亜人どもめ」


そう言って老人が忌々しそうに吐き捨てる。


「あ、あなたは・・・」


拘束されるアカツキは、

その老人の顔に見覚えがあった。


見覚えどころではない。

かつてアカツキたちは国賓としてエルフの里に招いた事すらあったのだ。


「久しいな、アカツキ王子。十数年ぶりか」


「オーパス教皇・・・なぜ、あなたが・・・」


アカツキは尋ねる。


「ククク、決まっておる。貴様ら亜人を滅ぼしにきてやったぞ。新たに手に入れた、私の力でな」


そう言ってオーパスは傍らに立つ少女に視線を送る。


少女の手に魔力が集束し、その手が深緑に輝いていく。


アカツキはその光を見てどこか懐かしい気持ちを感じる。

だが同時にその圧倒的なまでの魔力に、

自らの命の終わりが近しい事を直感的に感じ取った。



(せめて、助けを)


アカツキはそう思い、

自らの精霊に指示を出す。


不思議なことにアカツキの脳裏に浮かんだのは、

屈強なエルフの戦士たちではなく、

ひとりの人間の魔導士であった。


(グレイさん・・・)


アカツキがグレイの名を心に浮かべたその瞬間。

少女の右手から魔力が放たれ、

部屋が緑の光に包まれた。



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