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第181話


「緑の箱・・・」


カナデが呟く。


「あ、ああ」


俺もそれに答える。

だがこの展開にはさすがに俺も驚いた。


「・・・なんで緑の箱がここに?」


カナデもどうやら俺と同じ疑問を持ったようだ。


ヒナタが洗脳され無理やり開けさせられた緑の箱。

現在のその箱は、白蝶の手の内にあるはずだ。


だが目の前には本物としか思えない緑の箱。


俺は考える。


一体どういうことだろう。

緑の箱は複数個存在するということなのだろうか。

これまでの事を考えるとその可能性は恐ろしく低いが。


俺はふらふらと緑の箱に近付く。

宙に舞う緑の箱は、

まるで俺たちを呼んでいるかのように見える。


そして俺は漂う緑の箱を、

そっと手に取った。


俺の手が触れた瞬間、

緑の箱は浮力を失いそっと俺の手に落ちる。


「グレイ、それをどうするつもりなんだい?」


カナデが心配そうに尋ねる。

その声には珍しく動揺が窺えた。


俺はすでに二つ箱に巡り合っているが、

彼女にしてみれば伝説級の秘宝と巡り合ったのだ。

冷静にと言う方が難しい話だ。


俺は改めて手の中にある箱を見つめた。

なんの変哲もない箱。


だがその中には、

偉大なる魔導士の魔法が封じられている。


このまま何もしない、

と言う選択肢は今の俺たちには無い様な気がしていた。


そして俺は自分に言い聞かせるように、

呟く。


「これを開ける」


「・・・ほ、本気かい?」


カナデが頷く。

だが強く止めはしない事から、

彼女も俺と同じような事を感じているようだ。


俺は緑の箱に手を掛ける。


そしてゆっくりと箱を開ける。


その瞬間、

俺の脳裏に眩いほどの緑の光が走った。



・・・

・・



気が付くと緑の光の中、

俺は立っていた。


俺の目の前には見覚えのある小さな影。


「・・・グレイ?」


影はそう言うとテトテトとこちらに近付いてくる。


「・・・幼ゼメウスか、どこ行ってた?」


「う?」


幼ゼメウスは俺からの問いに不思議そうな声をあげる。

俺は再び幼ゼメウスを抱き上げると、

彼に向け気になっていたことを尋ねた。


「・・・なぁ、何でここに俺を連れてきた?」


「た?」


「なんでここに緑の箱がある?緑の箱は白蝶に奪われたはずだ」


「はくちょ、はこー」


俺の質問に、幼ゼメウスは回答出来ない。

それは別に惚けている訳ではなく、

本当に分からない様子だった。

無理もない。

彼はこれまでの他のゼメウスと比べても、

明らかに幼い。



「・・・まぁ、お前に聞いても仕方ないか」


俺はため息をついた。


「グレイ、おうち」


俺の顔を見て、幼ゼメウスはニコニコと笑う。

こうして見るとやはり他のゼメウスによく似ている。

ここに帰るまではどこか不安そうだったが、

今は安心しきっている様子だ。



「帰れて良かったな。ここからどうすれば良いのかは分からないけど」


俺は呟く。


「う?」


「悪い奴らにな、お前の魔法奪われちゃったんだよ」


「うー」


「・・・なんとか取り返したいけど、その魔法を使ってるの俺の仲間でさ。止めるにはその子を倒さなきゃいけないんだ」


「なかま?」


「そう、大切な仲間なんだ。だから助けたい」


「うー」


「・・・唸ってるけど、分かってるのか?」


俺はそう言って苦笑する。


「・・・なかま、たすける?」


「おー、そうそう。やっぱ分かってるのか?うん、そうなんだよ」


「ぐれい、なかま、たすける」


そう言って幼ゼメウスは俺の身体に手を触れた。


「ん?なんだ幼ゼメウス、お前なにして・・・」


そう言った瞬間、

幼ゼメウスの手から濃厚な何かが俺の身体に流れ込んできた。



「・・・ッ!!!」



不思議な感覚。

これまでゼメウスの魔力を借りたりした経験はあったが、

それらとはまた別の感覚があった。


「お、おい。幼ゼメウス、一体俺に何を?」


俺は幼ゼメウスに尋ねるが、

幼ゼメウスはニコニコと笑うだけで、

何も説明はしてくれない。


俺は再びため息をついた。


「・・・よく分からんけど、力を貸してくれるんだな?」


俺は尋ねた。


「うん!」


幼ゼメウスが力強く頷く。

結局疑問は何一つ解消されなかったが、

俺はなんだかほっこりとした気持ちになった。


そしてやがて、

意識が再び遠のくような感覚に陥る。


「お別れか」


俺は幼ゼメウスに言う。

幼ゼメウスは寂しそうな表情を浮かべる。

俺は彼の頭をそっと撫でた。


「またな」


「ぐれい、ありがと」


そう言って、幼ゼメウスは最後ににっこりと笑う。


そして俺は意識が落ちるのを感じた。

周囲の緑の光が強まり、

やがて俺の視界を覆いつくす。



・・・

・・



気が付くと俺の手に緑の箱は無かった。


隣を見ると、カナデがボーっとした表情で立っている。


「グレイ・・・今のは・・・?」


カナデが尋ねる。


「悪い、勝手に開けて。でも幼ゼメウスと話してきた」


「幼ゼメウスと?」


「ああ。お礼を言われたよ、それだけだったけど・・・まぁ良かった」


俺はカナデに笑って見せた。


「そ、そうか・・・うん・・・それは良かった・・・」


カナデはそう答える。

だがどうやら様子がおかしい。


「ひとまずミヤコの街に帰ろう。アカツキにもこの件を報告したほうが良いだろうし」


俺はカナデに言う。

だがカナデは何やらそわそわして、

上の空と言った様子だ。



「・・・カナデ、どうした?何かあったのか?」


俺は彼女に尋ねる。

すると彼女は驚いたように俺を見て、

なにか躊躇している様子だった。


「カナデ?」


俺は彼女に再び尋ねる。


「・・・あ、えっと・・・なんだろう。よく分からなくて・・・」


カナデがおずおずと口を開く。

そして意を決した様子で、俺に向き合う。



「僕、ゼメウスの重力魔法が使えるようになっちゃったみたいなんだ・・・」



カナデは強張でそう言った。



・・・

・・



エルフの国、ミヤコの街。


その中央にある病院の一室。


聖女ロロは未だに目を覚まさぬ<紅の風>アリシアの看病を続けていた。

連日の回復魔法により、すでに身体的なダメージはほとんど取り除いた。


だが彼女が目を覚まさないのは、

精神的なダメージが相当深かったことによる。


いくら東の大陸随一の回復魔法使いでも、

心の傷を癒す事は出来ないのだ。



「あとはアリシアさん次第です・・・」



アリシアの侍従たる魔導士シオンにそう告げてから、

何日経っただろう。


だがその後もロロはアリシアの看護を続けていた。

自分の想い人の、大切な人。


ロロの献身の理由はそれだけで十分だった。

グレイは今やアリシアの任務を引き継ぎ、

エルフの国を駆けまわっている。


あの悪名高い白蝶が相手なので、

心配じゃないと言えば嘘になる。


だがロロがなんと言おうとグレイが止まらない事はよく理解していた。


グレイは目の前で寝ているアリシアのために奔走しているのだ。

そう考えるとロロの心に僅かな嫉妬心が芽生えるのもまた事実であった。




明け方。



看病に疲れ、転寝をしていたロロの耳に、

静かなエルフの街には似つかわしくないほどの騒音が届く。


その音に目を覚ましたロロは、

病室の窓を開け身を乗り出した。


見ればまだ陽も登り切っていないと言うのに、

同じように心配そうに様子を見に来た人々が、

ちらほらと見えた。


そして視線の先に見えたのは、

太陽ではない赤い光。

ゆらゆらと揺らめくその光は、

街を燃やす炎であった。


「・・・なっ」


ロロは言葉を失う。

それと同時に響くいくつもの爆発音。


状況が掴めず、

戸惑っていると、

病室の扉を乱暴に開ける音がした。


「・・・た、大変です」


現れたのはアリシアの侍従たるシオン。

その額には汗が浮かび、

相当に焦っている様子が手に取るように分かる。




「敵です。ミヤコの街が襲われています」


シオンがそう言うのと同時に、

街のどこかで再び爆発音がした。


それは少し前に聞いた音よりも、

近くで鳴り響いたような気がした。



・・・

・・



「・・・重力魔法を?」


俺は尋ねた。


「あ、ああ。多分・・・なんか、こう。使い方と、自分がそれが出来ると確信する感覚って言うのかな・・・まるで小さい頃から何度も繰り返してきたように当然にそれが出来ると思えるんだ」


カナデが答える。

かつてロロが白の箱を開けた時、

生命魔法の使い方を箱が教えてくれたと表現していた。


表現は違えど、カナデの言っている事は

それとほぼ同じような話だ。



「・・・それは・・・」



俺はあり得ない、と言う言葉を押し殺した。


緑の箱に残されていた重力魔法は、ヒナタが習得済みだ。

実際にその魔法を身に受けたのだから間違いない。


ゼメウスの箱に封じられた魔法を引き継げるのは、

最初に開けた一人だと思い込んでいたが、

そうではないのだろうか。


俺が一人思案していると、

目の前でカナデは不安そうな顔でこちらを見つめているのに気が付く。


俺はカナデの目を正面から見て、

慎重に尋ねた。


「・・・本当に、使えるのか?」


その言葉にカナデは力強く頷く。

どうやら間違いではないようだ。


それと同時に謎は深まる。

真実を尋ねるにしろ、

幼ゼメウスは既にここには居ない。


箱の秘密については後から考えるとして、

それよりも先に伝えるべきことがある。



「その魔法は使うべきじゃない」


俺はカナデにはっきりと言った。

その言葉にカナデは動揺を見せた。


「それは・・・?」


俺は東の大陸での出来事と、

ロロが被った禁忌魔法の代償について話をする。

ロロの生命魔法は、人の感情を煽り狂わせた。


一度だけの発動でも、

あの清廉な聖魔騎士団を半ば崩壊させたのだ。


同じ禁忌魔法である重力魔法についても、

同等の代償があると思ったほうが良いだろう。

それはあまりにも危険な代償と言えた。


「・・・禁忌魔法・・・そうか・・・」


カナデは俺の話に納得したように頷く。


禁忌魔法の力は確かに強大だ。

だがそれを使うには覚悟が必要なのだ。

箱はそれを教えてはくれなかった。



「分かった。ひとまずは先人であるグレイとロロの言葉に従う事にするよ」


カナデの言葉に俺はひとまずの安心を覚える。


「・・・ありがとう」


「ううん。当然さ、でも惜しいな。この力が自由に使えたら僕のやりたい事がいくらでも叶う気がするんだけど」


そう言ってカナデが笑う。


「やりたいこと?」


俺は尋ねる。


「ううん、何でもないさ。子供の時に誰もが願うようなそんな話に過ぎないよ」


そう言ってカナデが笑う。


それと同時に、俺たちのすぐそばの床が薄い緑色に光り出したのが目に入る。


「・・・魔法転送装置(ゲート)だ」


カナデが呟く。

ダンジョンにだけに備わる、魔法転送装置(ゲート)

これに乗れば最果ての楽園からここから一気に脱出することが出来る。


俺とカナデはお互いに視線を合わせ、頷いた。


「・・・ちょっと色々な事が起き過ぎて、頭が混乱している。早いところ街に戻りたいな」


カナデが苦笑していった。


「それは・・・同意見だ」


俺もその言葉に頷く。


そして俺たちは同時に魔法転送装置(ゲート)へと飛び込んだ。


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