第179話
「グレイ、早く!」
カナデに急かされ、王樹の内部から脱出を図る。
黒炎の周りは予想以上に早く、
火の手は今やすぐそこまで迫っていた。
戦闘後の疲労困憊の身体にむち打ち、
俺は木の内部を駆け抜けた。
やがて―—―—―—
「出口だ!」
先導していたカナデが叫ぶ。
見れば穴の先に、光が差し込むのが見えた。
同時に僅かばかりの安心感が俺の胸に広がる。
これで自分の魔法に焼かれるなんて馬鹿な死に方をしなくてすむ。
俺たちが内部から脱出すると同時に、
王樹の炎上は更に勢いを増した。
どうやら内部を蟻共に相当喰いつくされていたようで、
火の回りは生木のそれではなかった。
今や陽の落ち始めた最果ての楽園最奥部を、
燃え盛る王樹の炎が照らしている。
さながら巨大な松明か。
王樹の周囲は開けており、
近くに延焼しそうな状況ではないことが幸いと言えた。
「・・・結局、クイーンアントを倒して回生は起きなかった。主ではなかったんだね」
燃える王樹を見ながら、カナデが呟いた。
そうだった。
蟻を倒すのに無我夢中だったが、
俺たちの本当の目的は未だに達成されていない。
緑の箱の発見地点はおろか、
主の存在すら確認できていないのだ。
「・・・緑の箱は、この最奥部で発見されたんだったか」
俺は呟くように尋ねた。
「うん、そう言われている。もっとも発見者の記憶が曖昧らしく、大体の位置すら分かっていないけどね」
む、それはたしか本で読んだ記憶がるあるな。
「・・・そういえば」
カナデの問いに、俺は出発前にギルドで読んだ本の記述を思い出していた。
「ええっと、なんだったか・・・」
俺はその中で、緑の箱発見時の状況を書いた部分を諳んじる。
発見者とされるエルフは、
深手を負いダンジョンを彷徨っていた。
歩き続けていると不意に視界一杯に緑の光が広がった。
気が付くと彼は箱の前に立っていた。
だったか。
たしか本にはそのように書いてあったはずだ。
「・・・緑の箱に関する調査の本だね?」
俺の言葉にカナデが反応する。
どうやら彼女も同様の記述を知っているようだ。
「肝心な部分が曖昧で、どうやってそこにたどり着いたのかが不明なんだよなぁ」
俺は思ったまま呟いた。
最後の謎解きのヒントにしてはいささか心もとない。
「うん、前後の口述と照らし合わても明確な位置は書かれていないからね」
カナデが答えた。
だが、俺はそこでふと気が付くことがあった。
と言うか違和感を感じた。
「緑の光・・・か・・・」
本を読んだ時には気が付かなかった。
いや、読んだ時には知らなかったと言う方が正しいか。
記述された内容から、俺は緑の光と言うのはてっきり箱そのものが放つ類いの光だと思っていた。
だが俺の知る他の箱、つまり灰色の箱も、白の箱も、発見時に発光はしていなかったように思う。
いや、むしろ何の変哲もないただの箱だ。
そんな中、緑の箱だけが神々しく光っているとは考えずらい。
可能性はゼロではないけども。
これは箱を発見したことがある、俺だけが知り得る手掛かりと言えた。
となると問題は、何が緑の光を放っていたのか。
何が発見者の魔導士の目に飛び込んできたのか。
その答えとなるものは俺の記憶の比較的新しい部分に眠っていた。
『最果ての楽園』に入るまでは分からなかった。
いや普通に入ったとしても分からなかっただろう。
この時期、このタイミングで、ダンジョンに入ったからこそ分かるんだ。
なぜならば数日前に、俺たちはその緑の光を見ているからだ。
視界を覆うほどの、緑の光。
そんなものはこの最果ての楽園においてはただ一つだ。
おそらく今も、100年前も。
「・・・回生・・・」
俺は呟く。
「え?」
その言葉にカナデが反応した。
「・・・カナデ、たしか記録では、緑の箱が発見された時、名うての魔導士がこのダンジョンを攻略していたそうだな?覚えているか?」
俺はカナデに尋ねる。
「う、うん。戦士アマテラ様。最古のエルフの血を引く方だ・・・彼のダンジョン踏破と緑の箱発見はほぼ同時期だったと言われている」
カナデは不思議そうな顔をしながらも、
俺からの質問に答える。
俺は更に話を続けた。
「つまりその戦士は、この最果ての楽園の奥地で何かを倒したんだ。俺たちが見つけられない、何かを。・・・そして回生が起こった」
「回生が・・・?それってどういう・・・」
「ただの憶測に過ぎないけど、緑の箱を見つけるにはきっと回生を起こす必要があるんじゃないかと思う。」
「・・・回生を起こす必要が・・・でもそうか・・・そんなことが」
カナデは何か納得したような顔をしていた。
彼女もまた最果ての楽園の回生を目撃している。
それが調査記録に記載されている緑の光がそれだと言われれば、
ある程度は合点がいくのだろう。
しかし問題は片付いていない。
俺は再び首を捻る。
「・・・だが、肝心の問題はやはり片付いていない。回生が大きな手掛かりなのは間違いないが、それを起こすにはこの最果ての楽園の主を倒す必要がある」
「うん、結局はそこだね。倒す相手が分からなければ、戦いようがないから」
俺は顔を上げた。
陽が完全にくれるまでもう少し時間がありそうだ。
行き詰った時は足で稼ぐ。
魔導士の基本だ。
「・・・もう少し注意して、探索してみるか。もしかしたら見逃している点があるかも知れん」
俺の提案にカナデは頷き、
俺たちは王樹を中心に森の中を歩き始めた。
「・・・最果ての楽園は・・・」
森を散策しながらカナデが語り出す。
「エルフにとっては特別な場所だ」
「特別?」
俺は答えながら倒木を乗り越えた。
「そう。緑の箱の発見地と言う事もあるけど、この地はエルフの歴史にも大きな意味を持つ場所なんだ」
カナデが言う。
「あぁ、たしか本で読んだな。・・・なんでもエルフの王たちの始祖に当たる人物がこのダンジョンを踏破したんだったか」
俺は読みたての本の知識を披露した。
「うん。シキブ様とカチョウ様。彼らがこの最果ての楽園を切り開くまでは、ここはエルフにとっては魔境と同じだったらしい。僕も小さい頃彼らの物語をたくさん聞かされたもんさ」
カナデが言う。
「だからエルフにとっては特別な場所と言う事か」
俺はふむふむと相づちを打つ。
だからこそゼメウスはここに緑の箱を隠したのだろう。
俺はそんな事を思っていた。
それからしばらく王樹の回りを歩き回ったが、
たいしたものは発見できなかった。
クイーンを失い逃げ惑うソルジャーアントたちと遭遇し、
それらを掃討したくらいだ。
「ダメだ・・・何も見つからない」
俺は倒れた木片に座り込んだ。
数日にもおよぶ探索と、<エルフ喰い>、キラーアントとの戦いですでに心身の疲労は限界だ。
「<シルフィ>に頼んで周囲を広く探っては見たけど・・・それらしき反応はないね」
カナデがため息を吐く。
彼女は俺に比べると幾分かまともな状態だ。
やはりエルフと言うのは種族的に優秀な肉体性能を備えている。
「直に陽が落ちる。夜営地に適した場所も見つからないし、これ以上ここにいるのはマズイね。王樹の火も消えてきたようだ。」
そう言ってカナデが王樹に目を向ける。
先ほどまで木々から黒煙を上げていたはずだが、
今はかなりその勢いが落ちてきたようだった。
俺は王樹のその姿に圧倒され、
感嘆の息を吐く。
「・・・すごいな」
俺の言葉にカナデが頷く。
「・・・南の大陸にはミヤコとここ以外にも王樹はあるけど。そのどれもが神聖視され、丁寧に奉られているよ。エルフにとって王樹は生命力と、歴史の象徴なんだ」
カナデが言う。
「生命力と歴史の象徴か・・・」
俺は再び王樹を見上げた。
きっとあの木はまだ若木で、
これから何十年、何百年と時間をかけ成長していくだろう。
それこそミヤコにある王樹と遜色ないくらいに。
内部を燃やしてはしまったが、
巣食っていたソルジャーアントたちは俺たちが掃討した。
クイーンアントを倒された今、ソルジャーアントたちがそこに戻る事はないだろう。
そこまで考えて、俺はふと考えた。
もしも俺たちがソルジャーアントたちを倒さなければ、
この王樹はどうなっていただろうか。
ソルジャーアントにより内部を食い荒らされ、
徐々にその命を蝕まれ。
エルフにして生命力の塊と言われる木だ。
おそらく数年ぐらいは耐えきるだろう。
いや、それ以上かも知れない。
しかし、いくら王樹と言えど勝てぬものもある。
それは時間だ。
蟻たちは何代も何代も掛け、
王樹の内部を喰らい続ける。
王樹はいつか、だが確実に命を落とすだろう。
それこそ、10年か、20年後くらいには。
そう考えた瞬間、俺の頭の中に浮かんだのは、
今まで出会ったゼメウスの笑顔だった。
老ゼメウスのいたずらっぽい微笑み、
少年ゼメウスのどこか背伸びした笑顔、
永遠の挑戦者ゼメウスの不敵な笑み。
俺の中で、カチリと何かが繋がる音がした。
「・・・カナデ・・・」
「・・・うん?どうしたんだい?」
「分かった、ダンジョンの主が。そしてゼメウスがどこに緑の箱を隠したのか、を」
「本当に!?」
カナデが驚きの声を上げる。
「・・・そもそもおかしいとは思ったんだ。最果ての楽園、たしかに最上級のダンジョンではあるが、俺たちがここまで到達できたように、攻略不可って訳じゃない・・・なのにここまでダンジョン踏破者が少ないって言うのもおかしな話だ」
「それは、確かにそうだけど・・・」
カナデが頷く。
「おそらくこれまでも、多くの魔導士がここに来た。そして俺たちと同じように主を見つけられず、ダンジョンがクリアできなかったんだ。それもそのはずだ。ここに来るのはおそらくはエルフの魔導士ばかり。そしてここの主はエルフには想像も出来ないような存在だったんだからな」
「僕たちが想像も出来ないような・・・?」
「そうだ。誰も自分たちが神聖視している存在を倒そうなんて思わないだろ?自然を大切に守ってきたエルフだからこそ」
俺はカナデの目を見つめた。
「・・・神聖視している・・・それってまさか・・・」
俺の言葉にカナデが驚愕の表情を浮かべる。
そして俺たちは同時に顔を上げた。
そこには未だに黒煙を抱きながらも、悠然と立つ巨大な樹があった。




