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第17話 緊急依頼

 

「ホントにゴメン・・・」


 ティムさんは俺に手を合わせる。


「大丈夫デス、マカセテクダサイ」


 俺はほぼ放心状態で答えた。


「緊急の依頼なんだけど、君以上に適任の魔導士が思い当たらなくて・・・。報酬も弾むから、この通り」


 ティムさんは再び俺に頭を垂れる。

 副ギルド長にここまで頼まれて、断れる訳がなかった。




 緊急依頼。

 それは魔導士ギルドに寄せられる依頼の中でも、

 時間に制約がある場合に用いられるクエストの種類だ。


 魔物の大量発生(スタンピード)を事前に阻止する依頼だったり、

 病気に効く特効薬の材料集めだったりその内容は様々だ。


 時間に制約があるという事で、

 魔導士ギルドからの直接指名で依頼がある場合が多いそうだ。

 いつものように朝一番にギルドで仕事を探していた俺たちに、

 ティムさんから直接話しかけられて今に至る、と言った状況だ。


「今朝、ボルドーニュ近隣の村でゴブリンの大量発生が報告されてね。一度は門兵たちが頑張って追い払ったみたいなんだけど、やつらは獲物を本格的に狙う前には必ず斥候を出す。急いで増援を送って欲しいって連絡があったんだ。君がゴブリン退治に抵抗があることは知ってるけど今はとにかく急いでいて・・・」


 ティムさんは本当に困ったような顔をしている。

 俺はため息をついて、ティムさんに声を掛けた。


「・・・大丈夫です。任せてください」


 俺はティムさんに頷いた。

<ゴブリン殺し>の二つ名は確かに不名誉ではあるが、

 人命が掛かっているのであれば話は別だ。


「ありがとう、助かるよ!・・・実はその村は僕の生まれた村でね。知り合いもたくさん居るからどうにかしたくて」


 ティムさんは頭を垂れる。


「魔導士ですからね。人の役に立ってなんぼです」


 俺とヒナタはティムさんから村への行き方を教えて貰い、

 早々にボルドーニュを旅立った。



 ・・・

 ・・

 ・


 ティムさんの村、ソーテル村はボルドーニュのから北に数時間の行ったところにあった。

 人口は数百人。

 村としては規模が大きく、設備も整っていた。


 さすが大都市ボルドーニュに近いだけはあり、豊かな様子だ。

 だけどそれだけじゃない。

 なんていうか、ここは良い村だ。



 俺とヒナタは到着して早々に村人たちに歓迎され、村の集会所へと案内される。


 そこには武装した村人と、おそらく本職と思われる門兵たちが居た。

 彼らは全身に傷を負っており、満身創痍、と言った様子だ。


「よくぞ、来てくれました。私がこの村の村長です」


 その中で一番上座に座っていた老人が口を開く。


「初めまして。グレイと言います。家名は無い、ただのグレイです。」


「ヒナタ」


 俺とヒナタはそれぞれ自己紹介し、頭を下げる。


「ティムに無理を言って魔導士派遣を要請しました。お二人には本当に感謝いたします」


 村長の言葉に周りの村人や門兵たちも頭を下げる。


「御覧の通りこの街には老人や子供が多く、戦えるのはここに居る者どもだけです。それでも少数のゴブリンやオークには対応できるよう装備は整えてあるんのですが、今回は数が多く・・・」


 集会場の中が重い雰囲気になる。


「ゴブリンが現れたのは今朝と聞きました。何匹くらいが現れたのですか?」


 俺は質問する。


「ざっと15匹と言ったところです。そのうち、半数を倒すのがやっとでした。あれは間違いなく斥候に過ぎないでしょう・・・生き残ったゴブリンたちは間違いなく群れを呼び寄せる」


「15匹か。多いですね。」



 俺は呟いた。


 魔法の使えない彼らに、ゴブリンの相手はかなり厳しい。

 それでもその頭数を撃退したのだから大したものだ。


 ゴブリンの斥候は少数と決まっている。

 群れの中でも下位のゴブリンが、使いっ走りのように獲物を探すのだ。

 15匹ものゴブリンを斥候として使うという事は、それだけ群れの規模が大きいという事だ。


「おそらくは100匹超の群れと思われます。このままでは村は・・・」


 村長が険しい表情をする。

 ゴブリンは雑食性だ。

 当然、人間も彼らの食料となる危険性がある。


「避難を推奨」


 話を聞いていたヒナタが口を開く。

 俺も同意見だ。


「・・・出来る事ならそうします。ですが先ほども申しました通りこの村には老人や子供、それから生活の糧となる家畜も多くおりますため、それらを一緒に移動させるとなるとすぐには・・・」



「命あっての物種」



 ヒナタの言葉に、村長は閉口する。

 たしかに命より大事なものは無いが、

 捨てられないものもあるのだろう。


 俺は村長に、声を掛けた。


「・・・分かりました。被害が出ないよう、ゴブリンを追い払いましょう」



 村長は顔を上げた。



「魔導士様!ありがとうございます!ありがとうございます!」


 その目には涙が浮かんでいた。



 ・・・

 ・・

 ・


「人が好過ぎる」


「ん?」


 ゴブリンを探し、森を探索しているとヒナタが不機嫌そうに言った。


「緊急依頼時には派遣された魔導士に現場指揮権が移譲される。私たちが命じれば彼らを強制的に避難させることも出来た」


 確かにヒナタの言う通りだ。

 俺もそれは分かっていた。


「・・・ヒナタはあの村の様子見たか?」


「もちろん視界に入っていた」



 そう言う事じゃないんだけどな、と俺は苦笑する。


「・・・村にしては人口も多いし設備も整ってるし、畑も家畜も、よく整備されていた。きっとあそこに居たじいさん婆さんが若い時から必死に働いて作り上げた村なんだと思う」



 ヒナタは黙って俺の話を聞いていた。



「若者には分からないと思うけどさ、何かを作り上げるって大変なんだ、時間が掛かるんだよ。きっと朝から晩まで働いて、苦しくて。

 でもいつか裕福に、豊かになるまでって皆頑張ってたんだと思う。それやって作ったものはさ、簡単に捨てられるようなものじゃないんだよ、きっと」



「・・・それは命より、大切?」


 ヒナタが尋ねた。



「大切だ。自分の人生を懸けて願ってきたこと、それを夢って言うんだ。夢は、命より大切と思える時もある。夢はその人自身の尊厳にも等しいものだよ」



『僕』はヒナタに答える。

 ヒナタは無言で何も言葉を発しなかったが、

 それきり、文句も言わなくなった。


「爺くさい」


「ん?」


 ヒナタが何か言った気がしたが、俺の耳には届かなかった。






 しばらく森の中を探索すると、

 食べた動物の骨や糞尿など、

 ゴブリンの痕跡が多く残されていた。


「・・・あそこ」


 周囲を警戒していたヒナタが、すっと指を差す。

 その指の先には洞窟が口を開けていた。


 入り口に、見張りと思われるゴブリンが二頭。

 俺は草むらに身を屈めた。



「あそこか」


「ん、間違いないと思う」



 ここから村までは半時もあればたどり着ける距離だ。

 放っておけば確実に被害が出るだろう。


「行けるか?」


 俺はヒナタに尋ねる。


「分からない。100匹を超えていたら二人では厳しいかもしれない」


 ヒナタの言う事は正しい。

 一頭一頭は弱くても、長期戦になればこちらが不利だ。

 剣も魔法も、長い戦闘ではどうしても不備が出やすい。



 村長たちの気持ちは汲む。

 だが引き際はしっかりと見極めることが必要だ。

 俺たちが死ねば、情報が途絶える。

 魔導士ギルドも後手に回ることになるだろう。



「でも・・・」


 ヒナタが続けて言う。


「<ゴブリン殺し>が一緒なら頼もしい」


 ヒナタはそう言うとニヤリと笑った。

 こいつ、この状況でもまだイジってくるのか。


 俺は苦笑した。


「この戦いが終わればヒナタ、お前も<ゴブリン殺し>だ」


「そんな二つ名は本気で嫌」


 ヒナタはそう言って、剣を抜いた。



 ・・・

 ・・

 ・



 入り口の見張りを声も上げさせずに瞬殺した後、

 俺たちは洞窟の中を進みだした。


 獣の臭いと、腐敗臭が奥から漂ってくる。

 俺は思わず顔をしかめた。


「私が前衛、グレイは後衛」


 ヒナタの指示に従い、俺たちは先に進む。


 完全な魔導士職の俺は接近には弱い。

 多少はゼメウスと修業をしたけど、

 やはり実戦闘となるとまだ不安が残る。



 そこから2回、洞窟の暗がりでゴブリンと交戦した。

 ヒナタの剣技によりゴブリンたちは瞬殺され、

 増援を呼ぶ間もなく亡骸へと変わる。


「鮮やかなもんだな」


 俺は改めてヒナタの実力に感嘆の声を漏らす。


「ん、ありがと」


 ヒナタは珍しく照れているような様子だった。




 そのまま洞窟を進むと、開けた空間に出た。

 天井が高く、ホールのようになっておりどうやらここが洞窟の最奥のようであった。

 そしてそこには大量のゴブリンが蠢いていた。

 どう見ても100匹以上はいる。



「どうする?」


 俺はヒナタに尋ねた。


「ん、戻るのが賢明。流石に、この数は対処しきれない」


 だよな。

 俺がヒナタの言葉に同意し、

 増援を呼ぼうと道を引き返そうとした時、

 ヒナタの足が止まった。


 振り返り見ると、何かを見つめている。



「おい、ヒナタ。どうした?」


 俺はヒナタに声を掛ける。

 だがヒナタは答えない。


 俺はヒナタの視線の先を追った。


 そこにはゴブリンたちに攫われたと思われる、

 小さな子供たちが囚われていた。


 檻の周りにゴブリンが集まり囃し立てている。

 子供たちは恐怖から、阿鼻叫喚の泣き声を上げていた。


「・・・く」


 嫌なものを見てしまった。

 ここで俺たちが引けば、あの子供たちの命は無いだろう。


 ゴブリンは人肉を喰らう。

 彼らにとっては人間は食料なのだ。


 俺は迷い、ヒナタに声をかけようとする。

 だが俺が声を発するより早く、ヒナタは檻に向かって駆け出していた。


「なっ!おい、ヒナタ!」


 俺は慌ててヒナタの後を追う。

 早い。

 まるで追いつけない。


 俺がオリの前にたどり着いた時には、

 ヒナタはゴブリン3頭を切り殺していた。


 その表情は暗く、心ここにあらずと言った感じだ。



「ヒナタ、おいヒナタ!」


 俺の声にヒナタはハッとする。

 思わず駆け出してしまった、という表情だ。


「マズいぞ、早く子供たちを逃がそう!」


 俺は檻を開放する。

 子供たちは泣き叫び檻から出てくる。

 怖かっただろう。


 子供たちに指示し、出口に走らせる。

 ゴブリンに気づかれる前に逃げる必要がある。


 その時――――――


「ゲギギャギャ!!!」


 背後からゴブリンの鳴き声がした。

 慌てて振り向くと、角笛を手にしたゴブリンが一頭。

 見張りだ。



「くっ!」



 この距離ではヒナタは間に合わない。

 俺は手をかざし、魔力を集束する。

 威力を下げ、速度を重視した一撃を放つ。



「ブオオオオオオオォォォォ!!!!」



 だが俺が魔法を放つより早く、角笛が吹き鳴らされた。


<フレイムボム>


 俺の魔法はゴブリンに直撃し、

 ゴブリンは角笛と共に爆散した。



  「まずい!来るぞ!早く逃げろ!」



 俺は子供たちに指示を出す。

 角笛の音に呼応するように、

 ゴブリンが集まってくる。



 子供たちを逃がすためには、

 俺たちが残り、ここで戦う必要があるだろう。


 俺は手をかざし、戦闘の準備をする。




「・・・ごめん」


 ヒナタが剣を構えて呟いた。


「気にするな。あそこでお前がいかなきゃ俺が助けに走ってた」


 俺はヒナタに言う。

 その言葉に、ヒナタは力強く頷く。


「この借りは返す」


 ヒナタが言う。


 俺たちはあっという間にゴブリンに取り囲まれた。

 ギャアギャアと騒ぎながら、俺たちを狙うゴブリン。


 見れば黄色い歯をむき出しにして薄ら笑いを浮かべているやつらもいる。

 自分たちが優位だと確信している表情だ。



 舐めやがって。

 魔導士の力、見せてやる。

 俺は全身の魔力を右手に集束した。


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