第178話
エルフ喰いを倒した俺たちは、
最果ての楽園を進む。
幾度も魔物に遭遇し戦闘にはなったが、
エルフ喰いとの戦闘に比べれば楽なものだ。
俺たちはただひたすらに前へと進み始めた。
変化があったのは一つ。
気が付くとカナデがジッと俺の顔を見つめてくるようになった。
気になりどうかしたのか尋ねても、
頬を赤く染めるばかりで何も答えない。
「君には一生分からないさ」
そう言ってカナデは俺に微笑む。
一人称が僕で、さばさばとした感じのカナデだが、
なぜかその時は年相応の女性らしい印象を受けた。
俺たちのピンチを救ってくれた幼ゼメウスはと言うと、
エルフ喰いとの戦い以来眠り続けていた。
時折目を覚ましあうあうと唸るものの、
気が付くとまた眠りに落ちている、と言う状態だった。
長時間の睡眠は意図的に魔力の回復を計っているのではないか、と思われた。
そして四日目の午後。
俺たちは遂に最果ての楽園、最奥部と言われる区域に到達した。
その中央に聳えるのは、
ミヤコで見た記憶がある、巨大な樹木だった。
「ここからは僕も知らないエリアだ」
カナデが言う。
「・・・最果ての楽園には階層が無いと言ったな?主の部屋はあるのか?」
俺は尋ねた。
「分からない」
「分からないって言うのは・・・?」
「そのままの意味さ、ほとんど文献も残っていないんだ。主がどんな奴で、どこに居るのかも」
「なるほど」
俺は答えた。
となるとこのエリアを歩き回りダンジョンの主を探す必要がある。
日暮れには間に合うだろうか。
体力的な事も考えると、今日中には探索を終了しないときつい。
「とりあえず、あの巨木を目指してみるか」
俺は顔を上げ呟いた。
「・・・不思議だな。あれはどうみても王樹と同じ種類の木だよね」
カナデが言う。
俺も同意見だった。
ミヤコの木よりも背が低いが、
その巨大な幹や葉は間違いなく王樹のそれだった。
ミヤコの王樹は古木、
ここにあるのはまだ若木と言った感じだ。
俺たちはそれを目指し、
更に歩を進めた。
それから間もなくして、
俺たちは王樹の元にたどり着く。
やはり間近で見る王樹は迫力があり、
悠然と俺たちを見下ろしていた。
さわさと風が吹き、
王樹の葉が揺れている。
「・・・でかいな」
俺は思ったそのままを呟く。
「王樹は古来から、エルフの守護神とも言われている。時には住居として、時には実りを糧に。エルフにとっては無くてはならない木さ」
「・・・そうなのか。とはいえ主の間の気配がないな。ここ最奥部、と言う事でいいんだよな?」
周囲を警戒していたカナデに言った。
周囲には扉はおろか、強い魔力の気配もない。
場所的にもここが最奥と言ってもいいポイントであり、
探索のしようがなかった。
どこかで道を間違えたのだろうか。
俺がそんな事を考えたその時、
すぐ近くに魔物の気配を感じる。
気を抜いていたために、
すぐさま戦闘態勢に入る俺とカナデ。
木の影から現れたのは、
巨大な蟻の魔物だった。
蟻の魔物は俺たちを発見するとキシャキシャと鳴き声を上げ、
間髪入れずに襲い掛かってきた。
<フレイムボム>
俺の放った爆発魔法で、
蟻の魔物は一撃で爆散する。
「・・・弱いな」
俺はそう呟いた。
何の手ごたえもない。
ここに到達するまでに戦った魔物に比べると、
幾分か、いやかなり弱い魔物だった。
だが傍らに居るカナデは神妙な顔つきで蟻の魔物の死骸を観察していた。
どうしたのだろうか。
「カナデ?どうした、倒したらマズかったか?」
俺は気になりカナデに声を掛ける。
「グレイ、そうじゃない。けど、うん。別の意味でこれはマズイことになった」
カナデが言う。
「マズい?それって――――」
俺がカナデに尋ねようとした瞬間、
周囲に集まる大量の魔物気配を感じる。
それも十や二十ではきかないような数だ。
次々と俺たちの元へと向かってきている。
「・・・こいつらはソルジャーアント・・・一体一体の戦闘力は並みだけど・・・」
カナデが顔を上げる。
それと同時に、草むらや木々の影から大量の蟻たちが現れた。
先ほどの一匹とはことなり、
今度は明らかに警戒態勢だ。
「カナデ・・・」
「うん、やるしかないみたいだ」
カナデが頷いた瞬間、
俺たちの周囲に蠢く蟻たちは一斉に雪崩掛かってきた。
・・・
・・
・
<フレイムボム改>
地面を走る爆発の連鎖。
魔法に巻き込まれたソルジャーアント達が吹き飛んでいく。
周囲にはすでに百体を越えるソルジャーアントの死骸。
だがすぐまた木々の奥からソルジャーアントが集まってくる。
その勢いは緩むどころか激しくなる一方だ。
周囲はソルジャーアントに取り囲まれており、
抜け出すような隙は一切見当たらない。
いったいいつまで出てくるのだと思うほど、
蟻たちの出現は止まなかった。
ここまで来ると魔力切れが心配だ。
俺とカナデは互いの背中を守りながら戦い続けていた。
これだけ戦っても幼ゼメウスは目を覚まさない。
置物のように俺の背中に背負われている。
「・・・カナデ、これは一体いつまで続くんだ?」
背中越しにカナデに声を掛ける。
同時に額に滲んだ汗を拭う。
「ソルジャーアントは一つの群れが一万とも二万とも言われている。僕たちの魔力が尽きるまで襲い掛かってくるはずだ」
カナデが言う。
その呼吸は少し乱れていて、
疲労の色が見えた。
「・・・一万って、どうすれば・・・」
俺は魔法を放ちながら呟く。
正面の蟻たちが吹き飛ぶが、
すぐにその蟻の死骸を乗り越え次の蟻が這い出して来る。
「・・・この状況を突破する手は一つだ。もう群れの中心であるクイーンを倒すしかない」
カナデが答えた。
「クイーン?」
俺は尋ねる。
「うん、いわゆる女王蟻。ここに居るソルジャーアントはおそらく全てがクイーンの操り人形に過ぎない。ソルジャーアントの統制はすべてクイーンを中心に構成されているから、クイーン倒せば群れは瓦解するだろうさ」
カナデが答える。
なるほど確かにそれならば光明が見えた、気がした。
「・・・だが、女王蟻って言ってもこの中から探すのか?」
俺は周囲に蠢く蟻たちを見つめる。
右を見ても左を見ても黒い蟻だらけで、
俺には一切の違いが分からない。
この中から目標の一匹など見つける事が可能なのだろうか。
俺の反応を見て、カナデが言う。
「・・・女王蟻はこんなところには出てこないよ。きっと巣穴の奥でこいつらを操っているはずだ」
「巣穴・・・?」
俺は周囲に視線を送った。
すると次から次へと湧き出る蟻たちに一つの流れがある事に気が付いた。
大量のソルジャーアントはすべて、王樹を中心に湧き出ていた。
「あれか」
俺は目の間にある巨大な木を見上げた。
「・・・どうする?」
カナデが呟く。
「決まっているだろ」
そう言って俺は、
右手を王樹の方へと向け魔法を放つ。
<フレイムボム改>
小さな爆発の連鎖が地面を走る。
蟻たちが爆発に巻き込まれ吹き飛んでいく。
続けて俺は魔法を発動させる。
<アースウォール>
地面が隆起し、バキバキと岩がせりあがる。
生み出された大岩は一直線に王樹へと伸び、
俺とカナデの眼前に一本の道を生み出した。
「走れ!」
俺とカナデはその岩場の上を、
王樹に向け走り出した。
迷う理由など一つもない。
どのみちここで戦い続けても、
魔力切れでやつらのエサになるのが関の山だ。
となれば一発勝負に出て、
クイーンとやらを討伐するしか俺たちに道はなかった。
俺とカナデが飛び込んだ先、
蟻たちが湧き出る場所に、
大きな穴が開いていた。
<フレイムボム>
俺は魔法を放ち、その穴の周囲のソルジャーアントを掃討する。
「・・・うん、どうやら王樹の内部がやつらの巣の様だね」
穴を見たカナデが呟く。
穴は木の根に這う様に、その内部へと続いていた。
巨大な穴は大人一人の身長を遥かに超える大きさだ。
俺とカナデはその大穴から、
王樹の内部へと侵入する。
・・・
・・
・
王樹の内部は、
迷路のような構造で、
幾本も道が分かれていた。
「かなり難解な道筋だな」
俺はカナデに言った。
右手には炎の魔法。
松明の代わりだ。
「・・・どうやらソルジャーアントはこの王樹自体を食い荒らしているようだね。見て、この辺りは食い荒らされて通路されているようだ」
カナデが言う。
通路はまだ作られたばかりのようで、
めくれたての木の表皮が目に付く。
なるほど。
魔物でなくても蟻の一部はこのように木々に宿り、
その内部を侵食して繁殖する種類がいると聞く。
おそらくソルジャーアントはこの王樹にそうやって寄生しているのだろう。
「クイーンはこの道の続く先、どこかにいるだろう。<シルフィ>で探るから、とりあえず行ける所まで行こうか」
カナデが言う。
俺はその言葉に素直に従うことにした。
穴の中はよほど広いのか、
蟻たちの猛追は幾分か収まり、
俺たちは王樹の中を歩き続ける。
<シルフィ>の索敵のお陰で蟻との遭遇は最低限に抑えられたが、
蟻たちも血眼になって俺たちを探している様で、
キシャキシャと鳴きながら何匹もの蟻が近くを通りかかった。
俺とカナデは慎重に。
かつ迅速に王樹の内部を行く。
どれくらい歩いただろうか。
俺とカナデは遂に、巣の奥部と思われる
広い場所に出た。
巨大なホールの様になっており、
その中央には――――
「あれか」
「・・・おそらく。あの大きさ、間違いなく普通のソルジャーアントとは違うね」
俺たちの目の間には小山ほどはありそうな巨大な蟻が横たわっていた。
その大きさは通常のソルジャーアントの十倍以上はありそうだ。
そしてその周囲にはお約束の様に蟻たちが待ち構えており、
すでにこちらに気が付いてキシャキシャと威嚇を始めていた。
その声に呼応するように、
クイーンアントがこちらに顔を向ける。
「キシャアアアアアアアアアア!!!!」
牙を剥きだし、咆哮するクイーンアント。
それと同時に、このホールに続く穴と言う穴から蟻たちが集まってきた。
「ここが勝負所だな」
俺が言う。
「僕は周囲の蟻を。グレイ、クイーンを頼めるかい?」
カナデが言った。
「任せろ」
俺はそう言ってカナデに答える。
カナデは薄く笑い、
迫りくる蟻に向け飛び出していった。
・・・
・・
・
「キシャアアアアアアアアアア!!!」
クイーンアントの再びの咆哮。
俺は他のソルジャーアントの突進を避けながら、
クイーンアントへと近づく。
途中、空中で身を捻り、
魔力を集束する。
そして右手に集束しした魔力を
クイーンアント目掛けて放出した。
<フレイムストリーム>
俺の右手から炎が生まれ、
直線状のソルジャーアントを焼き払いながら、
クイーンへと向かう。
炎の渦はクイーンの腹部へと辺り、
そのまま身体を飲み込む。
「キシャアアアア!!!」
だが驚くべきことに、
クイーンはひと鳴きと同時に身体から魔力と思われるものを放出し、
俺の炎を易々とかき消した。
<フレイムボム>
<フレイムボム>
<フレイムボム>
続けてクイーンアントに対し、
爆撃を放つ。
だが先ほどの炎とは異なり、
クイーンは一切の反応を示さなかった。
それもそのはず。
直撃した爆破魔法は、
クイーンの身体に傷一つ付けられていなかった。
例によってこのクイーンアントも高い防御力を有しているようだ。
クイーンアントはその巨体を動かし、
俺へとその牙を剥ける。
デカい癖にかなり素早いな。
俺はクイーンの連撃を回避と右手の籠手で受ける事で防御する。
<ライトニングボルト>
俺は爆破の魔法ではなく、
雷の魔法を主軸に戦闘を続ける。
この戦法が功を奏したようで、
クイーンが俺の魔法を弾くよりも早く俺の魔法が直撃する。
次第にクイーン身体は焦げ付き、
身体中から煙を上げ始めた。
だがクイーンの猛攻は弱まるどころか増々強くなる一方だった。
おまけに―——
<風精霊の三重奏>
今やカナデも元には雪崩のように蟻たちが襲い掛かっていた。
カナデは舞う様にそれらを捌き魔法を放ち続けているが、
ほぼフルスロットルに近い。
カナデの為にも早く決着を付けないと。
俺はクイーンに止めを刺すべく、
右手に魔力を集束した。
とびきりの威力でお見舞いしてやる。
<時よ>
俺は右手の魔力を解き放ち、
時間魔法を発動させた。
カナデの華麗な舞いも、
蟻たちの動きも、
暴れ狂うクイーンもすべてが停止する。
その中で、
俺は右手に魔力を集束し続けた。
生み出すのは黒い炎。
対象を燃やし尽くすまで消えない、
永遠の炎だ。
――――バキン。
俺の耳元で何かが割れる様な音がする。
気のせいかいつもより音が大きく聞こえたような気がした。
それと同時にすべての動きが再開される。
時計の針が動き出したのだ。
「キシャアアアアアアアアアア!!!!!」
目の前に迫るクイーンの大顎。
俺は右手に宿る魔力をすべて解放した。
<黒炎>
先ほどの<フレイムストリーム>よりも激しく、
荒れ狂うかのような炎がクイーンを包む。
「ギシャアアアアアア!!!!」
クイーンはのたうち回り苦しむ。
幾度も魔力を放出し炎をかき消そうとするが、
黒い炎が消える事はない。
やがて黒煙はクイーンの身体を覆いつくし、
その巨体を焼き尽くす。
周囲に居た蟻たちはいまや戦闘を停止し、
茫然と言った様子でクイーンの最後を見ていた。
そしてやがて、
クイーンの動きは停止し、
その身を焼く炎だけが激しく舞い続ける。
「グレイ!」
戦闘を終えたカナデがこちらに近付いて来る。
見えば彼女が戦っていた辺りには無数の蟻たちの死体が転がっていた。
「これで蟻は大丈夫そうだ、でもあれ・・・」
カナデが心配そうに見つめる先。
ふと気が付くと、
王樹の一部にも俺の黒い炎が延焼しているのが見えた。
黒い炎は生木だろうと構わんとばかりに、
その範囲を広げていく。
クイーンを失った蟻たちも、
その炎の勢いに負け、
弱々しい鳴き声を上げながら逃げて行く。
「中にいたら危険だ。早く外へ出よう」
カナデはそう言って、
出口へと向かう。
俺もその後に続いて、王樹の脱出を急いだ。




