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第177話 自業自得


魔物の中には高い知能を有し、

中には言語を操り意思疎通が可能な者がいる。

それらは悪魔や魔人なんて呼ばれ、

一説では高度な契約魔法により別世界から召喚された、

なんて言われている。

その起源については眉唾だが、

そいつらは総じて高い魔力と戦闘能力を有していたと言う。



恐らく目の前のエルフ喰いもその類いのものなのだろう。

俺は戦いの最中、そんな事を考えていた。



俺とカナデの連携は悪くない。

ここ最近の探索とダンジョンでの戦い。

それらを通して俺たちはお互いを活かす戦いをすることが出来た。



だがエルフ喰いは高い魔法耐性と、物理防御力を有し、

俺たちの攻撃を尽く跳ね返した。

一部の不意を突く攻撃以外は殆どダメージは与えていない様にも思えた。



加えて絶妙なタイミングで能力低下系のデバフを使用し戦うエルフ喰いに、

俺たちの魔力と体力は次第に奪われていった。



そして遂に――――。


「・・・グハッ」


エルフ喰いの強烈な拳がカナデを捕える。

精霊魔法により身体強化しているはずのカナデが、

嘘みたいな勢いで吹き飛ばされた。


二度三度地面を跳ね、

カナデの身体はようやく動きを止める。


「カナデ!」


俺は彼女の名前を呼んだ。

だが彼女は倒れたままピクリとも動かない。



「クカカカカカカカカカ」


その様子を見て、エルフ喰いがけたたましい笑い声を発する。

狼型の頭部はニタニタと笑いながらも、

その笑い声は口ではなく体の別の器官から発せられているような気がした。


俺は深呼吸をし、エルフ喰いに対峙する。

魔力も体力も残存は殆どない。


だが負けるわけにはいかない。

ここで俺が倒れれば、

俺たちはやつの食糧になるだけだ。


だがそう思う俺に、

予想外の出来事が起きる。



「・・・ソノエルフ置いテ、去レ。人間ノ男ヨ」



その声が目の前のエルフ喰いから発せられたものだと認識するのに、

俺は一瞬の間を必要とした。


「話せるのかよ・・・」


俺は呟いた。


「クカカカカ。久シブリノエルフの女、俺ハ気分ガイイ。犯シテ食ベテ、使イ道ガ多イカラナ」



そう言ってエルフ喰いはまたケタケタと笑い始めた。

俺はその姿にかつて感じた事の無いほどの怒りと、嫌悪感を感じる。



「・・・お前は、まだカナデから何かを奪おうと言うのか・・・」


俺は呟く。


「クカ、クカカ。ヨワイモノはツヨイモノニ何ヲサレテモ文句ハ言エナイ」


その言葉に、俺の中の何かが切れる。


怒りに身を任せ、

エルフ喰いに飛び掛かる。

だがエルフ喰いの腕に払われ、

俺もまた地面へと叩き付けられる。


「ぐうぅ・・・」


全身が痛みに走る。

なんとか顔を上げると、

エルフ喰いはまだケタケタと笑っていた。


万事休すか。

そう思ったその時、

またしても予想外の出来事が起きる。



「ぐれい」


戦場に似つかわしくない幼い声。


振り返ると、そこには幼ゼメウスがいた。


「ゼメウス、ダメだ・・・隠れてろっ!!」


俺は幼ゼメウスに叫ぶ。

だが幼ゼメウスは俺の声など届かないかの様に、

正面を見据えていた。


その視線の先に居るのは、

エルフ喰いだった。


俺は息を飲む。



それは幼ゼメウスから、

恐ろしいほどの魔力が放出されていたからだ。


俺やカナデなど足元にも及ばないくらい。

下手をすれば<紅の淵>リエルのそれを越えるほどの魔力。

あまりの魔力濃度に幼ゼメウスの周囲が陽炎の様に揺らいでいた。



「グギュリュユアアアアアアアアギャアアアア!!!!!!!」



その魔力にいち早く反応を示したのは、

エルフ喰いだった。


エルフ喰いは大きく雄たけびを上げると、

大地を蹴り、一瞬のうちに幼ゼメウスに襲い掛かった。


俺たちとの戦闘では見せなかったような、

全力の攻撃。


「ゼメウスッ!!!」


俺はそのスピードに声を上げることしか出来ず、

ゼメウスの名を呼んだ。


エルフ喰いの鋭い爪が幼ゼメウスに到達するその刹那。


「あああああああああああああん!!!!」


幼ゼメウスは泣き声とも叫び声とも取れる声を上げ、

そのまま集束した魔力を開放した。


その途端、

幼ゼメウスの全身から深緑色の魔力が放出される。


「グガッ!?」


深緑の魔力が具現化し、

エルフ喰いが振った腕の動きを止める。


そしてそのまま、

エルフ喰いの身体は地面に強烈に叩き付けられた。



「ギャアアアアアァ!」


ここに来て初めて聞く、エルフ喰いの苦痛の叫び。

深緑の魔力がまとわりついた右腕は内部から血が噴き出し、

エルフ喰いの防御力を軽く超越した一撃だったことが分かる。


そして、幼ゼメウスの魔力はそれだけでは止まらなかった。


深緑の魔力は右腕から、

エルフ喰いの四肢へと広がり、

今度はその巨体を中空へと舞わせた。


エルフ喰いは牙をむき出しし、

それから逃れようとするが、

深緑の魔力は一切の揺らぎを見せない。


「ああああああああん!!!」


幼ゼメウスが再び鳴き声を上げる。

するとその声に反応する様に深緑の魔力はその密度を増し、

一度小さく集束したかと思うと、

そのままエルフ喰いの四肢を爆散させた。



「アギャアアアアアアアアァァァァ!!!!」



断末魔の悲鳴と共に、

地面にぐしゃりと堕ちるエルフ喰い。


それを引き起こした当人である幼ゼメウスは、

プツリと糸が切れたようにその場に倒れた。


「ゼメウスッ!」


俺は最後の力を振り絞り、

ゼメウスの側に駆け寄る。


抱き起し顔を見ると、

真っ青な顔をしていたので一瞬肝を冷やしたが、

呼吸があると分かり安心する。


顔色こそ悪いもののよく考えればこれは、

魔力切れを起こした時の症状に酷使していた。



「グギギギガ・・・」


俺は背後から聞こえるうめき声に気が付き、

そちらの方に歩み寄る。


見れば四肢をもがれたエルフ喰いが、

芋虫の様に地面をのたうっていた。


どうやら自身の高い防御能力のせいで、

四肢を失っても即死できなかったようだ。


「・・・自業自得だな」


俺は右手に魔力を集束し、

火球を放った。


こうなってしまえば、

魔力耐性などほとんど意味をなさない。


エルフ喰いは俺の炎に包まれ、

やがてゆっくりと動きを止めた。


あたりには焦げ臭い臭いだけが漂い、

あれほど強敵だったエルフ喰いはあっけなく灰となった。



・・・

・・



朝日に照らされ、僕は目を覚ます。


身体を動かそうとした瞬間全身に痛みが走る。


だがその痛みこそが、

自分がまだ生きているのだと言う事を痛感させてくれた。


「僕は・・・一体・・・」


重い身体を動かし、

僕は上体を起こす。


まずエルフ喰いを前に気を失って、

自分がまだ死んでいないことに驚いた。

あの状況ではほとんど助かる見込みなどなかっただろうに。


だがその疑問は、

隣ですやすやと眠る幼ゼメウスと、

その奥に横たわる男を見て解消された。


「グレイ・・・」


そこには共にエルフ喰いと戦った、

グレイが眠っていた。


自分が倒れたなら、

彼がエルフ喰いを倒してくれたに決まっている。


彼はあの絶望的な状況から、

どうにかしてエルフ喰いを倒したのだ。


そしてよく見れば、

自分たちが横たわるここは、

ダンジョンにおける安全地帯。


彼はエルフ喰いを倒し、

さらに傷付いた身体で僕たちをここに運んでくれたのだ。


僕は深くため息を吐いた。


「・・・なんとも不思議な男だ、君は」


僕は呟いた。


あれほど憎み、恐れたエルフ喰い。

姉の仇と理解しながらも、

恐怖が勝り今日まで立ち向かう事が出来なかった相手。


それに挑む機会と勇気を与えてくれたばかりか、

姉さんの敵討ちまで果たすことが出来た。


まるで憑き物が落ちたように、

僕の心は軽くなっていた。


そして同時に、

今は緩み切った顔で寝ているこの男の事が、

何故だかたまらなく愛しく思えた。


一人で生きて行こうと決めていた。

他人に執着するのは止めようと思っていた。

失うのが怖かったから、

守れないのが怖かったから。


だから僕は音楽だけを共に世界中を流れた。

だがこの人はそんなものすべてを吹き飛ばしてくれた。

全ての呪縛から僕を開放してくれた。


「グレイ・・・」


僕はグレイの頬にそっと触れる。


エルフの僕が君に惹かれると言ったら、

君はどんな顔をするだろうか。


きっと戸惑って、あたふたして、

気の利かない台詞を言うんだろうな。

君は本当に恋愛面はダメダメだから。


そう思うとなんだかおかしくて。

僕は思わず吹き出してしまった。


「カ、ナデ・・・」


名前を呼ばれてビクッとする。


どうやら寝言の様だ。

だが今は彼に名前を呼ばれるのがなんだかとても嬉しくて。


僕は寝息と共に上下する彼の唇に、

そっと自らの唇を重ねた。



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