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第176話 数秒


カナデはそのまま戦闘態勢に入ろうとする。

だが俺はそんなカナデを静止した。


「待て、カナデ。この状況はマズイ」


俺は辺りを見る。

ミフネ達の安否も分からず、

周囲は夜明け前の一番暗い時間。

おまけに野営中は消さないことが前提の焚火が消えている。


俺たち魔導士は魔力の効果で通常よりも夜目が効くが、

完全な奇襲を受けた今、分が悪すぎる。


「一旦、引くぞ」


俺はカナデに声をかけた。

だが、カナデはそれに反応しない。


「おい、カナデ!止めろ」


俺は嫌な予感を感じカナデの名前を叫ぶ。


だが、その瞬間にカナデは魔法を発動させた。



<風精霊の行進曲>



巨大な風の塊が、

エルフ喰いに向け放たれる。

ゴウッと言う音と共に、

エルフ喰いが爆風に舞う。


「やあああああっ!!!」


カナデは珍しく雄たけびをあげ、

続けて風の魔法を放った。

ここまで感情をむき出しにして戦うカナデは初めて見る。


カナデの放った、風の刃がエルフ喰いの身体を切り刻む。

空中で血しぶきが舞い、エルフ喰いは苦痛の叫び声をあげる。


「グギュガアアアア!!!!」


カナデは更に追撃を加えるべく、

脚に魔力を込め、地面を蹴った。


空中で交錯する両者。


だがカナデが追撃を加えようとした瞬間、

エルフ喰いは体勢を立て直し、

口元に魔力を集中させた。


そして――――――



「キュアアアアアアアアァァァァ!!!!」



「ぐあっ!」

「っ・・・」


エルフ喰いは魔力を雄叫びに乗せ放つ。

その衝撃で、空中のカナデは吹き飛ばされる。


耳を裂くようなその声に、

俺は思わず耳を塞いだ。


頭の中を揺さぶられるような声が、

俺の意識を刈り取ろうとした。


「が・・・」


頭の中に気色の悪い音が響く。

同時に襲い来る吐き気と眩暈。

全身に鳥肌が立ち、

身体中の力が抜けそうになる。


このままじゃマズイ。

そう思うが全身を襲う不快感により、

一切魔力が集束できない。


目の前ではエルフ喰いが魔法を放ったまま、

こちらに向かってくるのが見えた。


その時、後方から魔力を感じる。



<風精霊の三重奏>



咄嗟にカナデが俺たちの周囲に風の渦を発生させた。

風の轟音にかき消され、エルフ喰いの叫び声が幾分か和らぐ。


俺は頭を振りながら、

混濁した意識を取り戻す。


「・・・大丈夫かい?奴は、精神干渉系の魔法を使う」


竜巻の中でカナデが言う。

だがそんな事より、俺はカナデが暴走した事の方が驚きだった。


「・・・カ、カナデ、どうして・・・」


俺は息も絶え絶えと言った状態のまま、

カナデに尋ねた。



「・・・ごめん、頭に血が上ってしまった」


カナデは俯き答えた。


「・・・奴を見ると思い出すんだ。僕の腕の中で息を引き取った姉さんの姿を。このまま戦っても勝ち目はないと分かっていた。でも、それでも・・・」


カナデが悔しそうに言う。

いつも明るいカナデが初めて見せる辛そうな表情だった。


「カナデ・・・」



俺は彼女の名前を呼んだ。


だがそれにカナデは答えない。

必死で感情を押し殺しているのが分かる。


カナデが暴走するのも無理はない。

目の前にいるのは家族の仇なのだ。



俺は竜巻の上空に広がる空を見た。

夜明けが近いようで、空が明るくなってきている。

先ほどよりは幾分かマシかと思えた。


やがて竜巻の勢いが弱まる。

風の隙間からエルフ喰いの姿が垣間見えた。


カナデは大きく深呼吸をして、こちらを向いた。



「・・・よし、もう大丈夫。さっきはすまなかった。竜巻が晴れたら<シルフィ>で目くらましをする。その隙に――――――」


「カナデ」


俺はカナデの目を見て言った。


「グレイ?」


カナデは驚いた様子で、俺の両手に目を向ける。

俺は両腕に魔力を集束していた。





「・・・気が変わった、やるぞ」


俺はカナデに言う。


「そんな待って、ダメだ。僕が言えた台詞じゃないけど、あいつは危険なんだ」


今度は冷静になったカナデが俺を止める。

だが知るか。


俺はカナデの前に出て、エルフ喰いと向き合った。

向こうもこちらを認識したらしく、

風の壁の向こうでグルルと唸り声をあげている。



「グレイ・・・ダメだ。君まで失ったら僕は・・・」



カナデは縋るような声で言う。

そこにAクラス魔導士の威厳はなく、

まるで少女のように不安そうな声だった。


「カナデ、怖がるな」


俺はそんな彼女に声をかける。


「・・・お前は冷静だが、いつでもそうある必要はない」


「グレイ?」


「男には勝てないと分かってても戦わなくちゃいけない時があるんだ。姉さんの仇、取りたいんだろ?」


俺はカナデに尋ねた。

カナデは驚いたように顔をあげた。



そして―――――



「・・・僕は女だよ、グレイ」


カナデはそう言って笑う。


前を向き。

そして俺と同じように魔力の集束を始める。


そして風の障壁が消える。



・・・

・・



風が消えると同時に、

俺とカナデは飛び出した。


幼ゼメウスは離れた場所に隠れさせた。

これならば背後を気にせずに戦える。


「グギリュウアヤアアアア!!」


相も変わらず気味の悪い叫び声。

エルフ喰いはカナデに向け、

飛び掛かった。


「させるかよ」


<フレイムボム>

<フレイムボム>


俺は中空のエルフ喰いに対し、

魔法を放つ。


エルフ喰いは魔力耐性が高く直接的なダメージは与えられないが、

爆発の衝撃により体勢を崩すことは出来る。


俺の爆破魔法を空中で喰らったエルフ喰いは、

地面へと叩き付けられた。


「グギャアア!!!!」


エルフ喰いは怒りを露わにし、

カナデから俺へと標的を変えた。


獣の様に地を這う素早い動き。

そして強靭な腕が幾度も俺に振るわれる。


腕の先にはナイフの様に鋭い爪が備わっており、

掠れば簡単に肉など切り裂かれるだろう。


俺は一つずつ丁寧にその攻撃を避け続けた。


腕の振りが大きく、

エルフ喰いの身体が大きくぶれたところへ

拳打を叩きこむ。


「グレイ!」


カナデが叫ぶ。


エルフ喰いの勢いを利用して攻撃を加えたためダメージは与えられたようだ。

そしてそのまま一撃、二撃と攻撃を連携させていく。


魔法耐性が高い魔物は物理に弱いと言うのがお約束だが、

エルフ喰いはそのどちらも防御が固い様に思えた。


だが行動そのものには隙が多く、

よく見て躱し、隙を見て攻撃を加えれば怖くはない。


そして俺の攻撃がエルフ喰いの顔面に直撃した瞬間、

エルフ喰いの膝がガクンと落ち、たたらを踏んだ。


よし、ここだ。


俺は一気に形を付けるべく、

全身に白魔法を集束する。


「あああああっ!!」


叩きこめるだけの攻撃を、

叩きこむ。


白魔法を乗せた攻撃は確かに効いている様で、

打つたびにエルフ喰いは苦し気な声を上げる。


「グレイ!!」


カナデが叫ぶ。


俺は右手に白魔法の魔力を集束し、

それを更に圧縮していく。


とてつもない魔力が俺の右手に集まるのが分かる。


そして俺はそのまま、

エルフ喰い目掛けて右拳を振るった。


これでエルフ喰いを倒せる。

カナデも喜ぶだろう。

俺は勝利を確信していた。



だがその瞬間、

ふと違和感に気が付く。


過去とは言え、

カナデが返り討ちにあった魔物が、

これほど弱いなんてことがあるだろうか。


これならカナデでも、

そして同行していたミフネやその部下たちでも完封出来る。

その辺りにいる魔物となんら変わりない強さだ。



何かがおかしい。



そう思った瞬間、

俺は全身に寒気が走った。




「グレイ!!」


カナデが叫ぶ。


その瞬間、霧が晴れたように俺の視界が変わる。


そして目の前には、

エルフ喰いの凶悪な牙が迫っていた。


「うおああああああ!!!」


俺は咄嗟に身を投げ出す。


状況が分からずに俺の心臓が、

バクバクと音を立てて鼓動する。


どういうことだ。

俺はやつに攻撃を加え、

あと一歩のところまで追いつめていたはずだ。

それがなぜ、やつに喰われる寸前だったのだ。


「グレイ!それは幻覚だ!」


カナデが叫ぶ。


「・・・幻覚?」


俺は呟く。

そこでようやく理解した。


俺はやつの魔力により、

やつを追い詰める幻覚を見せられていたのだ。


「大丈夫?」


カナデが俺の横に立つ。


「・・・俺はどれくらい落ちてた?」


カナデに尋ねる。


「・・・やつの魔法効果はわずか数秒だ。けど、それが命取りになる」


カナデが言う。


「すまん、大口と叩いたくせに早々にやられるところだった」


「ううん。無理もない。やつの魔法の恐ろしい所は、いつ発動したのか分からないところなんだ」


カナデが答える。


「そうだな。カナデはどうやって今のを防いだ?」


俺は尋ねる。


「<シルフィ>の助けを借りて。僕が魔法に掛かったら、どんな手を使っても起こすように指示してある」


見ればカナデの二の腕には、

風の魔法で切り裂いたような跡があった。


「カナデ・・・それ・・・」


俺は呟く。


「・・・気にしないでくれ。あれからずっとあいつを倒すためにどうすれば良いか考えて来たんだ。君の言う通り、僕はここでやつを倒すんだ」


俺は再びエルフ喰いへと顔を向ける。

見ればやつはニタニタと笑みを浮かべこちらを見ていた。


精神干渉系のデバフ使い。


舐めて掛かると恐ろしい目に合いそうだ。

俺は気を引き締め、再び全身に魔力を収束した。



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