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第170話 天使


「いないいない・・・」


俺は掌で顔を隠す。


「バァ!!」


「キャハハ!」


俺がそんな事をしていると、

ゼメウスはキャッキャッと喜ぶ。


その光景が可愛いくて、

俺はせがまれるまま何度も何度も、

「いないいないバア」を繰り返した。


「グ・・・グレイ・・・いったいいつまで・・・」


ゼメウスの抱っこを交代したカナデがそんな事を言う。


「はッ、す、すまん・・・」


このゼメウスが可愛い過ぎて、

つい夢中になってしまった。


俺はすっかり緩くなった頬を叩き、

ゼメウスに向き合う。


「おい、ゼメちゃ―――ゼメウス。俺が分かるか?グレイだ」


俺は幼いゼメウスに問いかける。

彼はきょとんとした顔でこちらを見る。

くそう。

なんて可愛いんだ。こいつ。


「あんたの弟子、グレイだ。なんでこんな所にいるんだ?」


質問の答えは返ってこない。

だがゼメウスは、あぶあぶと言葉を発しながら、


「ぐれい」


と俺の名前を呼んだ。

思わず抱きしめたい気持ちになるが、

必死で自分を抑える。


「こ、交換だ。ずるいぞ、グレイ」


何か感じるところがあったのか、

カナデはゼメウスの抱っこを俺に任せると、

ゼメウスに語り掛けた。


「カナデ、僕はカナデ。言ってごらん?カーナーデ」


カナデの努力むなしく、

ゼメウスは不思議そうな顔でカナデを見ている。

ふふん、勝った。

そんな事を思った。


「しかし、不思議だな・・・」


俺は呟く。

今まで俺が出会ったゼメウスは三人。


魔法を教えてくれた老ゼメウスと、

エシュゾ魔導学院の谷底で出会った少年ゼメウス。

そして図書館迷宮で戦った『永遠の挑戦者』ゼメウスだ。


彼らとは『箱』や本、時の回廊と言った特殊な環境下でのみ意思疎通が出来た。

言わば夢幻のような存在だったワケだが、

目の前の幼いゼメウス、つまり幼ゼメウスは完全に実体がある。


「何者なんだ、お前」


俺はそう言って幼ゼメウスのぷにぷにの頬を吐く。


「あう、ぐへいー」


頬を押されながら俺の名を呼ぶゼメウス。

思わずまた頬が緩む。


「な、なんでだ・・・なんでグレイにだけ・・・」


そんな姿を見え、カナデが落ち込んでいる。

どうやら幼ゼメウスに名前を呼んでもらえないことが、

相当に残念なようだ。


そんなやりとりをしていると、

ゼメウスが急に地面に降り立ち、

てとてとと数歩歩いたかと思うと、

振り返り何かを指差した。


「ぐれい、あっち」


「ん?」


俺は幼ゼメウスの指す方向を見るが、

何も無い。


「なんだ?何かあるのか?」


俺は尋ねる。


「ゼメちゃん、どうしたんだい~?カナデお姉ちゃんに教えてごらん~」


カナデは猫なで声で、

未だに幼ゼメウスを懐柔しようとする。


だが幼ゼメウスはフルフルと首を横に振ると、

また同じ方向を指差し、言った。


「あっち!おうち!」


「おうち?」


俺は尋ねる。


「・・・おうち、お家じゃないのか?グレイ」


カナデに言われ俺はなるほどと思う。


「あっちがゼメウスのお家なのか?」


俺はゼメウスに尋ねる。

すると彼は首をコクコクと振って笑顔になった。


「おうち、かえる」


そう言って幼ゼメウスは俺の手を取ると、

またテトテトと歩き出した。


俺はカナデと視線を合わせると、

互いに首を横に振り、

幼ゼメウスに手を引かれるまま緑の間を出て行った。



・・・

・・


「うん、大丈夫。アークタラテクトは居ないみたいだ」


カナデが言う。


「良かった。これを背負ったままじゃ戦える気がしないからな」


俺は背中に背負ったゼメウスを見る。


「ぐれい!あっち!」


ご機嫌になったゼメウスは再び前方を指差す。


「あっちに何があるんだ?」


「おうち!」


そんな会話をしながら、俺たちは歩き出す。


「この方向には、確か小さな街があったハズだ。とりあえずそちらに向かってみようか?」


カナデが言う。


「どれくらいかかる?」


俺はカナデに尋ねた。


「僕たちの普通の移動なら、数時間。だけどゼメちゃんを背負った状況だと、半日は掛かるかもしれない」


「だとしたら急いだほうが良いかもしれないな」


俺はそう言って空を見上げた。


太陽は既に天中を過ぎており、

西に差し掛かっている。


俺の言葉に頷いたカナデは、

先導する様に歩き出した。



・・・

・・



「なでー」


ゼメウスが言葉を発する。


「お、おい!聞いたかいグレイ!今、いまゼメちゃんが僕の名前を呼んだ!」


カナデは俺の肩をバシバシ叩きながら言う。


「・・・そうか?俺にはそうは聞こえなかったが」


「いいや間違いない。フフフ、ようやくゼメちゃんも僕の名前を・・・フフフ」


カナデの顔が緩む。

普段クールっぽいカナデがここまでデレるとは思わなかった。

子供好きなのかな。




「しかし、魔物に遭遇しないのは助かるな。街道からは外れているが・・・」


俺は呟く。


「ん?ああ。<シルフィ>にお願いして、周囲を全力で警戒して貰ってるからね。魔物がいそうなルートは避けているんだ。でも安心してくれ。恐らくこのルートが一番早いよ」


カナデが答える。


「ああ、信じてる。しかし精霊魔法は便利だな」


俺は呟いた。


キラーマンティスやアークタラテクトとの戦いで見せて貰った通り、

精霊魔法は攻撃も支援も出来る。

これはつまり黒魔法と白魔法を使えるのと同義なのではないだろうか。

さらにこうした索敵や灯り、道案内までこなせるとは。

うーん、便利過ぎるな精霊魔法。


俺がそんな事を思っていると、

カナデが説明してくれる。


「うん、そうだね。僕たちは自分自身でも魔法の適性を有しているけど、正直それはあまり関係が無い。自分の精霊とどれだけ心を通合わせられるかで、緑の、精霊魔導士の強さは決まると言っても過言ではないね」


「そういうものなのか」


俺がそんな応答をすると、

背中ごしにゼメウスが反応を示す。


「うー」


手を必死に伸ばし、

カナデの側に浮いている、

緑の光に触れようとしている。


「どうした?」


「精霊に興味があるのかな?」


「あうあう」


ゼメウスが必死で手を振ると、

それに呼応するように、

カナデの<シルフィ>が点滅をし始めた。


「え?」


カナデが驚きの声を上げる。

それも無理はない。


幼ゼメウスの動きに合わせ点滅する精霊。

俺にはその動きが、

意思疎通している様に感じられたからだ。


「まさか・・・そんな・・・精霊と会話を?」


「ゼメウス、お話しできるのか?」


俺が尋ねると、

幼ゼメウスはまたきょとんとした顔をして、

俺の顔を見た。



「・・・グレイ、この子は・・・一体なんなんだろう・・・」


カナデがそんな事を呟く。


「分からない」


俺は答える。


ゼメウスは俺とカナデの顔を交互に見て、

なにやらあーあー声を発していた。



「見えたよ」


しばらく歩き続けると、

カナデが言った。


彼女の視線の先には街灯り。

どうやら目的の地についたようだ。


「おい、ゼメウス着いたぞ。ゼメ――――」


「グレイ、しっ」


カナデにそう言われてみると、

ゼメウスが背中ですぅすぅと寝息を立ていた。


その寝顔は控えめに言っても――――


「天使だ・・・」



俺たちはゼメウスを起こさない様に、

ゆっくりと移動し、

街の中へと入った。


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