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第16話 炎の龍

 

 翌日、朝早くから俺とヒナタは魔導士ギルドに赴いた。


 まずは魔導士ギルドに登録を行い、

 この街での活動を許可してもらう必要がある。



 朝イチの魔導士ギルドは人もまばらで、

 窓口もまだ混雑していない。



 フォレスでもそうだったが、魔導士って言うのは朝が苦手なのか?

 ヒナタも隣でウトウトしているし。


 俺たちは空いている受付に入った。


「おはようございます。どのような御用でしょうか」


 担当してくれたのは、俺より少し年上に見える色気のあるお姉さんだった。


「あ、えっと・・・昨日街に来たばかりなので登録をお願いします」


 お姉さんは笑顔を浮かべる。

 貼りついた笑顔。

 見事な営業スマイルだ。


「はい、承知いたしました。それでは登録証をお預かりさせていただきます」


 俺は登録証を彼女に手渡す。


「はい。ヒナタ、お前も出してくれ」


「ん」


 ヒナタは眠たそうにフラフラしている。

 どんだけ朝に弱いんだ、こいつは。


 俺は半ば強引にヒナタから登録証を奪うと、

 お姉さんに渡した。


「はい。それでは少々お待ちください」


 お姉さんは奥に引っ込んで、

 俺とヒナタはその場に取り残された。


「おい、ヒナタ。大丈夫か?」


 俺はヒナタに尋ねる。


「ん、眠い」


 昨日は夕食を食べて早々に部屋に分かれたが

 夜更かしでもしたのだろうか。


「もういいから、お姉さんが来るまで寝てろ」


 俺はヒナタに声を掛ける。


「ん」


 するとヒナタは俺の肩に頭を載せて、

 すぅすぅと寝息を立て始めた。


「そういうことじゃ・・・なかったんだけどな」


 ヒナタの顔が間近にあり、緊張する。


 こいつどういうつもりだ。

 俺はヒナタの距離感に戸惑う。

 どうすることも出来ず、

 俺はヒナタを肩に貸した、

 変な姿勢のままお姉さんの帰還を待った。



「お待たせしました」


 戻ってきたお姉さんは、

 俺とヒナタに登録証を返す。


 手渡す際にチラリと俺の顔を窺うような仕草を見せる。


 ん、なんだ今の表情は。


「確認します、えっと女性の方がCランク【白魔導士】ヒナタ・アカツキさんですね?」


「ん、間違いない」


「ありがとうございます」


 ヒナタはお姉さんに答える。

 つかヒナタはCランクだったのか、知らなかったぞ。


 お姉さんは今度は俺の方に視線を向ける。


「男性の方がグレイさん。Dランク【黒魔導士】でえっと・・・ゴ、<ゴブリン殺し>のグレイさんですね」


 俺は一瞬固まる。

 そうだ、忘れていた。

 俺の登録証に刻まれる不名誉な二つ名の存在を。


「そう・・・です」


 俺はお姉さんの言葉を肯定する。

 お姉さんは変質者でも見るような目で俺を見た。


「で、では登録はこちらで済ませておきます!ありがとうございました」


 お姉さんはそう言って足早に窓口を離れた。

 俺は泣いた。



「・・・ゴ、<ゴブリン殺し>」


 ヒナタが呟く。

 その肩は小刻みに上下に揺れており、笑いを堪えているのだと分かる。


「言うな」


 俺はヒナタに言う。


「だって・・・そんな称号・・・ゴ、ゴブ・・・って聞いた事な・・・ブフッ」


 そりゃそうだ。俺だって聞いたことない。


 ヒナタはこれまでに見たことないほど顔を赤くして笑っている。

 もういい笑いたければ好きなだけ笑うがいい。


 ヒナタは<ゴブリン殺し>がツボにハマったらしく、

 しばらく一人で笑っていた。


 俺は心を無にしてその光景を見ていた。



 ・・・

 ・・

 ・




「グレイは本当に面白い」


 しばらくして素に戻ったヒナタが言う。

 俺はもう何も答えずに、掲示板を見ていた。


「・・・早く依頼を選ぼう。日が暮れちまう」


 掲示板には色々な依頼がある。

 フォレスの街とはその種類も量もまるで違う。


 ・ハイポーションの素材集め 12,000ゴールド

 ・ポイズンリザード駆除 10,000ゴールド

 ・フォレストウルフの駆除 15,000ゴールド

 ・ラピスラズリの採取 出来高


「土地勘が無いから、採取系は不利かもな。となると討伐で稼いだほうが効率的か」


 俺はヒナタに言う。


「同意」


 俺はふと思い出す。


「そういえばヒナタ、俺よりランクが上だったんだな。それならCランク討伐の方も受注可能ってことだよな?」


「そう。でも大丈夫?Cランクの魔物はそれなりに強い」


 ヒナタは俺を心配してくれている様子だ。


「問題ない、と思う。さすがにあのオークキングみたいなのと連戦って言われたら辛いけどな」


 オークキングはBランク相当の魔物だ。

 それより1ランク下がると思えば、戦えなくもない、気がする。


「あまりランクに囚われると危険。Bランクの弱い魔物と、Cランクの強い魔物はもはやどちらが上か判断出来ない」


 ヒナタが真剣な表情で言う。

 たしかにヒナタの言う通りだ。

 俺は素直に感心する。

 さすがは俺より上位ランクなだけはある。


「・・・分かった。じゃヒナタが選んでくれるか?寄生するつもりはないが、ヒナタが安全だと思う相手を選んでくれるか」


「承知した」


 ヒナタはそう言って掲示板を見始めた。

 普段は無口で口数も少ないが、やはりヒナタは真面目だ。

 俺は心強い道連れが出来たことを嬉しく思う。


「・・・これにする」


 ヒナタはそう言って一枚の依頼書を手に取った。









 ボルゴーニュの近隣の森林の中。

 俺は不機嫌な顔で立っていた。

 目の前には数十メートルはあろうかという大木。

 依頼書によると、あれが今回の討伐対象の巣とのことだ。



「・・・準備はいい?」


「・・・」


 ヒナタの問いに俺は答えなかった。


「どうしたの、体調が悪い?」


 ヒナタは俺に尋ねる。


「お前ってホントにいい性格してるよな」


 俺はヒナタの顔を見ずに言った。


「そう?慣れない土地はただでさえ危険。せめて慣れた相手を選ぶのは当然の帰結。それに貴方は私にどの依頼を選ぶか任せてくれた、違う?」


 ヒナタは言う。


 ヒナタの理論は正しい。

 そして悪意が無いのも理解している。


 事実、掲示板の他の依頼を見ても、

 今日貼り出されている依頼の中で、

 ヒナタが選んだ依頼より条件がいいと思われるものは見つからなかった。



「だからってゴブリンは無いだろうがよぉぉ!!」



 俺は叫んだ。



 そう。

 今、俺たちが前にしているのは大量のゴブリンが住みついた大木だ。


 ヒナタが選んだ依頼はゴブリンの巣の駆除。

 ゴブリンは群れの規模によって、依頼のランクが変動するのだ。


 Cランクのゴブリン駆除となれば、巣の中に50匹以上のゴブリンがいることだろう。


「いつまでも文句言わない。先に行く」


 ヒナタはそういうと、大木に向かって駆け出した。

 俺はその姿を見て呟いた。


「・・・こうなりゃとことんまでやってやるよ。<ゴブリン殺し>の力を見せてやる」


 俺は半ばヤケになって、駆け出した。



 ・・・

 ・・

 ・




「そ、それでは確認します・・・」


 俺たちの目の前には顔を引き攣らせたお姉さんがいる。

 今朝俺たちの登録をしてくれたお姉さんだ。


 たまたま依頼達成の受付を担当となったのが彼女だったのだ。



 俺は皮袋を逆さまにして、

 中に入った大量の魔石を机の上に出す。


「ひっ!」


 お姉さんが悲鳴を上げる。

 机の上には50個以上の魔石が散らばっていた。

 全てが討伐したゴブリンのものだ。



「あ、あ、あの・・・少しお待ちいただけますか・・・」



 彼女は震えながらあとずさりする。

 明らかにおびえている。


 無理もない。


<ゴブリン殺し>なんてヤバい二つ名を持つ者が、

 初日から大量のゴブリンの魔石を持ちこんできたのだ。


 彼女の目には俺がゴブリンを執拗に狙う殺戮者に見える事だろう。

 俺が逆の立場でも距離を置くレベルだ。


「ええ、大丈夫ですよ。」


 俺は半ば放心状態で答える。

 もはや言い訳する気力もない。

 隣でヒナタがまた肩を震わせている。


 しばらくすると奥からお姉さんに代わり、

 一人の男性が出てきた。

 険しい表情でこちらを警戒しているのが窺える。



「すみません、少しお話を聞かせて・・・って、グレイ君?」



 現れたのは副ギルド長のティムさんだった。






「・・・では、<ゴブリン殺し>は意図せず付いた二つ名で、特定の思想の元でゴブリンを惨殺して周っている訳ではない、と言う事でいいんだね?」


 ティムさんに通されたギルド内の個室で、

 俺はティムさんに事情聴取を受けていた。


「・・・ええ。俺は無実です。ごめんなさい」


「な、なんでそんなに憔悴してるんだい。君が危険人物じゃないのは分かったよ」


「いえ、色々ありましたもので・・・」


 俺はティムさんに慰められながら、会話をつづけた。


「受付の子には僕から説明しておくよ。誤解が解ければ君の気も晴れるだろ?」


「・・・ありがとうございます、お願いします」


 俺は力なく頭を垂れた。

 ティムさんはそんな俺を見て笑う。




「そういえば、君たちはどんな目的でこのボルドーニュへ?ここが最終目的地、と言うわけではないんだろう?」


 ティムさんが尋ねる。


「ええ、そうです。東の大陸に渡りたくてここに来ました。ただそのために旅費を稼がなくてはいけなくて・・・」


「なるほどね、そういうことか。確かに東の大陸となればそれなりに旅費が掛かるね」


 ティムさんは言った。


「何か金になりそうな依頼があればぜひ紹介してください」


 俺はティムさんに頼む。


「依頼かい?うーん、ホントは副ギルド長の僕が直接斡旋してはルール違反なんだけど・・・グレイ君にはあらぬ疑いで迷惑を掛けてしまったし、何かあったら声をかけよう。」


 ティムさんは俺のお願いを了承してくれた。


 その後、俺たちはティムさんに挨拶をし魔導士ギルドを後にした。


 今日の仕事は終わりだ。

 早いところ『晩秋のファイアウルフ亭』に帰ろう。




 ・・・

 ・・

 ・



 ボルドーニュから南に半日行ったところにある、ディケム山岳地帯。

 高レベルの魔物が出る危険度の高いエリアで、

 一般人とBクラス以下の魔導士はめったに寄り付かない場所だ。


 そこに人影が一つ。

 黒衣のローブを翻し進むその男は、

 Sクラス魔導士のラフィットだ。


 彼は腰を落とし、地面を調べている。

 素人目にはただの地面。

 だが、彼の目には違うものが見えていた。


「やはり、魔力の痕跡があるな・・・。新しいものと、少し古いもの。ここを根城にするつもりか」


 ラフィットの「瞳」は魔力の質を見極める。

 濃淡のほかに、魔力の持ち主の性質。

 善きものか悪しきものか。

 強き者か弱き者か。

 彼の瞳はそれを見抜くことが出来た。


 彼は山岳地帯をさらに先に進む。

 この辺りはヘルコンドルや、ファイアウルフの生息地で

 以前ここに来たときはそれらの魔物との戦闘を数多くこなしたはずだった。

 だが今日は魔物の気配がない。

 明らかな異常事態だった。


「間もなく山頂付近だが、果たして・・・」


 ラフィットはさらに警戒心を高めて周囲を索敵する。

 その時、ラフィットの耳にとてつもない轟音が届いた。


「グオオオォォオオォォォォオォン!!!!!」


 長く、大地を震わせるような咆哮。

 ラフィットは岩陰に隠れた。


 圧倒的な魔力が、近付いてくる。

 ラフィットが岩陰の隙間から上空を見上げると、

 黒い影が彼の視線を横ぎった。

 見間違えようもない。


 ラフィットは拳を握りしめた。


「炎龍・・・やはり居たか」


 最強と呼ばれる竜種の、更に上位種。

 炎龍と呼ばれる魔物の存在が、確認された。



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