第164話 鍛冶師
「やぁ、聴いてくれたかな」
「お疲れ。素晴らしかった」
演奏を終えたカナデが、
こちらに近付いてきた。
「グレイのお陰さ。素敵な演出になった」
「まさか魔光虫をあんな風に使うとは思わなかったぞ」
「・・・うん。成功して良かった。少しは村の人たちの慰めになれば良いんだけどね。僕にはこれしか出来ないから」
「分からんが、少なくとも俺は感動した」
俺は言った。
カナデは俺の言葉に、
薄く微笑みを浮かべて答えた。
その一瞬の表情に、俺は思わずドキリとする。
歌い終わり少し汗ばんだカナデが、
篝火の灯りに照らされ妖艶に思えたのだ。
俺は思わず恥ずかしくなり、
そっと顔を逸らす。
そんな俺を見て、
カナデは何かを察したように、
微笑みを深くした。
カナデはゆっくりと口を開き、
今だに視線を合わせられない俺に言った。
「・・・グレイも、少しは気が晴れたかい?」
俺はその言葉にチラリとカナデの方を見る。
「・・・やっぱりか。おかしいと思ったんだよ・・・」
俺は短く答える。
慣れない山登り、
魔物との戦い、
山頂からのきれいな景色、
そしてカナデの歌と魔光虫。
たしかに美しい光景ではあったが、
何もわざわざ俺に獲りに行かせる必要も無かったように思えた。
だがそれらのお陰で、
俺の中に渦巻いていた、
焦りと怒りと憎しみ、
そう言った感情が幾分か抑えられた。
その配慮をありがたく思うと共に、
カナデに気遣いをさせてしまったことを申し訳なく思う。
「・・・すまん・・・」
俺はカナデに謝罪する。
「ううん。謝る事じゃないし、無理もない。でも・・・」
「でも?」
「今朝のグレイは少し怖かったよ」
そう言ってカナデは笑う。
「・・・以後気を付ける」
「うんうん、そうだね。魔導士はいつでも冷静に、さ。怒りは力になるけど、それに飲まれたらダメだ」
俺はカナデの言葉に頷いた。
魔導士はいつでも冷静に、か。
確かに彼女の言う通りだ。
冷静に、そして必ずヒナタを助ければいい。
そう思えた。
「さて、それで・・・これからどうしようか」
カナデが言う。
「アカツキへの報告は?」
「うん、確かに届いた。すでに調査を始めてくれているようだよ」
「そうか。結果が出るのはもう少し先、か?」
「そうだね。いくらエルフの調査部が優秀でも、数字は掛かるだろう。一度、ミヤコに戻るかい?」
カナデが尋ねる。
俺は少し考えてその問いに答えた。
「ああ、そうしよう。その後で構わないが、一か所行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ?」
「ああ。『緑の箱』が置かれていた神殿に行きたい」
俺は答えた。
・・・
・・
・
翌日。
俺とカナデはミヤコの街に戻ってきていた。
報告を兼ねて、と言う事なのでやることが済めば、
すぐにでも出立する予定だ。
「アカツキ様が一度話を聞きたいとのことだ。後で一緒に王樹へ行こう」
「王樹?」
聞き慣れない言葉に俺は尋ねた。
「知らないの?ミヤコの中央にあるあの大きな樹さ」
カナデが言う。
俺はカナデの視線を追い、
自分の頭上高く聳える巨大樹を見上げた。
「あれか。王樹・・・」
「僕たちエルフの守り神でもある。神聖な木さ。一説には特定の種類の巨大樹が、突然変異で魔物化したものだとも言われる。そこで待ち合わせ、いいかい?」
「分かった。俺は一度、アリシアの様子を見てくる。ロロにも状況を話しておきたい」
「了解。じゃあ、昼過ぎに王樹への入り口前で待ち合わせよう」
そう言ってカナデは街の中へフラフラと歩いて行った。
「グレイさん!」
病室に入ると、
ロロが飛び起きる。
どうやら椅子に掛けたまま転寝をしていた様子だ。
「ただいま。と言ってもすぐ出るけどな。様子はどうだ?」
俺はベッドに横たわったままのアリシアを眺めながら言った。
「はい。・・・今は弱めの回復魔法を継続的にかけています。いつ目覚めるかはアリシアさん次第、と言った状況です」
そう言って申し訳なさそうに目を伏せるロロ。
よく見れば彼女の目の下には隈が出来ている。
おそらく殆ど寝ずに回復を続けてくれているのだろう。
俺は彼女の献身に頭が下がる想いだった。
「謝るな。ロロのせいじゃない」
そう言って、
俺はロロの頭をそっと撫でる。
「・・・あぅ・・・」
ロロは声を漏らすと、
俺に気持ち良さそうに撫でられていた。
何やら悩ましい声が聞こえるが、
俺はそれを無視していった。
「無理はしないでいい、ロロまで倒れられたら不味いからな・・・」
「分かりました。でもグレイさんに撫でて貰ったので、あと少しは頑張れそうです!」
そう言ってロロはぐっと両手を握って見せた。
強い子だ。
だが、本当に心強い。
俺はそう思った。
そう言ってロロを見つめていると、
ロロは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「・・・あの、グレイさん?なにかありました?元気がなさそうです」
ロロが尋ねる。
カナデのお陰で平静を装えたつもりだったのだが。
「あー、えっと。うん。ちょっと調査中に色々な。なんでそう思った?」
俺は尋ねた。
「グレイさんの、ことですから」
ロロは心配そうに答えた。
「・・・調査先で、身内の姿を見かけた。それで少し、な」
「・・・そう、ですか。」
ロロそう答える。
そして彼女は無言のまま、
俺の肩にそっと触れる。
「大丈夫、ですか?」
ただそれだけ。
細かい話を聞かない彼女の配慮に、
胸が熱くなる。
その手からは温かさが伝わってきた。
「・・・ああ。今は大丈夫だ。心配かけてすまん」
俺は答える。
「無理はしないでください。私も、そしてきっとアリシアさんも、いつもグレイさんを想っています」
「・・・ロロ」
ありがとう、と呟いて俺は彼女の手を握った。
ロロは恥ずかしそうに顔を赤くして、
あわあわとしていた。
ロロと言い、
カナデと言い、
俺の周りには優しい女が多すぎるな。
俺はそんな事を思い、
そして彼女たちの存在をありがたく思った。
・・・
・・
・
カナデと待ち合わせた時間まで余裕があったので、
俺はエルフの里を歩いてみることにした。
王樹を中心に展開された街は、
同じく巨大なその根に沿って街並みが広がっている。
当たり前の話だが、
右を見ても左を見ても、
長耳のエルフばかり。
だが彼らは一人歩く人間の俺に目もくれない。
これが逆の立場なら、
さぞ注目を浴びていた事だろう。
改めて自分がエルフの里に来たのだと実感する。
「・・・ん」
俺は通りに一件の武器屋を見つける。
なんの変哲もない武器屋だが、
軒先のショーケースにある立派な鎧に魅せられ、
そこにフラリと入る。
「いらっしゃい」
店の奥から老エルフが声を掛ける。
俺は彼に軽く会釈すると、
先ほどの鎧を、
今度は店側から見に行く。
飾ってあったのは、
薄く青く光るような立派な鎧。
細かい装飾が細部に施され、
非情に上質な装備なのだと言う事が分かる。
それに間違いない。
これは精霊の祝福を受けた金属、
ミスリルの鎧だ。
「綺麗だな・・・」
なんて美しい鎧なのだろう。
俺はそれに魅入ってしまった。
大自然の雄大な景色も良いが、
こうした人の手による芸術品もまた美しい。
「人間にはミスリルが珍しかろう?」
そう声を掛けられ俺はハッとする。
見ると、先ほどの老エルフが隣に立っていた。
「ええ、初めて見ました。本当に美しいです」
俺は素直な感想を口にする。
「それはな、私が若い頃に拵えたものじゃ。自分の最高傑作だと思っておるよ」
老エルフが答える。
「貴方の?驚いた、鍛冶もやるんですか?」
俺は尋ねる。
「うむ。もともとはそちらが本職だった。今は引退してしまったがな。それにしても――――」
老エルフはそう言って、
俺の右手に視線を向けた。
彼が見ているのは俺の手に嵌る、
黒い籠手だ。
「なんとも面妖な籠手を着けておるの。こんな金属、見たことが無いぞ・・・?」
老エルフが言う。
「たまたま手に入れて、俺にもよく分からないんです。そんなに珍しいですか?」
俺が尋ねると老エルフが俺の籠手に触れ、
フムフムとそれを調べ出す。
「ああ、長年鍛冶と武器屋をやってきたがこれは初めて見る。見た感じ魔力伝導率が非常に高く、それでいてとにかく硬い・・・むぅ、不思議な金属じゃ」
「ええ。剣を受けても、魔法を受けても傷一つ付きません。重宝してます」
俺は答えた。
「そ、そうか。・・・鍛冶師からは引退した身じゃが、これはなんとも気になるの・・・私に調べさせてはくれぬか?」
老エルフが言う。
「調べる・・・ですか?」
「ああ、悪い様にはせん。ダメか?」
老エルフが期待に満ちた目でこちらを見る。
俺はなんだかそれがおかしくて、
思わず笑ってしまう。
「・・・大丈夫です。でも今は仕事中なので、それが片付いてからでも良いですか?」
「おお、おお!もちろんだ!」
老エルフが子供の様に喜ぶ。
「私の名前はハクジュ、また期待して待っておるぞ」
俺は老エルフに再訪を約束し、店を出た。
ゼメウスから授けられたこの籠手について、
すこしでも分かれば幸いだ。
俺は武器屋を出て、
カナデと待ち合わせた王樹の入り口へと向かった。
店の前で、老エルフはいつまでも俺に手を振っていた。




