第162話 怒り憎しみ
「・・・う」
左腕の痛みで目が覚める。
背中には柔らかいベッドの感触。
窓からは日が差しており、
既に夜が明けたのだと言うことが分かる。
「・・・気が付いたかい?」
傍らに座っていたのはカナデだった。
「・・・ここは」
「僕らが宿を取った村さ。今は燃えた村の避難先となっている」
「村の人たちは無事か?」
「なんとか大部分は。だが命を落とした人もいる」
「そうか・・・」
俺は呟いた。
「・・・ね、何があったんだい。村の中で怪我をして倒れていた君を見つけてここに運んだけど」
カナデが尋ねる。
「・・・敵と交戦になった。おそらく今回の首謀者だ・・・」
俺は答える。
「それって・・・白蝶に出会ったと言う事かい?」
俺は少し考えて答えた。
「分からない」
「・・・分からない?」
「俺が出会ったのは、騎士の姿をしたやつら以外に三人。そのうち二人は俺が知っている人物だった」
「知っている人物?どういうことだい?」
「一人は、東の大陸で馬車に乗り合わせた男だ。俺の中では気弱な僧侶、と言う記憶しかない。だが昨日であった時には・・・」
俺は突如現れたガウェインの姿を思い出す。
到底気弱な僧侶には見えぬような只住まい。
何より俺の黒い炎を簡単に消し飛ばした。
あれは本当に俺の知る人物だったのだろうか。
「・・・それは怪しいね。それで、もう一人は?」
カナデが尋ねる。
「もう一人は・・・仲間だ」
「・・・仲間・・・」
「東の大陸でパーティを組んでいた。俺の生まれて初めての仲間だ」
俺は答えた。
俺の表情からカナデは何かを察した様子で、
少しの間黙っていた。
「・・・なぜ君の仲間が?」
「分からない。だが俺の問いかけに彼女は・・・ヒナタは反応すら示さなかった」
「反応すら?それはおかしいね」
カナデの問いに俺は頷く。
「目も虚ろで、動きも明らかにおかしかった。まるで操られているようだったよ」
「操られている・・・もしや洗脳魔法、か・・・?」
「・・・洗脳魔法?」
俺は尋ねる。
「他者を癒し、強化するばかりが白魔法じゃない。相手を内部から破壊し、また人の心を操る事だって出来る・・・洗脳魔法はその中でもかなり邪悪な魔法だ」
「・・・邪悪・・・」
「だってそうだろ。人を操ろうなんて考えるのは悪人くらいさ。そして洗脳魔法はユニーク魔法、その遣い手はこの世界にも数人しかいないはずだ・・・そこから調べれば犯人の手がかりが得られるだろう」
カナデが言った。
「・・・洗脳魔法は、解除できるのか?」
俺は尋ねた。
「出来る」
カナデの答えに俺はひとまず安心する。
「・・・方法は?」
俺の問いにカナデはゆっくりと答えた。
「・・・一つだ。魔法を掛けられた者か、掛けた者の死。逆にそうでもしなければ洗脳は解けない。強力な魔法だ」
「・・・死・・・」
俺は昨日の出来事を思い出す。
停止した時間の中で司教を殴った際、
司教にダメージは無かった。
それどころか俺の後ろにいたはずのヒナタが代わりに傷を負っていた。
「司教への攻撃は、すべてヒナタに跳ね返る」
「え?」
俺の呟きにカナデが反応する。
「あの司教がそう言っていた。そういう魔法を掛けたと。そして実際にやつへの攻撃はヒナタへのダメージとなった」
「それは・・・そんな・・・」
カナデも驚いている。
無理もない。
俺ですら吐き気がするほどの愚劣な行為だ。
「・・・術者を殺そうと思えば、そのダメージがヒナタに向かう。つまりヒナタを助ける術は・・・」
俺は呟くように言った。
あまりの怒りに手が震える。
「・・・グレイ・・・」
カナデが俺の名前を呼ぶ。
だが俺にはその声すら届かなかった。
「・・・すまん。やられた左腕が少し痛む。もう少しだけ眠らせてくれるか?」
俺はカナデに言った。
「・・・ああ・・・分かったよ」
そう言ってカナデは部屋を出ていった。
扉を閉める間際、カナデは俺の顔を見つめていた。
だが俺はそれに気が付かないフリをした。
布団の中、
俺は叫びたくなる衝動に駆られる。
アリシアに続き、ヒナタまで。
俺は白蝶を、そしてあの司教を呪い、
自らの身体を引きちぎれんばかりに押さえつけた。
・・・
・・
・
「・・・もう大丈夫なのかい?」
部屋を出た俺にカナデが言う。
「ああ、心配をかけたな。傷の痛みはもう消えた」
俺は答えた。
「そうじゃなくて」
「ん?」
「・・・いや、なんでもない」
カナデは悲しそうな顔をした。
俺はその表情を見ない様にした。
「・・・人が多いな」
俺は村の中を見渡す。
暗い顔をした人々が、
汚れた毛布などに包まり蹲る姿が見えた。
「ああ。隣村の住人が丸ごと避難しているからね」
「・・・救援は来るのか?」
「すでにアカツキ様宛には連絡したよ。物資や食料も明日には届くだろう」
「そうか・・・何から何まですまない。」
俺はカナデに頭を下げる。
それを見てカナデは困った様に笑った。
「気にしないで。僕たちは今はチームだ。それより、みんなの問題は心の方さ」
「心?」
「・・・みんな怯えている。あんな事があったから無理もないけど、このままでは心的外傷が残ってしまう。なんとかしたいんだけど・・・」
「心的外傷か・・・」
突如、破壊された平和な日常。
村の住人たちが怯えるのも無理はないだろう。
心が負った傷は簡単には治せない。
「グレイ、少し手伝って貰いたい事があるんだけど、いいかな?」
カナデが言う。
「手伝い?別にいいけど、なんだ?」
俺は尋ねた。
「・・・僕は吟遊詩人。村人のために出来る事は限られている。グレイにはあるものを獲ってきて貰いたいんだ」
「あるもの?」
「この村から少し登ったところに洞窟がある。そこに住む魔光虫と言う生き物を獲ってきて欲しいんだ」
「魔光虫・・・?」
始めて聞く名前だ。
「ああ、あとで獲り方を書いて渡すよ。下級の魔導士でも達成できるような依頼だ。頼めるかい?」
カナデが言う。
だが俺は少し考えて答えた。
「・・・いや、今は虫獲りをしている場合じゃないと思うんだが・・・」
カナデはニコリと笑う。
「安心して、グレイから聞いた情報はすべてアカツキ様に伝えた。エルフの里の調査部がもう動き出している頃さ。僕たちだけで調査するよりよっぽど効率が良い。」
「しかし・・・」
俺はそれでも気が進まなかった。
ただ調査を待つだけなんて、
今の俺には出来なかった。
これからすぐにでもヒナタの行方を追いたい。
そう思っていた。
「じゃあ、あの約束を使おうかな」
「約束?」
「こないだ約束しただろ?僕の願いを一つ聞いてもらうって」
カナデに言われて俺は思い出す。
たしかにそんな約束をしたような気がする。
「あれは・・・」
「言ったろ?エルフとの約束は重いって。守ってくれないなら残念だけどグレイを信用することは出来ない。僕はこの件から手を引くよ?」
カナデが俺の顔をグッと覗き込んだ。
まだ付き合いは浅いが、
彼女がここまで言うのは珍しい事だ。
俺はため息をついて、
頷いた。
「分かった」
「わあ!嬉しいな!グレイ、大好きだ!」
そう言ってカナデは俺に抱き着いてきた。
予期せぬ密着に俺は動揺する。
カナデの身体は細身なのに柔らかかった。
「わ、分かったから・・・離れてくれ・・・」
俺が困っているのを見て、
カナデがニヤリと笑う。
なんだかうまく乗せられた気もするが、
まぁいいだろう。
俺はカナデから頼まれた魔光虫を獲るため、
山へと入った。




