第161話 再会
森から現れたのは、
司教のような恰好をした男。
そしてその後ろに付き従う様に、
首輪と鎖で繋がれた少女が歩いて来る。
ボロボロの服に、
重々しい鉄の鎖。
俺はその少女の姿を見て、
声を失う。
「・・・ヒナタ・・・?」
俺はその少女の名を呼んだ。
それはかつて東の大陸で共に過ごし、
港町ラスコで別れた仲間の姿だった。
俺の心臓がドクンと跳ねる。
「・・・なんだ?知り合いか・・・?」
司教の男がこちらを睨む。
冷酷な視線だ。
どうしてここにヒナタが。
頭の整理が付かず、混乱する。
「・・・ヒナタ、俺だ、グレイだ、なにをして・・・」
俺は司教の言葉を無視して、
ヒナタに声を掛けた。
「・・・・」
だがヒナタからの反応はない。
遠くに視線を向けたまま、
フラフラとしている。
目の焦点が合っておらず、
明らかに正気ではないのが分かった。
本来は喜ばしいはずの再会。
東の大陸で別れて以来、
彼女に会ったら言いたい事がたくさんあった。
だが目の前のヒナタは、
見るも無残な状況だ。
俺の頭に一気に血が上る。
「・・・お前、ヒナタに何をした!?」
俺は叫ぶ。
司教は不快感を露わにし、
口元を釣り上げた。
「・・・何をした、だと?無礼なやつだ。この半魔はすでに私のものだ。貴様に何の関係がある?」
司教が横柄に答える。
「お前の・・・もの?」
「・・・ふん。私の魔法に掛かれば半魔一匹従わせるなど、容易いことだ。こいつは今やただの操り人形、私が死ねと言えば今すぐ舌を噛み切るだろうさ」
そう言って司教はニタリと笑った。
その言葉に、俺の怒りは頂点に達する。
<時よ>
俺は問答無用で、
時間魔法を発動させる。
同時に距離を詰め、
司教の顔を一発ぶん殴ると、
ヒナタを繋いた鎖をその手から奪い取った。
―――バキン。
何かが割れる様な音がして、
再び時間が動き出す。
俺はヒナタを連れ、
司教から距離を取る。
「なっ・・・」
司教は自らの手から鎖が奪われたことに驚き、
俺を凝視する。
だがおかしい。
俺はやつの顔を殴ったハズだが、
身体が吹き飛ぶ様子も、
ダメージを負った様子もない。
「・・・貴様・・・もしや私に・・・攻撃した・のか・・?」
ダメージは無いが、
俺が何かをしたことに気が付いたようだ。
怒りの表情で俺を見る司教。
その視線は俺では無く、
俺の後ろに向けられていた。
恐る恐る後ろを振り向くと、
虚ろな表情のヒナタの口元から血が流れていた。
まさか。
俺の背中に冷たいものが走る。
「ハッハッハ、先走ったな!私へのダメージはすべてその半魔が肩代わりする。貴様が怒りに任せて攻撃したのは、私ではなくその娘だったのだ。これは傑作だ」
そう言って司教は大笑いする。
なんて奴だ。
ダメージを肩代わりする魔法。
白魔法の中にそう言った類いの魔法があると言う事は聞いた事がある、
だが人質のようにその魔法を使うなど、どれだけ卑劣なのだろうか。
俺は腸が煮えくり返る想いだった。
ヒナタがなぜここにいるのかは分からない。
だが間違いなく、この男に酷いことをされているのが分かった。
だが―――。
俺は司教を睨む。
手に残る重々しい鎖をグッと握りしめた。
これでヒナタは取り戻した。
そう思った。
だが司教がにやけた表情で話を続ける。
「・・・貴様、その娘を取り返したつもりならば、それも間違いだぞ?」
「どういうことだ?」
俺は尋ねる。
「分からないか?言っただろう、その娘は既に私のものだ、と」
司教がそう言った瞬間、
左腕に誰かが触れる。
ゾクリ、と寒気がして再び振り返ると
そこには冷たい笑みを浮かべたヒナタが居た。
まずい。
そう思った時にはもう遅い。
俺の左手を握るヒナタの手から、
緑の光が溢れた。
次の瞬間、感じたのは重さ。
左腕を思い切り引っ張られるような力を感じ、
俺は地面に叩き付けられた。
受け身も取れず、
全身に痛みが走る。
まるで巨人に腕を掴まれたかのような圧力だ。
だがそれだけでは終わらない。
圧力はどんどん強くなり、
俺を地面へと押しつぶす。
「がああぁあああ!!!」
俺は痛みから叫び声を上げる。
左半身がビキビキと悲鳴を上げる。
やがて俺の左半身が地面へとめり込み、
そして――――
ゴキ、という骨が折れる鈍い音がした。
「ああああああああああ!!!!」
俺は叫び声を上げる。
どうやら俺を叩き付けた緑の魔法は消えたようで、
不思議な圧力からは解放された。
だがまずい。
司教に警戒を向けていたせいで、
完全に無防備な状態でくらってしまった。
あまりの痛みに、意識が遠のく。
「ハッハッハ!私に逆らうからだ。さぁ、半魔よ。主の元に帰ってこい」
司教がそう言うと、
ヒナタはフラフラとした足取りで、
俺の元を離れていく。
「・・・ヒ、ナタ・・・ダメだ・・・いくな・・・」
俺は激痛に耐えながらヒナタに声を掛ける。
だがヒナタは立ち止まらない。
声が届いて居ないのだろうか。
やがて司教の元へと到達すると、
首に繋がった鎖を自ら司教へと手渡した。
「ヒナタ・・・」
俺はその光景を見て、
絶望する。
今のヒナタに意識はない。
どうして、ヒナタが。
なぜ。
頭の中で自問自答するが、
状況がまるで掴めなかった。
「さて、引き上げるぞ。次はもっと大きな街を壊してやるぞ」
司教はそう言って、
森の中へと歩き出した。
俺はその後姿を、
睨みつける。
掴めない状況。
だがただ一つ、分かる事がある。
ヒナタを操るあの司教。
あいつが全ての原因と言う事だ。
名前も正体も分からない。
だが奴さえ殺せばすべてが好転する。
俺の中の何かがそう告げていた。
俺は残った右腕に魔力を集束する。
折れた左腕がズキズキと痛む。
左腕だけではない。
今や叩き付けられた全身に痛みが満ちていた。
だが、ここで逃がせばヒナタはどうなるか分からない。
俺は歯を食いしばり、
魔力を集束する。
<黒炎>
司教の背中目掛けて放たれる、
黒い炎。
黒い炎は対象を焼き尽くすまで消える事はない。
これなら逃れようもない。
―――当たれ。
俺は心の中で願った。
だが次の瞬間、
ヒナタとは別の白い影が俺と司教の間に割って入り、
黒い炎は一瞬でかき消された。
「な・・・」
霧散する黒い炎。
俺は魔力の限界を超え魔法を放ったことにより、
意識が遠のいた。
そこに飛びこんで来たのは、
またしても見覚えのある人影だった。
「・・・ぐっ!白蝶!余計な事をするな!」
司教は飛び込んできた男に声を荒げる。
司教は男を白蝶と、確かにそう呼んだ。
だが白蝶と呼ばれた男は、
司教には目もくれず、
倒れる俺を凝視している。
この男、どこかで会ったことがある。
俺はそう思った。
「・・・お前は・・・?」
白蝶は驚いたように俺を見て、
そして呟いた。
「グレイ・・・か」
白蝶が俺の名を呟いた瞬間、
俺の意識は限界を迎える。
遠くなる意識の中、
俺はその男の名前を思い出していた。
「・・・ガ、ウェイン・・・?」
港街ラスコで分かれた気弱な司祭。
なぜ彼がここに居るのだろう。
俺はその疑問を最後に、
意識を手放した。




