第159話 与えられた力
「森をここまで破壊するとは、恐ろしい力を手に入れたな」
「・・・オーパス様はあれの恐ろしさが見えておらぬように思える」
「うぬ。しかし森をこのように抉り取る魔法。一体どれだけの力を持つのか底が知れぬわ。だがこの力があれば」
「力があれば、なんだ?」
「この世界を滅ぼすことも可能だと言う事だ」
「まさか、そんな・・・」
「不可能だと思うか?あの大魔導が残した魔法だぞ」
「しかし、いくら大魔導とは言え―――――」
二人の騎士が森の中で話をしている。
俺とカナデはそれに聞き耳を立てていた。
カナデの横顔を見ると、怪訝な顔をしている。
どうやら何の話かはよく分かっていないようだ。
だが俺には、その話の内容がよく理解出来た。
やつらは『箱』を開けたのだ。
カナデがこちらを見て、
口をパクパクと動かす。
「ど・う・す・る?」
カナデは口の動きだけで、
それを伝えて見せた。
「やつらの尾行を。出来るか?」
俺は尋ねた。
カナデはこくりと頷くと、
ブツブツと呟き始めた。
<シルフィ>
彼女がそう呟くと、
緑色の淡い光が、
宙に現れた。
「精霊が尾けてくれる」
カナデはそう言ってこちらに微笑んだ。
やがて二人の騎士は、
森の更に奥へと消えていく。
緑の光はふわふわとその後をついていった。
・・・
・・
・
「さて、これは困ったことになった。元から分からないことだらけだったが、更に分からないことが増えてしまった」
騎士たちから離れたところでカナデが言う。
俺は彼女の顔を見ていた。
「・・・だが、グレイ。君はどうやらいくつかの疑問に対する答え、またはそれに近い情報を持っているように見えるね」
「驚いたな。どうしてそう思う?」
俺はカナデに尋ねた。
「あの騎士たちの話を盗み聞いて、あれだけ恵心の言った顔をすればそうなるよ」
カナデがため息をつく。
そんなに顔に出ていただろうか。
「・・・参ったな。そんなに分かりやすかっただろうか」
「更に上の魔導士を目指すなら感情を抑制する術を覚えないとね。貴族、王族、政治家・・・ここから先は魑魅魍魎が跋扈する世界さ」
「肝に銘じておくよ」
俺はカナデに答える。
カナデは満足そうに笑った。
「で、どうするんだい。君の持つ情報は僕に開示してくれるのだろうか?出来ればパートナーとして、腹を割ってくれるのを期待しているけど」
カナデの言葉に俺は考える。
ここから先、調査を進めていけば嫌でも『ゼメウスの箱』の核心に触れる話になるだろう。
一緒に行動するカナデに隠し続けるのは制約が大きすぎる。
俺はカナデの目を見た。
「・・・いいだろう。だが条件がある」
「条件?なんだい?」
「ここからは俺の秘密にも大いに関係する。それを他者に漏らさないで欲しい。約束できるか?」
俺は尋ねた。
カナデは微笑み答える。
「当り前さ。エルフは約束を違えない。どんな秘密かは知らないけど、そんなに心配なら契約を結んでもいい」
「契約?」
「ああ。契約魔法さ。知ってるかな?」
カナデが尋ねる。
「・・・一度だけ、魔法を掛けられたことがあるな」
俺はリエルと初めて出会った時の事を思い出した。
「おや、その約束の相手もエルフだったのかな?契約魔法は人間とは親和性が低いから」
「いや、魔族だな」
「・・・魔族って。君は本当に交友関係が広いね」
「たまたまだ」
「ふうん、まぁいいけど。で、どうする?契約魔法を使うかい?」
俺はカナデの事をじっと見る。
彼女ならわざわざ魔法を使わなくても、
秘密を守ってくれるだろう。
「魔法は不要だ。だが、約束は守ってくれ」
「いいの?分かった。魔法の代わりに、僕の愛するこの国の精霊たちに誓おうじゃないか」
俺はカナデの申し出を断り、
自らの秘密を彼女に伝えた。
・・・
・・
・
「・・・君はいったいどれだけ僕を驚かせるつもりなんだい」
話を終えて、カナデが開口一番に言った。
「いや、そういう意図があるわけでは」
「同じことさ。だって君はこの世界で初めて『箱』を開けたんだろ?そして大魔導の・・・そんなこと驚かないわけがない」
その割にはカナデはいたって冷静そうに見える。
俺がその事を指摘すると、
カナデは、
「それは無理に平静を保ってるのさ。察してよ」
と言った。
「とりあえず先ほどの騎士の話から、相手が『箱』を開けた可能性が高いと言う事が分かった。どうする?アカツキに報告するか?」
俺はカナデに尋ねた。
「いや、まだ止めておこう。アカツキ様も『箱』開封の可能性には思い至っているはずさ。ならば今の仮説の段階のまま報告しても、大した進捗じゃない」
「なら・・・」
「一度、近くの村にでも行こうか。これ以上森を探索すると、夜になってしまう」
カナデがそう言った。
たしかに森は徐々に暗くなり、
夜の帳がおり始めた。
俺はカナデの申し出に応じ、
俺たちは近くの街を目指した。
森の中を一時間ほど歩くと、
街道に出た。
そこから起伏のある道を歩くと、
集落が見えてきた。
「・・・着いたよ。今夜はここに泊まろう」
カナデが言う。
「雰囲気の良い街だな」
俺は呟く。
街の中はランタンの様な光に照らされ、
なんとも柔らかい雰囲気が漂っていた。
「ここはワビの村。小さいけど美しい村さ」
カナデはにっこり笑い、
答えた。
・・・
・・
・
夕食を食べた俺たちは、
カナデの部屋で今後の方針を話し合っていた。
「僕たちの任務は二つ。白蝶の発見と、『緑の箱』の奪還だ」
「ああ」
俺は頷く。
「白蝶は、出来れば捕まえたいけど。相手はSクラスの賞金首。出来れば正面からの戦闘は避けたいね。有力な情報があり次第、エルフの里に協力を要請しよう」
俺はカナデの言葉を黙って聞いていた。
そんな俺を見て、カナデはため息をつく。
「そんな分かりやすい顔してもダメだ。白蝶を甘く見ると、グレイの命が危険だ」
「しかし」
俺の脳裏にアリシアの姿が甦る。
出来れば白蝶はこの手で捕まえたい。
「負けて逃がすよりも、きちんと通報して確実に捕縛した方が良いだろ?冷静に、ね」
カナデが俺の顔を見て言った。
悔しいがカナデの言う通りだ。
「善処する」
俺は答えた。
「そしてもう一つ、『緑の箱』の方だけど。相手が本当に箱を開けていたらこちらの方が一大事だ」
「一大事?」
俺は尋ねた。
「・・・グレイ。君はすでに大魔導の力に触れている。けど改めて考えてくれ。大魔導の残した魔法。それは世界を滅ぼすに等しい魔法だ」
カナデは厳しい顔で言った。
俺はその言葉にドキリとする。
「・・・分かるね?君が本気でやろうと思えば、要人の暗殺なんかし放題だ。そして死者を甦らせ続ければ、この世の理は崩壊する。僕にはそれくらいしか想像できないけど、真の悪人はもっと凶悪な使い方が思いつくかもしれない」
カナデの言葉を俺は黙って聞いていた。
「これまでそんな事にならなかったのは君も、そして連れの子も善人だからだ。力をたまたま悪用しようとしなかった、それだけだ。だけど『緑の箱』は違う。あれを開けたのはまごうこと無き悪だ」
カナデは言った。
「大魔導の残した魔法が敵の手に。これほど恐ろしい状況はないよ。もしかしたら一瞬後に、僕らは跡形も無くこの世から消滅しているかもしれない」
「それは・・・」
ゼメウスの魔法をまるで大量破壊兵器のように恐れるカナデ。
だが俺はそれを否定するような論理的な言葉は持ち合わせていなかった。
俺が黙るのを見て、
カナデが寂しそうな顔をする。
「君の気持ちも分かる。でも僕たちは魔導士、プロの仕事をしようじゃないか」
俺はその言葉に頷いた。
心のどこかではカナデの言葉を否定していた。
ゼメウスの生み出した魔法は、ただ人を殺す手段などではない。
だがカナデが漏らした不安は、
まるで予言の様に的中してしまう。
それも最悪の形で。




