第15話 雷帝
地理について確認しておくと、
この世界では東西南北に4つの大陸がある。
まず俺たちが居るのは西の大陸。
温暖な気候で治安もよく、文化の発展が顕著だ。
中心となるのは西の都ボルドーニュ。
花の都とも称される大きな街だ。
俺が目指しているのは、
西の大陸から海を隔てた東の大陸。
西の都に負けるとも劣らない文化発展を遂げている。
東の大陸は魔力の神を信仰対象とする宗教を国教としており、
魔力の神が降り立った地、聖地ブルゴーを中心として
文化圏が形成されている。
ちなみに東西の大陸は文化的、経済的な交流が盛んだ。
他に帝国が統治する北の大陸。
エルフが住む南の大陸がある。
・・・
・・
・
「これが西の都か・・・」
美しい街並み、溢れる群衆、そして街のシンボルでもある巨大な門。
俺は初めて来る大都市ボルドーニュに、感嘆の声を上げていた。
「田舎者」
ヒナタが言う。
「ほっておけ。ヒナタは来たことがあるのか?」
俺はヒナタに尋ねた。
「ん、一度だけ」
「そか」
ヒナタは今の俺と同年代くらいに見えるが、
かなり旅慣れている様子だ。
ボルドーニュへの道中でも色々とこれまでの事について質問したが、
ヒナタはあまり答えてくれなかった。
秘密主義と言うより、ただ単に話すのが面倒臭いと言った様子だったので
俺は無理に話を聞くのを諦めた。
「魔導士ギルドに行く?それとも先に宿探し?」
ヒナタは俺に尋ねた。
「まずはギルドに行こう。ギルドの人に街の情報なんか聞いてから宿を探したほうがいいだろ」
「同意」
俺とヒナタは魔導士ギルドを目指した。
ボルドーニュの街は中央の広場を中心に広がっており、
東西南北のそれぞれの大通りを綺麗な網の目のような路地が繋いでいる。
東西南北の区画はそれぞれ商業、住宅、軍領、古跡に分かれており、
魔導士ギルドは商業区と軍領区の間にあった。
「でかいな・・・」
俺は魔導士ギルドに到着するなり驚く。
白塗りの壁に青いステンドグラス。
まるで古い大聖堂のような建物がボルドーニュの魔導士ギルドだ。
ボルドーニュの魔導士ギルドは西の大陸の魔導士ギルドの総本部となる。
そんな俺を置いてヒナタはスタスタとギルドの中に入っていく。
おい、待て。
中に入ると多くの魔導士が居た。
これほどまでに魔導士がいるところを見たことが無い。
「こっち」
ヒナタに呼ばれ、俺は受付の順番待ちに並ぶ。
待ち時間があるかと思ったが、すぐに案内された。
「いらっしゃい。あれ、見ない顔だね。その身なりから推測するにボルドーニュにようこそ、かな?」
俺たちを受け付けてくれたのは、若い男のギルド職員だった。
「ええ、さっき街についたばかりです。さすが大都会ですね。人が多くて圧倒されてしまいますよ」
「はは、そうだよね。でもすぐに慣れるよ。僕の名前はティム。よろしくね」
「ティムさん、よろしくお願いします。俺はグレイです、家名はないただのグレイ。」
「ヒナタ」
俺とヒナタはティムさんに挨拶をする。
「グレイとヒナタだね、よろしく。実は僕は普段は受付ではなくて、ここの副ギルド長をしているんだ」
「副ギルド長?」
意外と大物だった。
「はは、実は今日はかなり混雑していてね。人手が足りずに借り出されたってわけさ。副ギルド長と言っても雑用ばかりだからね」
ティムさんは謙遜しているが、そんな事はないのは知っている。
西の都の魔導士ギルドの副ギルド長と言えば、
実質的にはこの大陸における魔導士ギルドのナンバー2とも言える。
「なぜ、こんなに混雑しているのですか?」
俺はティムさんに尋ねる。
「それは皆、ある男の姿を見に来ているのさ。・・・って噂をすれば原因が来たみたいだよ」
ティムさんは後方に視線を向けた。
俺とヒナタが振り返ると、入り口に黒衣の男が立っていた。
黒衣の男はゆっくりとギルド内を歩く。
男に気が付いた魔導士やギルド職員は道を開け、
やがて男の先に海を割ったように道が出来る。
その男の放つ異質ともいえる雰囲気にギルド内は飲まれ、
いつのまにか喧噪は止み、水を打ったような沈黙が流れていた。
黒衣の男は一直線に俺たちの居る受付に向かってくる。
やがて俺の真後ろに立つと、言葉を発した。
「・・・久しぶりだな、ティム。マスターは居るか?」
低くて重い声。
「いいえ、今日は夜まで不在です。あなたが来ることはご存じでしたからお呼びが掛かると思いますよ」
ティムさんが答える。
「相変わらず人を待たせるのが好きなやつだ。そうやって心理的有利な状況を作ろうとしているが見え見えだ」
黒衣の男はため息をつく。
「それは君の邪推ですよ。マスターは例の件でお偉方に呼ばれているだけです。どちらにお泊りですか?良ければギルドから遣いを出しますよ」
黒衣の男は思案した様子で顎に手を当て、
やがてティムに答えた。
「いや、構わん。これからいくつか依頼を片づけるつもりだ。夜にまた訪ねる、とだけ伝えておいてくれ」
「・・・承知しました」
黒衣の男はティムとの会話を終えると、そのまま踵を返しその場から立ち去ろうとした。
振り返るその時に、俺と目が合う。
黒衣の男は足を止めた。
「・・・貴様」
俺の顔を見て、何かを思案している様子だ。
やがて彼の方から視線を外すと、
今度こそ振り返らずにその場を離れていった。
ギルド内の緊張が一気に解ける。
静かだった魔導師ギルドは一気に騒がしくなる。
「失礼しました」
ティムさんが放心する俺に声を掛ける。
その声で俺はハッと意識を取り戻す。
完全に飲まれていた。
「・・・今のって」
俺はティムさんに尋ねる。
「はい、ラフィットさんです。Sクラス魔導士の」
やはりか。
「色付き」ではない純粋な黒魔導士。
にも関らずその魔法、特に雷魔法、は圧倒的で他の追随を許さない。
破壊力、殲滅力、任務遂行力、どれをとっても抜群。
常に単独で行動し、他を寄せ付けない圧倒的な威圧感からついた二つ名が―――
「<雷帝>」
俺が呟くと、ティムさんが頷いた。
「無愛想な男です」
その言い方に、俺は随分と気軽な印象を受ける。
「ティムさんは彼と親しいのですか?」
俺は尋ねた。
「ええ。昔、少しね」
そう言ってティムさんは笑った。
その笑顔の真意は計りかねたため、俺はそれ以上その話に深入りしないことにした。
・・・
・・
・
俺たちはティムさんに紹介された宿屋の前に立っていた。
『晩秋のファイアウルフ亭』
立派な建物で、部屋数も多い。
数多あるボルドーニュの宿屋の中で、中の中と言った宿屋だ。
滞在費にも余裕があるし、なによりヒナタが居るので安宿は避けた。
俺一人ならば雨風さえしのげればそれでいいが、ヒナタは女の子だ。
安全は金で買うべきものだ。
「部屋はどうしますか?相部屋の方がよろしいでしょうか?」
受付の女性従業員にそんなことを訊かれた。
何も言わずに部屋を分けてくれれば良いものを、
わざわざ質問するから意識してしまう。
「べ、別で」
「承知いたしました」
女性従業員は何事も無かったように、
俺たちを部屋に案内してくれた。
俺たちの部屋は隣同士となった。
「また後で」
そう言って俺たちはそれぞれの部屋に入った。
うん、それなりに綺麗だ。
やはり宿には金を掛けた方がよさそうだ。
俺は荷物を置くと、
ベッドに飛び込んだ。
ふかふかの布団が俺を受け止めてくれる。
「くぅ~、気持ちいい」
ここ数日、馬車での移動だったためすっかり身体が固くなってしまった。
俺はベッドの上で思う存分身体を伸ばした。
・・・
・・
・
「・・・ん?」
「あ」
目を覚ますと目の前にヒナタの顔があった。
「わっ!」
俺は驚いて飛び起きる。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。
俺は突然の出来事に混乱する。
「な、なにしてたヒナタ」
「ん、ノックしても返事がなかったから入った」
平然と答えるヒナタ。
だがヒナタは俺の顔を間近で覗きこんでいた。
それもどこかが触れてもおかしくないほどの距離感で。
「そ、それにしては近くなかったか?」
俺は尋ねる。
「そう?」
ヒナタはどこ吹く風だ。
どういうつもりだ。
くそ、このポーカーフェイスの前じゃ何も分からない。
俺が苦悩していると、
ヒナタは俺に言った。
「それより、そろそろお腹が空いた」
ヒナタに言われて外を見ると、
既に日は落ちて夜であった。
そこでようやく自分も空腹であることに気が付く。
「早く支度して」
ヒナタに急かされて俺は身支度をする。
上手くはぐらかされた気もするが、
ヒナタに探り合いでは勝てそうにないので
これ以上の追及はやめておいた。
・・・
・・
・
「ひがひの大陸に渡るならおふぁねが必要」
焼きたてのチキンを頬張りながら、ヒナタが言う。
ちゃんと喋れ。
「どれくらい必要なんだ?」
俺は質問する。
「前に大陸を渡ったときは、かなり掛かった。フォレスからここに来るまでに掛かった旅費の3倍くらい」
ヒナタの試算に俺は頭を抱える。
海路は整備され定期便が出ているとはいえ、
維持費の観点からどうしても運賃は高くなる。
あの時でさえ旅費を貯めるのに一か月掛かったのだ。
それの3倍とは今の俺には途方もない金額に思えた。
「そりゃ厳しいな。てっとり早く稼ぐ方法はないかな」
俺はヒナタに尋ねる。
「あれば皆やっている」
俺はヒナタの正論に頭を抱えた。
「またダンジョンにでも潜るのはどうだ?」
俺は言う。
「この辺りは少し行かないと目ぼしいダンジョンが無かったと思う」
ヒナタが答える。
ダンジョンはその性質から維持に大量の魔力を必要とする。
こういった大都市の側にはダンジョンは出来にくいのだ。
「とすると地道に依頼をこなしていくしか道はないのか。明日ティムさんに相談してみようか」
俺は言った。
「そうする。・・・でも大丈夫、東の大陸は逃げない」
俺はヒナタの悠長なセリフにため息をついた。
そしてその憂さを晴らすように、目の前にあるチキンにかぶりついてやった。
溢れだす肉汁、香ばしい香草の匂い。
チキンはとてもおいしかった。
・・・
・・
・
夜半。
施錠された魔導師ギルドの中で3つの影が相対していた。
一人はSクラス魔道士のラフィット、もう一人は副ギルド長のティム。
そして二人に挟まれる様に、長身でやせ形の男が一人。
「・・・ラフィット。悪かったね、昼は行き違いになってしまって」
やせ形の男が言う。
「いつものことだ。貴様の気まぐれに付き合わされるのはな」
その言葉にティムが食って掛かる。
「ラフィット、それは誤解だと言ったでしょう。ギルド長は本当に―――」
「良いんだよ、ティム。彼も本気で言っているわけじゃない。ただのじゃれ合いさ」
やせ形の影が、ティムを制した。
ティムが言った通り、彼こそがこの街のギルド長その人であった。
「・・・依頼をこなしがてら見てきたぞ。姿は発見できなかったが、痕跡は見つけた。間違いないだろう」
ラフィットが言う。
「ありがとう、相変わらず仕事が早い。君を呼んだ甲斐があるというものさ」
「・・・久しぶりだ。命の危険がある相手と戦うのは、な」
ラフィットはそういうと顔を歪めた。
「笑うならもう少し爽やかに笑った方が良いですよ」
ティムが言う。
その言葉を受け、ラフィットは無表情に戻った。
「情報は公開した方がいいかな。注意喚起が必要だ」
「まだ不要だろう。距離は十分にあるし、街に近づく前に仕留めるさ」
「君がそう言うなら任せよう」
やせ形の男は頷いた。
「必要な物があれば言ってください、ギルドですべて用意します」
ティムがラフィットに言った。
「・・・私と同等に戦える魔導士がいれば助かるんだがな。例えばティム、お前のような」
ラフィットが言う。
「戦闘以外であれば、なんでも手伝うよ。」
ティムが答える。
「・・・二人とも、その話はおしまいだ。明日から忙しくなる。何もなければこれで解散にしよう」
その言葉にラフィットはふと思い出し、
口を開いた。
「そういえば」
「ん?どうしたんだい?」
だがその後に続く言葉が自分の中に見当たらず、
ラフィットは動きを止めた。
「・・・なんでもない」
「・・・では解散にしよう」
3人はそれぞれその場を離れた。
一人になったラフィットは考える。
自分はいったい何を言おうとしたのか。
昼間見かけたあの少年。
とても気になる魔力を放っていた。
あれに似た魔力を自分はどこかで感じた事がある。
しかし、一体どこで。
自問自答するが答えは見つからず、ラフィットは一度考えることを止めた。
「まぁ、いい」
思い出せない事など、きっと自分にとっては小事なのだろう。
ラフィットはそう思い、魔導士ギルドを後にした




