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第156話 安堵



「アリシア・・・」


俺は目の前の光景を信じる事が出来ず、

フラフラとベッドに近付く。


アリシアは微動だにせず、

そこに横たわっていた。


俺は視界の端が真っ暗になり、

思わず倒れそうになった。

歯がカチカチと勝手に震えている。


狼狽する俺の肩に、

シオンがそっと手を掛けた。



「・・・落ち着いてください。グレイさん・・・アリシア様は生きています・・・」



生きている。

その言葉を聞いて、

俺は足の力が抜けるほど安心する。


「・・・そ、そうなのか・・・だけど・・・」


自分でも驚くほど口が回らなかった。

気が付けば、

口内がカラカラに乾いていることに今更ながらに気が付く。


「・・・ええ、ですが生死の境を彷徨っています。エルフの治癒師によれば今夜が峠、だと」


「・・・そんな・・・」


俺は再び身体が震える。


「・・・一体、何が・・・」


俺は呟くように尋ねた。

シオンは険しい顔をして、

部屋に居た治療師たちに目配せをする。


治療師たちは事情を察したように頷くと、

部屋を出ていった。


そして部屋には俺とシオンと、

横たわるアリシアが残される。


「・・・白蝶です」


シオンが言った。


「・・・白蝶・・・」


「エルフの国調査部より白蝶の所在に関する情報が寄せられました。アリシア様はエルフの部隊に混じりその潜伏先へ。おそらく白蝶

、もしくは白蝶の一味と交戦になったと思われます」


「思われる・・・って言うのは」


「派遣された部隊は全滅、唯一生き残ったアリシア様もこの通り重症です。連絡が途絶えた事により異常を察知した、支援部隊により発見されました」


「・・・そんな・・・アリシアほどの魔導士が・・・」


俺は呟いた。

彼女は優秀な魔導士だ。

勝ち目がなければ撤退する判断力も持ち合わせているはずだ。


「私もそこを不思議に思います。何かその場を離れられなかった理由があると想像します」


シオンが答えた。


「・・・アリシアは・・・助かるのか・・・」


俺は縋るように尋ねた。


「分かりません」


シオンが答える。


「依頼主の計らいで、アリシア様にはエルフの里の中でも優秀な白魔導士が治療を施しました。その方が言うには外傷こそ治せたものの、体内、精神へのダメージは大きいと」


「・・・そうか・・・」


俺はまるで眠るように横たわるアリシアを見た。

良く見ればその胸は僅かに上下しており、

微弱ながらも生の鼓動を感じることが出来た。



「・・・私は依頼主にグレイさん到着の報告をしてまいります。少しここをお願いできますか」


シオンが言う。

俺はその言葉に頷いた。

それを見るとシオンはゆっくりと部屋を出て行く。


病室には俺とアリシアの二人きりになった。


「アリシア・・・」


俺は呟く。


だがその声に元気なアリシアの返事は返ってこない。


魔導士稼業は常に危険と隣りあわせ。

特に今回はSクラス賞金首の白蝶が絡んでいた案件、

元よりこうなることは想定されていたはずだった。


だが俺は久しぶりにアリシアと会えると分かり、

正直浮かれていた。

また楽しい時間を共に過ごせると思っていた。


だからそれが失われた時に、

これほど動揺をしたのだ。

俺は自分の甘い考えを恥じた。


俺は眠るアリシアの手を握り、

いつまでもその真白い手を撫で続けた。



・・・

・・


――――パリン


グラスの割れる音がする。


「・・・何を言っているオーパス?」


それを追う様に、白蝶の声が鈍く響く。

見れば白蝶の手元は水にぬれており、

地面には強く握りしめ割れてしまったグラスが落ちていた。



「ふん、何度も言わせるな。一両日中にエルフの街を襲うと言っている。」


「・・・ふざけるな。緑の箱を手に入れた今、こんな辺鄙な場所に用はない」


白蝶は怒りを露わにする。

だがオーパスは以前に比べると憮然とした表情で白蝶を見た。


「・・・少しくらい良いだろう。私の力を亜人共に見せつけてやるのだ。今後の作戦の為にもなる」


そう言ってニヤリと笑うオーパス。


「貴様の、力?」


白蝶は尋ねた。


「・・・そうだ。今や緑の箱から取り出した禁忌の魔法。『重力魔法』は私の支配下にある。これを私の力と呼ばずして何と呼ぶ」


オーパスが言う。

その眼は自信に満ち溢れていた。


「・・・愚かな・・・早速に禁忌の魔法に囚われたか」


白蝶が侮蔑するような目でオーパスを見る。

その瞬間、オーパスは顔を真っ赤にして怒鳴った。



「黙れ!!!私を愚かと吐き捨てるならばまずは貴様から消すぞ、白蝶っ!!!」



その言葉に白蝶が全身から殺気を噴き出す。

室内に緊張感が走った。


「・・・好きにしろ・・・」



そう呟き、白蝶は部屋を後にした。

その後姿を、オーパスは満足そうに眺めていた。



・・・

・・


「グレイさん」


どれくらい経っただろうか。

声を掛けられて気が付けば、

すでに辺りは暗くなっていた。


顔を上げるとそこにはロロと、

シオンが一緒に立っていた。


「ロロ・・・」


俺は呟く。

そうだ、

彼女の事をギルドに置いてきてしまったことをすっかり忘れていた。


「話は、こちらのシオンさんから聞きました。ここからは私が治療を」


そう言ってロロはアリシアの横に座る。


「・・・治療・・・そうか、そうだよな・・・」


俺はロロが東の大陸の聖女であることを思い出す。

回復魔法の力はこの世界でも指折りの彼女ならあるいは。


「・・・ですが、過度な期待はしないでください。既にエルフの白魔導士様により出来る限りの治療が施されています。今から私が出来る事は少ないかと思われます」


ロロは申し訳なさそうに言った。


「ありがとう。アリシアを頼む」


俺は呟いた。

俺は立ち上がりシオンに目を向けた。


「グレイさん、こんな時に申し訳ありません。依頼主が貴方になるべく早くお会いしたいと。今日はもうお疲れでしょうから、明日を打診しておきましたが・・・」


「いや、今すぐ行きましょう」


俺は答えた。

その言葉にシオンがハッとする。


「大丈夫、問題ありません。取次ぎをお願いできますか?」


俺は言葉を続けた。

シオンはジッと俺を窺う。


「・・・分かり、ました・・・先方にそう伝えます」


そう言ってシオンは、

病室を出ていった。



・・・

・・


シオンの手配で、馬車が呼ばれた。

黒檀の高貴な馬車だ。


「・・・依頼主はエルフの王族です。ご留意ください」


シオンが言う。


「大丈夫。粗相の無い様にします。アリシアの顔を潰すわけにはいきません」


俺はそう言って笑った。

その言葉にシオンは眉を下げ、

困ったような顔で頷いた。


「よろしくお願いいたします」


シオンが御者に声を掛けると、

馬車は動き出した。



ミヤコの街の大通りを馬車が進む。

すでに辺りは暗かったが、

通りの家々が煌々と明かりを点していた。



それはまるで蛍の群れの様な優しい光。

俺の心にもう少し余裕があれば、

さぞ感動的な光景に見えたことだろう。



俺は馬車の行く先を見据える。

馬車が向かうのは、

ミヤコの中央にある大樹。


あれがエルフの王族の居所なのだと、

シオンから教えて貰った。


エルフの王族。

それは一体、どんな人物なのだろうか。


俺は期待と不安が入り交じった複雑な心境で、

馬車に揺られるに身体を任せた。



・・・

・・


大樹の中は、

木の内部とは思えぬほど美しく整備されていた。


ランタンでも松明でもないぼんやりとした灯りに照らされ、

温かい雰囲気に包まれていた。


「こちらへ」


俺の到着を確認したエルフの一人が、

俺を案内する。

この人は王族の侍従と言ったところだろうか。


俺と侍従のエルフは無言で歩く。

曲がりくねった通路や、木の根を利用した階段など、

物珍しい所は多々あるが、

それを彼にいちいち尋ねるのは憚られた。


やがて侍従のエルフは一つの扉の前で立ち止まる。


「こちらです」


そう言って彼は一礼し、

一歩二歩と下がった。


俺は正面の扉に手を掛け、

それを開ける。



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