第155話 ミヤコ
翌朝、いつものように早起きした俺は、
身支度をして寝床を這い出た。
キラキラと朝日が輝いており、
朝露に濡れた草木が輝いていた。
昨晩の星空も良かったが、
この光景もまた美しい。
森の空気が澄んでいる証拠だろう。
「・・・綺麗だね。僕はこの光景が大好きさ」
そう言って話しかけてきたのはカナデだった。
確か昨日は俺よりも後に寝床に入ったはずだが、
どうやら俺よりも先に起きていたらしい。
「ああ、本当にそう思う。他の大陸とはまた違った美しさだな」
俺は言った。
「うん、そうだね。エルフは美しいこの景色を、何よりも大切に思っている。他の大陸との交易が盛んになった今でも、南の大陸に留まるエルフが多いのはそう言った理由さ」
カナデは微笑んだ。
「・・・うん、分かる気がするな。自分の生まれ育ったところがこれだけ美しければ、わざわざ外に出る必要もない」
「そうなんだよね。だからエルフは引きこもりなんて揶揄されるんだ」
カナデは困ったように眉を下げた。
俺はふと、昨晩の会話の一つを思い出す。
「・・・でもカナデは南の大陸を離れて、旅をしているんだよな?吟遊詩人として」
「ああ、そうだよ。エルフ、と言うか他人種に厳しい北の大陸には行ってないけどね。東と西の大陸はおそらく歩ききったかな」
「・・・それは凄いな。けど、それは何故なんだ?この南の大陸を愛しているんだろ?他のエルフと同じくこの大陸に留まろうとは思わなかったのか?」
俺は尋ねた。
「・・・うん、そう言われるとなんでだろうね。格好よく言えばそれは芸術家の性、かな。新しい曲を作るには新しい感性が必要だろ?」
カナデは答えた。
「なるほど。俺には音楽的なセンスは無いがそういう事なんだな」
「ああ。エルフの歌には名曲が多いけど、ほとんどがこの南の大陸の中の事を歌った歌さ。もちろんそう言う歌も僕は愛しているけど。僕はまったく新しい音楽を作りたくて世界を旅しているんだ」
そう言ってカナデは笑う。
その笑顔は希望に満ちたものであり、
俺も思わず微笑んでしまう。
「おはようございます」
そう言って声を掛けてきたのは、
眠そうな目をしているロロだ。
「あ、おはようロロ。」
「起きたのか。おはよう」
俺とカナデは同時にロロに声を掛けた。
そんな俺たちを見てロロはなにやらハッとしたような顔をして、
その後俺たちの顔を窺う様に交互に眺めた。
「・・・どうした?」
俺は尋ねた。
「・・・グレイさん・・・まさかとは思いますが、もうカナデさんを篭絡したんですか・・・?」
俺はロロの言葉に噴き出す。
「ろ、篭絡って・・・人聞きの悪い・・・」
「分かりません。グレイさんの事だから・・・カナデさん美人ですし・・・」
「俺は獣か」
「むぅ~、しかし・・・」
「・・・誤解だよ、ロロ。たまたまグレイと鉢合わせただけさ。何も心配する事なんてないから安心してくれ」
そう言ってカナデは笑う。
ロロはその言葉にホッとしたような表情を見せる。
「カナデさん、気を付けてください。グレイさんは天性の人たらしですから」
「誰が人たらしだ、誰が」
俺たちのやりとりをカナデは笑いながら眺めていた。
なんだかとてもまったりとした朝になった。
やがて馬車の準備が出来、
俺たちは再び道を進み始める。
・・・
・・
・
昼をわずかに僅かに過ぎ、
馬車は長い行程を終える。
エルフの里、
最大の街ミヤコ。
それは美しい街だった。
中心に聳えるのは巨大な木。
天まで届くような大樹が街の中心に生えていた。
そしてその木の根に沿って、
木造の家が整然と並んでいる。
どの家もまるで生きている木で作られているかの如く瑞々しく、
街中なのに森の中に居るかの様な錯覚に陥る街だった。
「うわぁ・・・すごいですね」
ロロが声を上げる。
俺も同じ気持ちだった。
これまで東西の大陸の大都市を見てきたが、
都市そのものの美しさではここミヤコがダントツだ。
「・・・フフフ、ようこそ。エルフの里、ミヤコの街へ」
カナデが笑う。
「人間は少ないんだな」
俺は呟くように尋ねた。
「そうだね。外では少数派だけど、ここは流石にエルフの街さ。商人や魔導士はいるけどね」
そう言うと、カナデはくるりと背を向けて歩き出す。
「では、また会おう。グレイ、ロロ。僕はしばらくはこの街で歌う予定だから、気が向いたら聞きに来てくれよ」
そう言ってヒラヒラと手を振り、
カナデは歩き出す。
なんとも淡白な別れだった。
「カッコイイ人でしたね、カナデさん。なんて言うか、自分を持っていて」
ロロが呟く。
「そうだな。また話をしたいな」
俺は答える。
「ではアリシアさんと合流して、仕事が落ち着いたら会いに行きましょう!またカナデさんの歌が聞きたいです」
ロロが元気に言う。
「・・・そうだな、そうするか」
俺はロロに微笑んだ。
・・・
・・
・
「ようこそ、ミヤコの街の魔導士ギルドへ」
人間のギルド職員が声を掛けてくれる。
俺とロロは宿を探す前にギルドを訪れていた。
早いところアリシアと合流する必要がある。
「こんにちは。依頼を受けてここに来ました。取り次いでいただけますか?」
俺は胸元からアリシアからの依頼状を取り出し、
彼女に渡した。
「はい、依頼ですね。承知いたしました」
彼女は手紙の内容に目を通し始める、
ふむふむと頷いていたがやがてその表情が変わる。
「し、少々お待ちください・・・」
そう言って彼女は立ち上がり、
ギルドの奥へと走っていった。
「大ごとの気配・・・ですね」
それを見てロロが呟く。
「だな」
俺は短く答えた。
やがて奥から先ほどの女性職員と一人の男性が出てくる。
初老のエルフ。
痩せた枯木を思わせる様な男だった。
「この手紙をお持ちになったのは貴方ですか?」
エルフの男性が尋ねる。
「そうです。グレイ、家名は無いただのグレイです」
「ロロです」
そう言って俺たちは頭を下げる。
「・・・こちらへ・・・」
初老のエルフに誘われ、
俺たちは奥の個室へと通される。
「自己紹介が遅れました。私、この街のギルド長を務めております。シグレと申します」
そう言って頭を下げるシグレ。
「・・・ギルド長でしたか。すみませんお手数をお掛けして」
俺は答えた。
「いえ、こちらこそご足労いただき本当にありがとうございます。我々としても途方にくれておりましたので」
シグレが答える。
「・・・途方に・・・それはどういう事ですか?」
「あ、いえ・・・その辺りの詳細は私からはなんとも。依頼主からまとめて共有があるかと思います」
「はぁ」
俺はそんな回答をした。
「・・・グレイ殿はAランク魔導士ながら、あの旧ハヴィラル城遺跡を攻略されたとか。先日の記事を拝見し、感銘を受けました」
シグレはそう言って、
目を細める。
「ええ、ここに居るロロと一緒に。だけどダンジョンと魔法の相性が良かっただけです」
俺は答えた。
「ご謙遜を。相性だけで上手くいくほど甘いダンジョンでは無いことを我々も知っております。確かな実力のグレイ殿が本件にお力添えいただける事を心強く思いますよ」
そう言ってシグレが頷く。
「・・・俺なんて、まだまだです。実力的にはアリシア、<紅の風>の方が数段上ですよ」
俺は答えた。
だがなぜだろう。
アリシアの名前を出した瞬間、
シグレの表情が暗くなった気がする。
一瞬、とてつもなく嫌な予感がして、
俺の心臓がドクンと跳ねる。
「ちょっと伺っても良いですか?」
俺は努めて冷静に、
言葉を振り絞るように尋ねた。
「・・・は、はい・・・」
シグレは怯えたように返事をする。
「その・・・この依頼を回してくれたアリシアは・・・今どこに?」
「そ、それは・・・」
シグレが明らかに動揺するのが分かる。
俺は構わず言葉を続けた。
「・・・久しぶりに会うので楽しみにしていたんです。出来れば早く会いに行きたくて」
俺は微笑みながら言う。
だが自分でも自分の頬が引き攣っているのが分かった。
「・・・グレイ殿、申し訳ありません。この件はエルフの王家に関わる案件。私からは情報が提供できないのです」
シグレは悲痛な表情を浮かべた。
「・・・アリシアはどこです?」
俺は大きく息を吐き、
静かに言った。
「グレイ殿、私も辛いのです。彼女は・・・本当に強く、聡明な方で――――—」
「いいから答えろっ!!!」
俺はガタンと立ち上がり、叫んだ。
俺の声にシグレがビクッと身体を震わせる。
珍しく大声を上げたので、
自分の声で耳がキーンとした。
だが構うものか。
「グ、グレイさん・・・落ち着いてください・・・」
隣でロロが心配そうに声を掛ける。
だが俺の心臓の鼓動は治まらない。
頭にどんどん血が上るのが分かった。
くそ、耳が焼けるほどに熱く感じる。
「・・・この通りの先に一番大きな建物があります。アリシアさんはそこに」
シグレは申し訳なさそうに言った。
彼は悪くない。
恐らく今の情報だけでも、
口にする事を許されていないのだろう。
だが今の俺に彼を気遣う余裕は無かった。
「グレイさんっ!」
ロロが止めるのも聞かず、
俺はギルドを飛び出した。
ミヤコの街の大通りを、
人や荷馬車にぶつかりながら、
俺は無我夢中で走る。
早く、早く。
焦る気持ちに身体が付いて来ない。
走りながら、アリシアの顔が頭によぎる。
誰よりも強く、魔導士の仕事に誇りを持っているアリシア。
時に厳しく、時に優しく俺に接してくれるアリシア。
港で顔を真っ赤にしながら、俺に口づけたアリシア。
彼女と話したあらゆる場面が、
頭の中に流れ続ける。
やめろ。
これじゃまるで走馬灯じゃないか。
そう思えど、
頭に次から次へとアリシアの事が思い浮かぶ。
そうして遂に、
シグレが言っていたであろう大きな建物に突き当たる。
その建物が何なのか、
俺は一目見て確信した。
これは病院だ。
俺は勢いそのままに、
建物の中に飛び込んだ。
「アリシア!!」
俺は叫んだ。
治療師と患者たちが一斉にこちらを向く。
「アリシア!どこだ!!」
俺は構わず叫び続けた。
その時、
病室のから一人の男が顔を出した。
「グレイさん!」
俺の名前を呼んだ男に、俺は見覚えがあった。
アリシアのお供の魔導士、シオンだ。
「こちらです!」
シオンが居る病室に駆け込む。
願うような気持で、
病室へと飛び込む。
そこにはベッドに横たわる、
アリシアがいた。




