第153話 呪縛
ヒナタから放たれたのは、
深い緑色の魔力。
こんな魔力は初めて見た。
ヒナタから魔力が放出されるのを見て、
アリシアは本能的に後ろに飛んだ。
咄嗟に反応が出来たのはアリシアだけ、
ほかのエルフの魔導士たちは、
深緑の魔力に飲み込まれる。
その瞬間、
先ほどのエルフの魔力と同じように、
大地へと叩き付けられ、
そのままバキバキと鈍い音がして、
血が噴き出していく。
まるで見えない何かに押しつぶされるように。
あたりにエルフたちの悲鳴が響く。
アリシアはその光景を見て、絶句した。
「・・・ヒナタちゃん」
アリシアは三度、ヒナタの名を呟く。
だがその声は彼女に届くことなく、
ヒナタは虚ろな目で再びアリシアを捕らえた。
アリシアもようやく臨戦態勢に入る。
そしてヒナタは、アリシアに向け足を踏み出した。
「ッ!?」
アリシアはその一歩目に驚いた。
ヒナタの一歩目はおよそ人があるくような挙動ではなかった。
身体がスッとスライドしたかと思うと、
そのまま、その一歩でアリシアとの距離はゼロになった。
ヒナタがアリシアに対し、拳を振るう。
不思議な移動に虚を突かれたアリシアは、
ヒナタの拳打をまともに喰らう。
「キャッ!」
アリシアは後方へと吹き飛ばされる。
<フレイムバリスタ>
アリシアは吹き飛ばされながらも、
空中で魔力を集束し、放つ。
炎の弩砲がヒナタに向け真っすぐに飛んでいく。
ヒナタは放ったばかりの拳を開き、
アリシアの魔法に掌を向けると、
再び深緑の魔力を放った。
それと同時に、アリシアの炎がかき消される。
「くっ!」
ヒナタは再びあの奇妙な移動で、
アリシアとの距離を詰めた。
まるで空間を滑るかのようななだらかな移動。
人間の歩行とはまるで違うそれに、
アリシアは迎撃のタイミングを大きく狂わされる。
<フレイムランス>
<フレイムランス>
<フレイムランス>
ヒナタの接近を嫌う様に、
アリシアは幾本もの炎の槍を生み出す。
だがヒナタはまるで舞い上がった羽根のように、
ふわりふわりとそれを避わす。
そしてそのまま空中で、くるりと身体を回すと、
かかと落としの要領でアリシアへと足を振り下ろす。
アリシアはそれをガードしようとするが、
一瞬ゾクリと背中に走る何かを感じ、
回避へと切り替えた。
目標を失い地面へと叩き付けられたヒナタの踵が、
大きな音を立てて大地を割る。
「・・・な・・・」
アリシアはそれを見て驚愕する。
小柄なヒナタからは想像も出来ないほどの破壊力。
ありえない。
アリシアはそう思った。
だがヒナタは再びアリシアをうつろな視線で捉えると、
間髪入れずに飛び掛かってきた。
アリシアは戸惑いながらも、
魔力を集束した。
・・・
・・
・
アリシアとヒナタの攻防が続く。
赤い炎と、
深緑の魔力が幾度もぶつかる。
アリシアの中には理解出来ない状況に、
明らかに精彩を欠いていた。
彼女を悩ませているものは、二つ。
一つはヒナタの正体不明の魔力。
アリシアの魔法すらかき消す謎の力。
正体が掴めぬまま、
相手の間合いに入るのは愚策と言えた。
だからアリシアは先ほどから中距離以上で戦う事に努めていた。
もう一つは戦う相手。
ヒナタとの面識は殆ど無いに等しいが、
その人となりはグレイから散々に聞いていた。
彼女は決して悪人では無い。
状況を見るに、
どうやら教皇に操られているようだ。
言ってみればヒナタは、
人質のようなものだ。
危害を与える訳にはいかない。
その想いがアリシアの攻撃をひどく鈍らせていた。
このままではマズイ。
アリシアは長引くほど自分に不利になることを理解していた。
そして全力を尽くさぬまま制圧出来る相手では無いことを。
アリシアは意を決して、魔力を込める。
「ハッ」
<ハイフレイムストリーム>
アリシアは魔法を放った。
炎が勢いよく生み出され、
そのままヒナタを包む。
炎の上級魔法。
これならばヒナタを足止めできる。
アリシアはそう思った。
事実、ヒナタは炎を吹き飛ばそうと、
火炎の渦の中でもがく。
だがアリシアの放った上級魔法は尚勢いを増し、
ヒナタの行動を食い止めていた。
だが、そんな状況を再び動かしたのは、
苛立たし気なオーパスの声だった。
「いつまで手間取っている!それが『箱』の力だとは言わせんぞ!」
そう言ってオーパスは再び、
右手の魔力を放つ。
炎の渦の中から、
ヒナタの悲鳴が聞こえる。
アリシアはそれを引き起こした、
オーパスを睨みつける。
「やめなさいっ!」
アリシアが叫ぶ。
「黙れ!誰にも私の邪魔は出来ん!私は力を手に入れたのだ!!!」
そう答えるオーパスの表情は、
鬼気迫るものであった。
それはもはや教皇と呼ばれた男の顔ではない。
アリシアはその狂気じみた男に、
怒りの視線を向ける。
その時、ヒナタの悲鳴が止むと、
展開していた炎の渦が一瞬でかき消された。
「しまった!」
アリシアは再びヒナタを見据える。
そこでアリシアはあり得ない光景を目にする。
ヒナタは今や全身が深緑色の魔力に包まれ、
バチバチとエネルギーを放出している。
全身から血が噴き出し、
自らの魔力で自身の身体を傷つけていた。
だがそれよりも驚いたのは、
ヒナタの身体が地面から数十センチ、
アリシアの腰丈くらいの位置に浮遊していたことだ。
ヒナタの身体は深緑の光に包まれながら、
完全に地面から離れていた。
「・・・嘘・・・」
アリシアは呟く。
「フハハハ!そうだ!それでいい!!」
オーパスの高笑いが聞こえる。
ヒナタは更にゆっくりと、
宙に上昇していく。
今やヒナタが十メートルほど上空に浮かび、
アリシアの姿を眺めていた。
そしてヒナタは両手をかざすと、
これまでで一番強い魔力を放つ。
「・・・あ・・・」
身体に掛かる重みを感じ、
アリシアは地面へと叩き付けられる。
まるで岩に押しつぶされるような感覚。
「この・・・力は・・・」
自身に掛かる圧倒的な負荷。
そして、浮かぶヒナタの身体。
それを見て、
この魔法の正体にアリシアは思い至る。
普段の彼女であれば、
それに気が付くことはなかっただろう。
だが身近にグレイと言う特殊な魔導士がいるため、
アリシアがそれに思い至るのは、
むしろ必然だったとも言える。
ヒナタは空中に停滞したまま、
両手から魔力を放ち続けている。
深緑の魔力。
それは大地に生きる物が絶対に逃れられぬ力。
大空への憧憬を断ち切る、星から呪縛。
それは禁じられた七つの魔法の一つ。
時間魔法や生命魔法と同じ、禁忌の魔法。
「・・・重力魔法・・・」
アリシアの意識は、そこで途絶えた。
ようやっと、次の禁忌魔法を出せた・・・
ここからラストまでは急転直下。
一気に行きますぜ、読者の皆様。
気が向いたら、
ブクマとかしてやってください。
あと豆腐メンタルなので感想は優しいやつお願いします。。。
引き続きお楽しみください。




