第152話 傀儡
「<紅の風>様、準備が整いました」
暗がりから突如現れたエルフの魔導士が、
アリシアに敬礼する。
「ありがとう。タイミングは任せます」
アリシアが穏やかに言う。
その言葉にエルフの魔導士は頷き、
その場を離れていく。
無駄のない身のこなし。
それだけで彼が優秀な魔導士なのだと言う事が分かる。
目の前には廃墟がひとつ。
アリシアとエルフの魔導士の部隊はその周囲を包囲していた。
シオンはいざと言う時の連絡係としてミヤコの街に残してある。
彼の最後の報告では、
おそらくこの廃墟の中に『白蝶』とその一味がいるとのことだ。
集中しなくては。
アリシアはぐっと拳を握り締めた。
Sクラス賞金首との戦いとなれば命を掛けるようなものになる。
ミヤコの街では調査業務が主だったから、
訓練以外の実際の戦闘と言う事では東の大陸のゴブリンとの死闘以来だ。
アリシアが気合を入れなおすと同時に、
エルフの魔導士たちが動き出す。
突入開始のようだ。
アリシアもその後に続いた。
廃墟と言うよりは廃村と言った方がいいだろうか。
広い敷地にかつて住居だったものが残されていた。
廃墟の一つに、隠し扉があった。
精霊の力を借りいとも容易くそれを見つけたエルフたちは、
扉を開け、中の階段を下りていく。
階段はなだらかに地下へと続いていく。
その先には、
およそ廃墟とは思えないような通路が広がっていた。
「ここは人の気配がします」
エルフの魔導士の一人が呟いた。
アリシアとエルフの魔導士たちは、
その通路を慎重に進んでいく。
その時、アリシアは通路の奥から魔力の気配を感じた。
ふわりと香るように漂ってきたその魔力に、
アリシアの心がざわつく。
何故かは分からなかった。
ただ言いようのない不安がアリシアの心を満たした。
やがて、通路の先。
一つのホールのような場所に突き当たる。
松明の火に照らされ、
ホールに立っていた一つの影。
魔導士のような格好をしていた男に、
アリシアは見覚えがあった。
「教皇・・・様・・・?」
アリシアが目にしたのは、
東の大陸から姿を消したはずの教皇オーパスであった。
思いがけない再会に、
アリシアは驚愕する。
アリシアに名を呼ばれたオーパスは、
アリシアを一瞥する。
「・・・私を知っているか、どうやらお前が<紅の風>、か?」
オーパスが言う。
「どうして、こんなところに・・・」
アリシアは恐る恐る尋ねる。
『白蝶』に攫われていたのだろうか。
だが、それにしては怯えた様子一つない。
「こんなところに、か。同感だよ。私がなんでこんな臭くて暗いところに身を隠さなくてはならないのか」
オーパスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
それはどういう事ですか。
アリシアは戸惑いながらも質問しようとした。
だがそれより先にオーパスが口を開く。
「だが、それも今日で終わりだ」
オーパスがニヤリと笑う。
その禍々しい笑顔に、
アリシアは一気に警戒心を強める。
これは囚われている者の表情ではない。
オーパスはアリシアの傍らにいるエルフの魔導士たちに目を向ける。
「汚らわしい亜人どもめ。お前たちは終わりだ。私の力で、絶滅させてやる・・・」
「教皇様、なにを・・・」
アリシアはオーパスがなにを言っているのか理解できなかった。
仮にも目の前に居るのは、東の大陸の教皇。
最高位の聖職者なのだ。
アリシアが感じたのと同じように、
周囲のエルフ達にも戸惑いが生まれている。
だがその時、オーパスの後ろの扉が開き、
一つの人影が歩いてきた。
「さっさと来い!この穢れた血め!!」
影に向け、オーパスが怒声を飛ばす。
影はその声に反応し、ヨタヨタとこちらに歩いてくる。
暗がりから松明の火が当たる位置に出てきた。
照らされたのは銀色の髪。
だがアリシアはその人物の顔に見覚えがあった。
「ヒナタ・・・ちゃん?」
アリシアが呟く。
かつてラスコの街で一度出会っただけであったが、
それはたしかにグレイの連れのヒナタであった。
「・・・あ・・・」
ヒナタは虚ろな瞳でアリシアを見つめる。
だがそれ以上に反応を見せる事はない。
その眼には明らかに力がなく、
暗く濁っていた。
ヒナタが正常な状態ではないのが、
一目瞭然だった。
「教皇様・・・彼女に何を・・・?」
アリシアが尋ねる。
その声には先程よりも明確な疑いの色が滲んでいた。
「・・・ふん。知り合いか。この半魔の娘と」
オーパスが言った。
「半魔?」
アリシアは聞き返す。
アリシアにとっては初めて聞く表現だった。
「・・・まぁいい。力試しには持ってこいだ」
そう言ってオーパスは右手をかざす。
そこに魔力が収束され白く輝き出す。
それと同時に、
フラフラとしていたヒナタが苦しみ出す。
「あ、あ、あああああああ!!!!」
「なにを!」
アリシアがオーパスを咎めるように叫んだ。
だがオーパスは歪んだ笑みを浮かべながら、
魔力を放出し続けていた。
止めなくては。
アリシアはそう思い、右手に力を込めた。
だが――――――
<土精霊の鎚>
アリシアが飛び出すよりも先に、
一瞬早くエルフの魔導士が魔力を放った。
床が割れ、土砂が塊となり、
オーパスへと真っ直ぐ突き伸びる。
土の巨塊が崩れ落ちるようにオーパスに直撃すると、
土煙が上がった。
「やったか!?」
エルフの魔導士が叫ぶ。
だがアリシアはその瞬間に、
背筋に冷たい感覚を覚えた。
「危ない!!」
アリシアが叫ぶと同時に、
土煙の中から何かが飛び出した。
それは球形に固められた魔力。
バチバチとエネルギーを放出しながら、
エルフの魔導士へと向かう。
「なっ!?」
エルフの魔導士は突然のことに反応が出来ず、
その球形の魔力に触れてしまう。
その瞬間、
エルフの魔導士の身体が、
まるで見えない巨大な手で押し付けられたように、
地面に叩きつけられる。
ドゴン、と言う大きな音を立てて
エルフは地面にめり込んでいく。
「ぎゃああああああああ!!!!」
エルフの魔導士は悲痛な叫びを上げ、
身体の至るところがバキバキと音を立て崩れていく。
そして魔力の気配が消える時には、
エルフの身体は元の厚みの半分以下にまで叩き潰されていた。
「フハハハハ、すごいぞ!フハハハハハ!!」
高笑いが響くと同時に土煙が晴れる。
そこには無傷のオーパスと、
彼を守るように立ちふさがるヒナタの姿があった。
見ればヒナタの両手には、
先ほど放たれた魔力と同種の魔力が、
纏われていた。
バチバチと放電しながら魔力はどんどん膨らんでいく。
「ヒナタちゃん・・・」
アリシアは自らの目を疑った。
ヒナタの両腕は、
自らが放つ魔力により皮膚が破け血がしたっていた。
だがヒナタの表情はまるで人形の様に、
動かないままだ。
「さぁ、半魔よ。その力を見せてみろ」
そう言ってオーパスは右手を掲げる。
再び放たれる白い魔力に、
ヒナタが反応する。
「あ・・・あああ・・・・」
まるで何かを探すように、
ヒナタが呻きながら周囲を見回す。
「ヒナタちゃん・・・まさか・・・」
それを見てアリシアは状況を察した。
ヒナタはオーパスにより、
操られている。
やがて焦点の定まらなかったヒナタの視線が、
アリシアへと向く。
「ダメ!」
アリシアが叫ぶ。
だがヒナタはその声を意に介する様子もなく、
魔力を放った。




