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第151話 叫び


「・・・何も起きませんね」

「そうだな」


馬車の中、俺とロロはそんなことを話す。

ダワラの街を出て、すでに数時間。

行程的にはそろそろエルフの里の領域に差し掛かってもいい頃だろうか。


しかし先程から馬車は一定のペースで道を進むだけで、

変わったことは何も起きなかった。



それどころか――――


「これ、同じ道を走ってませんか?」


ロロが言う。

うん、俺も確かに同じことを思っていた。



先程から殆ど景色に変化がない。


「どういうことでしょう」


ロロが心配そうに御者をチラ見する。


だが御者は動じた様子もないまま、

ただひたすらに馬車を走らせていた。



不安を感じる俺たち。

だが、やがて街道に一つの変化が訪れる。


霧だ。


「深くなってきたな」


俺は呟く。


「そうですね。先が見えない・・・」


ロロが答える。



周囲の霧は一気に濃くなり、

今や少し先の景色すら目視が難しくなってきた。


エルフの御者は慣れた手つきでランタンに火を灯す。

すると何やら不思議な雰囲気の炎が点った。



「何か・・・聞こえませんか・・・?」


「何か?」


ロロに言われ、俺は耳を澄ます。

たしかにどこかから囁き声のようなものが聞こえる。

何を話しているのかはわからない。

だが複数人が同時に会話をしていうような。

そんな気配だけを感じた。



その時。


「・・・お客さん」


今まで黙っていたエルフの御者が声を発する。

どうやらこちらに話しかけているようだ。



「貴方たち、何者です?」


御者は言葉を続けた。


俺とロロは思わず目を合わせる。


「何者って言われても・・・ただの魔導士です・・・」


俺は素直に応えた。



「そうですか?・・・その割には精霊たちが喜んでいますね。特に男性の、そう。貴方の方を古い友達、と呼んでいるみたいですよ?」


「古い、友達?ですか・・・」


俺は尋ねた。

一体どういうことだろう。


「分かりません。ここの精霊たちは余り言葉を操るのが得意じゃないから。でもどうやら、歓迎されているようですね」


御者は言った。

周囲は依然として濃い霧に覆われていて、

歓迎されているとは思えなかった。



俺が不思議そうな顔をしていると、

エルフの御者は初めて笑顔を見せた。


「よく分かりませんが、精霊が喜んでいると言う事は悪い人ではないのでしょう?それならばエルフはあなた方を歓迎しますよ。・・・ようこそ、エルフの里へ」



彼がそう言った瞬間。

あたりに突風が吹いた。

俺とロロは思わず顔を伏せる。



そして再び顔を上げた時には、

あたりを包んでいた深い霧はすべて吹き飛び、

代わりにとてつもない景色が広がっていた。



「わわわ・・・すごいです・・・!!」


ロロが目を輝かせて言う。

俺もあまりの美しさに声を失っていた。



あたりを埋め尽くしていのは一面の花畑。

全ての季節の、全ての花が同時に咲き誇るように、

色とりどりの花が周囲を埋め尽くしていた。

風が吹くたびに花弁が巻き上がり、

まるで吹雪のように花が俺たちを包む。



俺たちは馬車から身を乗り出し、

この世とは思えないような幻想的な風景を堪能した。



エルフの御者はまた無言に戻ったが、

その顔はどこか自慢げだった。



・・・

・・



「ありがとうございました」


ロロが御者に頭を下げる。

俺も合わせて礼を言った。


御者は軽く微笑むと、

馬車を連れていく。

なんともさっぱりした別れだ。


俺は通りを見渡した。

歩いているのはほとんどがエルフ。

ダワラの街と違うのは、

そこに老人や子供などの姿も見えるところだろうか。

ダワラの街は彼らにとって国の外、

エルフの中でも旅をするような若い男性エルフが多かった。



「ここがエルフの里・・・」


「ああ。だがここはまだ中心じゃない。アリシアの居るミヤコの街に行けば、もっとたくさんのエルフが居る」



俺は答えた。

ここはまだエルフの里の入口に過ぎない。

エルフの里の首都とも言えるミヤコの街は、

ここから更に馬車で1日かかる。


「どうしますか?」


ロロが尋ねる。

すでに夕方、今日、これからの移動は難しいだろう。


「今日はこの街に泊まろう。エルフの里をもう少し堪能してみたい、しな」


俺は答えた。


「そうですね!そうしましょう」


俺とロロは宿を探しがてら、

街を歩き始めた。



・・・

・・


「見てください、グレイさん」


ロロが指さした先には、

道の端に人だかりが出来ていた。

どうやら今度は屋台の類ではないようだ。

すでにロロの両手は屋台で購入した、

エルフの甘菓子で埋まっていた。


俺とロロはその人だかりに加わる。


人の輪の中心にいたのは、

琴を持ったエルフだった。


「わ、吟遊詩人・・・ってやつですね。初めて見ました」


ロロが言う。


エルフの吟遊詩人は、

琴をポロンと鳴らし歌いだす。

それはどうやら物語のようであった。


小鳥の囀りのような美しい歌声が響く。



昔々。


若木も大樹に育つほどの昔。

エルフの里は龍に襲われた。

失われた邪龍の一族。

憎しみと悲しみの一族。

エルフの里は滅びの道を、

エルフの民は戦う意思を。

現れたのは偉大な魔導士、

寛大で強大な一人の魔導士。

エルフの王の願いを受けて、

邪竜討伐に名乗りを上げる。

魔導士が呼び寄せたのは、

赤、青、緑、そして灰色。

だけど来たのは灰色一人。

邪竜と戦う偉大な魔導士。

灰色一人引き連れて。

夕闇覆う邪龍の群れを。

禁忌の魔法で焼き尽くす。

やがて邪竜は去って行く。

偉大な魔導士への恨みを残し。

北の彼方へ去って行く。

禁忌を侵した偉大な魔導士。

神への贖罪、永久に。

エルフを救った偉大な魔導士。

エルフの感謝は永遠に。

エルフの感謝は永遠に。




吟遊詩人が歌い終わると、

辺りから拍手が起きる。

俺とロロも思わず手を叩く。


吟遊詩人は立ち上がり、

丁寧にお辞儀をすると、

そのままその場を去っていった。









「グレイさん」

「ん?」


俺とロロは夕食を食べていた。

エルフの食事は淡白だがとても優しい味付けだ。


「先ほどの吟遊新人さんの歌・・・どう思いました?」


ロロが言う。


「大魔導と、エルフの歌・・・か。」


「はい、あの大魔導というのはもしかして」


「おそらく、ゼメウスの話だろうな」


「やっぱりそうですよね。あれは史実なんでしょうか・・・」


「ゼメウスがエルフとも親交があったとは本で読んだ事がある。だがエルフのために戦った、とは聞いたことがなかったな」


「・・・そうですね。途中で禁忌の魔法、という歌詞がありました」



「あったな」


「永久の贖罪・・・それはもしかして」


ロロが心配そうな顔をする。

おそらく自分の状況と重ね、代償の事を考えているのだろう。


「・・・所詮は、歌だ。それに吟遊詩人の歌なら、ただの創作って可能性もあるだろ?」


俺は言った。


「そうで、しょうか・・・」


「考えていても答えは出ないさ。ミヤコの街に着いたら、その辺も調べることにしよう」


俺の言葉に、ロロは頷いた。


心配そうなのは変わらずではあるが、

その後のロロは気丈に振舞っていた。


だが早いところ、

調査をしてあげたい。


俺はそんな事を思っていた。



・・・

・・



ヒナタは部屋に入ってきた男に目を向ける。

これもまた初めての見る男だ。


「出ろ」


男は尊大な態度でヒナタに命じた。


「嫌」


ヒナタは呟くように答えた。

その瞬間、男が持っていた杖でヒナタを殴る。


「手間取らせるなっ!!」


男はイライラとしている様子で、

ヒナタに言った。


ヒナタは口に溜まった血を吐く。

どうやら口内が切れたようだ。



「・・・なにをするつもり?」


ヒナタは尋ねた。

男は更に不機嫌そうに舌打ちをする。



「オーパス様」


男の傍らに膝まづいていた騎士が、

声を掛ける。


「もういい、ここでやる」


騎士に対し、

オーパスと呼ばれた男が答えた。


「・・・喜べ。私の力になれることを」


オーパスはそう言ってヒナタに右手をかざした。

その手には強い魔力が集まっていた。


悪意の塊のようなその魔力に、

ヒナタは恐怖を感じる。



「・・・やめて」


ヒナタは言う。

その言葉にオーパスは答えず。

ただニヤリと笑った。


オーパスの手がヒナタの額に触れる。

そして、オーパスが何かを呟くと、

あたりは白い魔力に包まれる。


「あああああああああああああっ!!」


ヒナタの悲痛な叫びが、

部屋の中に響いた。


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