第150話 御伽の国
コーフの街から街道を進み、二日。
俺たちは関所の街ダワラに到着していた。
小さいが多くの人が訪れる宿場町だ。
エルフの里は南の大陸の中心部にある。
本来であれば陸続きの行路。
だが、ただ道を進むだけではエルフの里にたどり着く事は出来ない。
古来からエルフの里と人間の生活圏を結ぶ道には、
魔法が掛けられていた。
条件を満たさないと開くことのない、
エルフの里への扉。
それを無視して街道を進めば、
いつしか道を失い、
森へと迷い込むという。
それを回避し、エルフの里へとたどり着くためには、
この街で一定の手続きを済ませる必要があった。
「ここはもう、エルフの方が多いんですね・・・」
街の往来を見て、ロロが呟く。
「そうだな。人間の方が少ないくらいだ。こうしてみると改めて南の国に来たんだと実感するな」
道を歩く人々。
トレードマークの銀色の髪と長い耳を見れば、
それがエルフだとひと目でわかる。
俺たちと同じ人間はごく僅かしかいない。
「緊張しますね」
ロロが言う。
「安心しろ、俺もだ」
俺は答えた。
初めて異種族の国へ行くのだ。
緊張して当然である。
ほんの数百年前まで、
エルフと人間は交流すらなく、
エルフの里は、存在すら伝説であった。
存在を周知し、
交流を図ったのが現在のエルフ王だと言う。
エルフ王は自身も一流の精霊魔導士で、
<大賢者>の二つ名を有している。
<大賢者>。
王様ならばロロの代償についても知っているのだろうか。
そんなことを思いながら、
俺たちは街中へと足を踏み入れた。
ダワラの街のギルドに立ち寄ると、
そこにはアリシアからの手紙が届いていた。
エルフの里に近づいた分、手紙の到着が早い。
俺は早速、その手紙を開いてみた。
中にはいつもどおりの便箋と、
上等な紙質の別の紙片が入っていた。
エルフの言葉で書かれているため、
俺に読むことは出来なかった。
だがどうやら入国手続きに必要な書類のようだ。
今日はもう遅い。
入国のための手続きをするなら明日になろうだろう。
俺はその手紙をカバンへと押し込み、
先に宿へと向かったロロと合流すべくギルドを出た。
・・・
・・
・
『碧空のシングスワロー亭』
それが今日の宿の名前だった。
「おかえりなさい、グレイさん」
そう言って軽装に着替えたロロが出迎える。
「ただいま。いい宿だな」
俺は言った。
全体的に清潔だし、
部屋の内装もセンスがいい。
「フフフ、屋台のおじさんに聞いたらここがいいって教えてくれました。・・・代償の効果ですかね」
ロロがそんなことを言い出したので俺は驚いた。
これは突っ込むべきなんだろうか。
「・・・いや、単純にロロが可愛いからだと思うぞ」
俺は答える。
当然の事ながら、
代償の効果は初見の相手には現れない。
だからおじさんが優しくしてくれたのは、
純粋に彼女の魅力だ。
「あ・・・えと・・・冗談だったんですが・・・」
そう言ったロロは照れている様子だ。
しまった。
突っ込む方が正解だったか。
「・・・す、すまん・・・」
真面目に答えたことが何故か恥ずかしくなって、
俺はロロから顔を背けた。
「と、とりあえずご飯にしませんか!ここの宿のご飯はすごく美味しいらしいんです」
ロロが取り繕うように言う。
確かに夕食には最適な時間だ。
「そうしよう」
俺とロロは食堂へと向かう。
おじさんの前評判通り、
『碧空のシングスワロー亭』の料理は絶品だった。
・・・
・・
・
夜分。
俺はランタンの光を頼りに、
アリシアからの手紙を読んでいた。
前回の少し事務的な手紙に比べると、
今回はアリシアの感情がよく表れた内容だったと言える。
彼女は俺との再会をとても喜んでくれていた。
互いに離れていた分、感情が高まっているのか、
恥ずかしいほどにストレートな言葉が書かれていた。
俺はアリシアと過ごした東の大陸での日々を思い出す。
行きの船での会話、
デビルゴブリンとの戦い、
そして港での別れ。
その全てがまるで遥か昔のように感じて、
俺はひどく懐かしい気持ちになった。
「アリシアと会うのはあれ以来か・・・」
港での別れの場面を思い出し、
急に恥ずかしくなる。
それと同時にアリシアの柔らかい唇の感触が脳裏に蘇る。
俺は手紙を片付けると、
ランタンの火を消し、
ベッドへと潜り込んだ。
彼女と再会したら、
話したいことがたくさんある。
俺はアリシアとの再会を待ち望んでいた。
・・・
・・
・
翌日。
入館管理をしている事務所に案内されたのは、
昼過ぎになってからだった。
「次の方、どうぞ」
担当に呼ばれ、俺とロロは部屋に招き入れられる。
「お名前を」
そう言ったのは若いエルフであった。
だがおそらく彼も俺より遥かに年上なのだろう。
エルフは長命なのだ。
「グレイ。家名はない、ただのグレイだ」
「ロロです」
名乗った俺達を一瞥し、
手元の書類に何かを記入する。
「入国の許可は取れてますか?」
若いエルフが言う。
「はい。これを」
俺はアリシアから受け取っていた書状を彼に手渡す。
若いエルフはそれを受け取り、
書類に目を通し始めた。
すると、途端に目の色が変わる。
「・・・こ、これは・・・」
どうしたのだろう。
俺が不思議そうに見ていると、
その視線に気がついた若いエルフが、
ハッとした表情でこちらを見る。
「あの、なにか?」
俺は彼に尋ねた。
「し、失礼いたしました。グレイ様、ロロ様。こちらで手続きは結構です」
「え?」
「大切なお客様とは知らず、大変なご無礼を。精霊の名のもとに謝罪いたします」
そう言って若いエルフは俺に跪き、
頭を垂れた。
「ちょ、ちょっと!」
俺は恐縮する彼を立ち上がらせると、
事情を聞く。
エルフの言葉で書かれているため俺には理解できなかったが、
どうやらアリシアが送りつけてきたのは高貴な身分の人からの招待状だったらしい。
「アリシア・・・何をしたんだ・・・」
俺は呟く。
そういえば彼女が色々と常識から外れている人だという事を、
俺はすっかり忘れていた。
「ど、どうなってるんでしょう・・・」
隣でロロがあわあわとしていた。
俺は深い溜息をついた。
・・・
・・
・
俺とロロは入国手続きを終えると、
馬車に乗り込んだ。
精霊の祝福が施された、
エルフの馬車だ。
この馬車に乗らないと、
エルフの国には到達できない。
これが入国のための条件だ。
「ふかふかですね」
馬車に乗り込んだロロが言う。
たしかに乗り心地は最高だ。
俺たちが馬車の座席を堪能していると、
不意に声が掛かった。
「出発いたします」
そう言ったのは、
エルフの御者だった。
「緊張しますね・・・」
ロロが言う。
だがその言葉に俺は答えなかった。
何故ならば、
俺もひどく緊張していたからだ。
ついに物語の中でしか知らなかった、
エルフの里に入るのだ。
俺はゴクリと喉を鳴らし、
馬車に揺られるがままに身体を任せた。




