第149話 使い捨て
「グレイから返事が来たわ。エルフの里まで来てくれるって」
アリシアが言う。
手には今さっき届いた手紙が握られている。
「それは良かったですね。心強い味方が出来ました」
シオンも笑顔でそれに応えた。
「うん、シオンのお陰。初めからこうしていれば良かったわ」
アリシアが言う。
「ええ。ですが、彼を巻き込んだ以上成果は出さないといけません」
対して、シオンは厳しい顔で言った。
「当然でしょ」
アリシアは少しムッとした表情で答える。
その表情を見て、シオンはクスッと笑う。
「・・・実は調査部より情報が入りました」
シオンが言う。
「情報?」
「ええ。エルフの里、東部の廃墟に怪しい一味の目撃情報が」
シオンが手に持っていた報告書をペラペラとめくる。
「それだけ?ただの野盗かも知れないでしょ」
アリシアは尋ねた。
「・・・ええ。ですが精霊が騒いでいるそうです。良からぬ何かを持ち込んだ、と」
「良からぬ?」
アリシアは尋ねる。
「調査部はそれが『ゼメウスの箱』だと考えているようです。強力過ぎる魔力は精霊にとっては不安の材料ですから」
「なるほど。精霊が騒ぐぐらいだからどっちみち何かあるわね。それで彼らはどうするつもりなの?」
アリシアが尋ねる。
「・・・三日後に廃墟一帯に捜索をかけます。<紅の風>にも同行の依頼が」
シオンが言った。
「・・・もしそこに『白蝶』が居るなら、戦いになるわね。グレイが来る前に決着が着いちゃうかしら」
「決着が着くなら、それが最も平和ですよ。どうされますか?」
アリシアは強い視線でシオンを見た。
「当然行くに決まってるでしょ?なにか心配事でもある?」
アリシアの質問に、
シオンは一瞬だけ何かを考え、
そして答えた。
「・・・いえ。特には」
「じゃ決まりね。三日後の夜に向けて、準備をするわよ」
そう言ってアリシアは、
身支度を始める。
そんなアリシアの姿をシオンは、
感情の読めない瞳で見つめていた。
・・・
・・
・
俺はカーミラに相談し、
エルフの里までの馬車を手配した。
「残念ね、もう出立してしまうなんて」
カーミラが言う。
「ありがとうございます。ですが、またここには立ち寄ると思いますので」
俺は答えた。
コーフの街は南の大陸の北端にあるため、
他の大陸へ渡る場合は、コーフの街に立ち寄る事になる。
エルフの里でアリシアの依頼を片付けたら、
他の大陸に行く事もあるだろう。
「あの話、ちゃんと考えておいてね?私はいつでも待ってるから・・・」
カーミラが潤んだ瞳でそんな事を言う。
あの話というのはもちろん魔導士登録に関する件だが、
それに反応したのは隣にいたロロだった。
「カ、カーミラさん、グレイさんとどんな話を・・・?」
「ふふ、野暮なこと言わないの」
「教えてください」
「だーめ。内緒よ。ね?グレイ君」
そう言ってカーミラが俺の手を握る。
「なななななな、なにしてるんですかー!」
それを見て、ロロが顔を赤くして騒ぎ出した。
俺はため息をついた。
「ギルドの登録に誘われただけだ。カーミラさん、あまり意地悪しないでください」
俺の言葉にカーミラがクスクスと笑う。
「フフフ、ごめんね。ロロちゃんがどうしても可愛くて。どうしても構いたくなっちゃうのよ。どうしたのかしら、私ったら」
そう言ってロロを見つめるカーミラ。
その視線には幾ばくかの熱がこもっているような気がした。
俺とロロは同時にハッとする。
ロロの表情が途端に曇った。
「・・・行こう。カーミラさん、ありがとうございました」
俺は会話を切り上げて、
ギルドを後にする事にした。
素敵な街での、素敵な別れのシーンだ。
余計なことを考える必要はない。
「うん、必ずまた。ロロちゃんもね」
カーミラの言葉に、
ロロは強ばった笑顔で答えた。
「気にするな」
揺れる馬車の上。
沈んだ表情のロロに声をかける。
「・・・はい。」
だがロロの声に張りがない。
「カーミラさんが優しくしてくれたのは、ロロの代償があったからじゃない。彼女は本当に優しい人だった、それは分かるだろ?」
俺は言った。
「それは分かっています・・・でも・・・」
「ふむ」
ロロの言いたいことは分かる。
これからロロは人の感情に触れるたびに、
それが自分の代償による影響を受けていないかを疑うことになる。
他人の優しさや温もり、
今まで信じていたものの虚実を疑うのは、
ロロにとってとても辛い事だろう。
コーフの街で過ごした2ヵ月。
ギルドとのやりとりも、
なるべく俺が担当し、
ロロが人と接触する機会を減らしてきた。
だがそれでも、
カーミラには若干の影響が出ているように見えた。
ロロが悲しむのも無理もない話だ。
「・・・エルフの里に行ったら・・・」
俺は声を掛ける。
「え?」
「アリシアの頼みだから『白蝶』の調査には協力する。だが代償に関する調査も早めに進めよう」
「・・・グレイさん」
「大丈夫。リエル達も調査を進めてくれているはずだ。必ず術はある、ロロは俺を信じていろ」
俺は言った。
その言葉にロロは驚いている様だった。
「・・・はい」
ロロは少しはにかみながら答えた。
その頬は少し赤くなっている。
「グレイさん・・・」
「ん?」
「グレイさんはいつも、私の欲しい言葉をくれますね」
「そうか?」
「そうです。まるで魔法みたいです」
「魔導士だからな」
「そういう事を言ってる訳じゃ・・・」
「この会話、恥ずかしくて鳥肌が立つ」
「そうですか?私は嬉しいですけど」
そんな会話をしながら、
馬車は街道を進んでいった。
エルフの里までの道のりは、遠い。
・・・
・・
・
「・・・どうやらエルフの連中に、ここの事がバレたようです」
白づくめの女が跪き報告する。
白蝶はその話を聞き、
わざとらしくフムと呟いた。
「・・・だ、そうだ。どうする?」
白蝶はオーパスに尋ねた。
「ぐ・・・『円卓』に迎え撃たせれば・・・」
聞かれたオーパスは顔を赤くして答える。
オーパスには、
白蝶がただ自分を追い詰めるためだけに質問をしたのが分かっていた。
「・・・エルフもそれなりの戦力を投入してくるでしょう。<紅の風>も同行するようです・・・」
白づくめの女が答える。
「・・・早々に逃げ出す、か」
白蝶が再び言う。
「ええい!黙っておれ!これ以上、逃げ続ける生活などしていられるか!私は教皇なのだ!亜人なんぞに、背を向けられるか!!」
そう言って叫ぶオーパス。
その目は怒りにより血走っていた。
「では、どうする?」
白蝶はそんなオーパスに、
極めて冷静に、
そして真に迫った声でオーパスに尋ねた。
「・・・箱を開ける。今すぐに」
その言葉に白蝶と白づくめの女はぴくりと反応した。
「・・・あの娘に開かせる。キサマらはそのつもりであの半魔を捕らえたのだろう?」
オーパスが言った。
「・・・まだ準備が出来ていません。」
白づくめの女が答える。
「そんなものは必要ない。私を誰だと思っている?半魔の娘など、意のままに操れるわ」
オーパスが答えた。
「しかし―――」
白づくめの女が言う。
それを遮ったのは白蝶だった。
「・・・いいだろう。貴様がやれ」
その言葉にオーパスがニヤリと笑う。
白蝶は言葉を続けた。
「・・・だが、やるならすぐに準備しろ。だが失敗は許さん」
オーパスの顔に再び緊張が走る。
そしてオーパスはうめき声のようにごにょごにょと返事をすると、
すぐに部屋を出た。
オーパスの消えた部屋で、
再び白蝶と白づくめの女が言葉を交わす。
「良いのですか?私に時間を頂ければ、完全な洗脳状態にしてみせますが」
白づくめの女の言葉に、
白蝶はゆっくりと答えた。
「・・・構わん。上手く行こうが行くまいが、使い捨てだ。半魔の娘も、そしてオーパスもな」
白蝶は冷たく吐き捨てた。




