第14話 旅の道連れ
「「暗闇の廃鉱山」を踏破されたんですか?」
俺の報告を聞いてラミアさんが叫んだ。
周囲の視線が一斉にこちらに集まる。
ラミアさんと話しているのが俺だと分かると、
声を落として話し出す。
「おいあれ、<ゴブリン殺し>じゃないか?」
「<ゴブリン殺し>がまた何かしたのか?」
「あの<ゴブリン殺し>が中級ダンジョン踏破したらしいぞ」
俺は聞こえてくる囁き声に、顔を引きつらせる。
フォレスの街では、
すっかり<ゴブリン殺し>で知られてしまっている。
そんな俺の表情を見て、ラミアさんが慌てて声を落とした。
「ご、ごめんなさい。でも本当だとしたら凄いことです。グレイさんはランクEなのに、Cクラス相当のダンジョンをクリアしてしまったって事ですよね」
確かに今の俺のランクでは上位のダンジョンという事になる。
「あー、はい。でも中で会った人と一緒に攻略したので単身と言うわけでは・・・」
俺はラミアさんに説明する。
「そ、そうですか。野良でパーティを組まれたんですね。少しだけ納得しました」
ラミアさんはホッと胸を撫で下ろした。
そんなに大ごとだったのだろうか。
「それより、素材の換金をしたいのですが・・・」
俺はラミアさんに尋ねる。
「あ、はい。承知しました。ダンジョンで得た素材や魔石は直接市場で売ることも出来ますし、ギルドを通して売ることも出来ます。市場で売ったほうが高価で売れる場合がありますが、その逆もありえます。ギルドならほぼ市場価格で、かつ即金で受け取ることも可能ですよ」
俺は考える。
市場で売りさばくにはそれはそれで人脈とスキルが必要そうだ。
考えた挙句、俺はギルドで換金をお願いすることにした。
結論から言うと、俺は目的地である西の都に向かうに十分な報酬を得た。
吸血コウモリやオークの魔石は一つ1,000ゴールド。
オークジェネラルの魔石は一つ10,000ゴールド。
そしてオークキングの魔石はなんと、100,000ゴールドで売れた。
合計で150,000ゴールド以上の報酬を手に入れた。
3日で150,000であればゴブリン討伐をしていた頃の報酬よりも、
稼ぎが良いことになる。
さすがダンジョン、夢がある。
だが衝撃的だったのは、
ラミアさんに聞いた「暗闇の廃鉱山」のレアドロップの話だ。
「暗闇の廃鉱山」の主であるオークキングは極まれに、
「豚王の断頭剣」という魔剣をドロップするらしい。
魔剣を市場に流せば500,000ゴールド以上の価値になることもある。
俺はヒナタが欲しがった黒い大剣を思い出した。
なるほど、それはオークキングの魔石よりも欲しがるわけだ。
あいつめ。
俺は自らの知識のなさを恨んだ。
「グレイさん。ちょっと登録証をお借りしていいですか?」?
換金が終わると、ラミアさんに声を掛けられた。
俺は彼女に登録証を渡す。
「何かありましたか?」
俺は彼女に尋ねる。
「はい、今回の成果により昇格の要件を満たしました。EランクからDランクへの変更を行います」
そう言ってラミアさんは奥の小部屋へと入っていった。
ランクアップ。
たしか要件は一定以上の依頼の達成または素材の売却だったか。
ゴブリン乱獲と、ダンジョン踏破によりその基準を満たしていたようだ。
Eランクは魔導士の駆け出し。
Dランクになれば、一般的な魔導士と言えるレベルだ。
「はい、お待たせしました。こちらご確認ください」
ラミアさんから更新された登録証を受け取る。
見た目にはなんの変化もない。
俺は<ステータス>の魔法を唱え、
登録証の中身を確認する。
名前:グレイ
ランク:D
称号:<ゴブリン殺し>
魔力総量:C
魔力出力量:C
魔力濃度:A
ランクがDに変更されている。
これでDランク相当の依頼の受注が可能だ。
称号は相変わらずの<ゴブリン殺し>。
ん、待てよ。
これはもしかして新たな称号を手に入れないと、
書き変わらないのか?
俺はそんな事を疑問に思う。
その他は以前に見たままだ。
「ありがとうございます」
俺はラミアさんに礼を言って、魔導士ギルドを後にする。
魔導士になって、
依頼をこなして、ダンジョンも踏破して、お金もたまって。
更にはランクまで上がり、いいことずくめだ。
この街には本当に感謝している。
ラミアさんも女将さんにも本当に良くして貰った。
魔導士になって初めて人の温かさと言うものを痛感する。
出来ればこのまま、この街で気楽な魔導士ライフを満喫したいくらいだ。
だが俺は先に進まなくてはならない。
師匠であるゼメウスからの頼みごとを達成するために。
俺はその日のうちに西の都行きの馬車を予約すると、
旅路に必要なものの買い出しを済ませた。
変に出発の決意が鈍らないよう、
馬車の出発は明日にした。
・・・
・・
・
「おはようございます」
俺は『夕暮れのポイズントード亭』の女将さんに挨拶をする。
女将さんはジロリとこちらを見ると、
いつもより大荷物な俺を見て口を開いた。
「・・・出発するのかい?」
「ええ、長い期間ありがとうございました」
女将さんは俺から視線を外して言う。
「・・・長いってせいぜい一か月くらいじゃないか。魔導士の滞在なら短い方だよ」
「はは、そうですね。女将さんの言う通りだ」
そうではないのだ、と俺は思った。
『僕』である時から数えれば、
この『夕暮れのポイズントード亭』には本当に長い期間お世話になった。
女将さんとの会話は殆どなかったけど、
最後には彼女が本当は優しい人間なのだという事が理解できた。
だがやはりそれを説明して、彼女に感謝の意を伝える事は出来ないのだ。
言えばそれこそ、彼女に変な目で見られることになるだろう。
俺は彼女に笑いかける。
「・・・だけど、それでもです。感謝しています」
女将さんは俺の方を見ずにヒラヒラと手を振った。
荷物を持ち直し、出口に向かう。
俺は思いとどまり、彼女を振り返った。
「・・・あ、そうそう。たまに部屋に古新聞が置き忘れていることがありました。僕は非常に有難かったのですが、他の人には迷惑かも知れないので気を付けてくださいね」
そう言って俺は『夕暮れのポイズントード亭』を後にする。
最後くらい思っていたことを言ってやりたいという悪戯心であった。
「ああ、そうかい」と女将さんは言って、それで終わり。
女将さんは自分の仕事へと戻った。
少しばかり滞在していた客が一人出ていった。
女将さんにとってはただそれだけの話だった。
だがその後、女将さんは仕事の途中でふと、自分が客部屋に古新聞を忘れた事なんてあったか、と考える。
いつも気だるそうにはしているが、仕事には手を抜いたことはない。
特に客室にゴミを忘れるなんてことは考えられなかった。
だが一つ、思い当たることがある。
うちを常宿にしていた、灰色の爺さん。
彼の部屋には新聞を何度か置いておいたことがある。
それは世間から隔絶され、孤独に生きているように見える老人に、
せめて世間の情報くらい読ませてあげようか、というお節介からの行動だったが・・・
女将さんは仕事の手を止めて考える。
そういえばあの魔導士を初めて見た時に、
あの爺さんの血縁だと勘違いしたことがあった。
まさか、あの男は―――――
と、そこまで考えて女将さんは自分の考えを自分の鼻で笑う。
「阿保らしい」
それだけ言って女将さんは再び仕事を始め、
二度とそのことを考える事は無かった。
『夕暮れのポイズントード亭』は今日もまばらな人入りであった。
・・・
・・
・
「ラミアさん」
俺が声を掛けると彼女は振り返る。
満面の笑顔は、俺の旅支度を見た途端、曇った表情に変わる。
「・・・街を出るんですか?」
ラミアさんは俺に尋ねる。
「えぇ、どうしてもやらなくてはいけないことがあって。出発することにしました」
「そう、ですか・・・」
彼女はとても悲しそうな表情を浮かべる。
俺は少し考えて言う。
「そんな顔しないでください。今生の別れと言うわけでもないし、またこの街には戻ってきますよ」
俺の言葉に、ラミアさんは少しだけ表情を明るくする。
だがその笑顔は必死に取り繕ったものだという事が分かる。
「・・・いえ、そうですよね。ごめんなさい。なんだかグレイさんが昔からの知り合いのような気がしてとても寂しくて。魔導士の方の出発を笑顔で送り出せないなんて、ギルド職員失格ですね」
俺は彼女の顔を見る。
『僕』であった時から、彼女はとてもよくしてくれた。
彼女が僕と世間を繋ぐ架け橋になっていてくれたから、僕はこの街で生きていくことが出来たのだ。
彼女には本当に感謝している。
「・・・ラミアさん、良かったら。今度ご飯でも奢らせてください」
俺は不意にそんな事を口走る。
「えっ?」
「俺はこの街に必ず帰ってきます。その時にはもう少し魔導士らしくなってますので、よければ俺の旅の話なんかをまた聞いてください」
俺は彼女の目を見て言った。
彼女は少し考えた後、今までで一番の笑顔を浮かべてくれた。
「はい、よろこんで」
俺はフォレスの魔導士ギルド一番の看板娘との約束を取り付けた。
必ずこの街に戻ってこよう、そう思えるような約束であった。
・・・
・・
・
俺は馬車に揺られる。
乗り合いの馬車は市民の交通網として発達しており、
いくつかの街を経由し、どんなところにも定期便が通じている。
フォレスから西の都に向かうには、ここから2回馬車を乗り換える必要がある。
順調にいけば3日ほどで到着するとのことだ。
のんびりとした馬車の振動が心地よい。
ふと馬車の中を見渡すと、
戦士風の男、商人、それからフードを深くかぶった魔導士がが同乗していた。
俺はそこで初めて気が付いた。
「なんだ奇遇だな。一緒だったとは」
フードの魔導士が、こちらに顔を向ける。
「また会った」
そこに座っていたのは、ダンジョンを共に踏破したヒナタであった。
俺は彼女の隣に席を移動する。
「・・・あの後ギルドでも街でも見掛けなかったから、もう出発したのかと思ってたよ」
俺は言う。
「・・・街中では気配を消してる。でも私はあなたを見かけた」
ヒナタが答える。
いや、見掛けたなら声を掛けてくれよと俺は思う。
しかも気配を消すってなんだ。暗殺者か。
俺はふと、彼女が持っている黒い大剣に目を移す。
あのダンジョンで手に入れた魔剣だ。
「そういえばその剣、とんでもないレアドロップだったんだな。やられたよ」
ヒナタが笑う。
「そう?私がこれが欲しいと言ったら貴方は了承した。契約に問題はなかったと認識してる」
「分かってるよ。俺が無知だっただけだ。今更とやかく言う気はないから安心してくれ。」
俺は笑って言う。
彼女も口元に笑みを浮かべた。
「・・・言いそびれていたけど」
ヒナタが俺の顔を見つめる。
「あなたは不思議」
「あん?」
俺は思わず間の抜けた声をあげてしまう。
「・・・歳は私と同じぐらい、なのにとても落ち着いている。それは性格的な事ではなく気配。魔力の性質とも言える。まるで老人のように静かな性質を感じる。あなたみたいな人、いままで会ったことがない」
俺は驚いてヒナタを見る。
俺の本質に近い部分を正確に捉えていることに驚いた。
こいつ、本当にいったい何者なんだ。
「・・・老人か。まぁ、色々あるんだよ」
俺は笑ってはぐらかす。
ヒナタは納得のいかない顔をしていたが、
やがてため息をついてそれ以上の追及はしてこなかった。
ヒナタとのこんなやりとりも心地よいと思えた。
「ヒナタは、どこまで行くんだ?」
俺は尋ねる。
「決めてない」
ヒナタが答える。
「適当だな」
「魔導士は自由」
俺は笑う。
「あなたは、どこに行くの?」
ヒナタが尋ねる。
「俺か?まずは西の都に行って、そこから東の大陸を目指すつもりだ」
俺の言葉にヒナタがピクリと反応する。
「東の大陸は遠い」
「だよな。知ってる」
「・・・目的はなに?」
俺は少しだけ思案して、口を開く。
「・・・『ゼメウスの箱』」
ヒナタは答えなかった。
俺はなぜかヒナタには目的を言っても大丈夫、と言う気がした。
根拠なんかないし、まだ出会って日も浅いけど、ヒナタは悪い奴ではない。
ヒナタはそのままうんともすんとも言わずに、俺の顔を見ている。
不思議な間。二人の間に沈黙が流れる。
「・・・行先」
先に口を開いたのはヒナタだった。
「ん?」
「私も行先を決めた」
「どういうことだ?」
俺はヒナタに質問する。
「あなたに付いていく」
突然、ヒナタがそんな事を言い出した。
「・・・冗談だろ」
「冗談ではない。様々な理由からそう判断した」
「待て待て落ち着け。長い旅になるって自分で言ってたろ」
「問題ない」
ヒナタはいたって真面目な表情でこちらを見てる。
その目を見て、俺は彼女が本気なのだという事を理解した。
彼女の強情さはダンジョンでよく知っている。
「・・・考えておく」
俺はヒナタにそう答える。
「・・・わかった。次の街までに着くまでに決めてくれたらいい。ただし断った場合は、あの街のギルドの受付嬢に、あなたに傷付けられたと丁寧に手紙を書く」
ヒナタが言う。
「あの街のギルドの受付嬢って・・・まさかラミアさんか?」
「そう、ラミアと言うのね。名前を知らなかったので助かった。これで手紙は確実に彼女に届く」
ヒナタは笑みを浮かべた。
まずい、一本取られた。
「汚いぞ・・・」
「汚くはない。これは戦略。彼女との食事の約束を守りたければ私を連れていくべき」
ヒナタは言う。
「・・・待てお前。どこから見てた?なぜそれを知っている」
俺はヒナタに尋ねる。
「魔導士は情報が命」
俺はその後も激しく追及したが、
ヒナタは口を割らなかった。
ラミアさんを抑えられた俺に抵抗の道は残されていなかった。
こうして俺はヒナタと言う旅の道連れを手に入れた。
次の目的地は西の都、そしてその後は東の大陸だ。
俺は馬車の揺れに身を任せて、
先に広がる魔導士としての冒険に想いを馳せた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
こちらにて第二章は終了となります。
良ければ感想や、
ブックマークなどいただければと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。




