第148話 魔女の子
暗い牢獄のような部屋の中。
鎖で足を繋がれた影がひとつ。
ヒナタは白蝶に敗北した後、
彼らに囚われていた。
すぐに殺されると思ったが、
白蝶はヒナタに食事を与え、
命を奪おうとはしなかった。
理由は分からない。
だが陽の光も届かぬこの部屋で、
ヒナタは情報も与えられず、
ただひたすらに生かされていた。
ヒナタにとっては、
それが何よりも屈辱であった。
仇敵である白蝶に、
情けを掛けられていることが、
たまらなく嫌だった。
いっその事、自ら命を断とうか。
そう思ったことも何度かあった。
だがその気持ちを押しとどめたものが、
ヒナタの中に二つあった。
ひとつは復讐心。
かつて自分の村を襲い、
すべてを奪った白蝶。
焼き尽くされた村で、
唯一生き残ったヒナタは、
必ず敵を取ると亡骸を前に誓った。
それ以来たった一人で、
強くなるために剣を振るい続けてきた。
神殿での戦いで一度は敗れたが、
命ある限りチャンスはある。
何度敗れようともいつか必ず復讐を為す。
あの日の家族の無念を晴らす為にも、
諦める訳にはいかない。
ヒナタは心にそう誓っていた。
そしてもう一つは―――――。
そんな事を考えていると、
不意に一つの気配が自分に近づくことに気がついた。
「・・・誰」
ヒナタはその影に尋ねる。
これまでは日に一度、
誰かが食べ物を運びに来るだけであった。
突然の来訪者に、
ヒナタは警戒心を露にする。
「あら、気配は消していたのに」
不思議な気配と共現れたのは、
白づくめの女であった。
「こんにちは。貴女と会うのは二度目かしら」
優しい言葉とは裏腹に、
全身から吹き出すような殺気。
余りにもいびつなその気配に、
ヒナタの警戒心が和らぐことはなかった。
「貴女は・・・」
ヒナタは白づくめの女の姿を見て、
ラスコのダンジョンで出会った時のことを思い出す。
あの時は彼女を、白蝶本人だと思っていた。
「白蝶の仲間が今更なに。ついに私を殺す気になった?」
「・・・仲間と言うのは違いますね。私はあの方の下僕に過ぎません。それに貴女を殺すということもしません。誤解ですよ」
白づくめの女は笑う。
薄ら寒い、作り笑いのような笑顔だった。
「なぜ生かす?」
ヒナタは尋ねた。
「・・・無駄な勘繰りはしなくていいですよ。貴女に殺す以上の利用価値が有るに過ぎません。半魔の生き残りの貴女には」
「・・・その言い方は嫌い」
ヒナタが言う。
「あら、何故ですか?半魔、成りそこない、混血、穢れた血・・・貴女たちを呼ぶ言葉ならいくらでもありますよ・・・?」
「止めて・・・」
ヒナタが目をつむり、嫌悪感を露わにする。
だが白づくめの女は、その笑みを更に深くして言葉を続けた。
「フフフ。止めませんよ、止めるわけないじゃないんですか。だって楽しいもの。フフフ、あの日滅ぼしたはずの村の生き残りが居たなんて。そればかりか、白蝶様を仇だなんて。勘違いも甚だしいですよ。だって、貴女たちはこの世界に不要な存在だから!それを滅ぼしただけです。感謝こそされ、恨みなんて抱かれる筋合いはありません。この――――――――」
「止めろ!!!」
そう言ってヒナタは白づくめの女に飛びかかる。
だが白づくめの女に飛び掛かろうとした瞬間、
見えない力により無理やり地面に叩きつけられた。
「殺せ・・・今すぐ殺せ・・・」
ヒナタは目を見開いて呟く。
「あらあら、無茶をして・・・」
そう言って白づくめの女は再び笑みを浮かべる。
鎖に繋がれていたはずの足首から、
夥しい量の血が流れていた。
「あなたの利用方法が見つかりました。だからもう少しおとなしくしていてくださいね。その力、我らのために遣ってもらいます」
ヒナタはそれには答えられなかった。
見えない力は更に強くなり、
呼吸もままならないほどに締め付けられていた。
「では、また来ますね・・・」
白づくめの女の声が聞こえると共に、
見えない何かの力が最高潮に達した。
肺を鷲掴みされているかの如く呼吸が止まり、
ヒナタはそのまま意識を失う。
「おやすみなさい。――――――魔女の子よ」
そんな言葉が最後に聞こえたような気がした。




