第147話 一歩目
俺はアリシアからの手紙に目を通す。
要件だけが書かれた、
いつもやりとりしている内容に比べると簡易な文章だった。
「・・・何が書かれてましたか?」
ロロが興味津々といった様子で尋ねる。
ロロは俺とアリシアがやり取りしている内容を、
とても気にするのだ。
だが今回は、彼女の懸念するような内容ではない。
何故ならばそれは――――
「・・・依頼だ」
俺は短く答えた。
「え?」
ロロが意外そうな声を出す。
「・・・依頼が入った。エルフの里の王族と、Sクラス魔導士<紅の風>から。直接指名で、な」
手紙に書かれていたのは、
<紅の風>の調査を手伝って貰いたいと言う文章と、
契約期間、そして報奨金といった依頼の条件に関する話だった。
「そ、それって凄い事じゃないですか!」
ロロが叫ぶ。
彼女の言うとおりだ。
王族が絡むような仕事を、
Aクラスとは言え一般の魔導士が請け負うことはない。
それこそSクラス魔導士になって、
初めてそう言ったハイステータスな仕事が舞い込むのだ。
「・・・ああ。さらりと書いてあったが、アリシアの推薦で、俺に仕事を手伝ってもらいたいと言うことらしい。しかも通行料を支払わずとも、エルフの里に招待してくれるそうだ」
俺は答えた。
「・・・エルフの里に?い、一気に目標達成してしまいましたね・・・」
ロロが呟く。
俺たちの当面の目標は、
エルフの里に行く事だったのだ。
「・・・ああ。こうなるとは思ってなかった。まさに僥倖だな。」
「・・・あ、でもアリシアさんの抱えている案件って確か・・・」
ロロが気が付いたように言った。
「ああ。かの悪名高い『白蝶』の調査だ」
「は、『白蝶』・・・私でも名前は知っています・・・」
「・・・正直言って、危険な依頼だな。」
俺は言葉を止め、
アリシアの手紙を見た。
端的な内容ではあるが、
アリシアが俺に助けを求めてくると言う事はかなり切羽詰っているはずだ。
しかし相手はあの『白蝶』。
俺はかつてラスコの街で一度だけ対峙した白づくめの女を思い出す。
結局、あの女が『白蝶』である確証は得られなかったが、
あの禍々しい魔力。
今でも鮮明に思い出す事ができる。
俺一人であればいいが、
今の俺はロロと言う連れがいる。
彼女を危険な目に合わすわけにはいかない。
俺はそう考えていた。
「いや、やっぱりこの依――――――――」
「いきましょう!」
俺が言い終わる前にロロが言う。
その目には強い力が宿っていた。
「・・・危険だぞ?」
俺は答えた。
「わかってます。けど、私に気を使わないでください」
ロロは言った。
「使うに決まってるだろ。死ぬかも知れないんだぞ?」
「いいえ、それでも行きましょう。もし一人なら、グレイさんは迷わず行ってましたよね?私が居るから行かない判断をしようとしてる。それくらい分かります」
「それは・・・」
「私は、グレイさんに守ってもらってばかりですけど・・・、グレイさんが本当にやりたい事の邪魔だけはしたくないんです」
「ロロ・・・」
「絶対に行きましょう!きっとアリシアさんも困ってます」
ロロはそう言って両手でガッツポーズを作った。
俺は笑う。
こういう時のロロは、
一切妥協しないということを俺は理解していた。
「・・・わかった」
俺は呟く。
ロロはその言葉に笑顔をうかべた。
俺はアリシアに、
依頼を承諾する旨の手紙を書き、
旅支度を進めることにした。
・・・
・・
・
「ええい!いつまで掛かっておるのだ」
かつての教皇オーパスが手に持っていたグラスを投げつける。
グラスは騎士の頭にあたり、パリンという音がする。
「申し訳・・・ございません・・・」
そう言って謝る騎士の額から鮮血が流れる。
「戦うことしかない貴様らを騎士にしてやった恩を忘れたか!また獣同然の暮らしに戻るか!?」
つばを撒き散らし、怒鳴るオーパス。
血走った表情に、かつての好々爺の面影は無かった。
「・・・申し訳ございません」
騎士は頭を垂れる。
ポタポタと血が地面に落ちていた。
エルフの里より『緑の箱』を奪取して半年。
白蝶とオーパスの一味は、
南の大陸内に潜伏しながら箱の開封を進めていた。
だが一向にその成果は出ず、
オーパスの心には焦りが生まれていた。
「・・・騒がしいな。オーパス」
そう言って現れたのは、小柄な男。
『白蝶』であった。
突然の出現にオーパスが狼狽する。
「は、『白蝶』・・・」
「余裕があるようには見えないが・・・調査の方はどうだ」
白蝶は尋ねた。
「ぐ・・・間も無くだ。間も無く箱は開く。」
「ほぅ。言い切ったな」
「そうだ。だからお前はもう少し黙って見ていろ。すぐにあの箱の力を手に入れてみせる」
「・・・よかろう。だが、もしもその約束果たせぬ時は・・・」
そう言った瞬間、
白蝶の身体から恐ろしい程の殺気が立ち上る。
「ぐ・・・か・・・」
オーパスはその圧力に、
呼吸を忘れ後ずさる。
一瞬の威圧の後、
白蝶は嘘のような穏やかな微笑みを浮かべた。
「期待している・・・オーパス・・・」
そう言って白蝶は再び部屋から出ていった。
白蝶が部屋から消えた後、
オーパスは体をブルブルと震わせていた。
それは恐怖と、怒りと、
様々な感情が吹き出た結果の武者震いだった。
「おのれ、おのれおのれ・・・白蝶め・・・」
オーパスは苛立ち、爪をガリガリと噛んだ。
教皇の立場を捨てた今、
白蝶の計画がうまくいかぬ限り、
自分は全てを失う。
そしてその第一段階である、
『緑の箱』の開封が叶わぬ限りは、
計画はおろか自分の命すらも奪われるだろう。
オーパスは先程まで罵声を浴びせていた、
騎士の一人を睨みつける。
「・・・聞いていたな?」
「はい」
「貴様も死にたくなければ全力を尽くせ」
「・・・はい」
騎士はそう返事をすると、
部屋を出ていった。
・・・
・・
・
「あの男に開けられるでしょうか」
そう言って白蝶に話しかけたのは、
白づくめの女だった。
「・・・無理に決まっているだろう。何も持たぬ空虚な男だ。そんな男に箱を開ける資格はない」
白蝶は驚く程冷静に答えた。
その言葉にはオーパスに対する期待など微塵も感じさせなかった。
「では、なぜ・・・?」
「追い詰められた小物は、死に物狂いで事を成そうとする。今必要なのはその力だ・・・」
そう言って白蝶は微笑を浮かべる。
その笑顔に白づくめの女は絶句した。
「それに・・・ちょうど良い実験体も手に入っただろう」
白蝶が言う。
「・・・あの半魔の娘ですか?」
「そうだ。呪われた一族の娘ならば、あるいは箱を開けられるかもしれん」
「・・・では丁重に、説得をしておきましょう・・・」
そう言って今度は白づくめの女が笑う。
「壊すなよ?」
「・・・留意します」
そう言って白づくめ女は姿を消した。
残る白蝶は、
一人虚空を見つめながら考えていた。
時間が掛かったのは想定外だが、
箱の開封はもはや時間の問題だろう。
夢に見た箱の力が、
まもなく手に入る。
そう思うと白蝶は頬が緩むのを抑えられなかった。
だが笑うのはまだ早い。
これは計画の一歩に過ぎないのだ。
かの大魔導ゼメウスの力。
それを操ることが出来れば、つまりそれは――――――
「世界を滅ぼす力となる、か」
そう言って白蝶もまた、
部屋から姿を消す。
そしてあたりには静寂が満ちた。




