第146話 おあつらえ向き
翌朝、俺はギルドへと向かった。
ロロは二日酔いで頭が割れそうだと言うので、
寝かせておいた。
あの調子だとまともな状態に戻るのは午後になるだろう。
回復魔法をかけてもいいが、
別にゆっくりしてても何も問題はない。
「・・・おはよう。今日も早いのねグレイ君」
そう言って挨拶をしてくれるのは、
昨日に引き続きカーミラだ。
「おはようございます、カーミラさん。早起きは得意なんですよ」
俺は答えた。
「ふうん。魔導士なのに珍しいわね」
「そうですか?」
俺は尋ねる。
「魔導士は大体朝が弱いって言われてるわね。だからギルドは昼ごろまで閑古鳥、なんてこともあるのよ」
カーミラが答えた。
「・・・そういうものなんですね・知りませんでした」
「まあ、迷信みたいなものだけどね。こうしてグレイ君は早起きだし」
俺ははぁ、とか曖昧な返事をした。
「さぁ、今日はどんな依頼にするの?正直グレイ君に頼みたい仕事は山ほどあるわよ」
カーミラが腕まくりをする。
「旧ハヴィラル城の遠征から帰ったばかりですし、出来れば近場でお願いします」
「そう?それなら・・・こいつはどうかしら?」
カーミラが取り出したのは、
魔物の絵が描かれた依頼書。
魔物の特徴や生息地域、
それから魔法を使う種類であればその魔法なんかも書いてある。
依頼書と言うよりは手配書と言った感じである。
「ジャイアントタラテクト。蜘蛛型の魔物ね。生息地もここから1時間くらいの洞窟だから、午後には帰って来れるでしょ?」
カーミラが言う。
「じゃ、そいつで」
俺は答えた。
「はい、了解。そしたら手続きをしておくわね」
カーミラはそう言って手続きの準備を始めた。
俺は彼女から手配書を受け取り、
ギルドを後にする。
南の大陸のギルドには、
素材採集や人探し、薬品の納品などの依頼がほとんど無い。
張り出される依頼の九割が魔物の討伐依頼であり、
残りの一割はダンジョンに関する依頼だ。
南の大陸には自然が多く、
他の大陸よりも魔物が多く生息しているらしい。
そして温暖な気候から、
魔物、と言うか生き物全般が巨大に成長しやすい。
だから南の大陸における魔導士は、
魔物をハントするのが主だった役割だ。
そして、
それは今の俺にとって、
非常に都合が良かった。
・・・
・・
・
「キュシュアア!!」
巨大な蜘蛛、
ジャイアントタラテクトがその鋭い爪を振るう。
俺はそれを右手の籠手で受け止めた。
ガキンという金属音が洞窟内に響く。
そしてそのまま、
ジャイアントタラテクトの口元に拳を放つ。
衝撃とともにジャイアントタラテクトの牙が折れる。
「キュアアアアア!!!」
ジャイアントタラテクトは苦痛の叫び声をあげた。
「終わりだ」
俺はステップし後方に飛ぶ。
そして右手をかざし、
魔力を収束する。
<フレイムバリスタ>
右手を震わせる反動と共に、
炎の弩砲が放たれる。
炎の矢は後方からジャイアントタラテクトを貫き、
その身体を吹き飛ばした。
ジャイアントタラテクトはそのまま炎に包まれ、
その巨体を大地へと崩した。
「・・・ふぅ」
俺は息を吐き、
額の汗をぬぐった。
ジャイアントタラテクト3体。
討伐任務はこれで完了だ。
リエルに言われたとおり、
俺は南に大陸に来てからも鍛錬を怠ってはいなかった。
さらに魔物との戦いを多く経験できるこの環境は、
俺にとっておあつらえ向きだった。
俺は自分の手を握り、
感触を確かめる。
ジャイアントタラテクトは決して弱い魔物ではない。
それを単独で、
しかも時間魔法を使用することなく倒すことが出来た。
以前は満足に扱えなかった上級魔法も、
戦闘中に使用出来るくらいにはなってきた。
これは魔力量とその出力が向上してきた証とも言える。
俺の魔導士としての実力は、
確実に成長を遂げてる、とみていいだろう。
俺は焼け焦げたジャイアントタラテクトに近づく。
そしてその身体から討伐証明となる、
魔石を剥ぎ取った。
現在、俺たちはエルフの里への入国を第一目標としている。
ロロの代償の件をエルフの里で調査するつもりだ。
そして、そのために必要なのは、入国料と信頼だ。
エルフの里は南の大陸の中央部に位置する。
そこは世界的にも珍しい、動植物、魔物の宝庫。
その自然を守るため、高い入国料を徴収しているそうだ。
そしてただ金を払うだけではエルフの里へは入る事はできない。
魔導士であれば、南の大陸での活動実績が無ければ、
門前払いを食らうらしい。
活動実績の目安は、並みの魔導士であれば概ね半年程度。
かなり厳しい入国の仕組みだ。
・・・
・・
・
「ただいま戻りました」
俺はギルドに戻り、
カーミラに声を掛ける。
「おかえりなさい・・・って早くないかしら?」
カーミラが驚いたように言う。
「ええ。ジャイアントタラテクトと運良く連戦することが出来ましたので」
俺は答える。
それは嘘ではない。
「・・・本当に強いわね。もしかして、もうAクラス魔導士のレベルじゃないのかも知れないわね」
カーミラが言う。
そう言われて俺は考える。
Aクラスの上はSクラス。
それは<雷帝>や<紅の風>と同レベルということだ。
だが、いくらなんでも彼らと肩を並べる実力とは言い難いだろう。
「ハハ、いくらなんでも過大評価ですよ・・・」
俺はカーミラに言った。
「ね、グレイ君。このコーフの街のギルドで魔導士登録をし直さない?そしたらここが主拠点扱いになるから、色々と手助けして挙げられるわよ?」
「手助け?」
俺は尋ねた。
「そう。重要情報の早期提供とか、上のクラスへの推薦、とかね。どうかしら?」
俺は考える。
それは確かにありがたい話だ。
あれ。
でも、そもそも俺の主拠点はどこに設定されているんだったか。
確か魔導士登録をした街が主拠点となるはずだが、
記憶にない。
「どうどう?今ならこの私も一緒についてくるわよ?」
カーミラさんがその大きな胸を強調するように、
ポーズを取る。
「・・・騙されませんよ。どうせ、ここを主拠点にすれば、カーミラさんの評価が上がる、とかそんな感じですよね?」
俺はため息をついた。
「う、なぜそれを・・・」
当てずっぽうに言ったが、
どうやら的を得ていたようだ。
「主拠点の件は考えておきます。どちらにせよここにはしばらく滞在する予定なので」
「あ、ちょっと待ちなさい!グレイくん!他にもこんな特典が・・・」
俺はカーミラの叫び声を聞こえないふりをして、
宿へと戻った。
・・・
・・
・
「お、おかえりなさい!」
ロロが俺を出迎える。
きちんとした身なりをしていて、
へたれた印象はない。
「ただいま。もう大丈夫か?」
「は、はい!本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした」
ロロがものすごい勢いで頭を下げる。
「・・・気にするな。酒の失敗は誰にでもある」
「うう・・・もう飲みません・・・」
ロロは泣きべそをかいた。
「一日寝てたのか?」
俺は尋ねた。
「い、いいえ。昼くらいには復活したので買い物や掃除なんかを」
「そうか」
「あ、そういえば。ギルドからこれを受け取りました。グレイさん宛です」
そう言ってロロが取り出したのは、
一通の手紙だった。
「・・・悪いな。ありがとう」
俺はそれを受け取り、
差出人を確認する。
「これは・・・」
そこに書かれていたのは、
アリシアの名前だった。




