第142話 凍る世界
リエルとセブンの周囲には、
動かなくなった騎士たちが転がっていた。
残る騎士たちの表情に浮かぶのは恐れと怯え。
勇猛果敢な聖魔の騎士たちは、
突如現れた圧倒的な存在に恐怖を抱いていた。
その時、
騎士たちの後ろからゆっくりと一人の男が歩いてくる。
「そこまでだよ」
それは騎士団長のツクヨミだった。
騎士団長の登場に、騎士たちの表情に希望が戻る。
「ふん、やはり出てきたか・・・」
リエルが言う。
「ここまでされては、ね。少しばかり気分も悪い」
そう言ってツクヨミは剣を抜く。
「恐怖で縮こまっていても誰も責めはせんぞ？」
そう言って笑うリエルから、
とてつもない殺気が放たれる。
周囲の騎士たちは、思わず後ずさった。
「心を乱そうとしても、エルフには効かないよ」
リエルの殺気をサラリと流し、
ツクヨミが言う。
「・・・分かっておるわ。じゃから、お主だけまともなのじゃろ？」
リエルが言う。
「そう、だと思う」
ツクヨミは答えた。
二人の会話はもちろんロロの代償に関してであるが、、
それが周囲の騎士に届くことはなかった。
「・・・まぁここまでくれば、目的はほぼ達した。命を無駄にしたいと言うのならば、付き合うぞ？」
「・・・うん。無駄にはしないけど、頼むもうかな。＜ウィスプ＞」
そう言ってツクヨミはその体に白い光を纏う。
さらりと集束したその魔力は、
リエルの殺気に匹敵するほどに洗練されたものだった。
「いくよ」
そして次の瞬間、
ツクヨミはリエルに斬りかかった。
あまりに強い踏み込みに、地面が割れる。
「ハッ！」
だがリエルは笑いながら、
魔法を放つ。
リエルによって生み出される氷の槍を、
ツクヨミは左右にステップしながら回避する。
そしてツクヨミは、
まだ剣の射程に入るはるか前方で、
右手に持った剣を振るった。
「っ！」
そしてツクヨミの剣先から、
光の刃が伸び、
そのままリエルに迫る。
実体を持たない、光の剣。
伸縮自在のこの技が、
ツクヨミの得意技だった。
「甘い」
だが、リエルはその剣を回避することもせず、
右手でその剣先を受け止める。
右手は魔力を纏っているのか青く輝いていた。
自身の剣が受け止められ、
ツクヨミは驚きの感情を顔に出す。
「おかしいな・・・これが受け止められるなんて・・・」
「上には上がおると言うことじゃ」
剣を受け止めたリエルは、
そのまま魔力を解放する。
＜アイスストリーム＞
冷気の渦がツクヨミに迫る。
ツクヨミは剣先をリエルの魔法に向け、呟いた。
＜光精霊の槍＞
ツクヨミの剣先に光が収束したかと思うと、
それが光線となって放たれた。
空中で交錯した二人の魔法は、
爆発し、相殺される。
だが次の瞬間には、
二人は魔法を放った硬直から解放され、
すでに互いに飛び掛かっていた。
「なかなかやるではないか。若造」
リエルが言いながら、拳を振るう。
「僕はもう百歳を超えているよ」
ツクヨミはリエルの拳を回避し、
剣を返す。
「百年など、私からすれば若造に変わりはない」
剣を避けたリエルは、
ツクヨミの体に触れ、
魔力を放った。
「・・・ぐっ！」
ツクヨミの身体が吹き飛ばされる。
二人の戦いに、周囲の人間は釘付けとなっていた。
その場に残る騎士たちは、
騎士団長ツクヨミが人間相手に苦戦するなどと言う光景が到底受け入れられず、
中には力なく剣を落とすものもいた。
「・・・強いね。いったいどれほど生きれば、そんな力を手に入れられるのか」
ツクヨミが苦しそうに言いながら、
立ち上がる。
リエルはその言葉に何も答えなかった。
その代わりに、
リエルは全身に更に強い魔力を纏う。
「・・・遊びは終わりじゃ。そろそろ当初の目的を果たさせて貰う・・・」
そう言ってリエルはツクヨミから目を離し、
呆然と立ちすくむ周囲に視線を向けた。
鋭いリエルの視線の先にいたのは、
聖女ロロであった。
「・・・罪深き娘よ、何か言い残すことはあるか？」
そう言ってリエルは、
ロロに尋ねる。
ロロは何も答えず、
ただゆっくりと首を横に振った。
リエルはそれを見てにやりと笑い、
右手をロロに向ける。
そして次の瞬間。
ロロの身体は青い冷気に包まれ、
足元からパキパキと凍り始めた。
「ロロ様！」
そう叫んだのは誰だったのか。
だがその声が消える前には、
聖女の身体は完全に凍結していた。
「・・・消えよ・・・」
リエルがそう声をかけると、
氷に包まれた聖女の体は、
小さな氷の粒となり消えていく。
あまりに神々しいその光景に、
誰も動くことが出来なかった。
ただ静かに、
聖女は氷の粒となり中空に消えていった。
「まだじゃ」
そう言ってリエルの手が青く光る。
ロロを包んでいた冷気は次第に周囲にも広がり、
地面を、そして大聖堂全体を包んでいく。
凍り始めた自分の体に、
騎士や司教たちが騒ぎ出す。
吐き出される息は白くなり、
そしてその吐息すらも凍りついた。
すでに騎士たちは身動きが取れず、
苦悶の表情を浮かべ、凍っていく。
ただひとり、
リエルだけがその中で笑みを浮かべていた。
「・・・凍れ、聖なる都よ。そして自らの罪を悔い改めるが良い」
＜アイスエイジ＞
周囲に存在する全てのものを凍らせる、
＜深き紅の淵＞の最終魔法。
そして大聖堂に存在するすべての物は凍りついた。
