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第140話 突入



聖女の教皇就任の儀は、

豪華絢爛なものではなく、

小規模かつ厳かに行われる予定だ。


市中を練り歩く派手なパレードや、

要人との晩餐会などはなく、

端的に言えば聖堂で誓いを立て、

集まった人々に顔見せをして終わりだ。


だがその分警備は厳重で、

今日だけは大陸中から多くの騎士が集まっている。


普段ブルゴーに居ない騎士たちからは、

聖女の教皇就任を疑問視する声も上がったようだが、

カリュアドを始めとする騎士長達が反対意見を根こそぎねじ伏せたらしい。


既に騎士団の中には不和が生まれており、

遠かれ早かれこのままでは組織が瓦解する可能性がある。


そう言ったのは、

様々な準備を終えて灰色のゴブリン亭に帰ってきたシルバだ。


リエルとセブンは先行して待機、

騎士組は大聖堂に戻っている。

つまり今ここには俺とシルバの二人きりだ。





「色々とありがとうございました」


俺はシルバに言った。

思えばアリシアが居ない今、

この東の大陸で一番付き合いが長いのは彼だ。


「お礼を言うのはこちらの方です。グレイさんが居なければ今頃は・・・」


そう言ってシルバは目を細めた。

俺はその視線から目を逸らす。


「・・・いや、本当にそうなんでしょうか。結局『箱』の影響でこんな事になっているのであれば、巡りめぐって俺のせい、とも考えられる気がします」


俺は心の奥底にあった僅かな不安を口に出す。

リエルにも言わなかったが、

胸の中では責任を感じていた。



だがシルバは笑みを浮かべたまま答えた。


「そんなはずはありあません。貴方に出会い、救われた人間がたくさん居ます。ロロ様や、アンやダリル君。そして、私自身も・・・」


「シルバさんも、ですか?」


俺は尋ねる。


「はい。私もです。長く隠居していた私にこうして光を当ててくれた。そして、こうして大事なものを救う機会を与えてくれる」


「大事な、もの」


「そう。大事なものです」


そう言って俺たちは互いに笑みを浮かべた。



思えば、シルバにはゆっくりと話を聞きたい事がたくさんあった、


彼の過去や、正体。

なぜそんなに強いのか。

騎士団との関係は?

どうしてそんなに奥方たちにモテるのか。



だがそのどれを尋ねるにしても、

今はもう時間が足りないだろう。


俺はあらゆる質問をぐっと飲み込み、

シルバに一つだけ声を掛けることにした。



「灰色のゴブリン亭を、お願いします」


俺は言った。


シルバは驚いたような顔をして、

そして薄く口を釣り上げた。



「・・・もちろん。灰色のゴブリン亭はいつでもオーナーの帰りを待っておりますよ。莫大な借金と共に、ね」


シルバが悪戯っぽく笑う。


それは今、思い出させないでくれ。

俺はそう思った。


そして俺はシルバに礼を言い、

大聖堂近くで待機しているリエルとセブンと合流するため

灰色のゴブリン亭を出た。



・・・

・・



大聖堂を眼下に見下ろす崖の上。

ここはかつて俺が大聖堂に侵入を試みた場所だ。


俺とリエルとセブンの三人は、

そこに立っていた。



「本当に、やるのだな?」


リエルが尋ねる。


「・・・もちろんだ」


俺は答えた。


「クク、目的のためなら手段を択ばぬ。私の弟子らしくなってきたではないか」


リエルは嬉しそうに笑う。


「・・・俺はカッコいい魔導士になりたいんだがな」


俺はため息をついた。

今からやろうとしている事は、

味方によっては悪そのものだ。



「カッコイイですよ」


そう言ってくれたのはセブンだ。

俺は驚き、彼女の方を見る。


「・・・大事なのは手段では無く志です。それを失った瞬間に、人は家畜になります。だからグレイさんは胸を張ってください」


そう言って微笑むセブン。


普段、無表情な分こうして時折みせる笑顔には、

破壊力がある。

俺は思わず顔を赤らめた。


「・・・あ、ありがとうございます」


俺はセブンから視線を外し、礼を言った。




その姿を見て、リエルが舌打ちをする。


「私の目の前で、いつまでもイチャついておるでない。この豚が」


「おいリエル。今のセブンさんの素晴らしい言葉を聞いてたか?」


「うるさい。準備が出来たら行くぞ」


そう言ってリエルは外套を取る。


準備体操のように肩を回すリエル。

俺はそんなリエルを見つめてた。


「・・・ん?なんじゃ、気味の悪い目で見て」


「いや、その・・・なんだ?」


「?」


「・・・ありがとうな。俺の無茶な、作戦に乗ってくれて」


俺はリエルに礼を言う。


「なんじゃ突然。気色悪い」


リエルが言った。


「・・・いや、リエルは表舞台にも出たくないだろうに俺に協力してくれるから、さ。感謝くらいしないと罰が当たるかな、って」


俺は答えた。

そんな俺をリエルが見つめる。


「ふん、よく分かっておるでは無いか。・・・ではそうじゃの、一つ報酬、と言っては何じゃが、お主には約束をして貰おうかの」


そう言ってリエルは笑う。


「約束?」


俺は尋ねた。


「そうじゃ、いつか話したな。弟子の成長について」


「あ、ああ」


かつて図書館迷宮で、ゼメウスが俺に残した言葉の真意を探るために話した件だ。

師は弟子の成長を強く願うもの、と言う話だった。



「あれの続きじゃ。私に感謝するのであれば、鍛錬を止めるな。成長を続けよ」


リエルは言う。


「・・・分かった。約束する」


俺はリエルの目を強く見つめる。


「生半可な努力など、不要じゃぞ?目指すなら最強。せめてかつての時代の魔導士達と肩を並べるくらいには強くなってみせよ」


リエルは言った。


「そ、それは・・・・分かった。」


俺はそれは難しいと言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。

ここで断れば何を言われるか分かったもんじゃない。


「そして、いつの日か。私よりも強くなれ。この<深き紅の淵>よりもな。そして――――」


リエルが一瞬だけ声を詰まらせる。


「そして・・・?」


俺はその先を促すように尋ねた。




「いつの日か私を、お主の手で殺してくれ」




そう言って笑うリエルの表情に、

俺は寒気がした。



あまりにも儚く、

あまりにも寂し気。


これまで俺に対して、

常に傲慢で上から目線で接してきた彼女からは

想像も出来ないほど弱々しい表情だった。



「お、おい。それはどういう冗談・・・」


俺は思わず、その言葉の真意を尋ねようとした。


だがそれよりも先に、

セブンが悲痛な表情を浮かべているのを見て、

俺は言葉を失ってしまう。


リエルの言葉が冗談の類なものでは無いのだと、

そこで理解した。




「・・・む、話し過ぎたか。そろそろ、始まる。行くぞ」


一瞬周囲に漂ったなんとも言えない雰囲気から逃れる様に、

リエルは先に崖から飛び降りた。


セブンもすぐにその後を追った。


「あ、おい!」


俺は叫ぶが、その声は二人には届かない。


「・・・どういう、意味だよ・・・」


気味の悪いもやもやを抱えながらも、

俺も二人に続き崖を飛び降りた。




・・・

・・





大聖堂の司教たちに先導され、

ロロは聖堂を歩く。

周囲には騎士たちが重装備で並んでいる。


ロロはその騎士達が、

まるで自分が逃げ出さない様に見張っているのではないかと、

錯覚する。


ロロの手は震え、口はカラカラに乾いていた。

緊張ではなく、これは恐怖によるものだ。



「ただいまより、教皇就任の議を執り行います」



ロロの前で、司教がそう宣言する。

それと同時に騎士たちは一斉に、

ザっと姿勢を正した。


ああ、始まる。

ロロはそんなことを思う。


この宣誓が終われば自分は二度と抜け出せない場所に囚われる。


そんな絶望に向け、

ロロは自ら一歩前に踏み出した。


一人、騎士たちの間を抜け、


聖堂の中央を進むロロ。

騎士たちは愛おし気に温かい視線をロロに向けていた。



その視線をなるべく視界に入れない様に、

ロロが正面を見つめながら歩いていると、

不意に一人の騎士と目が合う。



彼の目からだけは、ロロは自分に対する特別な何かを感じなかった。


ロロは思わずその視線の主を見る。

銀髪と白い鎧。

それは騎士団長のツクヨミだった。


ツクヨミは、

ロロからの視線に気が付くと、

口をパクパクと動かし、何かを伝えようとした。


ロロは彼から視線を外し、

また正面を見て歩き始める。



彼は自分に何を伝えようとしたのだろう。

ロロは考える。


あの口の動きは一体。

ロロはツクヨミの口の動きを頭に浮かべた。

彼が発したのは、たった二節のシンプルな言葉。

確かめようも無いが、あれは恐らく。




――――――――彼が、来ます。




一体だれが?

ロロがそう思った瞬間、

頭上からガラスの割れる音がした。



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