第13話 激闘
主の部屋は岩作りの広間だった。
円柱に切り出された岩が天井を支え、
高さのある空間になっている。
地面はこれまでの坑道に比べると、
綺麗に整地されている様子だ。
カツンカツンと俺の足音が広間の中に反響する。
これが主の間。
なんとも荘厳な空間だ。
俺はゴクリと息を飲む。
そしてその広間の奥に、
異質な存在感を放つ、
一頭のオークが立っていた。
「グルルル」
既にこちらには気が付いているようだ。
低い唸り声をあげるオーク。
その身体はオークジェネラルよりも更に大きく、
俺の身長の倍以上はあった。
黒塗りの甲冑。
そしてその巨体に見合うだけの巨大な剣を
地面に突き刺すように仁王立ち。
柄に手をかけてこちらを睨んでいる。
なんだろう、オークの癖にラスボス感がすごい。
「・・・オークキング」
ヒナタが呟く。
どうやらあれがこのダンジョンの主で間違いないらしい。
オークキングは単体ではBランク相当の魔物と言われている。
常にオークを引き連れ行動するため、
実際にはそれ以上の厄介さがあると言われる。
どうやら今は周囲にオークの気配はないようだ。
俺たちはオークキングの目前まで歩き、
静かに臨戦態勢を取る。
俺たちの姿を見たオークキングは、
大剣をゆっくりと持ち上げる。
高く上げた大剣を肩に担ぎ、
深く腰を落とした。
同時にオークキングの殺気が倍増する。
「・・・ニンゲンヨ、ワレニイドムカ」
話すのかよ、と俺は内心で思う。
魔物の中には人語を操る個体も多いがオークが話すとは思わなかった。
「そう貴方を倒す。それにその剣、カッコいい。欲しい」
ヒナタがオークキングに答える。
その目はオークキングの黒塗りの大剣に向けられている。
もしかしてヒナタが探してるアイテムってあれか。
俺がそんな事を思っていると、
オークキングがヒナタに語り掛けた。
「コレハ、ワガタマシイ。ホシクバチカラズクデウバッテミセヨ・・・ワレモヨワキモノカラウバウコトデココマデツヨクナッタ」
「そうする」
返事をしたヒナタも、オークキングに負けじと剣気を放つ。
オークキングはそれを見て、ニヤリと笑った。
「ツヨキモノ、タノシマセテモラウゾ」
俺は焦る。まずい。
完全に二人の強者の世界になっている。
このままじゃ俺は空気だ。
ここは存在感を示さなくては。
俺は一歩前に出て、オークキングに言った。
「魔物風情が何を言ってやがる。このグレ―――――
その瞬間、ヒナタがオークキングに斬りかかった。
おい。
ガキンと金属音がして、
ヒナタとオークキングが互いに硬直する。
ヒナタの素早い斬撃を、オークキングが剣で受けた。
そのままオークキングが大剣を横なぎに振るう。
小さなヒナタの身体に当たれば、
容易に致命傷となるであろう強力な攻撃。
ヒナタは距離を取り、その剣を回避する。
オークキングはその全力の横なぎにより、
身体が流れ体勢を崩す。
その隙を狙い、
ヒナタが体勢を低くしてオークキングの足元に潜り込む。
地を這うような体勢から凄まじいスピードで距離を詰めるヒナタ。
そのままオークキングの首元を狙い鋭い突きを放った。
オークキングは自ら体勢を崩すと、
頭部に身に着けた兜の角でその突きを受け止める。
そして近距離のヒナタに対し、
一瞬の溜めを作ったかと思うと大きな咆哮を上げた。
「グアアアァァ!!!!!」
ビリビリと身体が震える。
<バインドボイス>
大型の魔物が持つ固有の能力だ。
大音量の咆哮により相手を一瞬、その場に釘付けにする。
ヒナタはその力を間近で受け、身体が硬直してしまう。
「グオオオォォ!!」
オークキングはヒナタの脳天目掛け、
大剣を振り下ろした。
「・・・くっ」
ヒナタは<バインドボイス>の硬直を無理やりに解くと、
大剣を避けるために横方向に転がった。
ヒナタの居た場所に大剣が落とされ、その地面が破壊される。
間一髪。
俺はそこでようやく息を吐いた。
呼吸も忘れるほどの攻防。
頑張れ、ヒナタ―――――
「っていかんいかん。見学している場合じゃないだろ」
俺は改めて一歩前に出た。
オークキングの視線が俺を捉える。
それだけで、
何か強大な力に押さえつけられているような重圧を感じた。
これが主の力か。
「オマエハ、タタカワナイノカ?」
オークキングが俺に質問する。
「もちろんやるぜ。豚野郎」
俺はオークキングを挑発する。
オークキングは黙っているが、その殺気はさらに強まった。
「グアアアアア!!!!」
オークキングが俺を目掛けて突っ込んでくる。
大剣の切っ先を地面に擦りながらの突進。
その切っ先は地面と触れ、火花を放っている。
<フレイムランス>
俺は掌をかざし、魔法を放つ。
地面から生まれた炎の槍が、オークキングを貫く。
「グワアアアアアア!!!!」
だがオークキングは止まらない。
全身に炎を纏いながら、再び前進する。
俺は距離を取り、再び魔法を放った。
<フレイムボム>
今度は炎ではなく爆発がオークキングに直撃する。
その勢いにさすがのオークキングも足を止める。
「へ、その程度かよ」
爆炎の向こうにいるオークキングに、俺は言う。
オークキングは忌々しいと言った目つきでこちらを睨む。
「マドウシガ、ショウメンカラタタカエヌヨワキモノメ・・・」
「それがどうした、これが魔導士の戦い方だよ」
俺は再び魔法を撃つ。
<フレイムボム>
オークキングに爆発が直撃する。
よし、このまま距離を取って削り続けるか。
俺が少しだけ警戒を解いた瞬間、オークキングの目が赤く光る。
俺は寒気がした。
マズイ。
「グワアアアアアア!!!!」
オークキングは大きく振りかぶると、
大剣を力任せに振り下ろした。
俺との距離は離れているため斬撃は届かない。
だが次の瞬間、俺の肩は深く切り裂かれた。
鮮血と共に熱さに似た激痛が俺の身体に走る。
「がっ!」
俺はその衝撃により吹き飛ばされる。
飛ぶ斬撃。
オークキングの魔力を込めた剣閃が、
刀身の長さを越えて俺まで届いた。
「グワアアアアアア!!!!」
オークキングが再び叫ぶ。
体勢を崩す俺に対し、
剣を前方に構えて全力で突進を仕掛けてくる。
マズいマズいマズいマズい。
俺は慌てて退避しようとするが、
肩口の痛みから上手くバランスが取れず立ち上がれない。
轟音を上げてオークキングが目の前に迫る。
その時。
「隙あり」
ヒナタが突進するオークキングの肩に飛び乗り、
剣を首筋から縦に突き刺した。
深々と突き刺さるロングソード。
オークキングの身体から鮮血が飛び散る。
「グギャアアアアアア!!!!」
オークキングは必死でヒナタを振りほどく。
ヒナタは耐えるが、その勢いに負け吹き飛ばされてしまう。
ロングソードはオークキングの身体に突き刺さったままだ。
俺は切られた肩口とは反対の手をかざし、
魔力を一気に集束した。
<サンダーボルト>
俺の掌から放たれた稲妻が、
オークキングの身体に突き刺さったロングソードに落ちる。
「グギャアアアアアアああああああああ!!!!」
オークキングの身体を内部から焼く雷撃。
バチバチと激しい音が鳴る。
やがて雷撃が止むと、
オークキングは全身から煙を上げながら地面に倒れた。
ズズンと地面が揺れる。
オークキングの目は光を失っていた。
あまりの出来事に茫然自失となる。
やがて俺は視界の端にいるヒナタを見る、
彼女もまた俺の方を見ていた。
ヒナタは俺に腕を突き出し、
親指を立ち上げた。
俺たちはダンジョンの主、オークキングに勝利した。
・・・
・・
・
俺は傷口から流れ出る出血を止めるため、
肩口に回復魔法をかける。
<キュア>
掌から緑の光がこぼれる。
自分で自分の傷を治すのは魔力効率が悪いらしく、
出血はなかなか止まらない。
ヒナタはその光景を不思議そうに見ていた。
「・・・あなた、回復魔法が使えるの?」
俺はしまったと思った。
先ほどまで散々黒魔法で戦っていたから、
適性的に俺が回復魔法を使えるのはありえない話だった。
俺がしどろもどろになっていると、
ヒナタが近付いてきて言った。
「見せて」
ヒナタはそう言うと、
俺が返事をする前にヒナタは俺の肩口の傷を見始めた。
「いててて」
「我慢」
ヒナタは傷口を観察し終わると、
肩に手を当てて魔力を集中し始めた。
そして―――――
<°§ΑΛΦΨ>
俺には分からない魔法名を唱えると、
彼女の掌が白く光る。
その瞬間、俺は肩に痛みを感じ顔をしかめる。
「いてっ!」
俺の声と同時にヒナタの手が離れる。
「・・・なんだ今の?」
ヒナタに尋ねるが、ヒナタは笑みを浮かべて頷いた。
ふと、肩口を見て俺は驚く。
深々と切り裂かれていたはずの俺の肩は、
出血はおろか、その傷口の跡さえもきれいさっぱり消えていた。
俺は改めてヒナタに向き合い尋ねる。
「・・・お前、何者だ?」
「秘密はお互い様」
ヒナタはそれ以上、何も言わなかった。
ヒナタはオークキングの亡骸に近づくと、
慣れた手付きで解体を始めた。
体内から取り出したのはこぶし大はあろうかと言う
巨大な魔石だ。
魔石は赤い光を発している。
「ん」
ヒナタはその魔石を俺に渡す。
「くれるのか??一緒に倒したから山分けにしたほうがいいだろ?」
俺はヒナタに尋ねる。
「いい、止めを刺したのはあなた。私は・・・」
ヒナタは俺から視線を移す。
その先にあったのは、オークキングの持っていた黒い大剣だ。
「あれが欲しい」
「あれって・・・剣か?いいけど、ヒナタが持つにはかなりデカくないか?」
ヒナタの背丈以上はある大剣。
あれが報酬でいいのだろうか。
「問題ない。見てて」
ヒナタはそう言って落ちている大剣に手を掛ける。
その瞬間、大剣は赤い光を発した。
光が止むと大剣は少しだけ縮んで、
ヒナタの背丈よりは短く、
そして彼女の手に合うような大きさに変化していた。
クレイモアと呼ばれるような両手剣だ。
「魔剣か・・・」
俺は呟く。
「そう、私はこれを探してダンジョンに入った。手に入って幸運。とても満足」
ヒナタはそう言うと、うっとりとした表情でその剣を眺める。
「ま、俺は金が必要だしヒナタが良いならそれでいいよ」
俺は答える。
「ありがとう。とても感謝」
ヒナタは改めて俺に頭を下げる。
その時、倒れていたオークキングの亡骸が輝き、
徐々にその身体を灰へと変えていった。
同時に青白い光は徐々に広間の中に広がり、
やがて周囲を包んだ。
「本では読んだことがあるけど、実際に見るのは初めてだな」
俺はその光景を見て呟く。
ヒナタは答えなかった。
これがダンジョンをダンジョンたらしめる最後にして最大の特徴。
「回生」である。
ダンジョンには恒常性と言う機能があり、
その姿を常に一定に保とうとする。
壊した罠や、倒した魔物。
それに俺たちが倒したオークキングも、
数日もすれば復活しまた次の魔導士を迎え撃つのだ。
原理も理由も分からない。
だがこの力によって、
ダンジョンは数百年もの間その姿を保ち続けているのだ。
俺は初めて体験するダンジョンの神秘に、
胸を高鳴らしていた。
「見て」
ヒナタが主の間の奥を指さす。
そこには青白く光る、魔法転送装置があった。
・・・
・・
・
「私はここで」
「おう」
俺とヒナタは、街の入り口で別れることになった。
結局、ダンジョンの大半をヒナタと攻略してしまった。
ヒナタが居なければもっと時間が掛かっただろう。
下手すると全階層攻略なんて出来なかったかも知れない。
時刻は既に夕暮れ。
街を出たのは2日前だから、
40時間以上はダンジョンの中にいたことになる。
「あー、疲れた」
魔石の換金などは明日行うことにし、
俺は『夕暮れのポイズントード亭』に向かう。
今日はゆっくりと眠れそうだ。
こうして俺は生まれて初めてのダンジョン攻略を成功させたのであった。




