第137話 牢獄のなか
俺たちは森の中を駆けていた。
間もなく日没。
牢獄に向かうのであれば、
昼夜の警備交代の時間に合わせるのが良いとツクヨミが教えてくれた。
「・・・教皇様が居た時はこんな事はなかったんだ。彼は彼で独裁的な野心家ではあったけど、それでも東の大陸は安定していた」
走りながらツクヨミが呟く。
「・・・ロロを傀儡にして好き勝手やっていたと聞いていますが?」
「・・・それは物の見方にもよると思う。実際、聖女様は若く、今ほどの力は無かった」
「力、ですか?」
俺は尋ねる。
「・・・ああ。魔力とかそういう話じゃない。もっとこう、強い意志のようなものさ。人を惹き付ける力とも言うね。それを感じられるようになったのは例のゴブリン事件の後からだ。何が変化のきっかけかは私たちには分からない、けどね」
そう言ってツクヨミは俺を見た。
「・・・だから教皇が居なくなってからも安心はしていたんだ。他者への影響力を身に付けた聖女を中心に、もう一度騎士団の再興を。そんな風に願っていた。実際教皇に流され、汚職にまみれた騎士も多かったから。だけど・・・」
「だけど?」
「・・・僕が遠征や魔物討伐でブルゴーから離れている内に、騎士団は少しずつおかしくなり始めた。様々な事のやり口が強引になって、聖女に対し異常な執着を見せる様になり始めたんだ・・・」
「執着?」
俺の脳裏には、
キリカの変貌ぶりが頭に浮かんでいた。
「・・・ああ。聖女に対する過度な愛と言ったところかな。彼女は幼いころから聖女見習いとして私たちの側にいた。だけど、あそこまで彼女を甘やかしたことはないよ。教皇が居た頃はむしろ聖女の味方をするものなんて殆ど居なかったくらいだ」
ツクヨミが言う。
「どういう事ですか?なぜそんな事に?」
「・・・そこが分からないんだ。だが僕が違和感を感じ、調査を始めようとした頃にはもう遅かった。件の侍女による事件が起きてしまったからね」
「・・・侍女の・・・騎士が刺された事件ですね?」
「そこから、彼らはもう止まらなかった。聖女を教皇に、なんて馬鹿な事を本気で実現しようとしている。聖女が何故、人を生き返らせることの出来るような禁忌の魔法を使えたのか、なんて本質的な問題は見て見ぬふりだ」
そう言って、ツクヨミは探るように俺に視線を向けた。
俺は正面からその視線を受け止める。
自分の目元がぴくぴくと動くの感じた。
「・・・全員叩き潰して止めれば良いでしょう?頬を叩いてでも目を覚まさせる。貴方にはそれが出来るのでは?」
セブンが言う。
「・・・叩き潰して、元に戻らなければどうする?そうなれば騎士団は完全に瓦解する。そうすれば東の大陸はただでは済まなくなるよ。騎士の役目はただ一つ。大陸の守護者であることだ」
聖魔騎士団は大聖堂だけでなく、
東の大陸全土に駐在している。
国防や、治安維持を担っている彼らが崩れればどうなるかは明白だ。
「・・・騎士団がおかしくなったのは原因がある、と。それを解決すれば元に戻ると信じている様子ですね?」
俺は尋ねた。
「・・・彼らは優秀な僕の仲間であり、家族だ。それを信じるのは当然の事だよ。彼らはけっして生まれながらの悪人ではない」
ツクヨミは悲しそうな顔で言った。
俺もかつてのキリカを思い出す。
ゴブリンとの戦いでは、
間違いなく俺たちの大きな力となってくれた。
その後、俺たちは無言で走り続けた。
やがて俺たちの目の前に、
石造りの古い遺跡の様な建物が現れた。
・・・
・・
・
「・・・ここは今は使われていない牢獄だ。昔は重罪人を捕らえていた場所さ・・・」
ツクヨミは言った。
「なんでこんな所に・・・」
俺は呟く。
「・・・なにより聖女を襲った、と言うのが彼らの怒りに触れたのだろうね。実際、騎士は深すぎる傷を負った」
「どうしますか?」
セブンが俺に尋ねる。
「中にはどれくらい警備が居ますか?」
「・・・多くはない。普段なら二人かな。ここの夜勤は本当に人気が無くてね。でも今は・・・」
「その倍はいると見たほうが良いですかね」
俺は答えた。
「では私が・・・」
セブンがそう言って一歩前に出る。
「ちょっと待ってください」
それを慌ててツクヨミが止める。
「・・・ここは僕が・・・」
そう言ってツクヨミが前に出た。
隣でセブンの舌打ちが聞こえた。
さすが騎士団長。
きちんと人を見ているな、と俺は思った。
今のセブンが手を出せば、
何人かは帰らぬ人になりそうだ。
<ウィスプ>
ツクヨミが呟くと、
小さな白い光が顕現する。
俺はその光に見覚えがあった。
「この光は・・・」
それは先日の大聖堂のホールで、
キリカ達の目を眩ませ、
俺を逃がしてくれた魔法の光だった。
「ごめんね。あの時はあれぐらいしか出来なかったんだ・・・」
そう言ってツクヨミは俺に謝る。
「これは精霊魔法ですね」
セブンが呟くように言う。
「そうだ。光の精霊<ウィスプ>それが僕の力の源だ」
「これが精霊魔法・・・」
俺は呟く。
精霊魔法もまた初めて見る代物だ。
そう言ってツクヨミは何かをブツブツと呟く。
すると小さな白い光はフラフラと宙を漂い、
牢獄の入り口の方へと向かっていった。
「なにを?」
俺は尋ねる。
だがツクヨミは魔法に集中している様で、
何も答えなかった。
そうしてしばらくした後、
ツクヨミがふっと力を抜いた。
「・・・ありがとう。<ウィスプ>、戻ってくれ」
そう言ってツクヨミは大きく息を吐いた。
「どうなりました?」
俺は再び尋ねる。
「・・・全員眠って貰ったよ。<ウィスプ>の白魔法で、催眠をかけた。朝までは目を覚まさないよ」
そう言ってツクヨミは口角を少しだけ吊り上げた。
・・・
・・
・
「空気が重い・・・ですね」
俺は呟く。
ツクヨミが精霊を浮かべ、
灯りを点してくれている。
「彼女はどこに?」
セブンが尋ねた。
「恐らく一番、奥に」
ツクヨミの案内で俺たちは一番奥の独房へと向かった。
独房には鎖で手を繋がれた女がいた。
髪が乱れ、
さらに俯いているため顔は見えない。
「彼女が・・・?」
俺はセブンに尋ねる。
セブンは俺を見て、頷いた。
俺は牢獄に向け、一歩前に出る。
「聞こえますか・・・?」
俺は彼女に語りかけた。
だが侍女に反応はなく、
俺の言葉に微動だにしなかった。
「話は出来ますか?」
俺は再び声をかけた。
だが、同じように反応はない。
「・・・死んで、いませんよね?」
俺はセブンに尋ねた。
「命の気配はします、しかし・・・」
セブンは険しい顔をした。
ボロボロの侍女の姿を見るに、
かなり暴れた様子だ。
今は疲弊し、
身動きも取れないと言った状態なのだろう。
「これじゃ話は聞けないか」
俺はため息をついた。
「無理やり吐かせますか?」
そう言ってセブンが前に出る。
「・・・・や、止めておきましょう。それは得策じゃない」
俺は答えた。
一緒に行動して分かったが、
セブンはかなりの武闘派だ。
主人の影響だろうか。
「しかし、このままでは手掛かりが。聖女の式典まで時間が無いのですよ?」
セブンが答える。
その意見ももっともだと思ったが、
無理やり話をするわけにもいかない。
そう思ったその時、侍女の身体がピクリと動いた。
「聖、女さま・・・?」
俺たちはその掠れた声に反応する。
どうやらセブンが聖女と言う単語を出したことに反応したようだ。
「聞こえてますか?」
俺は再び侍女に問うた。
「わたし、は・・・」
侍女はようやく顔を上げ、
乱れた髪の間から瞳を覗かせる。
彼女は虚ろな様子で言葉を続けた。
だが声は言葉にならず、
ああとかううとかそんなうめき声を発するだけであった。
やはり精神的な疲弊が激しいようだ。
「ダメでしょうか」
セブンが言う。
「精神が安定しない様子ですね・・・<ウィスプ>・・・」
ツクヨミが声を掛けると、
再び精霊の白い光が灯った。
辺りを照らす光が更に強まる。
「なにを?」
俺は尋ねた。
「少し彼女の精神に働きかけを。多少はマシになるはず」
ツクヨミが答えた。
俺たちは再び侍女に注目する。
侍女の瞳に少し力が戻り、
さきほどまで朦朧としていた表情に意識が戻る。
「・・・なぜここに居るのか理解していますか?」
セブンが尋ねた。
「・・・私・・・私は・・・聖女様を・・・」
侍女はゆっくりと思い出すように呟いた。
どうやら話せる状態になったようだ。
俺達は互いに視線を合わせ、頷く。
「・・・なぜ、あんな事をしたのか覚えていますか?」
セブンが尋ねた。
「・・・私・・・そんなつもりは・・・」
侍女は、鎖につながれたまま
身体を震わせている。
「・・・ですが、襲ったのは事実でしょう?」
セブンが言う。
その言葉に侍女はショックを受けているようだった。
侍女の目から一筋の涙が、落ちる。
「・・・私・・・ただ聖女様が好きだったんです・・・けど、いつからか気持ちが抑えられなくなって・・・。どうしよう、私、とんでもないことを・・・」
そう言って侍女は大粒の涙を流し始めた。
鎖でつながれているため涙を拭う事も出来ず、
涙はやがて頬を伝い、地面へと落ちる。
「話してください、なぜあんな事をしたのか」
セブンが質問を続ける。
「・・・分かりません。ホントに。聖女様の側に居る内にどんどん気持ちが抑えられなくなって。聖女様の事以外考えられなくなって・・・それで、ああ・・・神様・・・お許しください・・」
侍女は自分のしでかした事を悔いている様子だった。
俺はそれを見てなんともいたたまれない気持ちになる。
セブンが、どうしますか?
と言うような視線でこちらを見た。
俺は鉄格子に近付き、
優しく彼女に尋ねた。
「一つ、答えてください。貴女は以前からロロ・・・聖女の事を?」
俺は尋ねる。
彼女は何かを考えている様子で押し黙り、
やがてゆっくりと答えた。
「・・・以前から聖女様のお世話をさせていただいておりました。ですが、以前はそんな気持ちは抱いたこともなく・・・失礼な話ですが、手の掛かる妹の様に思いお慕いしておりました・・・」
「聖女への気持ちが抑えられなくなったのはいつ頃から?」
俺は尋ねる。
「・・・定かではありません。ですが教皇様の居なくなった頃。ちょうどゴブリンの事件の後くらいから聖女様を見ると胸がざわつくようになった記憶があります・・・段々と気持ちが抑えられなくなり、それで・・・」
俺はその言葉を聞いて、深く息を吐く。
「・・・ありがとうございます」
「もう、よろしいのですか?」
セブンが俺に尋ねた。
「・・・ああ。ここに長居するのも得策ではないだろう。ここから出よう」
俺は最後に鉄格子の向こうにいる侍女に目を向ける。
彼女は再び俯き、泣いている様であった。
こうして見ると不憫ではあるが、
彼女は人を刺している。
少なくともその罪は償う必要があるだろう。
俺たちは牢獄を後にした。
・・・
・・
・
「収穫は無かった・・・かな?」
ツクヨミが言った。
「いや、少し気になる事が出来ました」
「気になる事?」
「・・・ええ。ですが、まだまだ確証にはいたしません。どちらにせよリエルと相談する必要があります」
「そうか。では僕は一度大聖堂に戻るとする。あまり長く出ていると怪しまれるから」
ツクヨミが言う。
「団長、その・・・」
俺は声を掛ける。
「・・・分かっている。聖女は僕が必ず守るよ。僕にできるのはそれくらいだ」
ツクヨミはそう言って腰の剣に手を当てた。
「・・・ありがとうございます。それと、出来れば俺の部下たちを・・・」
「・・・君の?分かった、そちらも対応しよう。何かあれば連絡をするようにする、そちらも情報があれば連絡をして欲しい」
ツクヨミは言った。
「どのように連絡を?」
俺は尋ねる。
「・・・あの男に頼むと良いだろう。君と懇意にしていると聞いた事があるよ」
「あの男、ですか?」
俺は尋ねた。
「・・・シルバ・シャンベルタンさ」
ツクヨミは短く答えた。
「シルバさん・・・」
「彼なら周りにバレることなく、僕に連絡を取ることが可能だろう。では、また・・・」
そう言ってツクヨミは、
その場から足早に去っていった。
「・・・我々はどうしますか?」
セブンが尋ねる。
「・・・一度、宿へ。リエルが戻ってくるまで、俺も調べものがしたい」
俺の言葉にセブンは頷いた。




