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第136話 ツクヨミ


「・・・久しぶりだね。グレイ君」


そう言って俺に声を掛けたのは、

白い鎧を身に付けた細身の男だった。




「騎士団長・・・?」


俺は呟く。


俺たちの目の前に現れたのは、

聖魔騎士団の騎士団長。


カリュアド、ボロミア、シャロネーズら騎士長の更に上に位置する男だった。



俺も直接のやりとりこそ無いものの、

かつて大聖堂で何度も顔を合わせた相手だ。





「何で、こんな所に・・・」


俺は尋ねた。


「少し話したい事があって君の所に尋ねて来たんだ・・・。その君がブルゴーに戻って来ていると聞いたものでね」


そう言って団長は少し困ったような表情を見せた。


「グレイさん?」


セブンが俺と団長の顔を相互に見比べている。

セブンの両手は固く拳として握られており、

振り上げたこぶしを下ろすべきかどうか迷っている様だった。


「セブンさん・・・この人は」


俺がセブンに声を掛ける前に、

団長は一歩セブンの方に歩み寄った。


「なっ!」


セブンが声を上げて驚く。


団長はセブン程の達人の間合いに、

いともたやすく足を踏み入れたのだ。

しかもセブンは来訪者に備え、

最大限の警戒をしていた。


セブンは咄嗟に拳を振るおうとする。

それはもはや反射にも近い反応であった。



「セブン!やめろ!!」


俺は叫ぶ。

轟と唸るような拳がピタリと止まる。


団長はその拳から一切視線を反らさずに見据えていた。



「グレイさん・・・何故です・・・この男は・・・・!」



セブンは、団長から目を離さず俺に言った。

にわかには信じられないと言ったような表情だ。




「・・・分かっている。だが少なくとも団長に敵意は感じられない。そうだろ?」


俺の言葉にセブンの殺気が落ち着いていく。


その姿を見て、団長は深くため息をつく。


「・・・良かった。無駄な戦いはしたくないんだ・・・」


団長は優しい笑顔を俺たちに向ける。

その屈託のない笑顔に、場の雰囲気が弛緩する。


だが俺は気が付いていた。

団長の手は気が付かぬうちに、

腰の剣へと伸びていたことを。



「・・・驚かせてすまない。どうも口下手なもので・・・」


「あ、ああ・・・」


セブンはその笑顔に毒気を抜かれたのか、

ようやく拳を降ろし、力を抜いた。


「・・・改めて、僕は聖魔の騎士団長を務めています。名前はツクヨミ」


そう言って団長は俺たちに頭を下げた。


俺とセブンは互いに視線を合わせ頷くと、

ひとまず話をするためにツクヨミを部屋に招き入れた。



・・・

・・



「そう言えばこうして君と直接話すのは初めてだね・・・」


騎士団長ツクヨミが、俺に言う。



中性的な顔。

はっきりとした目鼻立ちと、

白い肌。


改めて見ると、本当に若い。

俺と殆ど変わらない歳なんじゃないかと思うくらいだ。


話をしてみると、

想像していたよりもどこか抜けていると言うか、

よく分からない緩さのある人だと感じた。




「・・・失礼ですが・・・ツクヨミ様。貴方はもしや・・・」


セブンが口を開いた。


そう言うとツクヨミは、

頭部に身に付けた兜のような形状の防具を取り外す。


そこから表れたのは、美しい銀髪と、少し外跳ねに飛び出た長い耳だった。


「・・・お察しの通り。僕はエルフ族の剣士。貴女も魔族・・・ですよね?」


ツクヨミの言葉にセブンもまた頷いた。


「エルフ・・・団長が・・・?」


俺は二人の会話に呟いた。

南の大陸に住む、エルフ族。

『僕』の人生を含めても、

こうして出会うのは初めてだ。


俺の心中を察したのか、

ツクヨミは俺に向けて言った。


「・・・割と有名な話なんだけどね。こうして若い姿をしているが、僕はもう100歳を越えているよ」


そう言ってツクヨミは口を少しだけ吊り上げた。


「嘘だろ・・・」


俺は答える。

それが本当なら若作りなんてもんじゃない。

俺は改めてエルフが人間とは異なる存在なのだと言う事を実感した。




「・・・さて、僕の出自の話はこれくらいにして・・・本題に入ろうか・・・」


ツクヨミが言う。

その表情には真剣さが戻ってた。



「本題・・・そうですね。なぜ聖魔騎士団、いまや我らの敵になりつつなる悪の親玉がこうしてノコノコ現れたのかは気になるところでした・・・」


セブンが言う。


「・・・セ、セブンさん。それは・・・」


いくら何でも直接的過ぎる物言い。

俺は思わず冷や汗をかく。


「・・・手厳しいね。だが悪の親玉、か。それは決して的外れな指摘ではないかも知れないね」


そう言ってツクヨミは悲しそうに肩を落とす。


「・・・どういうことです?」


俺はその反応が意外に思え、尋ねた。



「・・・君も見ただろう?今や騎士団は狂気に取りつかれてしまっている・・・」


ツクヨミは言う。

核心に迫る言葉に俺はドキリとした。

まさかその言葉が、騎士団のトップから出て来るとは思ってもいなかった。



「狂気、ですか」


「ああ、そうだ。そう表現するほかにない。日に日に彼らは彼ら自身をコントロール出来なくなっている様子に思える」


「その変化に、貴方も気が付いて居た、と?」


「ああ。だが何が原因かはまるで分からない。今はもはや僕の言葉すら届かなくなっている状態だ・・・このまま放って置けば、彼らは大きな過ちを犯すことになるだろう」


ツクヨミは答えた。

俺はその言葉に押し黙った。





「・・・それはなんとも無責任な事ですね」


セブンが言う。

その視線は厳しく、ツクヨミを捉えている。


俺も今度は何も言わなかった。

セブンと同じ意見だったからだ。



「・・・面目ない。僕の不徳の致すところだ」


そう言ってツクヨミは悲しそうな顔をした。

あまりにも素直な謝罪に、俺は面食らう。


「どういうことです?」


俺は尋ねた。


「・・・僕は元来、政治的な交渉は大の苦手でね。対外的な調整はすべてカリュアドや他の騎士長に任せていたら、この様さ・・・」


そう言ってツクヨミはため息を吐いた。

その諦めと自嘲の表情を見て、

俺は頭に血が上るのを感じた。




「だがあんたはそれでも騎士団長だろ?」


今度は俺がツクヨミに噛み付いた。


セブンにあてられたからではない。

単純にムカついただけだ。


俺の言葉に今度はツクヨミが俺を見つめる。

青く透き通ったエルフの瞳。

俺はその視線を正面から受け止めた。



「・・・ああ、そうだ。だから僕は私の部下を、騎士団を助けたいと願っている。だが内部にもはや僕の味方は居ないのだ・・・だから・・・」


「だから、俺を訪ねてきた、と?」


俺は言った。

俺の言葉にツクヨミがゆっくりと頷く。



「つまりは騎士団長が騎士団を裏切ると言うのですか?恥も外聞もありませんね」


セブンが尋ねた。

もはや言いたい事を我慢しているようには見えない。


「・・・僕は騎士団を救いたい。あのような状態でも、彼らは僕の仲間なんだ。その為なら僕は裏切り者となろうとも気にしない」


ツクヨミは強い瞳で俺に訴えた。


「・・・グレイ君は聖女様を守りたい。僕は同じように騎士団を。だからこそ恥を忍んでここに来た」


ツクヨミは言った。

俺は黙ってツクヨミの瞳を見た。


「貴方ほどの力があれば、一人でもなんとか出来るんじゃないですか?まずは騎士長としてやるべきことをやるべきでは?」


俺は尋ねた。


先ほどから感じるこの男の発する柔らかい雰囲気の裏側には、

Sクラス魔導士やリエル、

そしてあの『永遠の挑戦者』ゼメウスにも通ずるような強者の気配があった。

間違いなく桁違いの実力者だ。



「・・・何度も言う通り、僕は剣しか知らない男だ。長命のエルフに特有な広い知識や深い考察も出来ない。この事件の裏側や、根本的な問題に一人で至れるような自信はない。だが、この件は放って置けばきっと恐ろしいことになる。そんな予感がするんだ」



ツクヨミはそう言って、

騎士団長であるプライドなど捨て去ったかのように深く頭を下げる。。

それを見て、俺はなんとも言いようのない気持ちになった。


聖魔騎士団の騎士団長、ツクヨミ。


実際に見たことは無かったが、

騎士長たちを遥かに凌駕する実力の持ち主だと言う噂だ。

戦場となれば自ら騎士団の先頭を駆け、

一騎当千の剣を振るうことで有名だ。


だが目の前にいる男はそのイメージとは大きく違い、

優しい草食獣のような柔和な印象を抱かせる。

また目的の為に俺たちに頭を下げている。

そこに高慢なプライドは微塵も感じさせない。



「・・・グレイさん」


さすがのセブンもこの状況に戸惑っている様子だった。

俺は考える。


リエルには大きな動きはするなと釘を刺された。

これはその範疇に含まれるだろうか。


内部に協力者、それも相手方のトップがそれとなるのならば、

大きな力となるだろう。




「・・・今更信用は出来ない。だが、利用はさせて貰う」


俺は短くそう言った。

俺の言葉にツクヨミはゆっくりと顔を上げた。


「・・・ありがとう」


ツクヨミは薄く笑顔を浮かべた。



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