第135話 来客
「大体貴様が!!」
「お主になんぞ言われたくない!!!」
「おい、いい加減に静かにしろ!!!」
「お前が静かにしてろっ!!」
もはや会議とは言えないような怒号の押収。
ロロはただ震えながら時が過ぎるのを待っていた。
聖魔騎士団と大聖堂の関係者による連日の会議。
それはもはや会議とは呼べないような、
感情のぶつけ合いの場となっていた。
あの日、公衆の面前で生命魔法を使った事により、
いよいよ自分の聖女の役割も終わりだと覚悟した。
当然バロンを救ったことにも後悔は一切ない。
彼は今も目を覚まさないと聞いているが、
大切な人を救ったことを理由に聖女の座を追われるのであれば、
むしろ本望だと思っていた。
だからキリカから、
ロロを教皇にするその話を聞いた時、
ロロは我が耳を疑った。
そんな事が出来るはずがない。
自分は禁忌に触れたのだ。
そう思うロロの想いとは裏腹に、
教会関係者と騎士団はみるみるその準備を進めていく。
命を甦らせる魔法を使うロロこそが教皇に相応しいと言う、
崩壊した論理で無理やりに話を進めていった。
「ロロ様の事を―――」
「ロロ様が―――」
「―――ロロ様」
それから会議の話題は常に自分の事となった。
自分の話題で人々が激昂するのに、
ロロはただ恐怖を抱き、それを見ているしかなかった。
いつもは自分には慈しみの笑顔を向けてくれる、
好々爺たちが、互いに憎しみの表情で罵り合う。
「グレイ・・・さん・・・」
ロロは震えに耐えながら、
今は亡き自らの騎士の名を呼ぶ。
キリカにグレイの死を伝えられた時は、
目の前が真っ暗になった。
この世のありとあらゆるものが灰色に塗られたように色を無くして見えた。
今の自分には頼れる者も、心の支えになってくれる人も居ない。
ただかつての様に流されるだけだ。
それが自分の意志とは異なろうとも。
「ロロ様・・・」
震える自分の手を誰か握る。
それは隣で自分を支えてくれるキリカだった。
「大丈夫です・・・大丈夫」
そう言ってキリカは熱心にロロの手を撫でる。
その感触に、ロロは自分の背中に悪寒が走るのを感じた。
「あ、ありがとうございます」
慌てて手を放すロロ。
最近、キリカからは信頼以上の別の感情を感じる事があった。
だがロロはそれに気が付かないフリをしていた。
キリカだけではない。
カリュアドから、他の騎士長から、はたまた大聖堂の司教や侍女たちから。
いったいいつからだろう。
こんな風になったのは。
ロロは自らの身体を抱き、
震えながら考える。
普段身近にいる相手から向けられる感情が、
日々重たくなっていくのをロロは感じ続けていた。
愛情、独占欲、嫉妬、侮蔑・・・・
ありとあらゆる感情が、
自分を中心に渦巻いているのが感じ取れた。
何が起きているのかは分からない。
ただロロは必死で耳を塞ぎ、眼を瞑り、
嵐が過ぎるのを待った。
だが一向に事態は好転することはなかった。
自分を助けてくれる存在はもういない。
ロロは自らの感情が、
深く暗い闇の底に沈んでいくのを感じた。
そんなロロを静かに見つめる目があった。
会議が紛糾する中、
その男だけは静かにロロを見つめ、
思考を深め続けていた。
怒りも嫉妬も、悲しみも。
なんの感情の起伏も感じさせないその瞳は、
ただ時が来るのを待っていた。
・・・
・・
・
「結論から言おう、魔法的な影響はなかった」
リエルが言う。
それを聞いて俺はどこかガッカリとした気持ちになる。
「それじゃあ・・・」
俺は答える。
「決め付けるのはまだ早い。ただ直接的な精神干渉の類ではないということじゃ。まだ色々と可能性はある・・・セブンには更に探りを入れさせているところじゃ」
リエルは意味深に呟いた。
「・・・こちらは俺のかつての部下を保護した」
「ほう。貴様にも部下が居たか」
リエルが呟く。
「ああ。とは言え部下と言うよりは普通に仲間と言う認識だがな」
「その者は話が通じる状態なのか?」
リエルが尋ねる。
「ああ。どうやら半ば幽閉されていたようで酷く弱っていたが、な」
「なるほど。まともな者もおったか。最悪、騎士団を根絶やしにすれば良いかとも思ったが、そうは行かんようじゃの」
「シャレにならん冗談を言うな」
俺は言った。
その言葉にリエルは表情を険しくする。
「・・・ふん。冗談で終わればいいがの。して、その者から話は聞けたのか?」
リエルは尋ねる。
「ああ。・・・どうやらロロが、聖女が生命魔法を使ってから、事態が急転したようだ」
「生命魔法を・・・」
「ああ。ロロが近衛の騎士を一人、生き返らせた」
「ふむ。生命魔法・・・か」
リエルはそう呟くと、何かを思案し始めた。
「・・・どう思う?」
俺は尋ねた。
だがリエルは俺の問いには答えない。
何かを考えている様で、
俺とリエルの間には長い沈黙が訪れた。
「・・・聞いた事もない話じゃが・・・」
やがてリエルが呟く。
「ん」
「・・・・いや、止めておこう。まだ確証も何もない。それに・・・」
リエルが言葉を止め、
俺をじっと見つめる。
それは何かを推し量るような視線だった。
「なんだ?」
俺の問いにリエルは答えなかった。
だがその表情を見れば分かる。
リエルの中にはどうやらこの件に関する仮説が生まれつつあるようだ。
ただそれを今伝える気はないらしい。
「・・・どうすればいい?」
俺は尋ねる。
「私は・・・少し調べものがしたい・・・もう少し頭の整理が必要じゃ」
リエルが言った。
「間に合うか?」
俺は尋ねる。
ロロの教皇就任は3日後。
それに間に合わねば、大変なことになる。
そんな悪い予感がした。
「・・・慌てても何も良い事はない。落ち着け」
「だけど!」
俺は思わず声を荒げる。
「良いから、落ち着けと言っておる!」
だがリエルがそれ以上の声で、俺を制した。
久しぶりに感じる彼女の怒気に、俺は思わず息を飲んだ。
「・・・聖女を、仲間を救いたいのじゃろ?ならば心を落ち着け時を待て。焦りは視野を狭くする。今は広く、そして無駄な先入観なしでこの件を考える必要があるときじゃ」
リエルが言う。
「無駄な、先入観・・・?」
「そうじゃ。それに場合によってはグレイ、これはお主にも大きく影響のある話じゃぞ?」
リエルが言う。
「それは・・・どういう・・・」
俺は呟いた。
俺の言葉にリエルがハッとする。
思わず言ってしまったと言う表情だ。
「・・・それもすぐに分かる。時間が惜しい、私は先に発つ。お主はセブンと行動を共にしておれ」
そう言ってリエルは立ち上がった。
「おい、リエル!待ってくれ」
「三日後じゃ。それまでには戻る。私の帰りを待ち、大きなことは起こすなよ?」
リエルが言った。
そしてその途端、リエルの身体が魔力に包まれる。
ごうっと部屋の中に風が吹き、
俺は思わず顔を伏せる。
そして再び顔を上げた時には、
そこにリエルの姿は無かった。
「どうしろってんだよ・・・」
俺はリエルが居無くなった部屋の中、茫然と立ち尽くしていた。
「・・・そうですか、リエル様が」
俺は調査から戻ったセブンと合流し、
リエルとの会話の一部始終を話していた。
「ええ。三日後に戻ると、言い残して」
俺は答えた。
「リエル様が仰るのであれば必ず戻られるでしょう。ならば、私たちは私たちの為すべきことをすれば良いかと」
「為すべきこと?」
「・・・もちろん情報収集の続きです。私の調べたところによると、ブルゴーの北に罪人を捕らえる牢獄があります」
「牢獄・・・ですか?」
俺は尋ねた。
牢獄なんぞにどんな用があると言うのだろうか。
「・・・タイミング的には、彼女に話を聞けるのは今しかありません。彼女は三日後に処刑されるそうなので」
セブンは淡々と答える。
「・・・処刑?しかも三日後に?それは、まさか」
俺は呟く。
「・・・はい、聖女を襲った侍女。すべてのきっかけとなった女性です」
セブンは言った。
「そんな無茶な・・・」
俺は戸惑い、答える。
「そうですか?事情を聞くなら、本人を置いて最適な人間は居ないような気がしますが・・・」
セブンは不思議そうに首をかしげる。
普段リエルの影に隠れてはいるが、
彼女は彼女でまた豪胆な性格なのだと理解した。
「しかし・・・」
俺は躊躇していた。
牢獄と言うからには相当に警備が固いはずだ。
無策で挑んでも、大聖堂の二の舞となるだろう。
セブンと一緒ならば、
正面から乗り込むことも可能かも知れないが、
リエルから事を荒立てるなと言われたばかりだ。
だが、その時。
俺とセブンの会話に、もう一つの声が割り込んだ。
「・・・失礼。グレイ君はいるだろうか?」
俺とセブンは驚き身構え、
ゆっくりと開く部屋の扉に目を向ける。
俺たちがこの距離まで接敵に気が付かなかった。
「あなたは・・・」
俺は扉から入ってくる、
人物に驚き目を見開いた。




