第134話 再会
「グレイさん・・・無事・・・だったんですか・・・?」
アンは幽霊でも見たかの様に、
俺を見て驚いている。
彼女もまたキリカの言う、
俺が死んだと言う情報を信じていたのだろうか。
「ああ、ちゃんと生きてるぞ。アンも・・・無事だったのか・・・」
俺はアンと出会えた事に安堵する。
アンは瞳に涙を浮かべ、
俺に駆けよってくる。
「グレイさんっ・・・」
アンは俺に抱き着き、
胸に顔を埋めてきた。
思いがけないアンの行動に、
俺は驚く。
「アン・・・大丈夫なのか・・・」
「はい・・・ですが・・・ですが・・・」
アンは俺の腕の中で震えている。
「一体何があった・・・」
俺は呟く。
彼女から話を聞けば、何か分かるかも知れない。
俺はそう思い、アンを落ち着かせ話を聞こうとする。
それを止めたのはシルバの言葉であった。
「・・・お二人とも、話は後が宜しいかと。どうやら追加の客です」
シルバが店の入り口を睨んだ。
「ひっ」
その言葉にアンの身体が強張るのが分かった。
「・・・客?」
俺は入り口に顔を向ける。
すると入り口から顔を出したのは、
長身の騎士であった。
「・・・カリュアドから昨夜の話は聞いたが、まさか本当に戻ってきたとはな」
「あんたは・・・」
俺は呟く。
現れたのは聖魔の騎士長の一人だった。
もちろん顔は見たことある。
確か、名前は―――――
「シャロネーズ騎士長・・・」
俺の腕の中でアンが震え呟く。
そうだ、シャロネーズ。
思い出した。
「・・・なんの用だ?」
俺はシャロネーズに尋ねた。
「・・・なんだとは失礼だな。俺はそこの女騎士を迎えに来たのだ。騎士団の命に背く騎士をな・・・」
そう言ってシャロネーズは俺を指差す。
正確には俺の腕の中で震えるアンをだ。
「・・・騎士団の命に背く?アンを、どうするつもりだ?」
「それを決めるのは俺ではない。だが・・・」
シャロネーズは、
俺を睨みつける。
「騎士が騎士団の命に従わぬのであれば、それは生きている意味などなかろう・・・?少なくとも騎士には相応しくない」
そう言ってシャロネーズな放った殺気に、
アンの震えが強くなる。
「ひっ・・・」
俺は怯えるアンを強く抱きしめた。
「アンに、何をする・・・いや、何をした?」
俺は尋ねる。
俺の言葉にシャロネーズは険しい顔になる。
「・・・勘違いするな。今のただの言葉の綾だ。実際に殺したりはせん。ただ――――」
「ただ?」
「しばらく大聖堂の独房にでも入って貰う事にはなるが、な・・・」
そう言ってシャロネーズは笑みを浮かべる。
「・・・なんだと?」
俺は全身の毛穴が開くような気がした。
感じた感情は、恐怖ではない。
これは怒りだ。
「グレイさん・・・私・・・私・・・」
アンは俺の腕の中で震えている。
俺はそんなアンに声を掛けた。
「・・・大丈夫だ。少しだけ待っていてくれ。落ち着いたら、話を聞かせてくれるか?」
「・・・あ」
俺の言葉にアンの震えが止まる。
そしてアンは俺の目を見ると、
コクコクと数度頷いた。
「・・・グレイ殿、あまり大ごとにはしませんよう。ブルゴーで正面から騎士団を相手取るのはオススメしません。」
シルバが言う。
「大丈夫です、多分」
俺はそう言ってシルバに答えた。
そして――――
「・・・アンを連れていくなら俺を通せ」
俺はシャロネーズに言った。
シャロネーズはそれに険しい顔で頷いた。
「生意気な・・・」
・・・・
・・
・
灰色のゴブリン亭の外に出ると、
すでに数人の騎士たちが店の周りを包囲していた。
「・・・ボロミアに勝ったくらいで調子に乗ったか?」
シャロネーズが尋ねる。
「そんな訳がないだろ」
俺は答える。
「・・・ならば部下を守るために命を捨てるか。いや、正確には元部下だがな・・・」
そう言ってシャロネーズが笑う。
「なに?」
俺は尋ねる。
「・・・知らなかったか?あの女騎士はとっくに聖女の近衛を罷免されている。聖女を危険に晒したのだ。当然だろう?」
そう言ってシャロネーズはアンに目を向ける。
その鋭い視線に、アンが顔を伏せた。
「アンは、それでも今でも俺の部下だ・・・それは変わらん」
俺は言った。
「ならばお前も同罪だな。ロロ様を守れぬ騎士など、万死に値するっ!!!」
その瞬間、シャロネーズから殺気が放たれる。
長身の身体が更に大きく見えた。
なるほど、いつかボロミア騎士長が言った通りだ。
――――――五人の騎士長の中でも私は最弱。
シャロネーズからは、
ボロミアよりも濃厚で洗練された魔力を感じる。
重戦車のようだったボロミア騎士長とは異なり、
まるで鋭利な刃物を向けられているような感覚がある。
相対するだけで、間違いなく強者なのだと言う事が理解できた。
以前の俺ならば、
この威圧感にあてられていたことだろう。
だが。
「悪いけど・・・」
俺はため息をついて
魔力を集束する。
「・・・こっちは最強の魔導士と何度も戦ってきた直後なんだ」
シャロネーズは、
俺が何度も死に戻りして戦ったゼメウスと比べれば圧倒的小物だ。
そんな相手に俺が今更危機感を抱くこともない。
俺は全身に白魔法を展開する。
そして、躊躇する間もなく地面を蹴った。
「ッ!」
シャロネーズが反応するよりも早く、
俺はシャロネーズの顔面を殴りつけていた。
硬く黒い籠手がシャロネーズの横顔にめり込む。
シャロネーズの身体はそのまま吹き飛び、
店の反対側の民家の壁に叩き付けられる。
「シャロネーズ様!」
騎士達が慌てて声を掛ける。
シャロネーズは反応すら出来ていなかった。
並みの相手であれば、これで終わりだ。
「ぐ・・・」
だが流石は騎士長。
俺の拳をまともに喰らったはずだが、
すぐに身体を起こした。
だがその口許からは赤い血が流れていた。
シャロネーズは口許を拭い、
自らの血を確認する。
そしてみるみる間に顔を紅潮させていく。
「おのれ・・・ゴブリン殺しごときが・・・この俺に・・・」
シャロネーズは俺に怒りの目を向ける。
その目は憎悪に染まっていた。
そこで俺はふと気が付いた。
自分の感情をコントロール出来ていない狂気の目。
あれは、キリカやカリュアドにも共通して見られた瞳だ。
シャロネーズの殺気に当てられたのか、
周囲に待機していた騎士たちも途端に臨戦態勢を取る。
シャロネーズの他に、騎士は七人。
騒ぎになれば増援が来るだろう。
そうなればシルバに言われたように、大ごとになってしまう。
どうしたものか。
俺がそんなことを考えていると、
シャロネーズの気配が変わる。
ゆっくりと、彼から放たれる殺気が落ち着いてくるのが分かった。
「・・・まぁいい、今ので分かった。ここは一度退くとしよう。お前が居るとは聞いて居なかったからな」
シャロネーズは呟く。
俺は突然の変化に驚く。
怒ったり冷静になったり、
いくらなんでも情緒不安定すぎる。
「・・・どういうことだ」
「・・お前は今や、聖魔騎士団の敵だ」
シャロネーズは言った。
「なに?」
「いつまでも騎士団の一員、などと思うな。元々ロロ様が望まねばお前など・・・」
シャロネーズが言う。
「身勝手な事を・・・」
元々、一度は断った騎士の役目を無理やりに承諾させたのは騎士団側なのだ。
その身勝手な物言いにグレイは怒りを覚える。
「どちらにせよ貴様とはすぐに相対する。この拳の借りは、返すぞ・・・」
そう言ってシャロネーズは自分の顔を指差す。
「望むところだ」
俺は答える。
シャロネーズは最後に溢れるばかりの憎悪の瞳を俺に向けると、
通りから騎士を連れ去っていった。
・・・
・・
・
「なにがあった・・・?」
俺はアンに尋ねる。
アンはシルバ特製の野菜のスープ口にしている。
軟禁同然に拘束されていて、
何日もまともに食事をしていなかったそうだ。
「・・・すべてはあの日、バロンが、刺された日から始まりました・・・」
アンは恐ろしい事を思い出すように言葉を紡いだ。
「それは聞いた。やはりバロンだったか・・・」
俺の言葉にアンが頷く。
「・・・侍女が隠したナイフで刺されたバロンは、その場で確かに、絶命しました。それは私だけでなく、ダリルも、そして騒ぎによって集まって来ていた市民も目撃しています。それほどまでに傷は深かった。・・・ですがその瞬間、ロロ様が泣き叫びながら魔法を―――」
「魔法・・・」
俺は呟く。
「・・・はい。莫大な魔力でした。まばゆい光が辺りを包み、バロンの身体が白い靄に包まれました。するとバロンの身体が嘘の様に血の気を取り戻し、そして・・・」
「・・・バロンが甦った、か」
「その後はあっという間でした。駆け付けたキリカ様にロロ様も、我々も拘束され、離れ離れに・・・。それ以来、私はロロ様はおろかバロンやダリルにも会えていません」
「そうだったのか・・・」
俺は慈しむように声を掛ける。
「私はずっと見張られたまま部屋に閉じ込められていたのですが・・・昨夜、侵入者があったとかで今日は警備が手薄になりました・・・
だから隙を見て脱出を・・・」
昨夜の侵入は収穫もなく無意味に終わったかと思っていたが、
思わぬところで意味があった事にいささか安堵する。
俺は改めて目の前のアンを見つめた。
利発な美人だった彼女の顔は、
頬がこけ、
すっかりやつれてしまっている。
「・・・グレイさん、いったい何が起きているのですか・・・?ロロ様を教皇にするなど、そんな・・・そんなことって・・・」
アンが呟くように言った。
「俺も同感だ。何かがおかしい」
俺は答えた。
「ロロ様だけじゃない。バロンもダリルも・・・同じような目にあっているかと思うと・・・私、私は・・・」
アンは目に涙を浮かべる。
俺はそんなアンの肩を掴み、
言い聞かせる様に言った。
「・・・大丈夫、このままにはさせないさ。俺が戻ってきたんだ。必ずロロ達を救ってみせる」
俺の言葉にアンは何度も頷き、
彼女はそのまま意識を失う様に眠りについた。
よほど疲労がたまっていたようだ。
俺はシルバにアンを任せ、
更なる調査の為に店を後にした。
まだだ。
まだ情報が足りない。
この事件を形作る決定的な何かが欠けている。
俺は同じく調査を進めてくれているリエルと合流するため、
宿へと戻ることにした。




