第132話 侵入
シルバから話を聞くことにより、
次第に状況が理解できてきた。
シルバの話では、
今回の件のきっかけになる事件があったらしい。
ある日の余暇に、
聖女ロロは大聖堂勤めの侍女に突然襲われた。
ロロを身を挺して庇った一人の騎士が負傷。
傍目から見ても傷はあまりにも深かったと言う。
騒ぎに集まってきた市民や大聖堂の関係者たちも、
騎士が聖女に抱かれ息を引き取る瞬間を目撃していたようだ。
だがその瞬間、聖女は莫大な魔力を放出し。
騎士に魔法を掛けた。
眩いまでの光と、
白靄に包まれた騎士は、
なんと一命を取り留め、息を吹き替えしたのだと言う。
そして聖女が騎士を生き返らせたと言う噂が街中、
そして大聖堂内部に広がったとのことだ。
「ロロ・・・」
俺は呟く。
負傷した騎士と言うのが誰かは分からない。
恐らく聖女の近衛隊の騎士の誰か、つまり俺の部下と言うことだ。
話に聞いたロロの取り乱し方からすればそれは恐らくバロンだろう。
彼を救うため、
ロロは無我夢中のまま、再び生命魔法を発動したのだ。
「・・・人を生き返らせるほどの魔力を持つ聖女。指導者にと推す声が内部で高まった結果のようです」
シルバが言う。
だが俺はそのことにすら違和感を感じた。
生命魔法は魔力の神の教えに反する魔法では無かったのか。
だからロロは聖女を辞するつもりだったんではないのか。
判断するにはまだ情報が足りない。
やはりロロには会う必要がある。
俺はそう思った。
「・・・ありがとうございます。俺の方でももう少し調べてみます」
俺はシルバに礼を言った。
だがシルバの表情は険しいままだ。
「シルバさん?」
俺は黙ったままのシルバに声を掛ける。
「・・・グレイさん、追加でもう一つ気になることが。宜しいでしょうか」
「もう一つ?」
「・・・はい。今回の件、何故か私がそれなりに労力を使い調べても、事情が分からないのです。こんなことは中々無いのですが・・・」
シルバが言った。
「それはつまり?」
俺は尋ねる。
「・・・聖魔の騎士団にいる古い知り合いからも情報が一切出てきません。それどころか連絡すらつかない者も多数。大聖堂の中も静まり返っております。にも関らず騎士団は一丸となり聖女を教皇に推そうとしています。はっきり言って異常な状態です」
「一丸となって・・・」
「・・・なにか。何かが起きています。ですがそれが分からない。恐ろしい事が起きているような気がします」
シルバの表情は固いままだ。
その表情が事の大きさを表していた。
あのシルバが裏で何かが起きているというのであれば、
警戒せねばなるまい。
「・・・分かりました・・・」
俺は答える。
「何かあれば、お力添えをいたします。ご武運を」
そう言ってシルバは俺に頭を下げた。
・・・
・・
・
夜分。
俺は大聖堂を見下ろす崖の上にいた。
俺は深く息を吐き、
そっと白魔法を自らに放つ。
身体強化の魔法だ。
そして俺はそのまま、崖から飛び降りた。
崖に生える木々を使い落下の勢いを殺しながら、
俺は大聖堂のテラスに降り立つ。
うん、だいぶ人間離れしたことが出来るようになってきたな。
俺はしみじみとそんな事を思う。
ここはよくロロと一緒に、彼女が煎れたハーブティーを飲んでいた場所だ。
なんだかとても久しぶりのような気がする。
俺は闇夜に紛れ、
大聖堂の内部へと侵入した。
ロロの部屋がある東の塔に向け、
大聖堂の中を進む。
夜分だと言うのに大聖堂の中は、
多くの騎士が警邏していた。
こんな警戒態勢は有事の際でもありえない。
「一体、なにが起きているんだ・・・」
俺は騎士たちに見つからない様に、
ゆっくりと東の塔を目指した。
「・・・もう少しか」
俺は東の塔目前のホールへと到達した。
ここまで何事もなく来ることが出来たがここからは違う。
ロロの部屋の手前にはいくつかの騎士の詰め所があるのだ。
俺は警戒心を高め、ホールへと侵入する。
慎重に歩いていると、ホールの中央に人影がある事に気が付いた。
俺はゆっくりとその人影に近付く。
「・・・やはり戻ってきましたか。グレイ殿」
そうして俺に声を掛けたのは、
よく見知った顔であった。
「キリカさん・・・」
俺は彼女の名前を呟く。
騎士の隊長の一人で、
今はロロのサポートをしているキリカが居た。
俺は少し安心して、警戒を解きキリカに近付く。
「・・・良かった。キリカさんと色々話したかったんだ。一体何がどうなっているんですか?」
俺は尋ねる。
「・・・どうなっている、とは?」
キリカが尋ねる。
おそろしく抑揚のない声。
俺はそれに違和感を感じた。
「・・・ロロが、教皇になるとかなんとか。この訳の分からない状況の事です。一体、なにが?」
俺は尋ねた。
だがキリカから返ってきたのは、
俺が想像していたのとは別の反応だった。
「・・・聖女として最高の力と人望を持つロロ様。それが教皇の座に就くことにどのような問題が・・・?」
キリカは再び冷たい声で言った。
「なっ・・・」
俺はその答えに絶句する。
「・・・それを全力で支えるのが我ら騎士団の役目。何もおかしなことはありませんよ、グレイ殿」
そう言ってキリカがにこりと笑う。
だがその笑顔には一切の感情が込められていない。
まるで感情を失った人形の様だ。
本当に、これはあのキリカか。
俺はそんな事を思う。
「・・・ですが・・・ロロはそんな事を望んではいない。それはキリカさんもよくご存じのはずでしょう?」
俺の言葉に、キリカがピクリとする。
そして俺に対し、眼を見開いて言った。
「・・・グレイ殿。分かったような事を言わないで欲しい。これがロロ様の為なのですよ・・・」
キリカから笑みが消える。
まるで話にならない。
一体どうしたと言うのだろう。
「・・・ではロロに直接聞きます」
俺は言った。
「それは出来ません」
キリカは語気を強め、答えた。
「なぜです?」
「・・・グレイ殿、貴方は死んだことになっている。ロロ様はそのことに深く心を痛めていてね。出来れば式典が終わるまではそっとしておいて欲しいのです」
キリカは言った。
「何を言って・・・俺はこの通り生きています」
「・・・分かっています。ですが、貴方と言う心の支えを失った今だからこそロロ様は教皇になるのです。貴方が戻ればすべてがおかしくなってしまう。分かりますか?」
キリカが言う。
「何を言っているのか・・・まったく分かりません・・・」
俺は呟くように言った。
キリカはため息を吐く。
「・・・グレイ殿。ロロ様は貴方を慕っている。あなたが戻れば強いロロ様が戻ってしまう。そしたら私たちの言葉はもう聞いてくれなくなるではないですか。彼女には弱いまま、儚いままの少女でいて欲しいのです・・・」
俺は心に黒い感情が満ちるのを感じた。
「ロロを・・・傀儡にするつもりか?・・・かつての教皇と同じく、自分たちのためだけに」
俺は強い口調で尋ねた。
「そんなはずがないでしょう」
キリカは答えた。
俺はその回答に少し驚く。
「では、なぜそんな事を?」
キリカは目を瞑り、息を吐いた。
「・・・我々は、私はロロ様を支える必要があるのだ。貴方ではなく、私が。あの素晴らしい、あの人を、私は・・・私が・・・・」
そう言ってキリカは自らの身体を抱きしめ、
ブルブルと震えだした。
そしてキリカは目を見開き、俺に言った。
「ロロ様は私のものだ」
俺はその目を見て鳥肌が立つ。
その瞳には、
ただ一つの感情だけが溢れていた。
それは恐らく、独占欲。
異常とも言えるキリカの変貌に、
俺は言葉を失う。
「キリカさん・・・キリカ・・・・・・一体なにが・・・」
俺の言葉に、キリカは頭を払い。
俺に向き直す。
そしてゆっくりと腰の剣に手を掛けた。
「貴方と相対するのは二度目ですね。あの時は訓練。しかも木刀でしたが」
「キリカ、ダメだ・・・」
俺は懇願するように声を掛ける。
これ以上進めば、後戻りが出来なくなる。
俺はそんなことはしたくない。
「死んでもらうぞ、グレイ」
そう言ってキリカは俺に飛び掛かった。




