第130話 もう一人
「グレイさん!生きてたんすか!」
俺たちが街に戻ると、ティオがすっ飛んできた。
どうやら図書館迷宮の方からギルドに連絡が入ったらしい。
「・・・ああ。なんとかな」
俺は答える。
「・・・グレイさんが腐竜に襲われたってガブたちから報告がありまして、てっきりもうダメかと。もう少し遅ければ死亡認定されるとこだったっす」
ティオが言う。
「笑えないな、それ」
俺は答えた。
「おい、グレイ。私とセブンは一度宿に戻る。あとで尋ねに来い。色々話したいこともあるからの」
そう言ってリエルはとっとと先に行ってしまう。
セブンさんは俺に会釈すると、
リエルの後を追った。
「・・・今の誰すか?むっちゃ美人っスね。グレイさん、図書館迷宮に入って本じゃなくて女探してたんスカ?」
ティムが言う。
「そんな訳ないだろ。色々大変だったんだ・・・今のは、俺の師匠だよ・・・」
俺は答えた。
・・・
・・
「おや、帰ってきたのかい」
ティムの祖母、クロエラが言う。
「驚いていないな。死んだと噂されていたと聞いたが」
俺は尋ねた。
「あんたは何か死にそうな感じがしないからね」
そう言ってクロエラは笑う。
正確に言うと死にまくったけどな、
とは言わなかった。
「それで?収穫はあったのかい?」
クロエラが尋ねる。
「ああ」
俺はクロエラに、図書館迷宮の中での事を説明した。
「・・・大魔導ゼメウス・・・だって・・・?」
話を聞いたクロエラは驚いている。
「ああ。俺は中で彼と戦った・・・」
「まさか。『永遠の挑戦者』がそんな代物だったなんて」
クロエラは絶句している。
「クロエラさん、この事は・・・」
俺は彼女に声を掛ける。
「もちろんさ。こんな話、簡単に口外できるもんか。元ギルド職員舐めるんじゃないよ」
「ありがとうございます」
「それが、大魔導を倒した証かい?」
クロエラが俺の右手に視線を向ける。
そこには例の黒い籠手があった。
「はい。『永遠の挑戦者』から出た時にはこれが」
「どれ」
クロエラは俺の籠手に触れ、何かを調べていた。
「これは、かなり珍しい魔鋼で出来ているね」
「魔鋼、ですか?」
俺は尋ねる。
「ああ。魔導士の装備に使われる金属でね、耐久性が高いだけじゃなくて、魔法を込める事が出来る」
「魔法を?」
「そうさ。金属が魔法を覚えるんだよ。同じ金属で剣を作れば魔剣が出来る」
「・・・魔剣。そんなに上等なものなんですね」
俺は呟いた。
「ああ。私なんかに分かるのはそれくらいだね。良いじゃないか、ゼメウスに勝った賞品だと思って、貰っておきな」
そう言ってクロエラは笑った。
「・・・はぁ」
こういう大雑把なところはティオに似ているな、
と俺は思った。
・・・
・・
・
「今回はよくやった。まぁ飲め」
そう言ってリエルが俺にワインを注ぐ。
小さなリエルがアルコールを注いでる姿に俺は違和感を覚える。
「・・・なぁリエル、知ってるか?子供は酒を飲んじゃいけないんだぞ」
俺は真剣な表情で言った。
「誰が子供じゃ!真顔でくだらないことを言うな!」
リエルが顔を赤くして怒鳴る。
いや、半ば本気だったんだけどな。
「おい、言いたいことが顔に出ておるぞ」
リエルは言った。
見透かされたか、まぁいい。
俺は曖昧に笑い、
黙って注がれたワインを口につけた。
リエルとしばらく談笑した後、
俺は聞きたくて聞けなかったことを口にした。
「・・・なぁリエル。あれは本当にゼメウスだったのかな?」
「なに?」
赤らんだ顔のリエルが顔をあげる。
「いや、上手く言えないけどさ。ゼメウスって、もっとこう、あんなもんじゃない気がするんだよ」
「お主、またそんなことを・・・」
リエルがため息をつく。
「いや、違うんだ。特に神格化してるとか、そう言うんじゃなくて・・・ただ俺の知ってるゼメウスはもっとこう・・・」
俺は言葉で表現出来ないような曖昧な気持ちを伝える。
そんな俺を見てリエルは再びため息をついた。
「・・・お主の迷いも分かる。じゃがあれが何なのか、誰にも答えは出せん。作った本人以外にはな」
「そう、か」
俺は答える。
「じゃが、たとえあれがまがい物だったとしても、あれはお主の力を遥かに凌駕する存在じゃった。・・・それに勝ったことは誇ってよい」
そう言ってリエルは笑った。
「リエル・・・」
師匠に褒められると言うのも悪くない気分だと思った。
「・・・最後に放った黒い炎。あれはなんじゃ」
更に酒が進んだリエルが尋ねる。
「あれは・・・正直に言うとよく分からないんだ。イメージしたのは時間魔法と炎の結合だったんだ。魔力を操作することが出来るなら、混ぜる事も出来るんじゃないか、って」
「・・・さらりと恐ろしい事を言いおって」
「恐ろしい事?」
俺は尋ねた。
「・・・あれはあらゆる魔法の中でも超高度な技術じゃ」
「そうなのか?」
「・・・うむ。違う魔法を同時に発動させることはあっても、それを融合させるなどと。どれだけのイメージと繊細な操作が必要なのか。あれは私でも出来ん」
「そうか、半ば無意識に近かったから。そんな魔法だったんだな」
俺は答えた。
リエルも出来ない、
と言う言葉に少しだけ嬉しくなった。
「・・・お主、やはり改めて考えるとやはり色々と規格外じゃの」
リエルが呟いた。
これは褒められているのか?
俺は曖昧に頷いた。
「かつて・・・」
「ん?」
リエルが呟くように言った。
「かつて、あれと似た炎を放つ男にあった事がある」
「あれって、あの黒い炎か?」
俺の質問にリエルが頷く。
「・・・そうじゃ。謎の多い男じゃったがな、やつは」
「謎か。一体どんなやつなんだ?」
俺は尋ねる。
「・・・お主、『三原色』は知っておるな?」
リエルが尋ねる。
「・・・ああ。たしかゼメウスの弟子だろ?『色付き』の礎を築いたって言う」
「そうじゃ。まぁゼメウスに次いで有名な魔導士達じゃな。やつらはゼメウスの弟子の中でも特に強大な力を持っておった。私も何度も戦ったよ。ある時には厄介な敵、またある時には頼りになる味方として、な・・・」
そう言ってリエルが笑う。
それは記憶を懐かしんでいる様にも思えた。
と言うかそんな有名人と知り合いだったのか。
改めてリエルが凄い人物なのだと認識する。
「・・・その『三原色』が、どうしたんだ?」
俺は尋ねる。
「・・・うむ。もはや記録には残っておらんが。実はゼメウスにはもう一人強大な力を持つ弟子がいたのじゃ」
「もう一人?」
「・・・何故あれほどの力を持つ者が歴史から消えたのかは分からん。じゃが、そやつこそがその黒い炎の遣い手。名前を『灰色のリシュブール』と言う」
「・・・灰色の、リシュブール」
「そうじゃ。とにかく得体の知れん奴じゃった」
「その、リシュブールが俺と同じ炎を?」
俺の質問にリエルが頷く。
「・・・うむ。じゃから色々と思い出して懐かしい気持ちになった」
そう言ってリエルはグイッとワインを飲む。
「・・・リシュブール」
俺は呟く。
初めて聞いた名前だが、
なぜかその名前が引っ掛かった。
それ以降は、酔っぱらったリエルの思い出話に花を咲かせ時間を過ごした。
泥酔し眠りに落ちたリエルをセブンが迎えに来たのは、
ほとんど明け方近くになってからだった。
・・・
・・
・
「・・・グレイさん、また来てくださいね」
テジョンの街の入り口で、ティオが俺を見送ってくれる。
「図書館迷宮は深い。力試しをしたければいつでも待ってるよ」
隣にいるのはティオの祖母クロエラだ。
二人は早朝にも関らず、俺たちを見送ってくれていた。
「二人とも、色々ありがとう。本当に助かった」
そう言って俺は二人と握手をする。
そうして俺は、馬車へと乗り込んだ。
馬車の中には既にリエルとセブンが座っていた。
「・・・せめて午後の便でも良かったのではないか」
リエルが言う。
「いや、想定外に長くなってしまったし早くブルゴーに帰りたいんだ」
俺は答える。
『永遠の挑戦者』の中では時間の感覚を喪失していたが、
俺がテジョンに着いてからすでに一か月以上が経過していた。
テジョンに到着した際にはロロ達に電報を打ったが、
その後は連絡が出来ていない。
ロロの事だきっと心配している事だろう。
「ふん、まぁいい。私は寝る・・・うぅ。気持ち悪い」
リエルはそう言って、フード付きの外套を深くかぶり直した。
どうやら二日酔いの様だ。
「しかし、お二人もブルゴーに着いてきてくれるとは」
俺はリエルからセブンに視線を移した。
「特に宛てもない旅でしたので。それに一度はかの有名なブルゴーに行ってみたいと思っていました」
セブンが答える。
「ブルゴーには初めてなんですか?」
俺は尋ねる。
「ええ。私はリエル様と出会うまではずっと北の大陸にいましたので」
そう言ってセブンは表情を暗くする。
聞いちゃいけないことを聞いてしまったかな、と俺は反省する。
「ふん、相変わらずデリカシーに欠けるやつじゃ」
外套のしたからリエルの声だけが聞こえる。
うるせ。
って言うかまで寝てなかったのかよ。
俺がそんな事を考えているとセブンが笑った。
「お気になさらず。昔の話です」
俺ははぁ、とかそんな返事をする。
そういえばセブンについて、俺は何も知らないな。
俺はそんな事を思った。
「ブルゴーは、綺麗な街ですよ」
俺はセブンに言う。
「それは、楽しみですね」
セブンは答えた。
こうして俺は長かった図書館迷宮の探索を終え、
ブルゴーへと帰還する。
だがそこには俺の想像だにしないような、
状況が待ち受けていた。




